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仮面の貴公子=最強の魔剣士?【エウレア皇紀・異世界編】  作者: 嶋 秀


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第35話(上大将軍の死)


 「公子。 皇女様の想いに応えてあげたのでしょうね」

 頃合いをみて学院へと戻って来たベールは、シ終えた後の片付けをしていた為、まだボロ家屋に残って居たリオーヌに確認する。


 「うん」

 その返事を聞き、漸く安堵の表情を見せたベール。

 「もし、応えて無かったら、俺は国に帰るつもりでした」

 強い口調のベール。

 それを聞き、驚いた表情を見せるリオ。

 『公子はこういう機微に、相変わらず鈍感だな』

 そう思ったので、少し説教を始めた。


 「どんなに魔力が強力でも、鍛錬を積んだ術師であっても、国を出たことの無い19歳の少女が、リオーヌ様に逢いたいと、こんな遠くまで独りでやって来たのですよ?」

 「そうだね」

 「道中、どんなに心細かったことか......それだけの人生を賭けた決断なのです」

 「......」

 「公子。 貴方はたった一人でアトラ大陸を横断する長旅をしたことが有りますか?」

 「無いよ」

 「竜族の力を得ていても、完璧な人間は居ませんからね。 フマ・ホムラあたりに追跡されていたらと思うと、ロクに眠りも取れず、ここへ辿り着いたのでしょう」

 「きっと、ね」


 リオは相槌を打ったものの、どうやって短時間で到着したのか、セリスから裏事情を聞いていたので、そこまで危険な旅では無いと知っていた。

 実は、竜族だけが使える特別な遷移魔法陣が設置されている極秘の場所に行き、それを利用して一瞬で、東西5000キロ以上に及ぶ中央山岳地帯を通り抜けていたのだ。


 「それに、新帝国との縁切りを決断したセリス様は、早く純潔を捨てたかったのでしょう。 それが大嫌いなマヤ・カトル将軍への、最も痛烈な意思表示になるからです」

 「意に沿わぬ降嫁を命令しようとした、陛下に対する抗議の表明をも含めてか......」

 セリスの心中を推し量ったベールの言葉に、リオは自身の呟きを重ねる。


 そして、

 「ベール、気を遣ってくれてありがとう。 僕はまだまだ未熟だね」

 「ええ、その通りですぜ。 でも、羨まし過ぎ。 セリス様は帝国の至宝ですよ?」

 「帝国人に、背後から刺されても仕方無いよね?」

 「本当ですぜ、全く」

 セリスと一つになれたというリオの感想に、それは当然だと言い切るベール。

 苦笑いを見せるリオーヌに対し、ベールは肩を何度も叩く。

 「痛い、痛いってば」

 それは、より深い関係となった若い男女2人の門出に、強い祝福を込めたものであった。





 一方、その頃新帝国では、一大騒動が発生していた。

 「なに? 孫のセリスが逐電しただと?」

 「はい。 申し訳ありません」

 「そんな遠くには行っていない筈だ。 直ぐ探して連れ戻せ」

 シュン皇帝は、酷く恐れた様子で報告に現れた、内宮の責任者を責め立て、厳命を下す。

 「ところが、陛下......」

 直ぐに口答えされたことが、かなり気に要らない。


 暫し睨みつけ、気持ちを少し鎮めてから、

 「申せ」

とひとこと。

 「セリス皇女様が宮殿内より居なくなったのは、半月程前とのことでして......」

 「そんな馬鹿な......何故誰も気付かなかった」

 責任者の説明に、言葉を失った皇帝。

 あり得ないことが発生したということだけは、理解出来ていた。



 そこに、宮廷内の騒ぎと皇帝の怒りを聞きつけ、病床から起き上がり、皇帝達の目前に現れたホージョ・レイオル上大将軍。

 「レイオル、どうしたのだ?」

 シュン皇帝は、盟友の体を気遣う。

 「陛下、ひとまず御人払いを」

 その要望に直ぐ応えると、レイオルは力無く近くの椅子に座り込む。

 人払いと言っても、皇帝の身辺を警護する親衛隊は、不測の事態に備え、近くで控えている。

 ある程度、秘密が漏れるのは致し方ない状況だ。


 「大丈夫か? 用件を申してみよ」

 上大将軍は周囲を見渡してから、言葉を選んで話を始める。

 「失礼致しました。 では、玉音に甘えさせて頂きます」

 ただ、言葉を発するのも苦しそうな上大将軍。


 少し深呼吸を入れてから、漸く声が出るようになる。

 「セリス皇女様は術師なのです。 それも高ランクの」

 「本当か、それは」

 頷く上大将軍。

 「実は臣、2週間前にセリス皇女様から最後の挨拶を受けておりました」

 「......最後?」

 「臣の命は間もなく尽きますので、よって今生の別れの挨拶です。 その際、邪な野心を持つ臣下に降嫁することは出来ない。 二度と帝国の地に足を踏み入れるつもりは無いと」

 「なんじゃと? 邪な野心家とは?」

 「鎮軍大将軍マヤ・カトル様のことでしょう」

 忠実な臣下だと思っている人物の名があがり、不服そうな表情に変わるシュン皇帝。

 皇女セリスが、自身に都合の良い理由を盾に、降嫁を拒否しているのだと解釈した。


 「今回の件、内宮の者達を責めないで頂きたく思います。 セリス様の術で、全員が記憶を操作されていたのでしょうから」

 「そんな術が......」

 「可能なのです、セリス様には」

 「どうしてそちは知っておるのだ?」

 「最後の挨拶時に、そうしたことも打ち明けられました」

 「そんな......何故、レイオルにだけ」

 「陛下に意に沿わぬ降嫁を勧め続けられたから、相談出来なかったのでしょう」

 「誰のお蔭で、何も困らぬ贅沢な暮らしが出来ていたのだ? 恩知らずの小娘め」

 怒りから思わず口汚く罵ってしまった皇帝。

 祖父と孫という関係で、そこまで言ってしまうのは、勅命で出陣した戦いにおいて実父を亡くしたセリスに、少し酷な言い方だとレイオルは思うのだった。


 「陛下、私は危惧しております」

 「何をだ」

 「強大な領地と私兵を有する高位の臣下に、数少ない皇族を降嫁させることをです」

 「その臣下とは、カトルのことか? ヤーン州全域は彼等が勝ち取った地。 皇帝と雖もそれを取り上げることは不可能だ。 それに予は、苦しい時代に交わした約束を反故には出来ない」

 「陛下。 鎮軍大将軍は既に過分な地位を得ております。 過去の約束を果たせていない分も。 そうはお思いになりませんか?」

 「......」


 これ以上、特定の臣下に大きな力を与えるのは危険だと、レイオルは険しい表情で訴えたが、やがて咳き込み始めてしまう。

 その後、上大将軍の体調が著しく悪化したことで、この話題は、そのまま放置されることとなるのであった。




 「フマ・ホムラを呼んで欲しい。 極秘にな」 

 幾分体調が回復した日に、レイオルは最期の務めを果たす為、謹慎中のキョウ皇太子の最側近であるホムラに呼び出しをかけていた。

 ものの10分程度で、南宮に現れたホムラ。

 その姿を確認した上大将軍は、左右の者を下がらせ、室内は2人だけに。


 「陛下の怒り、少しは鎮まったか?」

 戦勝という成果と共に帰還したばかりの皇太子が謹慎させられたのは、双子の姉セリスが鎮軍将軍への降嫁を断固拒否し、帝国外に逐電したことでのトバッチリであった。

 「いえ」

 ホムラは片膝を床につき、レイオルが横たわるベッドの下で、頭を垂れたまま答える。


 「ワシも元気だったら、一緒に謹慎を喰らっていただろうな。 セリス様の独断行動を黙認したのだから」

 「......」

 「最後の心残りが有ってな。 それをワシの代わりに貴殿に託しておこうと思い、呼び出したのだ。 許せ」

 「上大将軍様の代わりを、非才な臣が務められる筈もありません」

 「では、拒否するか? 託されるのを」


 上大将軍から『信頼に答えるべきだろ?』と暗に言われ、形式的な挨拶に拘っている時間がレイオルには残されていないのだと気付かされたホムラ。

 「謹んで、拝聴致します」

 その返事に、レイオルは笑みを浮かべて頷く。


 「先ずは、セリス様のこと」

 「はっ」

 「いずれ帝国の高位の術師の誰かに、彼女を連れ戻せとの勅命が下るであろう」

 「......」

 「セリス様は貴殿が思っている以上に才能溢れる術師。 しかも稀代の魔剣士であるリオーヌが一緒だから、100%復命出来ず、失敗に終わる。 それが最高位、10ランク術師の貴殿であってもだ」

 「......」

 「それ故、貴殿は、ワシの葬儀が終わったら、皇太子殿下と一緒に配下の軍勢を率いて外征に出られよ」

 「は?」

 「イーノハに居る衛将軍と合流されるのが良いじゃろうな」

 そのように勧めると、わざとらしく数回咳払いをするレイオル。

 裏の意図を噛み砕く時間を与えたのだ。


 「上大将軍様亡き後、発生するであろう災いから、身を避けるべきということですか?」

 「そういうことじゃ。 ワシが陛下宛ての遺言文書に、『劉国残党が蠢動し続けているし、実力者の新皇帝に代わったラ・ダーム帝国も侮れない。 南方が極めて心配だ』等と上手く書いておくから、それに合わせて行動されよ」

 「......わかりました」

 「セリス様のこと、呉れ呉れも貴殿にお願いしておくぞ」

 「合わせて、謹んでお受け致します」


 ホムラが引き受けてくれたことで、安堵の表情を一瞬浮かべた後、

 「ここからは老人の独り言だ。 かつて最高の知恵者と謳われたレイオル・ディアナのな」

 「はっ」

 「陛下は些か衰えられた。 やはり人間、寄る年波には勝てんな」

 「......」

 「それと、一気に呆けてきたようにも見受けられる。 戦さが終わり、張り詰めていた気が抜けたせいかもな」

 「そんなことは......」

 「ホムラ。 ワシの独り言じゃ」

 「ははっ」

 「予言の術師となられたセリス様は、最後の挨拶時に大事な言葉を残して他国に移られた。 マヤ・カトルは、いずれ帝国の乗っ取りを企み、実行に移すであろうと」

 「予言の術師......ですか」

 「油断、盲点であったわ。 鎮軍大将軍は極めて従順な態度で陛下や重臣達に接していたから、秘めた野望に気付けなかった。 ワシがもう少し生きておれれば、多分防げるが......この通り、命は風前の灯。 最早手遅れじゃ」


 悔悟の表情で語るレイオル。

 『予言』というキーワードを使ったセリス皇女の厳しい指摘に、知恵者と言われた自身の衰えも実感していたのだ。


 「ああ、そうじゃった。 セリス様からホムラに言伝を頼まれておってな。 『キョウを、私の愛する弟を最後まで頼む』と」

 「......」

 「まあ、そんなところだ。 この後渡すモノが有るから、側近から忘れずに受け取ってくれ。 呆けた偉大な大皇帝が支配するシ・タン帝国。 思いがけぬ混乱発生は目前じゃぞ? キョウと南方に行き、統治を盤石にしつつ、力を蓄えて運命を切り開け」


 レイオルはベッド上から、ホムラに視線を送っている。

 会話が途切れたので顔を上げ、上大将軍の表情を凝視。

 ホムラが感じたその眼差しは、名将と謳われ、最も輝いていた壮年時のレイオルと、全く同じモノであった。




 それから12日後。

 東方世界の戦乱終結と新帝国建国に生涯を捧げた上大将軍のホージョ・レイオル、西方世界での元の名はレイオル・ディアナは、71年の波乱万丈な生涯を閉じた。

 帝都オウランでは半旗が掲げられ、盛大な葬儀が行われた。

 レイオルの妻は遥か前に亡くなっており、父を補佐して戦場で活躍した一人娘も数年前に病死。

 生涯独身だった一人娘。

 挙兵時の旧シーラー王国の西半分に及ぶ彼の広大な遺領は継ぐ者がおらず、帝国直轄地に戻されたが、その他の億金に及ぶ莫大な遺産は遺言に基づき、半分は国庫に納められ、残りの半分は皇帝の裁可を経て、皇太子キョウを通じる形式で、生前、上大将軍が特に目をかけていた一族のリオーヌ・ディアナへと引き渡されることに決まったのだった。

 



 「姉上は、いったい何処まで今後の事態を予見しておられるのだ?」

 ホムラから受け取った皇太子宛てのレイオルの遺書。

 それを読み終え、極秘文書については炎に投げ入れてから、キョウは質問をしていた。

 「それについては、臣より殿下の方が詳しいのでは?」

 ホムラは、セリス皇女が天蓋山での修行を終えた10ランク術師であることを知らなかったので、その秘密をただ一人知っていたキョウ皇太子に皮肉を言ったのだ。

 ホムラに気付かせぬ程、セリスは上手く自身の魔力を制御していたという事実。

 それだけでも、自身に匹敵する術師だとホムラは判断していた。

 「遺言通り、南方に赴く許可を得たから、準備を急いでくれ」

 「陛下の心変わりが心配ということですか?」

 その質問に頷くキョウ。


 皇太子の実母はグドール一族という、半ば国際的な商人家系の出身なので、帝国内での権威は得られ無い。

 彼は、亡き上大将軍と帝国宰相の支持を得て、順当に皇太子となったが、宰相が皇帝の不興を買って、閉門蟄居したこともあり、これからは自身の実力で皇太子の地位を守らねばならないのだ。


 「リオから、預かっているレイオル様の巨額な遺産について、その使い道の承諾は取れたか?」

 「レルタニア王国に接触を依頼したところ、当面、殿下が好きに使ってくれて構わないとの回答が有りました」

 「大きな借りが出来てしまいそうだな。 とりあえず劉国残党の再討伐だ」

 上大将軍の死を知り、帝国の南半分は不穏な情勢が漂い始めている。

 南方の平定は上大将軍担当だったので、シュン皇帝よりも、レイオルやリオーヌの方の威名が轟いている。

 両者が新帝国から居なくなった以上、最終決戦で大敗後、国力差で一方的に併呑されたことへの不服従感が、元来伝統有る独立国家が複数存在していた南方地域臣民の間では強いのだった。




 「漸く、目の上のたんこぶが居なくなったな」

 臣下を集め、この日の議題を切り出したマヤ・カトル。

 旧北ヤーン国の宮殿に拠点を置き、天下の情勢を睥睨している。

 シュン皇帝の親任極めて厚かったホージョ・レイオル亡き今、カトルは帝国内で最大勢力を誇る大大名だ。


 ヤーン州は帝国8大州の一つで、カトルはヤーン州牧(州牧は軍権を持つ行政長官)に任命されているが、それは帝国側が現状を追認しただけの地位贈呈に過ぎず、同州はカトルの完全支配下にある。

 これ程広大な私領を持つ人物は、帝国内の約半分を直轄統治している皇帝以外誰も居ない。

 しかも、ヤーン州は皇帝直轄地域が微塵も存在しないという点で、領内の情報が漏れにくいという長所を持っている。

 こういう恵まれた条件下にあって、しかも皇帝が老齢で、皇太子が次期皇帝としての権力基盤を確立していない状況では、カトルでなくとも実力有る人物であれば、大きな野心を持たずには居られないであろう。


 「セリス皇女には、降嫁を拒否され、他国に逃げられてしまいましたが......」

 保険をかけて皇太子の外戚という椅子をも狙っていたが、手中に収め損ねたことを残念がる臣下達。

 カトルは、ランク9の術師を3名腹心とし、その他の最側近達も、これはという目に付いた優秀な人材を敵味方問わず集めており、人的集団としても、帝国内随一であると自負していた。


 「実権を握れば、女一人ぐらい、いつでも捕らえられよう。 レイオルが死んだ以上、焦る必要は無い」

 カトルはデスクに広げた天下の地図を見詰めながら、側近の残念そうな声に、楽観的な予測を答える。


 「先ずは、盟友を失った陛下の懐刀となることを優先すべきです。 皇帝陛下は高齢で、衰えが顕著に見え始めていると、宮廷に送り込んだ間者から報告もあがっております」

 「耄碌を助長させ、なるべく早く皇太子を挿げ替える。 シュンがいつ死ぬか、これは分からぬからな。 さすれば、東方世界は俺達ヤーン民族のモノだ」

 カトルは最早野心を隠そうとしない。

 くだらない理由で、領土を拡張するという大きな実績をあげて帰国したキョウ皇太子が皇帝から遠ざけられた。

 これを皇帝の衰えと見るのは当然である。


 「さあ、みんな。 新たな戦いが始まるぞ。 気合いを入れよ」

 号令を掛けた鎮軍大将軍。

 それに対し、

 「お〜」

と全員が唱和。

 いよいよ、彼等が長年帝国内外に仕込んで来た種を収穫し、成果を刈り取る時がやって来たのだった。


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