第30話(まさかの...)
輸送船から見る大海原の景色。
遠くに、アトラ大陸を東西に分かつ中央山岳地帯の稜線が薄っすらと見え続けている。
「本当に高いな〜」
標高一万メートル級の山々が連なる姿。
それをこのようにして見ることになるとは、1年前には思ってもいなかったことだ。
リオーヌ・ディアナは、人生を振り返りつつ、万感の想いを込めながら、じーっと流れる景色を眺めている。
『あの頂き付近には竜族というものが本当に居たのだろうか? エウレイア様ならば、その虚実を知っているのかな』
まだまだ聞きたかったことは、いっぱい有った筈。
だが振り返ると、尋ねてみたいと思ったことの3割程度しか質問出来なかった様な気がする。
『別れは唐突に、突然やって来るものなの。 だから、なるべく後悔の無いように生きなさい』
それが歴史上で伝説となっている、あの女性の口癖であった。
そんなことを考えているうちに、最後となった夜のことを思い出す。
気付いた時には、リオのベッドに潜り込んでいたエウレイア。
そして、色々な話をしてくれたのだ。
【回想】
「私は、リオに謝らなければならないことが一つ有るの」
「えっ」
「仮面の貴公子を演じる時、念押しで確認したこと、覚えてる?」
「何となくですが」
「私はあの時、リオ自身が仮面の貴公子になるべきだと考えていたの。 そして私がリオーヌ・ディアナを演じる。 その方が良い結末を迎えられると判断してね」
「......」
「でも、結果は私の想定と違っていて、リオの判断はより良い結果をもたらした。 それをキチンと伝えておかなきゃって前から考えていて。 今、こうして話せたわ」
胸のつっかえが下りたのだろう。
その時のエウレイア、いや、エウレアの笑顔は最も美しかった。
それは、一生忘れられない程の。
そのまま景色を眺めてぼ~っとしていると、いつの間にかベールが隣に立っていた。
「公子、また感傷に浸っているのですか?」
「そうかも」
「......」
今まで、こんな感じのリオーヌを見たことが無いベール。
既にイーノハを出港して1週間以上経つが、その間ずっとリオはこんな感じで、普段欠かすことの無い訓練も、サボったまま。
流石に心配になってきたので、声を掛けることにしたのだ。
「きっと公子は恋心を抱いていたのでしょう。 エウ・レイアに」
「多分」
意外にも、当人も自覚していたのだ。
「じゃあ、アルートと一緒にエウ・レイアの旅に同行すべきだったのでは?」
「エウレイア様が居なくなって気付いたんだよ。 隣に居る時は、全然こんな感じじゃ無かったのにね」
「なるほど」
「恐らく、二度と会えないとか考えちゃってさ」
「彼女は、何て言っていました?」
「必ず会えるわって」
「じゃあ......」
ベールの言葉に首を振ったリオ。
『再会というのは、死後の世界でという意味......彼女の瞳の輝きの無さが、自身の言葉を否定したんだ。 間違いなく』
そして、再び遥か遠くの稜線を見詰め続ける。
『今頃、何処に居るのだろうか? アルートは荷物持ちでもさせられているのかな? きっと怒られながら』
そんな想像が浮かび、思わず独り笑いしてしまう。
「あんな女性、二度と出逢えないだろうな」
リオの独り言に、頷くベール。
絶対の自信と狡さと優しさを常に周囲に振り撒き続ける、一風変わった絶世の美女。
それが、エウレア・シェラスであった。
そんなやり取りが有ってから1週間以上後。
輸送船団は、ようやくレルタニア王国の大陸側の飛び地ノイン地方最大の港町『ノヴァーク』に到着した。
出迎えには、援軍に参加した各国政府の関係者が多数来ており、VIPも多いので、一般人に関しては規制されていて、程々の人数という感じであった。
「大公殿下。 こちらです」
リオーヌとベールは、シュルツェル伯爵に続いて下船したところ、埠頭に伯爵家の執事が迎えに来ていたのだ。
「ゾイド、留守中ありがとう」
伯爵がそう言いながら、レルタニア王国の大貴族としての特別扱いにより、埠頭内に横付けされた馬車へと乗り込む。
それに対し、躊躇する2人。
同乗して良いのかどうか分からなかったからだ。
「遠慮しないでくれ。 私達は共に死線をくぐり抜けた戦友だろ?」
車内からの伯爵の声掛けで、意を決して乗り込むリオーヌ。
実は、周囲を歩いている輸送船に同乗していた将兵から、その特別扱いを羨む様な痛い視線を無数に感じていたからだ。
あのエルリック・フラール王太子ですら、迎えの馬車は遠く離れた出入国管理建物の玄関前迄しか進入を許されず、レルタニア王国側の管理体制がかなり厳しいことが窺える。
「では、お言葉に甘えて」
リオに続いてベールが乗り込むと、ゾイドが扉を閉め出発。
馬車はそのまま入国手続き省略で進んで行く。
「あの〜」
「リオーヌ殿、どうした?」
「僕達の入国手続きについてですが......」
「それは、フラー王国に入る時にだね」
伯爵は当然のような顔で答える。
「いや、レルタニア王国民ではありませんので」
「リオーヌ殿は、今回の戦いにおいて大活躍したのだぞ? 英雄に対して、入国スタンプが無いとか、レルタニアは、そんなみみっちいことを言うような国では無い」
「でも、伯爵様はフラー王国の貴族でもありますよね?」
「そうだったかな?」
笑いに包まれる馬車内。
「少し立ち寄るところが有るから、その後アンフルル学院に向かおう」
伯爵は、少し急ぎの用件があるからこその特別待遇だと2人に仄めかしたのだった。
やがて馬車は、港を望む小高い丘に向かって坂道を上がって行く。
登り終えた先には、柵に囲まれた広い庭園と遠くに重厚な建物。
「ここは......」
リオの呟きに、
「王室の別邸だよ」
伯爵が答える。
「もしかして......ですか?」
省略された確認に、
「そう。 もしかしてだね」
その意味は、レルタニア王が3人を待っているということであった。
「いや〜、公子、緊張しますね〜」
馬車を降り、王室関係者の案内で貴賓室に通された3人。
伯爵は直ぐ、直接国王の元へ帰国の挨拶に向かったので、部屋ではリオとベールだけ。
2人は、超豪華でフワフワなソファーに座っている状態。
「調度品は、帝国の新宮殿のものと、負けず劣らずと言ったところか〜」
立ち上がって周囲を見渡しながら、気になったモノを確認し、その感想を述べるリオ。
「公子に鑑定眼って、有るのですか?」
疑いの眼差しのベール。
貧しいディアナ大公国には、迎賓館すら無いし、国主は古びた城で平民と変わらない生活をしていると聞く。
そんな国の公子なのだから、高級品の価値がわかる筈が無いとベールは言いたいのだ。
「これでも、帝国でキョウやセリス様と一緒に育ったんだから、少しぐらい解るさ」
「一緒に育ったと言っても、戦場の幕舎ででしょ?」
「大半は、ね」
「そう言えば、俺は見たことが無いけど、シーラー王国時代の王宮って、どうでした?」
「王宮だよ? そりゃ〜、ウォーバルム城(ディアナ大公の居城)よりは随分豪華だったさ」
「それでは、全然想像出来ませんぜ」
「言い方を変えよう。 ここよりは、だいぶ質素だったかな」
緊張と言った割には、くだらない会話をしている2人。
すると、王室関係者が2人を呼びにやって来たのだ。
案内人に続いて、ゆっくり歩く2人。
せかせかするのは、王宮内では御法度のようだ。
慣れない動きで、しかめっ面に。
新たに通された部屋は、意外にも貴賓室と比べたら質素な部屋であり、窓際に置かれた椅子に座って、セレーネ大公(シュルツェル伯爵)と見知らぬ三十代半ば位の女性が談笑していた。
「あら? だいぶ緊張しておられるのかしら? 楽になさって」
女性が2人の険しい表情を見て、そんな言葉を掛ける。
「おや、本当だ。 そんな表情初めて見たよ」
大公(伯爵)も、2人を茶化す。
「これで、諸国連合軍を救った英雄達が揃ったわね」
2人の登場で、大公を含めた3人に賞賛の言葉を発する女性。
「国王陛下であらせますか?」
リオーヌもベールも東方世界に居た期間が長く、レルタニア王が女王だとは知らなかったのだ。
「ええ。 私が現レルタニア王ハンナよ」
「お初にお目に掛かり、光栄に存じます。 私はディアナ大公の長子リオーヌ・ディアナと申します。 こちらに控えるのは、私に仕えるベール・ザ・ガンと申す者です」
「そんなに畏まらないで。 ディアナ大公家もセレーネ大公家も、レルタニア王家と御先祖様は同一人物なのだから、時代を経たとは言え、一族みたいなものよ」
「その御先祖様とは、レ・ルタニア大帝国初代皇帝ローベン・ルーテスと伝説の大魔術師エウ・レイア・シエラスの間に生まれたジーエル・ルーテスですよね」
「あら、よく知っているわね。 歴史に興味がお有りなのかしら?」
「自家の生い立ちぐらいは勉強しておけと、よく言われていましたので」
「お父上様に?」
「いえ、先代のお兄様です」
「あら、ご顕在なの? 随分な御歳でしょうに」
ここで大公が注進。
「女王陛下。 その方は新帝国の上大将軍ホージョ・レイオル様だそうでして」
「今、私、失礼なことを言ってしまったわ。 王国と帝国の友好関係構築を主導して頂いた大恩人で、今回の停戦に関しても、水面下で動いてくれたのに、御歳ではとね」
思わず苦笑するハンナ女王。
セレーネ大公と女王の会話を聞き、改めて育ての親代わりの一人であるレイオル・ディアナの偉大さを知るリオーヌであった。
苦笑いをし終えると、女王は居住まいを正す。
「リオーヌ様」
「は、はい」
「援軍で赴いた諸国連合軍が、壊滅的な犠牲を出さず無事帰国出来たことに関し、それは貴方様の功績が無ければ不可能なことであったでしょう。 我が王国は参軍していませんでしたが、西方諸国連合の各国を代表して御礼申し上げます。 本当にありがとう」
女王は立ち上がり、対面で座っているリオーヌとベール、それにセレーネ大公の3人に向かって深々と頭を下げる。
これには、壁際に控えている多くの王室関係者も驚いた様子。
リオに出来たことは、その場で頭を下げることだけであった。
その後も、幾つかの話題で会話が続いた後、お暇することに。
女王がこのタイミングでノイン地方にやって来ていたのは、女王の代理という意味合いも含めて連合軍に参加していたセレーネ大公とその私兵を出迎えるというのが表向きの理由であったが、諸国連合軍の帰国と解散に伴い、多くの軍勢が長年の係争地であるこの地方を通過するので、不測の事態発生に備える為だと知ったのであった。
別邸を出る時、リオの脳内にダィンとティルの会話が鳴り響く。
『この屋敷に、アイツが居たわね』
『ティルも気付いたんだ〜。 やっぱり』
『これだから、あの詐欺大魔術師は信用出来ないのよ』
『きっと、自分でやるのは面倒だからって、あの変身魔術の上手なアイツを潜り込ませたんだね』
それを聞き、リオは笑顔を浮かべる。
「アイツって、アルート?」
その呟きに、ダィン・ティルは声を揃えて、
『その通り。 王室関係者の一人に化けていたよ』
と答える。
『でも、あんなにぎこちなく緊張し過ぎじゃあ、バレるのも時間の問題ね』
『その時は、大魔術師様が助けるんだろ?』
『イーノハで、カッコつけて消えたのに、結局なんだかんだ言って、近くに居るんだよなあ〜』
『どうせ、こっちに忘れ物でもしたのでしょ? 詰めが甘いのはいつものことだから』
そんな会話を聞きながら、リオは思う。
『そうだよ。 回収する魔導具は、その大半が西方世界にある筈だし......』
と。
そして、思わず
『ふふふ』
と笑い出してしまう。
「公子、どうしました?」
妙なタイミングでの笑いにベールが顔を覗き込む。
「いや、なんでも無い」
その言葉と共に、ずっと沈んでいた気持ちが一気に晴れ渡るのだった。
「日が暮れる迄には、シャンベルタに到着出来ると思うよ」
伯爵は馬車の中で2人に今後のスケジュールを説明。
「フラー王国の入国手続きに時間が掛かるのでは?」
多くの将兵が帰国中なので、検問所での手続きに時間を要するのではという意味だ。
「私と一緒だし、君の名前は今回の戦いで西方諸国に鳴り響いているから大丈夫だと思うよ」
「そうなのですか?」
半信半疑のリオーヌ。
だが、意にそぐわず、そうした状況にあることを身に染みて知ることになる。
馬車は国境を超えてフラー王国に。
ヒリューの言う通り、フラー王国への入国手続きは、あっという間に終わってしまう。
「身分確認を」
検問所の王国兵達は面倒くさそうに声を掛ける。
それに対し、伯爵が4人分の身分証を手にして、兵士達と話し始める。
検問所に併設されている出入国審査所は長蛇の列。
普通に国境を通過する商人や旅行者だけではなく、順次ノヴァークに到着している援軍の各国兵士達が通過するので、審査に通常の数倍の時間が掛かっているのだ。
しかし、直ぐに馬車内に戻って来た伯爵。
すると、検問所の隊長が別の兵士達を連れて現れ、伯爵の馬車の誘導を開始。
少し離れた場所に設置されている王族等VIP専用出入口を解錠し、重厚な扉を開け、
「遠征軍の英雄達に〜、敬礼〜」
と合図。
一列に並んだ兵士達。
直立不動での最敬礼。
その横をゾイドが御する馬車が通過し、入国手続きは終了となったのだった。
その後は、一路王都シャンベルタへ。
日が傾き、夕焼けが空を少しずつ染め始めた頃、シュルツェル伯爵家の馬車はアンフルル学院の敷地内に滑り込む。
放課後からだいぶ時間が経ち、誰も居ない学院の玄関前に横付けすると、執事のゾイドが飛び降りて、直ぐ馬車の扉を開ける。
「リオーヌ殿、着きましたよ。 この数ヶ月間、色々とありがとう。 そして、お疲れ様でした」
伯爵に促され、真っ先にリオーヌが一歩降りた瞬間であった。
玄関内から教職員と生徒達が拍手をしながら出て来て、リオを出迎えたのだ。
「お帰り〜」
「英雄の帰還だ」
「キャ〜」
「ワ〜」
100人以上居るであろうか。
リオが後ろを振り返ると、周辺で隠れて待っていたのであろう。
いつの間にか玄関前と馬車全体が、数百人の生徒達に囲まれつつある。
学院側で、サプライズの出迎えを実施していたのだ。
一歩だけ進み出て、困惑し立ち尽くすリオーヌ。
シ・タン帝国で英雄扱いされたことは何度もあるが、いつも帝国軍の管理態勢が厳しかったので、このような、身近でアットホームな感じは一切無かった。
その為、戸惑いを隠せないのだ。
すると、真後ろに立つベールがリオの肩を叩く。
『スピーチをみんなが求めているぞ』
という無言の合図。
そこで、ようやくひとこと。
「ただいま」
大歓声が上がるアンフルル学院の玄関前。
すると、人混みを掻き分け、スルスルとリオの右隣に進み出て来た女性が一人。
「お帰り、リオ」
聞き覚えのある、凛としていて品のある美しい声。
思わず声のした方を振り向き、女性の顔を見て驚愕の表情に変わるリオーヌ。
こんな顔をするリオを見るのは数年ぶりであろう。
しかもその女性は、そのまま抱き着くと、涙を見せながらリオにキス。
「無事で良かった〜」
と言いながら。
それは安堵の涙だったが......
「何故、セリス様がここに?」
絶句したまま固まるリオーヌであった。




