第28話(誠意ある言葉)
リオーヌは、イノーハ城塞内に戻ると、早速エウレイアに確認をしていた。
「エウレイア様。 そう言えば、グバン宰相を斃した際、宰相が持っていた魔導具『虹色の羽扇』を戦利品として手元に収められたのですよね?」
妙に丁寧な言葉遣いなので、怪訝な表情を見せるエウレイア。
「大魔女アイルーシアの魔導具の一つだから、回収しただけよ」
「回収?」
「ええ。 私がアイルーシアによって、この世界の、リオが生きている時代に飛ばされた理由は、500年以上前に私達が創造し遺していった魔導具や魔剣、魔弓等々が、急速な技術の進歩により、大量破壊兵器の中核部品へと悪用されないようきっちり回収し、処分しろってことなの。 きっとね」
「回収?」
「処分?」
その表現にいち早く反応したのは、双剣の魔剣ダィン・ティル。
「僕と私、処分されちゃうの?」
悲しそうな声が、リオーヌとエウレイアの脳内に響く。
そこでエウレイアは、仕方無く説明を始める。
「アンタ達の回収は、当分先になるわ」
「本当に?」
「いつ?」
「いつって、最後の魔剣の所有者であるリオが死んだ時よ」
「死ぬの?」
「リオが?」
「そりゃ〜、いつか死ぬでしょ?」
「ええ〜」
「やだやだ、死んじゃ嫌〜」
「不死身で居てくれ〜」
大騒ぎする魔剣に呆れた様子のエウレイア。
これ以上相手にするのは時間の無駄だと、その後無視することに決めるのだった。
「それで、虹色の羽扇がどうかしたの? ラ・ダーム帝国から返してくれとでも言われていたとか?」
「そうみたいです」
「へ〜」
「宜しいでしょうか? 一旦返しても」
さり気なく、しかし一番肝心な質問をした際、リオは相当緊張していた。
断られたら、皇太子達との会話の中で浮かんだ妙案がオジャンになるからだ。
「駄目」
「やっぱり......そうですよね」
「って言ってみたいけど、愛するリオの頼みじゃ仕方ない。 イイわよ」
「本当に?」
「本当よ」
「停戦後、少し時間を置いてから再び回収するという段取りでお願いしたいです。 手間を掛けさせてしまうと思いますが」
「じゃあ、止める?」
「いいえ。 お言葉に甘えさせて貰います」
「それで結構結構。 一応羽扇に小細工を仕掛けておくから、心配御無用よ」
「はい」
最難関の課題を突破し、光明の一筋が見えたことで、嬉しさが表情に溢れるリオーヌ。
それを見て、
『私も甘いな......』
と内心思うエウレイアであった。
その頃、イーノハ城塞内の離宮では、ラ・ダーム帝国現皇帝の異母弟であるチャイラ・ダームが、宮廷闘争を有利に進めようと、種々の画策をしていた。
急速に勃興したシ・タン帝国の勢いを恐れ、新帝国の体制が盤石となる前に叩いておこうと侵攻した結果、当初は予想以上の快進撃であったものの、敵地深くまで引き摺り込まれたところで大敗し、逆撃を喰らって、今やイーノハ以東の領域を放棄せねばならない状況に追い込まれている。
帝国の存立が脅かされる危機に陥ったことで、凡庸で高齢の現皇帝の権威が急失墜し、責任を取って近々退位を表明せざるを得ない情勢だったのだ。
「グバンが遺した筈の秘宝の行方は、まだ分からぬのか? 新帝国の連中は全く知らない様子だったのだろ?」
「はい。 羽扇という言葉に、何の反応もありませんでした」
「羽扇だけでは無い。 宰相が体内に埋め込んでいた赤銅色の魔玉も、遺体から見つからないではないか?」
「そうですが......」
「羽扇と魔玉のその2つこそ、グバンが長年特級魔法使いの地位に就けていた源だぞ? 体内の魔力を著しく増大させる秘宝なのだから」
「......」
次期皇帝の座を狙っているからこそ、グバンが新帝国軍との戦いの最中暗殺されたと聞き、一気に決着させるチャンス到来と見て、わざわざ戦乱のイーノハに急行してやって来たチャイラ。
しかし、目的のモノは見つからず、しかも新帝国との戦いは圧倒的に不利な状況とあって、相当焦っていた。
本音は、とっとと停戦し、グバンが率いていた大軍の残存部隊を率いて、ラ・ダーム帝国の帝都リドーに乗り込みたいのだ。
しかし、余りに拙速な交渉で停戦を決めた場合、現皇帝に向いている猛批判の矛先が、自身へ向きかねない危険がある。
そこで、グバンの持っていた魔力の秘宝を手に入れつつ、野戦に続いてイーノハ籠城戦も敗北濃厚となった時点で停戦に持ち込めれば、交渉上手という評価を得ることが可能。
その絶妙な頃合いを見極めようと、焦る気持ちを抑えながら、情勢を睨んでいるチャイラなのだ。
そして、チャイラの賭けの一つが形となって現れる。
それは、リオーヌに停戦交渉の仲介を依頼したという賭けであった。
「チャイラ様」
「どうした? グバンの魔玉を見つけたか?」
「いえ。 それはまだ......」
「で、用件は?」
「そうでした。 昨日、セレーネ大公と一緒にやって来た若輩者ですが、どうも極秘に新帝国側と接触したようです」
「接触? その首尾は?」
「そこまでは、まだわからないものの、諸国連合軍の上層部が騒ぎ立てておりまして」
「ふ~ん」
「勝手に新帝国軍側に乗り込みやがって等々と、憤怒やる方ない様子でした。 が」
「が?」
「どうやら、相当な好感触を得たことへの怒りだそうです」
「なんだ、それは? 身勝手も甚だしいな」
「諸国連合軍は、戦闘で良い所が一つも無く、援軍としてわざわざ遠路はるばるやって来たのに、面目丸潰れ」
「その通りだ」
「その上、あんな若造に功績を立てられてしまえば、無事帰国出来た後、諸王から叱責されることでしょう」
「くだらん。 ただの妬みということか」
「ええ」
側近の説明に、呆れた表情のチャイラ。
『そんな烏合の衆ゆえ、全く助けにならなかったのだな。 もはや、当てには出来ん』
そういう考えに至るのだった。
「新帝国軍が大攻勢を掛けてくれば、イーノハ全域が陥落する可能性はかなり高い。 諸国連合の彼等が無事に本国へ帰国出来るかは、まだ五分五分といったところだ」
「はい」
「そこで予は、何とか時間稼ぎ出来ないかと、ツテの有る者を求めたところ、リオーヌとかいう小国の公子を紹介された訳だ」
「......」
「停戦交渉中は、流石に大攻勢を掛けては来ないだろ?」
「はい。 素晴らしい御判断です」
「前交渉が好感触だと言うことならば、リオーヌという小僧が時間を稼いでくれているうちに、我が軍には撤退準備を極秘で進めさせろ」
「よろしいのですか?」
「新帝国軍が攻勢に出たら、上手く言い包めて諸国連合軍を矢面に立たせる。 その間に我が軍は城塞から急速撤退。 停戦交渉が成立しても、最終的にはイーノハから撤退することになるだろうから、準備を進めて問題無いよな?」
「申し訳ありません。 仰られる通りです。 直ぐに進めさせます」
「頼むぞ。 こんなところでの負け戦に拘るよりも、帝位を手に入れることの方が、我等にとって遥かに重要だ」
そこまで側近に話すと、超高級ワインをセラーから取り出し、グラスに注ぐ。
日が落ち、闇に包まれた離宮内で、ゆっくり舌に乗せて味わいながら、イーノハ城塞地下に構築されている皇族専用極秘避難の図面を確認するのであった。
「伯爵様。 それでは、チャイラ様の元へ参りましょう」
リオーヌは、エウレイアから『虹色の羽扇』を返還する承諾を得られたことから、キョウ皇太子より新帝国側の窓口に任命されたフマ・ホムラと下交渉をした上で、いよいよイーノハ放棄を受け容れさせる為の条件提示という段階漕ぎ着けた。
散発的に新帝国軍は、イーノハ城塞に向けて大砲を撃ち込んでいるものの、それ以上の攻勢は控える状況となっている。
それは勿論、イーノハの以東の割譲が纏まれば、以後の防衛拠点とする為、なるべく無傷に近い状態で手に入れたいからであった。
「おお。 これはこれはリオーヌ殿。 色々骨を折って貰い、予としても有り難く感じているところだ」
側近に案内され、セレーネ大公(シュルツェル伯爵)と共にリオーヌが豪奢な応接間に現れると、普段は立ち上がることなく対応するチャイラ・ダームが、珍しくソファーから立って出迎える。
それに対し、恭しく頭を下げるリオーヌ。
そして、勧められた席に座ると、早速交渉に入るのだった。
「新帝国側の停戦条件は、イーノハ全域を含めた東方領土の割譲を求めるというものかい?」
分かり切った条件とは言え、改めて確認するチャイラ。
「その部分が変わる可能性はありません」
リオが短く答える。
すると、
「じゃあ、交渉決裂だな。 我等ラ・ダーム帝国軍は最後の一兵になるまで、この城塞に籠り、徹底抗戦するのみだ」
険しい表情に一変し、定型句のような回答を示したチャイラ。
しかし実は、主将を失ったラ・ダーム帝国軍の総司令官は不在のまま。
現皇帝の退位表明による政治的混乱で、グバン宰相に代わる司令官が指名されないままだった。
イーノハ城塞に入城後は、皇帝の代理人の如く振る舞っているチャイラであったが、それは皇弟という血縁関係に依るものであって、政治的な根拠を伴っておらず、決定権を有していないのだ。
「私は、城塞内でお味方と共に籠城している身。 閣下が水面下で撤退へ動いていることを知らないとお思いですか?」
珍しく厳しい口調で話すリオ。
その反応に、チャイラも意外感を隠せない。
「城塞内は疫病が流行し、籠城している両軍将兵の士気は極めて低い。 閣下も内心ではイーノハの割譲を飲まざるを得ないとお考えでしょう」
「そんなことは無い。 城塞を落とすには通常、相手の3倍の兵力を要するのだぞ」
一応反論してみるチャイラ。
しかし、内情を知る同盟軍の一員であるリオーヌに、そんな虚勢を張っても、余り意味が無いことは重々わかっている。
「既に陸上は三方から包囲されており、海上にも新帝国の軍艦が次々と集結しております。 今、ここで閣下が私に交渉決裂を宣言されれば、即艦砲射撃が雨霰の如く頭上に降り注ぎ、内部からは脱走兵の中に紛れている新帝国の工作員が撹乱活動を始めるのは確実。 皇族である閣下と雖も撤退の暇は無く、城塞内に籠る大半の者達が死傷することになるでしょう」
余りに厳しい指摘に、口をつぐんでしまう。
帝都を威圧する為、敗残の大軍を転進させるべく、リオーヌを停戦交渉に用いることで時間を稼いだつもりだったが、それは諸刃の剣。
新帝国側にイーノハ包囲網を完成させる猶予を与えていたのだから。
「偉大なるラ・ダーム帝国の代理人たる閣下の大英断で、交渉仲介役を拝命した私は、急いで新帝国側と接触し、条件を詰めさせて頂きました。 それは、今回が停戦する最後の機会だからです」
「最後の機会?」
「言葉の通りです」
「フムム? 意味がわからんが」
「閣下は、新帝国の初代皇帝シーラー・シュン陛下をどのように評価していますか?」
「当代の英雄。 東方世界を統一し、帝国を建国したのだから、当然の評価だ」
「私も同感です。 その人物がラ・ダーム帝国軍の敗北だけでは無く、政治的大混乱を知ったとしたら?」
「貴殿に指摘されるまでも無い。 我が帝国を一気に滅ぼすチャンスだと思うだろうな」
そこまで言葉を吐き出させられ、漸くハッとしたチャイラ。
目の前にチラつく次期皇帝の座。
それを求めることに夢中で、目の前に軍を展開している新帝国側の思惑にまで頭が回らなかったのだ。
「わかった。 チャンスはいつまでも続くものでは無く、機会を失えば新帝国側から交渉を打ち切られる。 そして我が国の混乱に乗じるようと、城外の軍勢が帝都リドーに向かって進軍を始めるというのだな? 原理原則はここまでにしよう。 本音を交え、本気で停戦を求めることにするよ」
その言葉を聞き、少しホッとするリオ。
早急に停戦が纏まらなければ、疫病で苦しむ兵士達は次々とこの地で死ぬことになる。
特に諸国連合軍の将兵達は、遥か離れた異国で、親しい者達に看取られることすら叶わず、ただ一人、黄泉の国へと旅立たざるを得ないのだから......
「一旦、話は変わりますが、閣下は新帝国との交渉の初期段階の際、『虹色の羽扇』の返還を求められたと聞きました」
リオーヌの『虹色の羽扇』という言葉に、表情が一変したチャイラ。
「まさか貴殿は......その所在を知っているというのか?」
「ええ。 そうでなければ、大事な席で話題にしません」
「新帝国が押収を?」
「いいえ。 彼等は、その価値を知らないでしょう」
「では、誰が?」
「今、私と行動を共にしている者の中に、当代随一の魔術師が居られるのです」
「その者が所持していると?」
「はい。 もちろん、その貴重さも分かった上で」
「もし、予が停戦を受け容れれば?」
「お渡ししましょう。 虹色の羽扇を」
それを聞き、ぱ〜っと表情が明るくなったチャイラ。
ただ同時に、ある事が頭をよぎる。
それは彼が、新帝国側との正式な交渉権を有していないという都合の悪い事実であった。
「一つ問題がある」
「知っております。 閣下が正式なラ・ダーム皇帝陛下の代理人では無いということですね」
先にリオーヌに指摘されてしまい、バツが悪そうな顔を見せる。
「予としては、イーノハ全域を新帝国に割譲しても構わないと前々から考えていた。 ここは守るに適した地勢では無いし、こちらが出せる条件はそれぐらいしかないのだから」
「分かっております。 守備する気持ちが有れば、閣下は援軍を率いて籠城に加わった筈でしょ?」
「そうか。 その点もお見通しか」
そこまで説明すると、頭を抱えてしまうチャイラ。
2つあるグバン宰相の秘宝の一つが手に入る見通しが立ち、それを用いて自らの魔力を著しく増大させ、国を統治するに相応しい個人的能力が有ることを将兵や市民に見せつける。
その後、イーノハに籠る大軍のうち、動ける残兵を率いて帝都リドーに向かえば、その圧力だけで宮廷闘争に勝利出来るのは確実だ。
しかし、総司令官でもなく、皇帝の代理人でも無い以上、自身には他国との外交権が無い。
たとえ、勝手に停戦を結んでも、有効では無いのだ。
「このように考えてはどうですか?」
リオーヌの言葉に顔を上げたチャイラ。
「防衛全軍の総司令官であり、皇帝陛下の代理人である帝国宰相シャムザ・グバン殿が交戦中に暗殺され、軍は大混乱に陥り惨敗し、イーノハ城塞に立て籠もった」
「それを耳にした東部を統轄する有力皇族の閣下は、国の危機だと直感し、取るものも取りあえずイーノハに向かい、将兵達と共に籠城を決断」
「しかし、新帝国の謀略も有って、キャパオーバーの城塞内は疫病が蔓延。 動ける者が半数以下となっただけではなく、それまでイーノハ湾に駐屯していたレルタニア・スルーズ両王国の艦隊が、疫病を恐れて湾外に退避してしまい、海上側も新帝国の軍艦に支配される事態に」
「次々と亡くなってゆく将兵達を救う為、皇弟であるチャイラ閣下は独断で停戦交渉を進め、交渉を成立させる目的で、イーノハ全域の放棄を決定。 しかも、万が一宮廷の混乱が新帝国側に伝われば、交渉の席すら設けるのが難しくなると判断したから、という流れです」
その説明に、頷くチャイラ。
しかし、疑問も抱く。
「確かに予に極めて都合の良い解釈だが、そんな言い分が宮中で通用するだろうか?」
「通用しなくても構わないのです。 そんなことは今、生死の間に居る多くの将兵には無関係。 あくまで、自分達の命を救ってくれたのは、停戦を成立させた閣下の英断。 その感謝は、やがて熱狂的な支持に繋がり、それがより広く、そして大きく高まれば、衰退し続ける帝国の宮中など、恐るるに足らないと私は思っております......」
リオーヌのそこまでの説明を聞き、チャイラの瞳からは自然と熱いモノが流れ出る。
『30歳は歳下であろうこの若者は、何の義理も縁も無いのに、我が帝国の兵士達が次々と病に倒れ亡くなってゆく惨状を防ぐ為、戦場における敵との交渉という危険が伴う役割を、見返りも無いのに引き受けた。 そして、短期間のうちに停戦に漕ぎ着けるべく、全力を尽くしてくれた。 それに比べて、私自身は皇位争いを有利に進めることしか頭になかったというのに......』
暫く考えた後、リオーヌの両手を求めたチャイラ。
それに笑顔で応じるリオ。
その立会人として、諸国連合軍を代表する貴族の一人シュルツェル伯爵が両者の握手した両手の上に両手を添える。
こうして、両帝国間の停戦交渉は、成立方向へと進み始めたのであった。




