第27話(停戦交渉人?)
「それで、要請を受けちゃったの?」
「はい」
「フニャララとかいうその皇族は、この街の放棄を受け容れるって?」
「いいえ。 まだ、そこまで話をしていません」
「ふ~ん。 結局、誤魔化しは続かないってことか〜」
「へへへ。 そうなってしまいそうです」
リオが戻って来たので、エウレイアはソファーでだらしなく横になったまま、面倒くさそうに状況だけを確認。
『誤魔化しが続かない』というのは、停戦交渉の仲介役を引き受けるとなれば、エウレイアが仮面の貴公子を演じていた事実をキョウ皇太子に明かす必要があるからだ。
そして、新帝国軍側で参戦した仮面の貴公子によるシャムザ・グバンの殺害という大功績と、諸国連合軍の撤退戦におけるリオーヌとベールの活躍を双璧として、両軍それぞれにおける功績者という立場をアピールし、仲介役として大きな発言力を得る。
それがリオの考えていることであった。
翌日。
再びシュルツェル伯爵が、リオーヌの元を訪れていた。
諸国連合軍各国の総意により、撤兵に関する新帝国との交渉役を伯爵が一任されたことによるものであった。
それは勿論、伯爵が今回の戦いで中立の立場にあるレルタニア王国のセレーネ大公という高位にあることを利用しようという思惑と共に、リオーヌのような若造に仲介を任せることへの不安も抱いていたからだ。
「なるほど。 ディアナ大公国が余り信用されていないということですか......」
伯爵から簡単に事情を聞き、直ぐに状況を理解したリオーヌ。
「気を悪くしないでくれ。 新帝国とのツテが全く無いということへの不安感からなのだろう」
交渉の手掛かりが無いというのは、伯爵も同様。
レルタニア王の勅命により、フラー王国における貴族という立場を貫いているので、昨今の政治情勢への関わりは、あくまでフラー王国の近衛師団長としてのもののみ。
レルタニア王国が最近、新帝国と通商条約を結んだことには一切関わっていないのだ。
「ひとまず、僕一人でキョウ皇太子への面談を申し込みに行って来ます。 新帝国側に仲介役と認めて貰えず、面談自体を断られれば、それで終わりですし」
「公子一人で大丈夫なのか?」
「僕一人で十分です」
「新帝国の陣地を訪れた瞬間、身柄が拘束されないかという心配が有るのだが......」
「僕もベールも、新帝国の将兵を殆ど殺していません。 だから、いきなり殺されることは無いでしょう」
笑顔で理由を説明するリオ。
『仮面の貴公子がリオーヌであることを、諸国連合側に知られたくないから、先ずは一人で行くと伯爵を説得し始めたのだろうな』
2人のやり取りを聞きながらベールとアルートは、そう思っていたのだった。
渋々な様子であったが、新帝国との事前接触をリオ一人で行うことへの了承を得られたことで、直ぐに出発の準備を始めたリオーヌ。
そして、あっという間に出立してしまう。
伯爵が連合にこのことを報告すれば、直ぐに反対され、リオの独断を阻止しようという動きが出てくるだろうと予測したからであったが、その素早い行動力は、流石というべきものであろう。
「魔弓遣いさん、ここは一つリオに任せなさいな」
飛行魔術で飛び立って行く姿を見送りながら、エウレイアが伯爵に話し掛ける。
「本当に大丈夫でしょうか? こちら側を代表する使者だという立場を明確にした上で、新帝国の皇太子殿下に面会を申し入れるべきだと思うのですが......」
「どんな理由が有れども、事前の下交渉は重要でしょ?」
「それはその通りですけど」
「諸国連合各国の耳に入れば、益々ディアナ大公国の立場が悪くなるから秘密になっている話だけど、新帝国の皇太子とリオは無二の親友なのよ。 だから、余計な心配は要らないわ」
「......」
初めて聞く事実に、思わず押し黙ってしまう伯爵。
弱小国であるディアナ大公国。
その国で、ただ一人しか居ない世継ぎのリオーヌ・ディアナ。
リオーヌが幼少時代の当時には、東方世界を代表する大国となっていたシーラー王国との同盟関係を維持する為、世子なのに人質同然で預けられたとは伯爵も知っていたが、まさか、当代の英雄であるシーラー・シュン皇帝の後継者である嫡孫のキョウ皇太子と、深い友情関係を結んでいるとは思ってもいなかったからだ。
『選ばれし魔剣士という事実が、戦乱続きの東方世界で、彼の価値を大いに高めていたのだろう。 私達の暮らす西方世界が、その貴重さに何も気付いていないだけということか......』
先日の戦いで、戦場に共に立ったことで、リオーヌが戦さ慣れしていることに気付かされた伯爵。
そして今、裏事情をエウレイアから一部明かされ、改めて年齢の若さに関わらず、尊重せねばならない人物であることを痛感させられたのだった。
シ・タン帝国軍の陣地を訪れるにあたり、先ずリオーヌがしたことは、仮面の貴公子の姿になることであった。
勿論この姿であれば、新帝国軍の将兵から畏敬の態度を得られるからだ。
「皇太子殿下に伝令を飛ばせ」
あえてバジン将軍の陣営を訪れたのも、考えが有ってのこと。
既にキョウ皇太子の最側近の間では、戦闘中に登場した仮面の貴公子がリオーヌでは無いという疑いが相当濃厚となっているだろうと見ての選択であった。
将軍の幕舎で雑談に興じるリオーヌ。
バジン将軍は、帝国内の政争とは縁のない、純粋たる武人であるが故に、リオーヌの過去の武勲に敬意を払っている。
しかも、裏表の無い人物なので、安心して饗応を受けていると、皇太子が出迎えに寄越したのは、最側近中の最側近のフマ・ホムラ。
そのことに、驚くバジン将軍。
「10クラスの天才術師直々のお出迎えとは......流石、仮面殿でござるな〜」
そんな畏敬の感想を聞き流しながら、リオーヌは、
『いくらなんでも、ホムラがやって来るなんて、相当警戒しているぞっていう警告なのだろう。 これもそれもエウレイア様が、グバン宰相を一閃で斃しちゃったからだよな~』
と考えつつ、将軍の心のこもった饗応に謝意を示しながら立ち上がる。
無言のまま、キョウ皇太子の幕舎に向かう2人。
ホムラは、他に誰も部下の者を連れていなかったが、それは万が一の事態が発生した場合、魔剣士のリオに、余人では太刀打ち出来ないことを熟知しているからだ。
「ホムラ、久しぶり〜」
静寂の時間を破り、先に口を開いたのはリオ。
それに対し、
「あの時の、仮面の下は誰だったのだ?」
と、本題を切り出されてしまう。
「ははは、お見通しか〜」
「お見通しって......あのなあ〜」
「まあ、誰でもイイじゃないか。 新帝国側から見た戦功第一は、敵の総大将である特級魔法使いのグバン宰相を暗殺した仮面の貴公子だろ?」
「確かにそうだ。 が、ああいうのは今後二度と無しだぞ」
色々と小言を言いたいホムラだったが、開戦間際になって、皇太子がリオーヌに意地悪な一文を送ったことを知っている立場であり、それに対するリオの回答が、偽者の仮面の貴公子を送り込んだのだと理解しているからこそ、言葉を飲み込む。
そんな心情に気付いているリオ。
「わかっているよ。 だから、こうして訪れたのだし」
そんな会話をしているうちに、目的の幕舎に到着。
「殿下が、君の訪問をずっと心待ちにしていたのだ」
そう言いながら、ホムラが出入口の幕を開けると、そこにはケイフウ・ソリュウ将軍やキノルザ・オグニを始め、キョウ皇太子を支える最側近の者達が険しい表情で立っており、その最奥でキョウ皇太子が対照的な笑みを浮かべて座っていた。
「皇太子殿下。 突然の訪問にも関わらず、御尊顔を拝し奉り、感謝に堪えません」
リオーヌは仮面を外しつつ、跪いて挨拶をする。
「そもそも、先に呼び出しを掛けたのは、私の方だからね。 漸く本人に会えたってことなのかな?」
「ええ」
キョウ皇太子の問い掛けに、あっさり真相を明かすリオ。
それを聞き、大声で笑い出す皇太子。
「リオらしい返事だね。 そうでなくっちゃ」
と言い、仕草で臣下達に座るよう指示。
そして、リオにも用意した席に着くよう促すのだった。
「しかし、あの仮面の貴公子は本当に凄腕だ~。 西方世界には、我等が太刀打ち出来ないレベルの魔術師がゴロゴロしているのかい?」
開口一番でこんなことを言い出した。
皇太子は冗談っぽくも、その正体を知りたくてたまらないようだ。
「偶然出逢った方でして......この世界でも、唯一無二の魔術師であることに異論はありません」
「是非、紹介して欲しいのだが」
「それは無理だと思います」
「私に君主としての魅力が無いと?」
「いいえ。 超越した能力の持主だからこそ、誰にも仕えないし、それを強要することも不可能です」
「でも現在は、リオに仕えているのだろ?」
「いえいえ。 面白そうだからと協力してくれているだけでして」
「本当に?」
「ええ」
キョウは、リオーヌを直視して質問を続ける。
その言葉の虚実を見極めようとしているのだ。
それに対し、リオもキョウの大きな瞳から視線を外さず答える。
仲介とか交渉とか、そんなことは全て忘れ、かつて生死や苦楽を共にして来た友として、誠実な言葉だけを述べ続ける。
勿論、エウレイアについて、話すことが出来ない真実があることを含ませながら。
「わかったわかった」
少し考え込んだ後、キョウは諦めたような言葉を吐き出す。
そして、
「リオも男だってことだね?」
「えっ?」
想定もしていない皇太子の問い掛けに、珍しく動揺。
「今、リオと行動を共にしているのは、ベールとアルートと、あの魔弓を扱うフラー王国の伯爵。 それに、謎の絶世の美女が居ると、報告が上がっているからさ〜」
「......」
「その美女が、南方随一の術師であるグバン宰相を斬り殺した、あの時の仮面の貴公子の正体だよね? でも、リオの大事な女性だって、わかっているから心配しないで」
妙にニコニコしながら、
『ある程度のことは、とっくにわかっているぞ』
という表情で、ウンウン頷く皇太子。
「いやいや、そういう関係じゃありませんって」
「イイってイイって。 あの堅物のリオーヌ・ディアナが、美女を側に置くような時代が来るとは〜」
リオの言い分に、聞く耳持たずといった態度のキョウ。
それに対し、困った顔をしているリオ。
そして、そのやりとりを聞き、意味不明の呟きを始めたキノルザ・オグニが居る。
それに気付いた皇太子が、
「リオが実は大好き〜の、オグニのことも忘れないであげて欲しいな〜」
と、その心情を代弁。
それを聞き、発狂寸前になってしまうオグニ。
なかなか本題に入れないまま、そんな会話が続くのだった。
久々の再会の場は、こんな感じで和やかな雰囲気に包まれている。
だが、皇太子の誂いが少し行き過ぎたせいで、ただ一人冷静さを失ってしまったオグニを退席させてから、改めて仕切り直しとなっていた。
「ゴメンゴメン。 久しぶりで、つい、冗談が重なっちゃってさ〜」
皇太子はリオに謝罪しながら、真面目な場だったと漸く思い出したようだ。
「ラ・ダーム帝国は、イーノハを放棄すると決断したのかな?」
「いいえ」
「じゃあ、交渉にならないよね?」
「それはわかっています」
「何か良い案でも有るのかい? リオ」
「今のところ、ありません」
余りにも素直なリオーヌの物言いに、苦笑いを浮かべるキョウ皇太子。
「ところで、交渉の初期段階の時、ラ・ダーム帝国は何か要求を申し入れていたのですか? 少し経緯を知りたいのですが」
リオの問いに、
「ホムラ。 あっちは何か言ってたよな?」
「虹色の羽扇を返して欲しいという申し出が有りましたが、何のことやら」
「羽扇?......」
キョウとホムラの会話を聞きながら、そう言えばエウレイアが持っていた様な記憶が有ったリオ。
「そうそう。 そんな代物、こちらでは全く知らないと交渉を担当していた衛将軍(ケイフウ・ソリュウの将軍位)に返事をさせたら、『嘘をつくな』等と言われた挙句、それっきりっていう流れだったね」
「......なるほど」
少し間を置いたリオの最後の言葉が、何故か心に引っ掛かった皇太子。
ただ、ホムラ達最側近が居るので、あえて問い質す様な野暮なことはしない。
黙ったまま、少し考え込む様な態度を見せてから、
「私も、多くの臣民の幸せな生活を願う次期皇帝として、敵対している者達と雖も、権力者に使われる立場の者達が多数犠牲になるようなことは決して望んでいない。 そこで、大公国の公子リオーヌ・ディアナよ。 貴殿を我が帝国側の、ラ・ダーム帝国陣営との停戦交渉の仲介人に指名する」
と、一気に決を下したのだ。
「殿下。 宜しいのですか?」
ケイフウ将軍が、改めて意向を確認。
「これは聖断だよ」
その返答を聞き、その場に居る全員が跪く。
「御意」
と唱和しながら。
リオーヌも深々と頭を下げ、
「ありがとう、キョウ。 多くの病死者が出始めている僕達陣営の苦境を考慮してくれて」
と、感謝を述べるのであった。
別れ際。
「どうしても、ラ・ダーム帝国がイノーハの放棄という唯一の条件で折れないようなら、改めて相談して欲しい。 その時は、軍事的な圧力を強めることで対応するし、何なら、今更帝都からしゃしゃり出て来た皇弟の首をリオが刎ね、降伏させるって手も有るのだからさ」
「いやいや。 それでは、古帝国から僕が恨まれるだけじゃないか。 裏切り者って」
「それぐらいの気概で挑んで欲しいってこと。 魔剣を両手に輝かせながら、『降伏しろ』って脅して」
「それ、ホムラにやらせれば良いのでは? イノーハには既に多くの間者を潜入させているのだろ?」
「まあ、そんなところかな。 だから、気楽に行こうぜ友よ」
皇太子は最後に励ます言葉を掛けながら、右手を差し出す。
リオは、その右手を力強く握りながら、改めて、
「ありがとう」
と謝意を示す。
そして、そのままイノーハに向けて、飛行魔術で飛び立つのだった。
それを見送りながらも、
「交渉とは別に、破壊工作の準備は怠るなよ、ホムラ」
皇太子は改めて指示を出す。
「御命令が有れば、今直ぐにでも」
「そうか。 じゃあ全軍に、疫病が流行る市街戦用の装備を整えさせておくべきだな。 籠城されて膠着した戦況をリオのお蔭で一気に動かすチャンスが来るのは確実だから」
左右の者を見ながら、イチイチ指示を出さずとも我が真意を見抜いて先回りで動いてくれる、優れた臣下達の行動力と判断力に、目を細めるキョウであった。




