第37話(卒業試験)
「どうして、あのような演説を?」
リオーヌはセリス皇女の意図が読み取れず、2人だけになった時に質問していた。
すると、皇女は呆れた表情を見せる。
「やっぱり気付いていなかったか〜」
「何を?」
「リオって、意外と鈍感よね〜。 周囲に居る人達が貴方をどう思っているかということについてよ」
「う~ん。 そうかなあ〜」
「そんななのに、よく戦乱の世界を生き延びてこれたわね。 いつ寝首をかかれるか分からない状況で。 魔剣士ってホント不思議」
セリスは、リオーヌの額をチョンと指で弾く。
「出征から帰ってきて、ここの生徒達の、貴方への態度に変化は?」
「騎士課程の生徒全員から謝罪されたんだ。 『戦死してもおかしくない状況を、助けてくれてありがとう。 学校で極めて不親切だった俺達に対し、命を賭して救う義理なんて無かっただろうに』って」
「ふ~ん、なるほど。 それ以外は?」
「他に何か有ったかなあ......」
「魔術課程の一部生徒達から、嫌厭されていなかった? リオだけが特別推薦での大学部進学が決まったから」
セリスの指摘に、訳が分からないという表情を見せるリオ。
「出征から帰国後、成績下位の一部生徒達が、リオを除け者にしようとしていたらしいわ。 まあ、君は強過ぎてイジメの対象には出来なかったみたいだけど」
「えっ、そうだったの?」
「全く......でもリオらしいね」
「へへへ」
「へへへじゃないわよ。 シェーリーが心配して許婚の私に相談してきたから、ああいう演説をして諭してみたの。 魅了の能力を活かしながらね」
自身の知らぬところで、周囲の人達が心配してくれていたことを知り、『ゴメン』という申し訳なさそうな表情を見せるリオーヌ。
「全然気付いていなかったけど、ありがとうセリス」
「私達にたっぷり感謝してよね。 人生で一度きりの高等部における終盤ぐらいは、一生の良い思い出として貴方の記憶に残って欲しいから......」
常に多くの人々から支えられていることを、改めて気付かされたリオーヌ。
いつ死ぬか分からない戦場では当然そうであったが、平和な学校においても、そうした実感を得られるとは、まだまだ自分は未熟だなと思うのだった。
そんな会話から月日は少し流れ、セリスも立ち会った、魔術課程3年次にアンジェ・パーシル教授の事前チェックが入ってから1週間後。
いよいよ、アンフルル学院高等部魔術課程3年次の卒業実技試験が開始される。
小スタジアムで行われるこの試験。
大学部魔術学科に進学する者を最終決定する為の試験を兼ねている。
進学者を決めるにはもちろん、普段の成績が最も重要なのだが、卒業実技試験の結果次第では大逆転出来る可能性も秘めているところがミソだ。
大学部魔術学科の募集定員は、15名前後。
現在、高等部魔術課程で学ぶ30名のうち、半数は進学出来ない。
と言っても、大学への進学など、まだまだ少数派の時代なので、全員が希望している訳でも無いのだが、リオの在籍する年次では、20名程が希望を出した為、溢れる者が数名出るのが確実な状況。
にも関わらず、中途編入してきたリオーヌが学院長とパーシル教授両名の推挙で、大学部進学が卒業実技試験実施前に決定されたことに対し、進学を希望する成績下位の生徒達が反感を抱き、蔭口を言い始め、貶められかけていたのだ。
ただそれも、セリスのお蔭で影を潜め、卒業間際になって、ようやくリオーヌは充実した学校生活を送れる状態になっていた。
「凄いな〜」
「随分なお偉方が見学に来ているぞ」
試験を受ける生徒達がスタジアムの貴賓席を見て、驚いた様子。
魔術大国のレルタニア王国から五大魔塔の幹部が、スカウトすべき人材を発掘する目的で、見学に来ている。
この卒業試験において実力と将来性を見込まれ、直接スカウトされることとなれば、大学部に進学せずとも魔術師として立身出世出来る見込みが立つ。
大学部に進学した場合でも、各魔塔から様々な支援を得られるようになり、能力を伸ばす機会も大いに増えることとなるのだ。
「それでは試験を開始する。 君達が対戦する相手はこの3人だ」
イリアム教師の開会宣言と共に、奥の通路から歩いて来る人影。
競技場に現れたのは、事前予想通りの3人の大学部学生であった。
先ず、左端に立つ一人は、学院に突如現れた交換学生で天才魔術師との評判が立ち始めている、今更言うまでもない魔術学科1年のセリス・グドール。
そして、中央に立つのが、魔術学科4年で既に一級魔術師に認定されている、レゴール・ブレーメベルン。
現4年度の首席で、彼はシェーリーの実兄だ。
最後に、右端に立つのが、やはり一級魔術師に認定されている現3年度の秀才『キャスオン・スルーズ』。
レルタニア王国に次ぐ魔術師数を輩出するスルーズ王国の傍系王族出身(国王の継承権は無い)の学生である。
例年、高等部魔術課程の卒業実技試験では、アンフルル学院大学部魔術学科の最優秀な学生達と、魔術での実戦形式での対戦が行われ、その戦いぶりで点数が付くのだ。
「ちょっと、ヤバいじゃん」
「マジか〜」
「セリス様は魔術師としての等級未認定だけど、特級なのだろ?」
対戦相手の生徒達の大半は、メンバーを見てビビってしまっている。
「公平を期して、対戦者は籤引きだ。 この箱には対戦する3人の名前が書かれたクジが、それぞれ10個ずつ入っているからな」
イリアム教師の説明を聞き、先ず先輩達と対戦するのは、学年成績最下位の生徒から。
彼が引いた籤は......
セリスとの対戦であった。
「うわ~。 いきなり天才魔術師との対決かよ」
「ベールに包まれている彼女の実力が、いよいよ見られるって訳だ」
その間、スタジアム内には、騎士課程の生徒達も到着。
更には、フラー王国を代表する剣士で魔弓遣いのヒリュー・シュルツェル伯爵も騎士課程の生徒と共に現れ、この卒業実技試験を見学するVIP達が勢揃いしていた。
「双方、準備は良いか?」
イリアム教師の確認に頷くセリス。
生徒の方は、緊張でガチガチ。
「始め」
合図の笛が吹かれ、最下位の生徒は最も得意とする火炎魔術を放ったものの......
次の瞬間、大量の水を浴びてびしょ濡れに。
そのまま凍結魔術で凍らされ、ジ・エンド。
5秒で対決は終わってしまった。
「勝者、グドール嬢」
イリアム教師の高らかな声が小スタジアムに響き渡ると、セリスは生徒に放った魔術を解き、一礼。
大歓声に包まれるスタジアム内。
対戦状況から、アンジェは点数を付け、イリアム教師が確認すると、その書面を学院長に手渡す。
それを確認し、学院長がサインを入れ終えると、3年次における最終点数も確定。
また、最初の対戦で付いた点数が基準となり、その後の点数も決まってくる。
その後、次々と対戦は続くが、6位以下の生徒達の魔術対決は、ほぼ全てが10秒以内にケリが付いてしまっていた。
それ程迄に、魔術師というのは持って生まれた魔力量で実力差が大きくついてしまうという、非情な世界。
五大魔塔の幹部達も、この時点で注目しているのは、生徒達の方では無く、初めて目にするセリスの実力の方であった。
「噂は聞いていたが......あの子の実力は物凄いな」
「学院のパーシル専任教授が判断した通り、やはり特級クラスという評価は正しいと言わざるを得ん」
「東方世界の出身者なのだろ?」
「向こうの世界にも、我等が魔塔主と比肩され得る最高位の術師が3名居ると聞いているが......それに名を連ねていない女子学生で、これ程の実力とは」
腕を組み、凝視し、その能力を見定めようとしているのだが、この時点までの高等部の生徒達では、相手にならない状況。
ここまででは、その真の実力を見ることが全く出来ていなかった。
「5位以内には優秀な生徒達が居るだろ?」
「首席のブレーメベルン公爵令嬢か? 彼女と対戦になってくれれば良いが......」
「籤の残り数、グドール嬢はあと1個だな」
「余程の幸運でも無い限り、対決とはならないだろう」
魔塔の幹部達は、それぞれの魔塔単位でそんな会話をしている。
シェーリーの兄は、既に『風の魔塔』にスカウトされていて、卒業後はその魔塔の幹部へとなる道を歩みながら、公爵家の跡取りとしての地位も全うしてゆく運命。
進路が決まっているので、魔塔の幹部達の興味の対象にはなっていない。
そんな会話を横で聞きながら、シュルツェル伯爵は最側近のゾイドに話し掛ける。
「次の5位は、リオーヌ殿だったな」
「そのように聞いております」
「では、魔塔の幹部達も度肝を抜かれるぞ」
「本物の魔剣士として、その実力を見せてくれると?」
「もう戦場で見せているのだから、今更隠しはしないだろうさ」
「それは対戦相手に依るのではないかと、愚考しますが」
「あの、女子学生との対決ならばと、ゾイドは言うのだな?」
「はい」
「私もそう思うよ。 他の2人の男子学生だったら、リオーヌ殿は手抜きをして、ワザと負けてみせるかもしれないしな」
愉しみで仕方ないという表情の伯爵。
それと比べ、ずっと留守を守っていた執事のゾイドは、そのポーカーフェイスも有って、特に興味を持っていないように見えた。
「リオーヌ・ディアナ。 準備は良いか?」
「はい」
「では籤を引け」
教師の指示に従い、籤箱に手を入れたリオ。
しかし、最初に掴んだ籤を引き抜こうとしたが引き抜けない。
思いっきり力を込めたが......
「どうした?」
「手が抜けなくなってしまって」
「そんな筈は無いだろ?」
イリアム教師は笑い出す。
残っている籤は5個の玉しかなく、箱に入れた腕が抜けなくなることはあり得ないからだ。
仕方なく、リオは掴んだ玉を手放し、別の玉を掴んだが......
やはり、腕が抜けない。
『これは......もしかすると、セリス様の仕業だな?』
異変の原因に気付き、正面に立っている3人の大学部学生を一瞥。
すると、セリスだけが少し視線を逸らす。
「だな......」
小声で呟き、リオは再び玉を手放し、別の玉を掴むと、今度は腕をそ〜っと抜いてみせる。
すると何の異常もなく、籤を引けた。
掴んだ玉を確認すると......
対戦相手は、やはりセリス皇女であった。
「ディアナ君の対戦相手は、グドール嬢だ」
教師が大声でスタジアム内に発表すると、ひときわ大きな歓声が響く。
「始め」
その瞬間、セリスは4つの自然系高度魔術を混合した複合技を、いきなりリオーヌに浴びせたのだ。
競技場では、その強力な魔術により、爆発が発生。
「ドッ、ゴ〜ン〜〜」
物凄い轟音と共に、観客の生徒達から、
「きゃ~」
という悲鳴が。
強烈な暴風がスタジアムの上部へと一気に吹き抜ける。
もちろん、爆風をセリスがコントロールしているので、観客に被害は出ない。
舞った砂塵が収まると、木っ端微塵になってもおかしくない強力な魔術を喰らった筈のリオが無傷で立っていた。
両手に、赤黒く輝く魔剣を把持して。
「なんということか。 あれほどの強大な魔術攻撃を一歩も動かず防いだのか? 何者なのだ、あの生徒は......」
五大魔塔の幹部達は、それぞれの魔塔単位で感嘆を漏らしている。
「両手に持っているのは、剣?」
多くの人々が抱いたその疑問に対し、シュルツェル伯爵はゾイドに話し掛けることで答えてみせる。
「ほらな? 双剣の魔剣を使って、その真の実力を見せてくれただろ?」
「隠さずでは無く、止むに止まれずではありませんか?」
「あの女子学生はリオーヌ殿の許婚だと聞く。 だから、彼氏の真の能力を見せつけることで、類稀れなる実力者であるという評価を得ておきたいという意図が有るのだろう」
「あの攻撃は手加減無しのようでしたが?」
「面白い子だよね。 2人共に」
伯爵はニコニコしながら、2人の対決に注目し続けるのだった。
「流石ね、リオ。 やはり、私の許婚に相応しい実力だわ」
「受ける側の学生が先制攻撃してくるなんて、試験の順序として逆じゃない?」
「それだけ私が、リオの能力を評価しているってことよ」
セリスは答えながら、再び攻撃を開始。
「泥炭の沼〜」
「アイス・ソード」
「ブラッド・ファイア〜」
「サイクロン・ウインド〜」
「ウォーター・ブレッド」
今度は、複合魔術では無く、土・水・火・風・水の順序で、次々と強力な魔術を一つ一つ連続で放って、攻撃を畳み掛けるが、リオは魔剣を巧みに使って、セリスの放った魔術を全て打ち消してしまう。
だが、これは魔術の卒業試験。
リオは、セリスに通用するような攻撃魔術を持ち合わせていないので、実は防御一辺倒なのだ。
勿論、魔剣を使えば強力な反撃を出来るが、手加減が難しいので、セリスを傷つける虞が有る。
セリスもそれを理解しているから、あえて猛攻をすることで、無敵の防御力を評価して貰い、高得点を叩き出してあげようという親切心?であるようだ。
連続攻撃は止まない。
いつまで続くのかと皆が思い始めたところで、
「双方、止め」
というイリアム教師の大声が響き、リオーヌの卒業実技試験は終了した。
「点数をどうしようかしら?」
アンジェも困った表情で思案しながら少し時間をかけ、ようやく導き出したのは85点であった。
それをイリアム教師に見せると、その時見慣れぬ人物が教師の背後から覗き込んでいる。
「これはこれは、近衛師団長」
アンジェが見上げながら挨拶をすると、
「ちょっと、低過ぎるようですね」
と言いながら、85の部分に二重線を書き込んでしまった。
「え~〜」
予期せぬ伯爵の行動で、思わず声が出てしまったアンジェ。
「私は彼の攻撃力を見知っています。 反撃しなかったのは怪我人を出さないようという配慮なのですよ」
そう答えながら、96点と書き込んでみせる。
「それは、少し点数が高すぎますよ」
その抗議に、
「リオーヌ君が両手に把持していたのは、大魔術師エウ・レイア・シエラスが使っていたという双剣の魔剣。 魔力を使い、防ぐことの不可能な唯一無二の攻撃を放てる秘剣です」
それを聞き、アンジェもイリアム教師も、側に座っている学院長も驚いている。
「魔剣故に、魔術によるあらゆる攻撃を打ち消すことが出来ます。 今、リオーヌ殿が見せたのは、一種の強力な防護魔術と見なすべきでは?」
伯爵の説明で、仕方ないという表情に変わったアンジェ。
そのまま、学院長の判断を仰ぐ。
それに対し、迷うことなくサインが入ったので、リオーヌの卒業実技試験の点数は100点満点中の96点で確定した。
「リオーヌ・ディアナ。 点数96点」
イリアム教師のアナウンスに、どよめくスタジアム。
長い歴史のある学院高等部の魔術実技卒業試験で、96点を超えた生徒は数える程しかいない。
それ程の高得点だったのだ。
周囲に頭を下げるリオ。
10回の対戦が終わったセリスが、リオの右腕を持ち上げ、勝者のポーズを取らせる。
大きな拍手と歓声。
リオーヌは、少し恥ずかしそうにしながら、手を振って、セリスと共に控室の方に戻って行くのだった。




