第25話(それぞれの想い)
リオーヌ達の奮戦で、敗走した諸国連合軍の残存部隊は、何とか新帝国軍の追撃を振り切り、イーノハ城塞まで撤退することに成功していた。
「何とか無事辿り着けたな〜。 ベール、ありがとう」
リオーヌが、大奮戦してくれたベールに感謝の言葉を掛ける。
「公子もいつもながら見事でした。 シ・タン帝国軍の強者共を相手に」
お互いの健闘を称え合いながら、イーノハ城塞東側大門の前に立ったところで後方を振り返ると、新帝国軍はリオーヌやシュルツェル伯爵の撹乱で崩れた陣形を整える為、城塞近辺から離脱してゆく様子が見てとれた。
「ありゃ〜。 よく見ると門が壊れていますぜ」
ベールが門をくぐり抜けながら、守備をしている門兵達の様子がおかしいことで気付く。
「本当だね。 敵の大砲の直撃でも受けたのかな?」
そんな会話をしていると、大門の内側ではエウレイアが仁王立ちしていた。
「エウレイア様。 そんな姿勢でどうしたのですか?」
リオーヌが近付いてきたことで、ようやく姿勢を崩したエウレイア。
そして、いきなりリオーヌに抱き着く。
「お帰り〜、リオ」
と言いながら。
そのまま、リオーヌの頬にご褒美のキス。
これには、リオ自身がびっくり。
「エウレイア様......」
超美女の突発的な予測不能の行動に、顔は真っ赤っ赤。
それを見て、ベールは羨ましそうな表情。
「魔術師様〜、頑張った俺にも」
そのおねだりに、
「アンタにする訳無いでしょ? これは、我が子の様なリオに対し、母性から来る自然な行動なのよ」
そんなやり取りを、ついさっきまでエウレイアと激しい口論をしていた王国軍幹部達も、少し離れた場所から羨ましそうに見ている。
それだけエウレイアは、誰もが認める絶世の美女であるからだ。
一方、リオ達より少し早く大門内にたどり着いたエルリック王太子。
全てを出し尽くし、地面上で大の字に倒れていた。
体力は限界を遥かに超え、指一本動かす力すら残っていない。
敵の追撃を振り切り、一緒に駆け込んだ数十人の王国騎士も同様だ。
その周囲を王国軍の幹部達が取り囲み、救護班や王太子の側近を呼ぶ声が、けたたましく響いている。
そんな人々の様子を王太子は鎧兜を外した状態で眺めていたのだが、その視線の先をリオーヌとベールとエウレイアの3人が談笑しながら笑顔で通り過ぎて行く。
『敵わないな〜。 あれ程の戦いの後でも、彼等はケロッとして居られるなんて......』
戦場におけるリオ主従の実力は、想像を遥かに超えていた。
学院内での模擬訓練など、彼にとっては児戯に等しいものだったのであろう。
終始劣勢だった戦いの中、最も激戦だった場所で常に戦っていたにも関わらず、疲れた様子も無く、目立った傷も負わず、敗戦に気落ちしている様子も見られない。
『それにあの美女魔術師。 いったい何者なのだ?......』
騎士課程の学友達を見捨てられないという、あの時の激しい気持ち。
しかし、一度城塞に入ってしまった以上、現実的には戦場へ戻るのは難しいと内心思っていたのに、いとも簡単に仲間達の元へと飛ばしてくれた、凄腕の魔術。
それと、強面の王国軍幹部達を相手に、ものともしないその度胸。
少し捻くれた性格のエルリック王太子としては、エウレイアの行動力と深い配慮に対し、珍しく素直に感謝していたのであった。
ちょうどその時、シュルツェル伯爵が王太子の元にやって来た。
「殿下。 よくぞご無事で」
近衛師団長が現れたことで、上半身を起こそうとするが、体が言う事を利かない状態。
「そのままで構いません」
伯爵の配慮に、横たわったまま、軽く頭を動かして頷く様な仕草を見せてから、話を始める。
「フラー王国随一の騎士が、まさか戦場で長剣を把持せず弓で戦うとは、想像もしなかったぞ」
「私も、そのような戦い方になるとは思ってもいませんでした」
その返答を聞き、伯爵自身の考えからでは無かったのかと首をひねる王太子。
「実は、ある方にアドバイスを受けまして」
「ある方?」
「リオーヌ殿の連れの女性魔術師です」
「......」
「当家伝来の宝である魔弓アイラカトスは、長剣が嫌いだから、一緒に装備していると本来の能力を発揮出来ません、というものでして」
「嫌い? 弓が長剣を?」
「はい」
その表現に笑い出すエルリック。
いくら凄腕の魔術師のアドバイスとは言え、まさか武器に意思があるかの様なおとぎ話を、厳格で知られる伯爵が真面目に受け取って、それを忠実に実行していたと知り、可笑しさが込み上げてきたのだ。
「ジョークではありません。 女史から魔弓の確認と手入れを受けた後、そのアドバイス通りにしたら、魔弓から放たれる光の矢がより強く、そして無尽蔵になりましたので」
それを聞き、自身を戦場に瞬間移動させた魔術を思い出した王太子。
謎のあの美女の大胆な行動が無ければ、自分は王国騎士団の生き残った面々に顔合わせ出来なかったろうと考えていたからこそ、エウレイアの伯爵へのアドバイスは真摯なモノなのだと理解し、笑うのを止めたのだった。
「ところで殿下は、どうして最後、あの激戦の場所に居られたのですか? 大半の軍勢と共にイーノハ城塞に入ったと思っていましたから」
伯爵の質問に、状況を説明する王太子。
それを聞き、笑みを含んだ納得の表情を伯爵は見せる。
「伯爵の私兵扱いで参戦したリオーヌが連れている、あの美女魔術師は、いったい何者なのだ? 伯爵の母国であるレルタニア王国には、あのレベルの魔術師が他に何人も居るのか?」
「いいえ。 恐らくレルタニアでも五大魔塔主に匹敵する、若しくはそれ以上の実力を持つ現代における最強クラスの魔術師でしょう。 しかし、初めて聞いた名ですし、詳しいことは本人から聞かされていません」
「名? なんという?」
「確か、エウレア・シェラスと名乗られました」
「エウレア、か......」
初めてその名前を知り、ひとこと呟くエルリック。
何だか、美貌に似つかわしい洒落た名だなと思い、少し頷く様な動作を見せる。
「そのエウレアが居なければ、私は母国に帰れなかっただろう。 形だけの総大将とは言え、王国騎士団の多くの者を死なせてしまったのだから......」
「その件ですが......」
「伯爵にも申し訳ないことをした。 今回従軍して来た騎士の中には、近衛師団所属の者も大勢居るのだし......」
「そうでは無いのです」
少し困惑の表情に変わったシュルツェル伯爵。
「実は、戦場にて倒れた王国騎士団の大半が彼女の魔術のお陰で、既にこのイーノハ城塞内へと強制収容されております。 もちろん亡くなった者もおりますが、それは50名程。 それ以外の大半は重傷ですが、命に別状は無いとのこと」
「......それは、真か?」
「ええ。 先程、私が城塞に辿り着いた時に、直接シェラス女史から教えて貰いましたので」
それを聞き、涙が止まらなくなるエルリック王太子。
百数十名程度しか生き残っていないと思い込んでいた王国騎士団の大半が生きていると知った、嬉し涙であった。
その後、エルリック王太子はシュルツェル伯爵から、多くの者が死なずに済んだ理由を説明された。
それによると、全軍の総大将であるシャムザ・グバン帝国宰相が殺されたことで潰走したラ・ダーム帝国軍のうち、その情報を知らなかった数万人が最前線に取り残されてしまい、そのまま新帝国軍に降伏して捕虜となったことで、新帝国軍側の対応能力がキャパオーバーに。
野戦なので、捕虜を収容出来る場所が無く、降伏者の監視に多数の将兵を割かざるを得なくなっていたのだ。
その為、序盤で戦さの趨勢が決まったこともあり、新帝国軍は捕虜も死者もなるべく出さないよう、手加減をしていたらしいというものであった。
「なるほど。 戦い慣れしている軍には、そんなことまで考える余裕があるのか......」
「ラ・ダーム帝国軍の完敗で、諸国連合軍とわざわざ新たな因縁を作る必要は無いと、我等十万の軍勢に向けて進軍して来た新帝国軍の実数は三万人程度だったそうです。 その少数の軍勢を術師の力で大軍に見せ掛けていた。 だから敵側も人手が足りず、戦場で倒れた我が軍の将兵に対し、イチイチトドメを刺さなかったことから、思った以上に死者が少ないということなのです」
「そうだったのか。 ところで伯爵は、どうしてそこまで状況に詳しいのだ?」
「戦いの最中、私が放ち続けた光の矢は、思った程敵兵に命中しませんでした。 それでオカシイと考えていたところ、戦場全体の状況を魔術で把握したシェラス女史から、そのような話が直接脳内に届いたのです」
「そうか......やっぱりエウレアというあの魔術師は、相当な力量の持主だということになるな」
王太子と伯爵が会話をしている場所から少し離れたところで、エウレイアはリオーヌとベールに、戦いにおける自身の状況を話し続けていた。
エウレイアはチラリと、自分達3人をずっと凝視している、謎の視線に気付いていて、内心ほくそ笑みながら......
「あの場所で仁王立ちしていたのは、戦場で倒れたままの諸国連合軍の将兵を、瞬間移動魔術で城塞内に移動させていたからよ。 瞬間移動は集中力が必要だから」
エウレイアはリオとベールに対し、城塞内で横たわり、治療を受けている沢山の人々を指差しながら説明をする。
「本当にありがとうございます。 戦場に放置された死体の回収や負傷兵を救い出して頂いていたとは」
リオーヌがその場で深々と頭を下げ、謝意を示すと、
「シャララ・ザ・グッバイをいきなり暗殺しちゃったでしょ? それで勝敗が決まっちゃったから、ちょっとやり過ぎだったかなと思ってね」
理由を語るエウレイア。
「シャララ・ザ・グッバイ? 誰だ、それ」
ベールが呆れた表情で、質問。
『ワザと名前を間違えているのだな』
と直感したからだ。
ただ、エウレイア流のジョークだと気付いていない、真面目なリオーヌがフォローする。
「帝国宰相シャムザ・グバンのことですよね? エウレイア様」
「そうそう。 そんな名前だったわね。 南方の人々の名前は覚えにくいのよ」
「それで、今、手に持っている虹色の羽扇は? もしかして、グバン宰相が所持していたモノですか?」
「当ったり〜」
「もしかして、レ・ルタニア大帝国時代にエウレイア様達が作られた魔導具?」
リオの確認に、少し考え込みながらエウレイアは答える。
だいぶ昔のことなので、記憶がやや曖昧なのだ。
「多分、私のモノじゃないわよ。 そうだ。 確か、これもアイラカトス同様、大魔女アイルーシアが当時使っていたモノの筈ね」
「大魔女の......」
「さっき使ってみたところ、この羽扇は使用者の魔力を大きく増幅させる魔導具だわ。 シャララさんが南方随一の魔法使いと言われていたのは、この羽扇による能力補正があってのものでしょう」
「なるほど〜」
「でも、私には対して増幅効果が効かず、アッサリ殺されちゃったという訳」
「え~〜。 効果が無い?」
「アイルーシアの魔導具如きが、私に対する攻撃で効果を発揮する筈が無いでしょ」
そう答えるエウレイアは、妙に嬉しそうな笑顔。
対して、リオーヌは考え込んでいる。
魔導具の効果を打ち消すとは、いったいどのような魔術なのだろうと。
エウレイアは、我が子のように思っているリオの、そんな反応を見て楽しんでいたのだ。
「冗談冗談。 私の使う魔術は、この世界の人々が使う魔術と原理が異なるからって言うのが、魔導具の効果が低下する真相だけどね」
「原理......真相?」
「私の魔力の根源は、未知の文明由来の超テクノロジーがもたらす力。 リオ達の魔力は、この世界限定の、この惑星の自然エネルギーが源」
「へ〜〜。 そういうモノなのですね?」
エウレイアの説明を今ひとつ理解出来ないリオ。
銀河の覇者の超テクノロジーと言われても、宇宙や銀河系等という知識や存在が全く身近でないリオーヌ達の生きているこの世界の時代背景では、ピ〜ンと来ないのは致し方ない。
「ところでリオ。 今後の予定は?」
エウレイアは、
『もう御役御免でしょ?』
という意味で、質問。
「敗北した僕達は、帰国ということになると思いますが......」
「ただ、すんなり帰れることにはならないんじゃない?」
「停戦交渉や領地の割譲に賠償といった諸々の交渉が纏まらないと、ですか〜」
「それが大きな問題よ。 ラ・ダーム帝国軍は大勢の降伏者を出してしまったし、援軍の諸国連合軍もこの有り様ではね〜」
エウレイアは肩を竦めながら周囲を見渡す。
リオとベールも同様に。
城塞内は多くの負傷者で溢れており、治癒能力や治療術を扱える魔術師や魔法使い達が駆けずり回っているが、全く追い付かない状況であった。
特に、戦さ慣れしていない諸国連合軍は、新帝国軍の攻勢に慌てふためいて激しく動揺してしまい、撤退中に焦りから余計な傷を負った者が非常に多く、戦意は沈みきっている状態。
『これでは、そう簡単に西方世界へと帰れそうも無いな〜』
と思うリオーヌ達であった。




