第31話(特級魔術師なの?)
シーラー・セリス。
シ・タン帝国初代皇帝シーラー・シュンの直系の孫であり、現皇太子シーラー・キョウの双子の姉にあたる。
弟のキョウは、一切魔力を持っていないが、姉のセリスは相当強い魔力を有している。
その為、
「セリス様は弟殿下の分まで、魔力を持って生まれた天運の持主なのだろう」
と言われているのだ。
リオーヌがシーラー王国に人質として預けられた当初。
王家には、跡継ぎ候補の王族がそれなりに居たので、セリス・キョウの姉弟は後継の最有力候補では無かった。
そこで王家としては、ディアナ大公国より預かった公子のリオーヌを、セリス・キョウと共に育てることとしたのだ。
しかし、のちに『血の舞踏会』と呼ばれ、リオーヌが顔面に大きな呪いの傷を負うに至る、大きな事件が発生。
それは、帝政移行直前の王政時代末期。
その頃、国力の伸長著しいシーラー王国では、シュン国王の親征で大勝した際に、大規模な戦勝記念パーティーが王宮で挙行される慣習が確立されていた。
この時も、王都への帰還途中であった国王を除き、多くの王族が参加していた祝賀式典。
その隙を狙って、シーラー王国と敵対する勢力が結託し、極めて多くの刺客を送り込んで報復をするという、大規模な暗殺テロが発生したのだ。
この事件で、長き戦乱の時代を生き延びてきた王族の大半が死亡。
リオーヌの活躍も有って、セリス・キョウ姉弟は無傷で生き残り、その後シュン国王の後継者と決まった訳だが、この時実はセリスも、その膨大な魔力による防御術で、弟のキョウを護っていたからこそ、姉弟揃って傷一つ負わなかったというのが、真相であった。
「セリス様。 何故、西方世界に?」
目の前で跪くリオーヌ。
その姿を見て、直ぐしゃがみ込み、
「ちょっと、リオ。 ここでは、そういう身分だというのは秘密なのだから」
と耳打ちするセリス。
それを聞き、立ち上がるリオ。
周囲を見渡し、既に大注目の出来事となってしまっている状況に、
『拙った。 帝国時代の慣習で思わず反射的に......』
内心反省したものの、とりあえずポーカーフェイスを保って、
『どうやって誤魔化そうか』
と思案を巡らしてみる。
すると、
「リオ。 貴方が謙虚な性格であり、いくら私の許婚だからと言っても、そこまで畏まる必要は有りませんよ」
セリスがニコやかな笑顔を振り撒いて、その場を上手く取り繕ったのだ。
「これは失礼致しました、セリス」
敢えて皇女を呼び捨てにしてみせ、2人の成り行きの行方を見守っている学院の多くの者達に、セリスと許婚であるように見せ掛けることにする。
「行きましょう、リオ。 皆が、英雄と称されることとなった貴方の姿を一目見たいと思い、集まられているのですから」
セリスが先に手を差し出し、その手をリオーヌが取る。
そして、アンフルル学院の大きな学舎の建物内に向け、ゆっくり歩き出すのだった。
その直後を、ベールが続く。
特に皇女であるセリスを警護しなければならないと考えながら。
その為、戦場で主に見せる鋭い眼光により、周囲を威圧。
その様子に、それまで笑顔で集まっていた学院高等部・大学部の学生生徒達が、ベールの方を指差しながら、少し怯えるような表情へと変化。
セリスは、
「あら。 みなさん、どうしたのかしら?」
直ぐ異変に気付く。
そして、後ろを振り返ると、ベールが鬼の様な形相で背後に聳え立っていたのだ。
「リオ。 少し止まってくださる?」
セリスの要望で、歩みを止める。
すると、
「確か......ベールさんでしたよね?」
と声を掛けたのだ。
今まで、皇女である『帝国の至宝』シーラー・セリスの御声がけなどされたことの無いベール。
しかも、名前を憶えて貰っているということは、あり得ない程の名誉有る出来事。
2人に合わせて立ち止まると、今まで見せたことの無い様な困惑の表情に一変していた。
それを見て、リオーヌが笑い出す。
「どうしたんだベール。 そんなに緊張して」
と言いながら。
「光栄なことです、皇女様......」
絞り出すような小声で返事をするベール。
それに対し、背の高いベールに見えやすくする為、セリスは背伸びをしながら、唇に指を当てる。
「シ〜〜、ですよ」
と。
余りにも可愛らしい、その仕草。
周囲で見守っている学生・生徒達も、リオ達の会話は聞こえないものの、ザワザワザワザワ。
「うお~」
「愛らしい〜」
と、何とも言えない歓声のような声も響く程の反応だ。
対照的に、益々困惑の顔となるベール。
セリスは、周囲の反応を意識しながら、
「ベールさん。 私は大公国の公子であらせられるリオーヌ・ディアナの許婚、セリス・グドールなの。 イイわね?」
と、含みのある笑顔を見せながら言い出したのだ。
「セリス・グドール?」
突拍子も無く、西方世界風の姓名を名乗ったので、驚くリオ。
そして、
「さあ、先に進みましょう」
苦笑しつつ勧めるのであった。
一方、リオーヌを囲んでいる人集りの中では、突然の許婚登場に驚く生徒達が沢山居た。
「あの子、誰? いま、許婚って言ったよな?」
見たことのない美女の大胆な登場で、どよめきが起きる程であった。
そこで、学院内の事情に詳しい生徒達が周囲に説明を始める。
「3日前に大学部へ編入して来た子だよ」
「大学部......学科は?」
「魔術学科で、1年。 あっち(大学部の意)では既に凄い話題となっているんだ。 『あんな綺麗な子、見たことない』ってさ」
「何処ぞの御令嬢?」
「それが不明らしい」
「あれ程の美貌で貴族だったら、余程の小国出身でも無い限り、社交界で話題になる筈だな」
リオーヌが所属する魔術課程でも、特に男子生徒の間で、そんな会話が飛び交う。
「どうってこと無いじゃない」
「どうせ、平民出身でしょ?」
「噂先行で、男共が大袈裟に騒ぎ過ぎなのよ」
一方、女子生徒達の間では、セリスの美女ぶりに嫉妬し、見下す評価をする者が多い。
「シェーリーが、そんな顔するのを初めて見たよ」
少し離れた群衆の一角では、スルーズ王国出身の大貴族レン・ルッツェンベルクがレルタニア王国出身の魔術師候補生シェーリー・ブレーメベルン公爵令嬢に話し掛けていた。
「私、変な顔をしていましたか?」
レンの声掛けに、ちょっとだけ気落ちしている様なトーンで答えたシェーリー。
「憧れる様な気持ちが有ったのだろ? 彼に」
レンの鋭い指摘に、敢えて首を振る令嬢。
実は図星なのだが、彼女は自身の感情を抑制するよう教育され、育ってきた。
魔術師として成功者となるには、感情に左右されない冷静さが極めて重要な要素であるからだ。
「リオーヌは、魔剣士、それに精神攻撃系魔術師として優秀な能力を持つ、同じ課程のクラスメイトに過ぎないわ。 私にとって、それ以上でもそれ以下でも無く、ね」
シェーリーは魔術師として、大成することを義務付けられている、レルタニア王国を代表する一大魔力家系大貴族の出身。
しかも、なかなかの美人で、高位の貴族家の御令嬢という出自も有って、学院内で高い人気が有るのだが、恋愛ごとには無関心な風をいつも装い、普段から冷徹な言動で振る舞うよう心掛けている。
人物観察が好きな一般課程のレンは、そんな彼女の内面をほぼ完璧に見抜いていた。
「じゃあ、これを聞いたらどうなるかな? きっとシェーリーも心が掻き乱される筈だ」
「なんですの?」
「リオーヌと一緒に歩いている、あの美女大学生。 彼女は魔術師として、既に特級にランクされる程の実力の持主らしい」
それを聞き、珍しく自身の感情が露骨に表情へ出るシェーリー。
本当は、感情表現が豊かな女子高生令嬢なのだ。
「あの若さで特級なの? 1級や2級じゃなくて」
「言っただろ? 『らしい』ってさ。 あの子が非公開で受けた編入試験の結果、我が学院の教授陣がそのような評価を下した、らしい」
レンは、一瞬ニヤッとして見せた後、簡単な説明を付け加えたのだった。
特級魔術師とは、西方世界で最も評価される魔術師の総称。
東方世界の術師であれば9クラス以上の評価に当たり、最高ランクと同意義となる。
アンフルル学院高等部魔術課程3年次で、常に学年首位のシェーリーであっても、その実力はまだ2級魔術師といったレベル。
大学を卒業した頃には、1級魔術師になるだろうという見込みだ。
それが、19歳で特級クラスと評価されたということは、天才魔術師であることに疑いない。
しかも、そんな女性が全くの無名。
それは、流石にあり得ないと考えるのが普通である。
「レン。 あの方はどちらの出身なのかしら?」
「それは、学院イチ情報通の僕でもわからないのさ」
「スルーズ王国の政治の中枢に関わる貴方でも?」
シェーリーの相次ぐ質問に答えながら、頷くレン。
ただ、最後にひとこと。
「これは僕の予測だけど、恐らく新帝国出身の魔術師だよ、彼女は」
「東方世界の魔術師?」
「あちらでは術師って表現するのだけどね」
「......」
東方世界の魔術師が、西方世界の魔術学校に入学して来る。
今まで、そのような例は殆ど無かったのだが、東方世界が統一され、シェーリーの母国であるレルタニア王国が、大海を横断する無寄港蒸気船を就航させた以上、東西世界の直接交流が一気に深まって、新時代がやって来ると言われ始めたことを彼女は知っていた。
『新時代の幕開け』
そのような標語も、シェーリーの母国の新聞を賑わす記事となっている。
もし、リオーヌの許婚だと自己紹介したあの美女が、本当に東方世界の魔術師、それも最高クラスなのであれば、西方世界の魔術師が知らないような類の魔術を使える可能性が高い。
その時、自分自身がどのように対応出来るだろうか?
シェーリーは、レンが明かした衝撃的な内容に、胸が激しくざわつく様な感覚に囚われるのだった。
その後リオーヌは、学院長室を訪問していた。
白く長い顎髭が見事なヨハン・エーレベルク侯爵。
『相変わらず、人の良さそうな翁だな』
ベールはリオーヌの隣に座り、出征を終えたことへの儀礼的な挨拶をしているリオと学院長の話を聞き流しながら、そんなことをを考えていた。
すると、リオが、
「ところで、侯爵様」
「なんじゃ?」
「侯爵様は、皇帝陛下と同級生だったのですよね?」
「そうじゃよ」
「では、新たに大学部魔術学科に編入された、セリス・グドール様についても......」
「ああ、そんな子が編入して来ておったな〜。 あの学生は君と同様に、皇帝陛下の関係者なのかい?」
逆質問されてしまい、困った表情へ一変するリオ。
自身が編入したのは、シュン皇帝の推薦が有ったので、セリスについても学院長は詳細を知っているものだと決めつけていたのだ。
「いえ。 明らかに混血の非常に美しい方なので、シーラー王国出身かと思いまして」
適当な言い訳で誤魔化すリオーヌ。
「うむ。 確か一昨日、挨拶でここに来ておったが、君の言う通り、相当美しいの〜」
学院長は顎髭を触りながら、セリスに関してそんな感想を述べただけで、この話題はそのまま打ち切りとなったのだった。
学院長室を出ると、セリスは多くの学生に囲まれ、質問攻めとなっていた。
「セリス様。 許婚とはいったい?」
「言葉通りですよ」
「あの高等部の生徒との関係は?」
「幼馴染ですわ」
「まさか、本当に結婚はしないですよね~」
「いえ。 私は添い遂げるつもりです」
「そんな〜」
「貧乏国のあんな男では無く、俺と」
「いや、僕と」
「公爵家の跡継ぎである私とならば、必ずもっと幸せになれますよ」
「ははは......」
ニコやかで、丁寧な返事を根気よく繰り返してはいるが、内心苛立っていることにリオは気付いていた。
セリスには決まった癖があり、イライラすると、首に掛けているネックレスを弄り続けるのだ。
暫く様子を見ていると、リオーヌが退室して待っていることに気付いたセリス。
「リオ、行きましょう」
そう言いながら、
『助かった〜』
という顔を露骨に見せている。
それを見て、
『本当は今直ぐにでも、魔術で全員吹き飛ばしたいのだろうな~』
リオは苦笑しつつ、セリスの内心に思いを馳せる。
普段は皇女らしく、淑やかで可憐。
大人しい風にも見えるセリスだが、実はかなりの武闘派。
裏の顔は、かなり男前であるのだが、まだ本性は微塵も見せていない。
自身を囲んでいた学生達を掻き分けて出て来ると、リオと直ぐに腕を組む。
学生達は、戦場で活躍したリオーヌの実力を恐れて、それ以上近付こうとはしない。
編入試験時の圧倒的な強さが、大学部でも噂となっているのだ。
「何処に行きましょうか、セリス」
その質問に、
「私の部屋でどうでしょう?」
大胆な申し出に、思わずリオも、
「えっ?」
周囲で、2人の会話に聞き耳を立てている男達からも、
「え~〜」
とどよめきが。
そんなことにはお構いなく、
「お疲れでしょう? 私が癒しますよ。 さあ、行きましょうね」
セリスはリオを半ば引っ張りながら、自身の借りた部屋のある寮の建物の有る方へ、どんどん進み始めるのだった。




