第3話(凄腕の魔剣士)
仮面を付けたままのリオーヌはトボトボ歩いて、ボロンの側近という男のあとをついて行く。
男は振り返りつつ、愛想笑いを見せて無理難題に応じてくれたことに対する感謝の意を伝えようとする。
その態度に、内心可笑しさがこみ上げるも、仮面のお陰でそうした雰囲気が伝わることは無い。
リオーヌが顔面の傷がだいぶ癒えたにも関わらず、仮面を手放さなかったのには、ポーカーフェイスを容易に維持出来るという便利さが有るからなのだ。
「ここか......」
あまりにも豪奢な大邸宅。
『ディアナ大公国では、あまり見掛けない規模だな〜。 国が貧しくとも、権力者やアングラ世界の実力者は、想像以上に裕福だと聞かされているし、そんな事例を東方一帯で実際に何度も目にして来たが、ここまでとは......』
妙な感心をしつつ、屋敷内へと案内されるリオ。
勿論、剣の帯刀は許されず、その他の武器の所有の有無を散々チェックされてから、漸く奥へと通されたのであった。
「おお、お前が東方一帯で有名な『仮面の貴公子』か〜。 よくぞ来てくれた」
ボロンは意外にもフレンドリーな雰囲気で語り掛けてきた。
『臨機応変に、こういう態度が出来るからこそ、南部一帯のボスになれたのだろうな』
そんなことを考えつつ、
「お初にお目に掛かる。 どうかお見知り置きを」
と通り一遍の挨拶を返し、様子見することに。
「『貴公子』なんて言われているから、よもや我等の仲間に応募してくるとは思わなかったぞ」
余程嬉しいのか、ダスティーは満面の笑みで握手を求めて来る。
それに対し、右手を差し出して握手をしながら、
「その通り名は、あくまで他人が付けたもの。 戦場における大量殺戮者に過ぎませんよ、私は」
淡々とした口調で答えた真実に、激しく頷いて同意するボロン。
「そのとお〜り。 傭兵など、あくまで稼ぐ為に人の命をやり取りするだけの忌まわしき存在。 それに対し、『貴公子』なんて渾名を付ける兵士や民衆達が愚かなのです。 貴方も我等の同志となって頂ければ、その実力に応じて、今まででは考えられないレベルの報酬を得ることが出来るでしょう」
我が意を得たという感じで、饒舌に話し出したダスティー。
余程上機嫌なのか、やがて屋敷内を自ら案内し始めたのだ。
五メートルはあろうかという広々とした天井の廊下には、美術品や絵画が整然と間隔を取って並べられており、ディアナ大公国の最も肥沃な南部地域を、その豪腕で支配してきた筋肉隆々の中年男にしては、美術の収集という意外に感じられる繊細な趣味を持っていたのだ。
延々と芸術品の由来を説明され、内心辟易していたリオーヌだが、仮面の効果でかなり説明を真剣に聞いているように周囲からは見えるらしい。
ボロンもそう感じていたようで、
「流石、洒落た渾名を付けられる御仁ですな~。 絵画や美術品にも相当関心が有ると見受けました。 貴公子然とした雰囲気を自然と持ち合わせているからこその、呼称なのでしょう」
ウンウンと頷きながら、自身の解釈に納得している姿を見て、
『人は見掛けに寄らないというが......』
と、つくづく実感のリオであった。
「日付も変わってしまい、お暇させて頂きたいのですが......」
何だか、ずっと頃合いを見計らっていた様子のリオーヌ。
『そろそろか......』
と時間を見て、切り出したのだ。
「おお、そうですな。 つい熱が入ってしまいました」
いつもとは異なり、妙なくらい低姿勢で丁寧な言葉遣いのボロン。
そんなボスの様子を薄気味悪く思っている側近達。
少し離れて、2人の様子を、特にリオーヌの動きを注視し、スーツの内側にピストルを隠し持って、不測の事態に備えていたのだ。
そして、ダスティーが玄関先に部下達を1列に並べ、笑顔で『仮面の貴公子』を見送り始めた時だった。
玄関の床下から突如爆発。
一瞬、何が起きたのか把握出来ない側近や部下達。
唖然としていた短い時間が過ぎて我に返り、直ぐ横に並んで立っているボスを覗き込むと......
笑顔のまま絶命し、そのまま仰向けに倒れたのであった。
『まさか、この死に様は......今、目の前に居た仮面の貴公子の仕業か......』
彼の刃は、死者に死んだことを気付かせないほどの、瞬殺であるという噂を聞いていた或る部下は、そんなことを考えているうちに、やはり絶命させられていた。
あっという間に屋敷内を制圧し、この夜そこに居た組織のメンバー全員を抹殺したのは、リオーヌの凄まじい魔剣士としての能力によるものであった。
「あ〜ぁ。 相変わらず、凄惨ですな~」
予め声を掛けていた信頼に値する戦友達に招集を掛け、一旦街外れで集合してから郊外の大邸宅に到着したジーンは、呆れた表情で感想を述べる。
ジーンを除き、緊急招集に応じた四名のメンバーも、同様の感慨を抱いていたようだ。
「急いで駆け付けたのに......やっぱりアングラ組織程度では俺達の出番が無かったな」
「流石『仮面の貴公子』殿。 相変わらずの斬れ味ですね」
「ほらな~。 賭けは俺の一人勝ちだ〜」
仲間からベールと呼ばれている最も年が若そうな男が、笑顔で賭け金の入った袋を抱えて独り占めに。
「ところで、その張本人は?」
レーオという名の男が疑問を声に乗せ、周囲を見渡す。
玄関の大理石の床は激しく目繰り上がり、足の踏み場もない状態であるし、1列に並んだまま、その場にうつ伏せや仰向けに倒れて絶命している組織のメンバー達は確認出来るが、リオーヌ自身の姿が見当たらないのだ。
「屋敷の奥に居るのでしょう、きっと」
これはアルートによる当たり前のような予想だが、それを合図に警戒をしながら屋敷内へ歩き始める四人。
今回招集に応じたメンバーのうち、正規軍軍医のエシア・シュランだけは、生きている者が残って居ないか、絶命状況の再確認をする為、死体の間を駆けずり回り始めたので、その場に置いて行くことに。
中を進むと、広い廊下のあちこちに銃撃の痕跡が確認出来るものの、銃を手に首を切断され絶命している組織のメンバーらしい者達の死体が点々と横たわっているだけで、4人の足音以外は物音一つしない静寂さ。
やがて、照明が落ちてしまい暗い廊下の最奥部に、彼等が知っているシルエットが月明かりに照らされ、見えたのだ。
「公子〜」
手を振るベールの声掛けに振り返ることなく、最奥の壁に掛けられた、大きな絵画を仮面越しに眺めている。
「公子殿。 お怪我はありませんか?」
今回やって来たメンバーの中で最年長らしいレーオが、廊下に敷かれた絨毯上で跪き、念の為の問い掛けをする。
「かすり傷はあるけどね」
リオーヌは視線を絵画に向けたまま、事実をありのまま答える。
「失礼致します」
レーオは一言告げてから、リオーヌの両腕を確認。
すると、当人の申し立て通り、両腕に数カ所の擦過傷が有ったのだ。
ただ、特に処置をすることは無く、確認だけで終了。
「魔剣を使って、銃弾を弾くと、こういう傷が付いちゃうんだよ。 いつものことだから、気にしないで」
当初から今回は武器が持ち込めないので、リオーヌの両腕に埋め込まれている魔剣を使って、襲撃する計画であった。
相手が銃を使って反撃してきた影響で、斬撃を加えながら弾き返すうちに小さな傷が生じたのだ。
「この絵が気になるのですか?」
横に並んで立って、同じ方向に視線を向けているアルートの質問に、
「他の絵画は、敵の反撃の銃撃で傷付いてしまったけど、この絵だけは無傷なんだよ。 だから、ちょっと不思議に感じてね......」
リオーヌの説明に見上げる一同。
その絵画は、我が子を抱く母の像であった......
翌日。
フェルメの街の役所は、朝からてんてこ舞い。
南部地域を牛耳っていた一大暴力組織が一夜のうちに壊滅しただけでは無く、ディアナ大公国正規軍の一軍が現れ、治安回復の為、駐屯を始めたのだ。
その軍は長い間、シーラー王国への援軍として派遣されていて、リオーヌより少し早く帰国していたレーオス・ゴージョア将軍率いる一万人余りであった。
「大公よりの布告を発表する」
役所の大広場で、ディアナ大公家の家紋入り印で封がされた重厚な文書を敬々しく開封し、民衆の前で読み上げ始めた将軍。
「① 南部地域一帯に大公の代理人である統治官を置く」
「② その統治官には、大公の公子であるリオーヌ・ディアナを任命する」
「③ 元正規軍参謀ジーン・ルカールにその補佐を命じる」
「④ 治安維持と南部国境防備の為、レーオス・ゴージョア将軍率いる一軍を駐屯させる」
「⑤ ・・・」
その後も続く布告。
これがジーンの立てた謀略に基づき、大公に特別な伺いを立てることなく、正式文書への署名だけをさせ、その徴した文書を使って、実際には公子のリオーヌが布告した新たな施策であった。
「フェルメの人々は大喜びでしたね」
街中は既にお祭り騒ぎとなっており、それだけ民衆が統治者不在の状況に苦しんで来たという証左であった。
「ジーン。 ひとまず、一帯の統治はお前に全面委任しておくけど、時々抜き打ち巡察に来るからな。 もし、酷い汚職でも有ったら、一瞬で首を切ってやる」
リオーヌが少し脅しをかけると、わざとビビった様子を見せるジーン。
「私も駐屯して監視しますから、公子は心置きなく勉学と鍛錬に励んで下され」
「レーオが居れば安心だね」
ジーンに対しての態度とは異なり、信頼を置いた笑顔でレーオス将軍の方を見詰めるリオーヌ。
「チェっ。 全然対応が違う」
一応抗議してみるジーンだが、リオーヌに簡単にあしらわれてガックリ。
「どうせ俺は不真面目ですよ~」
と言いながら、朝から酒を飲み干したので、みんなに笑われたのであった。
「アルート、2人の補佐を頼むね」
「はい。 その仕事ぶりを勉強させて貰います」
「僕が居ないからって、魔術の訓練を怠るなよ」
「もちろん分かっています、公子殿」
「大丈夫かな〜。 ジーンと一緒でアルートはサボり癖があるから......」
疑いの眼差しを2人に向けるリオーヌ。
それに対し、
『大丈夫です』
と胸を張るジーンとアルート。
暫く見詰めてから、
「まあ、程々にやってくれれば、それで十分かな」
諦めた表情で、そう言い残し立ち上がったリオーヌ。
すると、
「俺は、どうすれば良いですか?」
何も指示が無かったベールが慌てて確認。
「言って無かったか? ベールは僕の護衛兼フェルメとの連絡役だ」
「連絡役? それと公子に護衛は要らないと思うのだけど......」
「お前はどうせ、ここみたいに栄えている街に居続けると、ギャンブルに走っちゃうだろ? だから汽車で何度も往復する連絡係」
「俺だけ、大した役目が貰えないなんて......」
ショックでグズり始めてしまう。
「ベール。 連絡役が一番大事なのだ」
呆れ果てたリオーヌが説教モードに。
その後はクドクドと、その理由を説明。
他の3人は、それを見て溜息を吐く。
『公子は説教始めると、長いんだよな〜』
やがて頃合いを見計らって、最年長のレーオが、
「公子様。 そろそろ汽車が出る時間ですが」
と水を向けてみる。
「そうだった、急がねば。 ベール、付いて来い」
「ラージャー」
漸く前向きな気持ちになったようで、ランランな様子でリオーヌに続くベール。
その様子に、アルートとジーンが
「アイツ大丈夫ですかね~」
「護衛じゃなくて、本当は荷物持ちだろうな〜、ベールの役目」
という会話を始めつつ、勢い良く去り行く2人をその場で手を振って見送るのであった。