第36話(束の間の平穏)
「リオ〜」
高等部の授業が終わり、自身の寮に戻ろうと歩いていたリオーヌ。
その背後から、明るく美しい声が聞こえる。
振り返ると、思いっ切り飛び込んで来た若い女性。
それを見事に受け止め、周囲から拍手が。
「皆さん、どうも」
恥ずかしそうな表情のリオ。
「いえ~い」
ピースしながら、ナイスキャッチに対し頬にご褒美のキスをするセリス。
その行為が、より多くの生徒達の注目を浴びてしまい、顔を赤らめるリオであったが、余りにも嬉しそうな皇女の様子に、何も言うことが出来ない。
今までに見せたことが無い程の、その明るい表情は、よく晴れた日の高原を吹き抜ける爽やかな風に包まれたかの様な心地良い感覚を周囲の生徒達にもたらす。
これも、彼女だけが持つ特別な能力『魅了』によるもの。
当人の意思に関係なく、勝手に溢れ出るその力。
それ故に、セリス皇女は『帝国の至宝』と母国で賞賛され、全臣民が憧れる存在であったのだ。
一旦、授業道具を自室に仕舞う為、寮に戻るリオ。
その後、セリスと一緒に、アンフルル学院の敷地内をゆっくり巡る。
エウレイアが設立してから、500年近く経つ学院。
大きな木々が等間隔で生い茂り、その間を古い建物が疎らに建ち、建物毎に花壇が綺麗に整備されているので、レトロな王立大庭園と似通っている。
2人はそこを歩いているのだから、デートのように見えるが、この時は目的が有っての行動であった。
それは、セリスを連れ戻そうと、いずれ送り込まれるだろう新帝国からの刺客を返り討ちにする為、綿密な打ち合わせをしながらの巡察なのだ。
「絶対に巻き込まれる者を出さないようにしないと」
「当然だわ。 もし、一人でも怪我人が出れば、私達はこの学舎から去らねばならない」
リオもセリスも所詮他所者。
フラー王国が2人を護る義務は全く無いし、それどころか新帝国から追われる者となったことが明るみになれば、帝国との対立を恐れて、国外追放処分を下すのは確実。
大公国に戻るという選択肢はあるものの、それは先日リオーヌが皇女に説明した通り、悪手でしかないだろう。
ただ今のところ、フラー王国とシ・タン帝国の間には国交が無く、外交交渉が行われているとの情報も無い。
しかも遠く離れていて、当面、直接の軍事行動が発生する心配は皆無。
だから、西方世界三大王国の一つである強国フラー王国のアンフルル学院に、セリスは転入名目で現れたのだ。
自身の中で寝ているファラファロの魂を起こし、アドバイスを貰いながら、学院の敷地全域に、外部から不法に侵入しようとする魔術師や術師達の行動を抑制出来るよう防護結界を張り巡らせるセリス。
学院では、多くの魔術師の卵達が勉学に励んでいる為、強固な防護結界を張った場合、学生・生徒達の学びに大きな悪影響を与えるだけでは無く、優秀な魔術師である教授陣によって、結界を解除されてしまう虞もある。
そこまで考え、対策を取った上で、セリスの居室に戻る2人。
「これで大丈夫かな?」
「今回張った防護は、竜族だけが使う独特の魔法陣。 だから侵入を上手く防げるでしょう」
「ただ、いずれ破られることになるって言ったよね? ファラファロが」
「竜族の魔術は強力だけど、組成式自体が古いのよ」
「技術的な進歩が著しい現代の人類によって解析され、対策を取られれば、進化出来ない竜族の魔術では、更にその上を行けないってことか〜」
「御名答〜」
自身の魔力を調節しながら、遠隔で魔法陣の微調整を続けるセリス。
実際に襲撃が有った場合、自身の部屋が対応の最前線となるので、それを見越しての準備でもある。
「じゃあ、僕はセリスにこれを渡しておくよ」
リオーヌは自身がはめていた腕輪を外し、セリスの腕に装着する。
「これって、リオのお母様の形見でしょ? どうして私に......」
「それは、こういうことが出来ることを最近知ったからさ」
「何を?」
種類は不明だが、幾つもの宝石がはめ込まれている古い腕輪。
それに、リオが魔力を込めると......
セリスの全身を覆うシールドのようなモノが薄く輝き始めたのだ。
「これは......魔剣の力を感じるわ〜、もしかして?」
「セリス様の考えている通りだよ。 双剣の魔剣が秘めている膨大なエネルギーを使ったシールド発生装置なんだって」
「なんだってって......誰かに使い方を教わったの?」
「大魔術師のエウレイア様から。 その腕輪は魔剣と対を為す魔導具だと」
エウレイアの名前を聞くと、セリスはみるみる不機嫌に。
「よりによって、またあの女? ブツブツブツブツ......」
リオをじ〜っと睨みながら、聞き取れないような小声で、文句を言い始める。
その様子に、
「セリス様とエウレイア様って、面識有りましたか?」
と、呑気な質問をぶつけてしまう。
理由は分からないが、皇女はエウレイアを嫌っているように感じたからだ。
「無いわよ」
ぶっきら棒に答えるセリス。
『あれっ? 何か拙いことを言っちゃったかな』
心当たりは無いものの、漂う雰囲気からそう考えていると、見かねたファラファロがセリスの代わりに適当な説明を始める。
「言い忘れていたが、リオーヌ。 セリスの前でエウレイアの名前を出すのは止めた方がイイ」
「はい?」
「セリスは、アイルーシア派だ。 アイルーシアはズボラなエウレイアが大嫌いでな」
「......」
「レ・ルタニア大帝国時代に仲違いする或る事件以降、不倶戴天の険悪な関係なのだよ」
超適当な言い訳で、セリスがまだ隠している秘密がバレないよう配慮したファラファロ。
「そうだったのですね。 知らなかった〜」
とりあえずリオは納得したようだ。
『お前の彼氏は、こういうことに疑問を感じない単純な奴で良かったな』
ファラファロはセリスに一声掛けると、再び眠りに就いてしまうのだった。
「ところでセリス様」
「『様』は要らない。 いつも言っているでしょ?」
「つい、癖で」
「まあ、言い易い表現で構わないけど」
「本当に僕で良いのですか? セリス様の彼氏が」
「まだそんなことを考えているの?」
「一般人からは、恐ろしい形相と醜い傷跡で、事ある毎に嫌厭される容姿なのです、僕は。 セリス様の様な可憐な美女と付き合うこと自体、畏れ多いというか......」
「私は貴方に呪いの一撃を加えた術師より高位だから、呪いの効果が発動しない。 リオの素顔が常にキチンと見えているから、恐ろしいとか不気味だとか気持ち悪いなんて、一度も感じたこと無いわ」
「でも......逆にセリス様の魔力が高いからこそ、普段僕が魔力で誤魔化している効果が無く、酷い傷跡がくっきり見えていますよね?」
それを聞いたセリスは、優しくリオーヌを抱き締める。
12歳から今まで、醜い傷跡に対する心ない人々の言葉が、リオの心を酷く傷付けていた。
また、セリスが皇女という特別な立場にあるからこそ、王宮内や皇宮内で、そうしたより多くの中傷を耳にしてきており、普段絶対に見せないリオーヌの弱々しい様子を今見て、改めて悲しみを覚えていたのだ。
「決して消えることの無い、貴方の心と顔の傷。 それは本来私達姉弟に向けられた筈の渾身の呪い。 それをリオが盾となってくれたその恩を、私もキョウも生涯忘れることは絶対無いのよ」
「......」
「あの悲劇の舞踏会の時、私を命懸けで護ってくれた勲章がその傷跡。 私はそうしたこともひっくるめてリオが大好きなの。 だからもう、周囲の評価なんて気にしないこと。 イイわね」
「うん」
「よろしい〜」
リオの様な特別な存在であっても、年頃の青年である以上、他人の目を気にするのは致し方ないことである。
『セリス様は恥ずかしい思いをしていないか? そもそも自分に、帝国の至宝の隣に立つ資格があるのか?』
学院に入学してから、今まで自身が大量殺戮兵器であったことをより強く意識する様になり、何かにつけて常に自問自答してしまうリオーヌだからこそ、思わずこのような本心を、子供の頃より互いを知るセリスに打ち明けるという行動に出てたのであった。
「今日は予定通り、2時限連続の特別実技授業だ。 アンジェ・パーシル教授にも臨席して貰うから、心して取り組むように」
高等部魔術課程の専任教師クリス・イリアムが、この日の授業開始時、生徒達に事前説明をする。
昨秋から始まった3年次も、数ヶ月に渡る出征があったことで、時計の針の進みはかなり早い。
既に季節は晩春に差し掛かり、カリキュラムはだいぶ進み、長い夏休みを意識する時期になってきている。
大学部に進学する生徒達にとっては、一発大逆転もあるので戦々恐々な思いで挑まねばならない、休暇前に実施される卒業実技試験が目前に迫ったこの時期。
実技授業の最終段階として、教授自ら各生徒達の実力をチェックしようというのだ。
しかし、今までの3年次の時とは異なる点が、この日にはあった。
それは、突然現れた謎多き天才魔術師セリス・グドールが、教授の補佐として一緒にやって来ていたからだ。
実技試験場は、セリスの登場にガヤガヤ、ザワザワ、きゃ~きゃ~。
やがて生徒達の視線は、誰もが憧れる学生のセリスから許婚宣言された同級生リオーヌ・ディアナの方に向く。
リオは、使える者が極めて限定される精神干渉系魔術の実力者として、学院側から高く評価されたことに加え、出征時の大活躍が評価の対象となって大幅加点されたので、大学部進学がただ一人決定されており、魔術の実技の授業には出席しているだけという状態だ。
そんな彼が、話題の彼女の登場にどんな反応をするのか、そして、教授とセリスが実際、高等部の生徒達の最終評価を付ける為に、どういう課題を出すのか、魔術課程の大半の者が興味津々と言ったところであった。
「先ずは、セリス嬢が見本を見せるから、同じ様にやってみせて」
パーシル教授の指示に従い、火・水・風・土等と自然系魔術を流れるように実演するセリス。
『相変わらず器用だな~』
リオは感心しきりだが、真似する方側の彼氏は、ショボい魔術しか出せず、それに気付いたセリスが思わずクスクス笑い出す。
ただし、セリスが魔力を使ったことで、『魅了』の能力が勝手に発動してしまい、魔力の低い生徒は呆然とした状態に陥る。
その様子をアンジェは確認することで、それぞれの生徒の現在の実力を評価し、大まかな点数を付けてゆく。
『やはりこの子は、独特の能力を持っているのね。 大学部魔術学科の学生は、高等部の生徒より魔力が高い者が大半だから、ここまでの放心状態にはならないけど......』
アンジェがセリスを連れて来たのには、自身では認知出来ない、セリスの力を改めてチェックする目的もあったという訳だ。
「じゃあセリス嬢。 次は召喚魔術ね」
パーシル教授の突然の指示。
「召喚魔術ですか?」
事前打ち合わせでは話に出なかった予定に無いものを指示され、戸惑うセリス。
「特級と言われているのに......もしかして出来ないのかな?」
そのひとことが、かなり負けず嫌いの皇女の心に火を点ける。
無言のまま、少し集中すると......
「セリス。 いきなり起こすなといつも言っているだろ?」
皇女が咄嗟に想像した伝説の神龍の形態で、ファラファロが目の前に現れたのだ。
「あれ? どうして体が有るのだ?」
ファラファロは少し考え込む。
自身の体は、魂と魔力が抜けたことで、朽ち果てた筈......
そして、いきなりセリスの頭をポカリ。
「直ぐに魔力を遮断しろ。 これは魔術による幻影。 本来の美しく華麗な我とは似ても似つかぬ禍々しい龍の姿を勝手に創り出すとは、やり過ぎだ。 全く、私の魔力を無駄遣いしやがって......」
怒られたことで、召喚を打ち切ったセリス。
実態化したファラファロは、直ぐ消え去ったが......
「ゴメンなさい。 皆さんを驚かせてしまって。 小型のドラゴンを召喚する予定だったのに、手違いで神龍が出て来てしまって」
言い訳をしているが、反省は全くしていない。
「なんというとんでもないものを召喚したんだ、セリス嬢は......」
一方、指示した方の教授は驚き過ぎて、ポカ〜ンとアホ面で立ち尽くす。
魔獣では無く、まさか伝説の神龍を召喚するとは思ってもいなかったからだ。
「今の、龍だよね」
「しかも、セリス様と話をしていなかった?」
「召喚された魔獣が話をするなんて、初めて見たよ」
生徒達は大騒ぎとなってしまっている。
ところが、セリスを真似て、召喚魔術を成功させていた者がもう一人居たのだ。
そう。
リオーヌであった。
「やった〜。 出来た〜」
初めて使ってみた召喚魔術。
リオも魔術師の端くれだから、理論は知っていたが、今まで魔剣士として双剣の魔剣を実態化させるだけで十分だったこともあり、使ったことが無かったのだ。
2匹の白虎の如き大型の魔獣を召喚することに成功していたリオーヌ。
もちろんこの2匹は、ダィンとティル。
いつもならば魔剣として取り出すところを、リオがイメージした猛獣に似せて、実態化しただけだったのだが......
「ウォ〜~」
激しい咆哮。
そして、生徒達に襲い掛かる姿勢まで見せる。
急な猛獣の登場に、逃げ惑う多くの生徒達。
しかし、リオは笑うだけで制御しようとしない。
それはセリスも同様。
リオーヌに魔術師として、大した才能が無いことを顔の傷跡を絡めて馬鹿にする魔術課程の生徒達が未だに複数存在するので、ダィンとティルがお灸を据えようと、召喚魔術に応じて姿を変えて現れ、リオの蔭口をよく言っている生徒達だけを集中的に追い回したのだ。
セリスも、魔剣のそうした主人思いの意図に気付き、その動きを見詰めているだけ。
やがてリオが頃合いを見計らって、いつも通りに魔剣を仕舞うと、白虎の如き魔獣も姿が消えた。
このタイミングでセリスが、演説のようなことを始める。
「皆さん。 魔術師と言っても、それぞれの能力は大きく異なります。 中にはシェーリー嬢の様に、自然系魔術の全てが1級品という万能な才能を持たれる方もおりますが、大半の方は得手不得手の分野があるものですよね? 私も光と闇の魔術は全く使えません」
闇の魔術を使える者は、基本的に存在しない。
ジョークを交えたセリスの話に軽い笑いが発生する。
「一つの分野だけを究めただけでも、特級魔術師と評価されることもあるのです。 私は皆さんの中に、そうした肯定的な評価から目を背け、苦手な分野の魔術の拙さを馬鹿にして、見下すような言動を繰り返している者が複数人居ることを残念に思っています」
生徒達を見渡しながら本題に入ると、数人の生徒達が下を向いて俯いてしまった。
その子達は、セリスが険しい視線で睨んだことで、指摘の対象が自分達だと気付いたからだ。
「人は自己肯定感を得たがる生き物。 他者を貶めることでそれを得ようと、ちょっとしたことで蔭口やイジメに走りやすい面があるのも事実です。 でも、そんなことをしても、結局得られるモノは何もありません」
全開された『魅了』の能力は、特に指摘の対象である生徒達の心を激しく揺さぶる。
今までの行いが、非道なことであると刷り込みが始まり、改心を促してゆく。
「特に皆さんは、生まれつき魔力を持つという幸運の星の下で誕生されたのです。 人々と異なる才能を持つ者だからこそ、見本となる立派な魔術師として成長して欲しい。 だから私は今日、それを具現化されている教授のお手伝いとしてやって来たのです」
アンジェが恥ずかしくなるほどの持ち上げよう。
セリスに演説の才能があることを、その場に居る全員が初めて知ったのであった。
「学校である以上、点数を付け順位を出すのは致し方ありませんが、そんなことに囚われ過ぎてはいけません。 私の彼は魔術全般の点数は極めて低いですが、得意分野に関しては常識を超越した能力を持っております。 先の戦場ではその得意を活かして多くの同級生の命を救いました。 そんな彼のように、人々の命を救う為、魔術で全力を尽くす、立派な魔術師を目指して下さいね」
セリスは先日リオがふと漏らした弱い部分に、これ以上負担をかけさせまいと、このような演説をしてみせたのだ。
『魅了』の能力が発揮することで、セリスの言葉は人の心に深く刻まれ、珠言となることを見越した上で。
この能力こそ、これから新帝国を牛耳ろうと野心を燃やしているマヤ・カトルが欲している力であり、セリス皇女が高位ランク術師だという秘密が鎮軍大将軍の陣営に知れ渡れば、より多くの犠牲を払ってでも絶対に手に入れたいと考えるようになるだろうことを、リオもセリス自身もこの時点で気付いており、だからこそ非常に危惧していたのだった。




