第29話(別れの時)
「キョウ。 本当にこれで良かったのかい?」
「何を今更言い出すんだよ。 リオが一度破談になった停戦の再交渉を持ち掛けてきたのだろ?」
結局、現場の責任者の判断だけで取り決めてしまった両帝国の停戦。
専制の帝政国家である帝国の外交については、唯一絶対の存在である皇帝の判断を必ず仰がねばならないのが原理原則。
キョウは遠征軍総司令官で皇太子、更には次期皇帝の座が確実視されている特別な立場にあるとはいえ、シュン皇帝陛下の許可を得る前に戦争を完全に止めてしまうというのは、独断専行の越権行為だと批判される可能性も十分考えられる中での大きな決断であった。
「僕はこれが最善だったと今でも考えているよ。 だから橋渡しをしたんだから」
「橋渡しね〜。 それ以上の意図が込められていたと思うけど」
一人でも多くの将兵を救いたい。
チャイラ・ダームとの話し合いが纏まった3日後。
リオーヌは、再び新帝国軍の幕営を訪れ、一帯が見渡せる小高い丘の上で、皇太子の側近達と一緒に、新たに新帝国の領土に編入される地域の視察に同行していた。
「先に礼を述べておくね。 敵味方という別れた立場にも関わらず、僕の意見に耳を傾けてくれてありがとう。 そして、イーノハ城塞に医療部隊を派遣してくれたことも」
思わぬ感謝の優しい表現。
かつて、戦場で最も恐れられた存在であったリオ。
今も、当時のままの人となりであれば、このような言葉を吐く姿は見られなかっただろう。
戦乱が終結し、母国に帰国が許され、今は西方世界で18歳らしい学生生活を送っていると聞く。
それが良い変化なのか、それとも鋭利な刃物の刃が、なまくら刀となってゆく悪い変化なのか、この時のキョウには判断が付かなかった。
「リオ、早死にするなよ」
突拍子も無いキョウの言葉に苦笑いを浮かべるリオ。
刎頸の友に、そんなことを言わせてしまう位、自身が変化しているのかもしれないと、以前より薄々感じていたのだ。
「まだ18歳だからね〜。 そうはなりたくないと、いつも願っているよ」
少し誤魔化すような返答をするリオ。
「早く彼女を作れ。 未経験のまま死にたくないだろ?」
キョウもリオの心情を知ったのか、誤魔化しに合わせて冗談っぽく茶化す。
「そう言えば、一応跡継ぎ候補が産まれたんだよね。 おめでとう」
「ありがとう。 まだ正妻を迎えていないし、あの子とは身分差があり過ぎて婚姻関係を結べないから、シ・タン帝国の跡継ぎでは無いけどね」
キョウは、東方一の美女と謳われる双子の姉セリスと良く似た容姿なので、何処に行っても非常にモテる。
よって、そっち方面の戦歴が豊富なのだ。
その点がリオーヌと最も異なる。
そんな他愛もない会話を続けた後、全軍の総司令官であるキョウは、その多忙さを恨めしく思う時が来てしまう。
「ごめん、リオ。 もう次の用件に向かわなきゃならないってさ。 久しぶりにこうして一緒に歩けたのに」
「それって、女性への口説き文句みたいだね」
リオの感想を聞いて笑うと、お互いにハグ。
そして、どちらからともなく手を差し出す。
「またね、リオ」
「また、何処かで。 キョウ」
固い握手を交わした後、側近の一人が進み出て、次の用件の場所へ向かう為、迎えに来た護衛の将兵に囲まれると、やがて立ち去って行く皇太子。
それを見送り終えると、リオはもう一人の大事な人物に挨拶をする。
「色々と手数を掛けさせてしまってすまなかったよ、ホムラ」
「いや、構わないさ。 それが俺の役割だ」
最高位の10クラス術師であるフマ・ホムラは、本来シ・タン帝国内の帝都オウランで、皇帝陛下の元に必要に応じて出仕しながら、悠々自適な生活を送れる程の能力と身分を有する人物である。
ホムラ以外の10クラス術師は、実際そのような特別待遇を受けていて、後進の指導等に当たる日々。
しかしホムラは、幼い頃からキョウ付きの側近として仕えて来たので、現在もそのままの生活を続けているのだ。
「ところで、まだ肝心なことを教えて貰っていないのだが」
「えっ、何のこと?」
「そうやって誤魔化すのはもうダメだぞ。 今、ここにはリオと俺しか居ない」
ホムラの言葉に周囲を見ると、皇太子の多くの側近達が移動を始めている。
皇太子が居なくなった為、それぞれの者達がそれぞれの仕事に向かったのだ。
「そう言えば、オグニは?」
この日一度も姿を見せていない、キノルザ・オグニ。
リオも子供の頃から知っている人物だが、傍若無人・神出鬼没過ぎて、実態がよくわからない謎だらけのままなのだ。
「アイツは、帝都オウランに帰ったよ」
「帝都に? ここから?」
「ああ。 一人でな。 何でも非常に重大な用件が出来たらしい」
「らしい?」
「俺でも、アイツのことはよく分からんし、独断で動くことが皇帝陛下より許されている特別扱いの術師だからな。 アイツが重大と言えば、本当に重大なのだろうよ」
オグニは、一応クラス10に認定されている術師だが、性別不詳、年齢不明。
地位と経歴が上のホムラでも、関与出来ない部分があるということなのだ。
「あっ、本当にリオははぐらかすのが上手だな。 でも、もう誤魔化されないぞ。 当代有数の魔法使いである宰相を斬った、あの仮面の貴公子の正体について答えて貰うぞ」
「他言無用だよ」
「俺が口が固いの知っているだろ?」
「それは分かっているさ。 でもキョウにも秘密に」
「約束する」
その返答を聞きながら、じ~っとホムラを見詰めるリオーヌ。
一方、ホムラは身じろぎ一つしない。
意を決して、正体を明かすリオ。
「伝説の大魔術師エウ・レイア・シエラスだよ」
一瞬何を言っているんだコイツ?という顔を見せたホムラ。
思わぬ笑いかけたが、リオは大真面目な表情のまま。
それを見て、またこういう時にリオーヌが冗談を話すような人物では無いと知っているホムラ。
改めて、確認することに。
「本当か?」
「うん。 当人がそう自己紹介した」
東方世界出身のホムラでも、西方世界を統一した歴史上の偉人の知識ぐらい持ち合わせている。
エウ・レイアが西方魔術体系の始祖と言われているのだから、当代の東方術師の頂点に立つホムラも、興味が有る人物であった。
「500年以上前だろ? 彼女が活躍したのは」
「不思議なのは、伝説の著名人であるのに彼女の墓というのは存在しないことだよ。 当時からね」
「そうなのか?」
「どんな書物にも、亡くなったことが一つも記されていないんだ。 世界を統一した大魔術師なのにね」
そこまで説明を受け、考え込むホムラ。
魔力の存在する世界なので、少しぐらい不可思議なことが有っても、大体消化出来るものなのだが、今回の話は余りにも荒唐無稽。
にわかに信じられないのも無理は無かった。
「わかった。 そういうことにしておこう」
「信じなくても、一向に構わないさ」
「俺が興味あるのは、皇太子殿下の命を狙う可能性が有る人物かどうかだけだ。 リオの話から可能性は無いと判断した」
それだけ言い残すと、ホムラも自身の仕事に戻るべく、リオに向けて軽く右手を上げると、術でその場から消えてしまう。
彼らしい、後腐れゼロの別れの挨拶であった。
その後、イーノハ城塞内に戻ったリオーヌ。
滞在中のホテルの部屋に戻ると、エウレイアが旅支度をしていた。
「エウレイア様。 何処に行かれるのですか?」
一緒にアンフルル学院に戻るものと思っていたリオ。
学院の敷地外れにある、レ・ルタニア帝国時代には小さな教場だった家屋が、最初に出会った場所だからだ。
「一緒に来る?」
エウレイアは冗談っぽく誘うが、それに対し首を振るリオーヌ。
「リオ。 貴方は、私が創設したあの学院をキチンと卒業しなさい。 私は私にしか出来ない役目を果たさなければならないし、いつ、アイルーシアに元の世界へ引き戻されるか、予測が付かないから」
「回収と処分ですか?」
「そうよ。 羽扇がこの国に有った訳だし、随分あちらこちらに散らばっちゃったみたいだから、本当にひと苦労だわ」
少し愚痴るエウレイア。
今後について説明を終えると、大きな革袋をリオの前に置く。
「これは?」
「私がフラー王国のカジノで分捕ったフラー金貨の残りよ。 リオにあげる」
確認し、あまりの大金に慌てるリオ。
「こんなに? でも......」
「もはや、私には無用の長物。 だから、この世界で生き続けるリオに使い道を見付けて欲しいと思っているの」
「フラー王国に戻るつもりは?」
「無いからあげるのよ」
決意が固いと知ったリオ。
大魔術師が自身の役目を見つけた以上、止めるのは不可能だ。
「わかりました。 絶対に無駄遣いにならないよう、よく考えて使わせて貰います」
「そんなに畏まらないで。 そもそも元手はリオから貰ったお金なのだし」
ここまでは、ずっと笑顔のエウレイア。
すると、一瞬で真面目な表情に。
「御先祖様として少し忠告しておくわ。 リオ、貴方はもう少し自分自身の為に生きなさい」
「......」
「私はねえ〜、元々の世界で、ある国の皇帝となったことが有るのよ」
自身の人生経験を語り始めるとは想定外だったリオ。
居住まいを正し、真剣に聞き始める。
「あの頃は、他人の評価ばかり気にして、自分のことよりも周囲の人々に何かしてあげられないか? 権力者として、そればかり考えて生きていたの」
「でも、結局上手く行かなかったわ。 所詮、人って、自分中心に生きている生物。 他人から与えられた施しや配慮にその時は心の底から感謝していても、時間が経てば、苦境に陥れば、忘れ、若しくは忘れたフリをして、裏切る者が大半なのよ」
「......」
「貴方を見ていると、あの時代の私自身みたい。 だから、もう少し自分の幸せを考えて今後は生きて欲しい。 いや、そう生きなさい。 これが私からの置き土産、遺言ってことで」
一呼吸入れると、話を続ける。
「欲に塗れるのも悪くないわ。 折角、この世に生を受けたのだし、特にリオの場合は、戦争の最前線に居続けるという過酷な時代を奇跡的に生き抜いたのでしょ?」
「ええ、まあ」
「先ずは恋をすることね。 早くそんな存在が見つかることを願っているわ。 リオが心の底から大事に思える女性が現れることを。 いや、フラー王国に帰国したら現れる筈だったような」
「えっ。それって、まさか......」
「大魔女アイルーシアも、そういうことだけには直ぐ首を突っ込んで来て、夢で未来の一部を見せようとするから」
リオーヌに意識させようという思惑なのだろう。
そこまで仄めかすと、エウレイアは悪戯顔で笑う。
「また、会えるでしょうか? エウレア様に」
「あら、私、本当の名前を名乗ったっけ?」
「伯爵様への自己紹介の時に」
「流石リオね。 あの時の名乗りが私の本名」
「エウレア・シェラスでしたね」
「必ず会えるわ。 だから、その時を楽しみにしていて」
幼き日に実母を亡くし、母という存在を知らぬまま育ったリオーヌ・ディアナ。
その彼がエウレイアに対し、母のような存在感を抱いていたのは当然であろう。
数ヶ月という短い間だったが、少しドジでだらしなく、理屈っぽい大魔術師エウレイアは、リオーヌの本当の実母に似た愛嬌を持つ、素敵な異世界の美女であった。
その後、シ・タン帝国とラ・ダーム帝国は、両皇帝の意を受けて外交を担当する大臣がイーノハに赴き、国交の回復と正式な停戦条約を締結するに至った。
新たな国境線も、イーノハ郊外を流れる河川を境に引き直したのだ。
これは、大敗を期に皇帝の地位を巡る宮廷闘争が始まっていたラ・ダーム帝国側が、シ・タン帝国の介入を許したくないという思惑から、リオーヌとチャイラが結んだ停戦条件をそのまま飲んだことで決まったのだ。
条約が結ばれ、完全停戦したことで、援軍として派遣された西方諸国連合軍も現地解散することとなり、イーノハ港から各国単位での撤兵が始まっていた。
「公子。 色々有りましたが、今回も生き残りましたね」
ベールが出港して行く各国の輸送船を眺めながら、感慨深そうに述懐する。
「フラー王国軍は最後にイーノハを離れるそうだよ。 もう少しここに居ることになるのかな?」
イーノハ城塞内は、遠征慣れしている新帝国軍の技術で、衛生環境が劇的に回復し、それに伴い疫病も収束に向かっている。
キョウ皇太子は、シュン皇帝への報告の為、一足早く条約が結ばれる前に、軍艦で帰国し、新領土の統治はケイフウ将軍が一時的に治める形態となっていた。
「じゃあ、私も行くわ。 ガヤガヤしているうちに出発しないと、怪しまれるからね」
リオーヌは、そんなエウレイアからの挨拶を受けていると、アルートまで旅支度をしていることに気付いた。
「アルート、お前、まさか......」
「色々迷いましたが、今回の戦争で、やっぱり自分自身の無力さを痛感しました。 エウレイア様が元の世界に帰るその日まで一緒に行動し、修行したいと思っています。 そこで、公子の許可をお願いしたいのです」
「こんなギリギリになって......アルート、お前、僕がダメだと言わない、そう決めつけているだろ?」
「いや、そんなことは......」
険しい表情のリオーヌ。
しかし、ベールとエウレイアは妙にニヤニヤしている。
絶対許すと見ているからの反応だ。
その視線で、アルートに助言した者の存在に気付く。
「さては、ベール、エウレイア様。 2人がアドバイスしましたね」
そのまま天を仰ぎみるリオ。
すると、
「魔術師として、もう少し自信を持たせてあげるから、私に預けなさいな」
エウレイアのダメ押しの援護だ。
「わかった。 わかったよ、もう」
その言葉にガッツポーズのアルート。
好意を抱くエウレイアの元に、まだ暫く居られると思う気持ちが、殊勝な気分に勝ってしまったのだ。
「エウレイア様。 コイツが寝込みを襲うかもしれませんよ?」
大喜びのアルートに呆れ、リオが再考を求めるも、
「その時は、魔術で懲らしめるから心配要らないわ」
と、魔術師としてのレベルが違い過ぎて、相手にすらならないと断言するのだった。
そんなところに、フラー王国軍の騎士団が現れる。
『何事か?』
身構えるリオーヌ一行。
すると、エルリック王太子が一団から進み出て来た。
それを見詰め、後方に控えたままの騎士達。
リオは、
『戦いの時の礼でも言いに来たのかな?』
等と考えていたが、エルリックはエウレイアの前に進み出た。
そして、その場で跪きながら、
「貴女のことを好きになってしまいました。 そこで、是非、フラー王国に帰国後は、王宮に入宮して頂けませんか?」
愛の告白を始めたのだ。
それに目を丸くするリオーヌ。
相変わらずニヤニヤしているベール。
リオ同様、驚いて固まっているアルート。
三者三様の反応を一瞥した後、笑い出すエウレイア。
その笑顔は周囲に居る者達をうっとりさせる程の美麗なものだ。
そして、ひとこと。
「私、人妻よ。 年齢も30歳だし」
初めて明かされた、その年齢。
見た目は、どう見ても22歳位なのだから、勘違いしても致し方ない。
「そうだよな〜。 僕の御先祖様なのだから」
リオは人妻と知った印象を小声で呟く。
ベールはエウレイアと酒を飲み交わす機会が多かったので、知っていたようだ。
その返答に、ガクッと崩れたエルリック。
それを支え、儚い恋が破れたことに対し、励まそうと王太子の周囲に集まる王国騎士達。
そんな光景を横目に見ながら、エウレイアはアルートの腕を引っ張ってリオーヌの前に。
「じゃあ、行くわね。 バイバイ、リオ」
小さな声でそれだけ言い残すと、瞬間移動魔術でアルート共々旅立ってしまうのだった。
数日後。
リオーヌはベールと一緒に、レルタニア王国の輸送船に乗船していた。
「また2人だけになってしまいましたね」
つい先日まで、色々騒がしかったリオの周囲。
それが嘘のように、静まり返り、話し掛けて来る者はベールのみ。
「寂しくなんか、ないよ」
何となく虚勢を張ってみせたリオーヌ。
でも、内心はベールに筒抜けだ。
「あの日、公子と一緒に初めて汽車というものに乗った時のことを思い出していましたよ」
「そうか。 あの時もみんなと別れて2人だけだったね」
ベールの言葉を噛み締めるリオーヌ。
まだ、あの日から1年も経っていない。
それなのに、何だが激動の日々だった感が強く残っている。
戦乱の東方世界に居た時と変わらない様なその感覚。
「このままだと、学院の期末テストに間に合いませんが、それで大学に進学出来るのですか?」
「その点は大丈夫。 あの連中も僕と同様だろ?」
リオーヌの視線の先には、楽しそうに騒いだり談笑しているフラー王国軍騎士団が居る。
もちろん、アンフルル学院騎士課程に在籍中のヒヨッ子達も。
その輪の中心には、エルリック王太子。
あの戦いの中で、決死の突撃を繰り返した王国騎士団を、周囲の反対を押し切り、彼が見捨てない姿勢を見せ、エウレイアによって激戦の戦場に放り出されたことが、結束を非常に強くしたようだ。
「ああいうシーンを見ると、昔を思い出します。 東方世界に派遣されていた大公国軍の将兵達が、戦闘を終えて生き残った時の、その姿を」
「......」
無言で頷くリオ。
『彼等をなるべく死なせたくないな』
というリオの出征時の想い。
シュルツェル伯爵やエウレイアの協力も有って、それが実現出来たのだと思うと、感慨ひとしおとなり、出逢った人々との別れの悲しみも相俟って、自然と涙が溢れ出てしまうリオーヌであった......
ギリギリ年内に第一章が書き終わりました。
次話から第二章です。
引き続き、読んで頂けたら幸いです。




