第24話(生と死の間に)
フラー王国騎士団。
王国軍の最精鋭である彼等は、体格に恵まれた者が大半で、新帝国軍の兵士達より二回り以上デカい。
そのような彼等の決死の突撃やリオーヌ達の活躍で、エルリック王太子率いる遠征軍の大半は、城塞都市イーノハに逃げ込むことが出来たものの......
味方の大部分が撤退したことで、敵兵に満ちつつある戦場。
そこで取り残された騎士団に、もはや逃げ道は見当たらないのだった......
「殿下。 あまりにも危険です」
総司令官として敗残兵を指揮し、一度はイーノハに入市したエルリック。
しかし、アンフルル学院で常に一緒だった騎士課程の学友達が、一人もイノーハに戻れていないことで、再び戦場に出ようとしていた。
「お前達は付いて来なくてイイ。 これは私の矜持が試される緊急事態なのだから......」
このまま王国に帰り着き、一人だけ学び舎の学院に戻っても、一緒に帰って来れなかった学友達の遺族からの激しい非難に晒されるであろう。
同級生全員を見捨て、王太子という特別な地位にある己だけが逃げ帰って来たのだと。
「再突撃しようにも、敗北が決定的な状況で、今更殿下と行動を共にし、死に場所を求めようとする者は誰もおりますまい」
「ただお一人だけで敵軍に突入するおつもりですか? それは騎士団の尊い犠牲を無駄にするだけのこと。 お止しなさい」
側近達は口を酸っぱくして、無謀だと諌める。
しかし、首を横に振り続けるエルリック王太子。
そしてついに、静止する王国軍の将軍・参謀達を振り切って、イーノハ城塞東側の大門前までやって来たのだ。
だが当然ながら、城塞の各大門はラ・ダーム帝国軍イーノハ守備隊の指揮下にあり、敗走して来る味方の将兵達を収容しつつも、敵兵の侵入は許すまいと、厳重な警戒態勢を取っていて、エルリック王太子が戦場に向かおうと大門を通り過ぎようとした時、その手前で門兵達に咎められてしまっていた。
「私は戦場にまだ残されている味方を、仲間を救いに行かねばならないのだ。 そこをどけ」
王太子はそう言って、立ちはだかる門兵達を押し退け、前に進もうとするが、
「我等が皇帝陛下の勅命により、どのような身分の方であってもイーノハ城塞から外に出ることは許されません。 どうかお戻りを」
と言われてしまっただけではなく、大方の敗残兵の収容が終わったので、直ぐに城門を閉めようという気配まで見せていたのだ。
「待ってくれ。 いま門を閉めたら、まだ必死に戦っている味方は敵中で完全孤立。 彼等全員に死ねというのか?」
激しく抗議する王太子。
しかし門兵達は、王太子を外に出させまいと、大門を開閉させる大型器械を動かし始め、
「ギ〜ギ〜」
と軋む音をさせながら、ついに閉門へと動き出してしまった。
「止めろ〜。 とにかく門を閉めないでくれ〜」
絶叫しながら、絶望的な表情に変わったエルリック。
その、ラ・ダーム帝国軍の門兵達に懇願する姿は、学院の学友達を一人でも救いたいという、高等部の学生という純粋な気持ちからの行動であった。
そこに偶然、その騒ぎを眺めている人物が一人居た。
閉門作業中の大門の内側には、命からがら逃げ込んで来た負傷兵達が多数座り込んでいて、その者達に対して、後方支援に従事している諸国連合軍の魔術師達が怪我の回復を順次施している。
その魔術師群の中に、エウレイア・シエラスも混じっていた。
「貴方、フラー王国の王太子だったわよね?」
つかつかつかと、早足で歩みよったエウレイア。
ちょうどこの時のエルリック王太子は、大門が急遽閉められたことで外に出ることが出来ないまま、追い掛けて来た王国軍の将軍や参謀達に囲まれ、城塞内のフラー王国軍本陣に戻るよう促されているところであった。
エウレイアの声を聞き、座り込んだままその方向を見やった王太子。
そこには、絶世の美女だと誰もが賞賛するであろう、戦場に全く似つかわしくない華麗な女性が立っていた。
かなり背が高く、しかも白磁のように透き通った美しい素肌。
茶色の頭髪はロングだが、従軍している為軽く束ねられており、大きな目と濃紺色の瞳は、見詰められただけで何だか吸い込まれてしまう様な感覚を抱かせる特別な魅惑を秘め、輝いている。
鼻は筋が通って高く、顔貌の均整がとれていて極めて美麗。
ただ全体的に見ると、典型的な西方世界の美女とは一線を画しており、と言って東方世界風の美女でも無い、独特で何処か別の世界からやって来た様な不思議な雰囲気を纏っていることから、エルリックは一目見て、学院内で見覚えのある美女だと気付いたのだ。
「貴女は......確かリオーヌの配下の?」
その言葉に、少しムッとしたエウレイア。
「私はリオの配下ではなく、客人。 それも賓客っていう立場なの」
そう反論したが、現在の緊迫した事態と全く無関係なやり取りなので、王太子を取り巻くフラー王国軍の者達にも完全無視されている。
「そんな話、今はどうでも良いわね。 貴方達、王太子殿下が仲間を救いたいって言っているのだから、行かせてやったら?」
「いくら殿下ご自身の意向であっても、自殺に等しい行為を認められる訳がないだろ? それに戦場に最も近い大門が、今こうして閉門してしまったのだから」
王国軍の一人が呆れた表情で王太子の方を見ながら、
静止するのは当然の判断だ
と答えてみせる。
「じゃあ私が門が開けたら、どうするのかしら?」
エウレイアは悪戯顔を浮かべながら、即、魔術を放つ。
すると、巨大な門扉が城門の枠から外れ、遥か彼方へと飛んで行ってしまったのだ。
「おい、そこの女、何をした」
ラ・ダーム帝国の守備隊が一斉にエウレイアへ向けて、銃や剣を構えたが、それらの武器も一瞬でバラバラに。
あまりの早業の連続に、その場に居る全員が呆気にとられている。
それ程迄に、エウレイアの魔術は圧倒的であった。
「開けておくべき時なのに、閉門するというラ・ダーム帝国軍の愚かな所業を正してあげたのよ」
悪びれず、周囲に向かって言い放つエウレイア。
「王太子殿下。 準備は宜しいかしら?」
「準備って......」
エルリックが答え終わる前に、エウレイアは行動で、その意味を示す。
魔術で、生き残っている王国騎士団が幾重にも敵兵に囲まれつつある戦場へ、王太子を瞬間移動させたからだ。
「お前、殿下を何処にやった?」
突然、エルリック王太子の姿が消えてしまった空間を睨みつけながら、エウレイアを怒鳴りつける王国軍の幹部達。
フラー王国から遥か離れたこんな場所で、王太子が万が一戦死した場合、国王に責任を問われ、詰め腹を切らされるだろうと、全員が顔面蒼白になっていた。
「何処って、殿下が望んだ場所に直接届けてあげたのよ」
当たり前でしょ?
という表情で答えるエウレイア。
「もし、殿下が命を落とされるようなことになれば、責任を問うからな」
そんな抗議の声は無視しつつ、
「私の雇い主も、まだ戦っているわ。 取り残されたままの多くの者達が無事ここに辿り着けることを祈りましょう」
そう答えると、門扉の消失した大門の内側に仁王立ちしたまま、戦場の方向を見詰めるエウレイアであった。
「殿下。 何故、ここに」
味方を逃がす時間稼ぎの為、決死の突撃を敢行し続けていたフラー王国騎士団。
当初、千人以上居た筈だったが、エルリックがエウレイアに瞬間移動魔術で飛ばされ戻って来た時には、その数は500人余りに減少していた。
「騎士団を見捨てて、王国には帰れん」
王太子のその答えを聞いたことで皆が頷き、再び闘志が湧いて来た騎士団の残兵達。
そこには、アンフルル学院の騎士課程で行動を共にして来た多くの同級生の姿も有った。
しかし、高揚感で戦闘力が上がり、包囲網を切り崩して一時的な血路を開くことは出来たものの......
新帝国軍の最後陣に控えていた突撃騎兵隊が、遂にイーノハ城塞の面前に迄、移動して来てしまったのだった。
「まだ大きな得物が残って居るぞ〜。 完膚なきまで叩きのめしてやれ」
突撃騎兵隊を率いるケイフウ将軍の大声の指示で、
「お〜〜」
と鬨の声を上げた騎兵達。
精鋭部隊の地響きの如きその声は、王国騎士団を震え上がらせる程のものであった。
エルリック王太子を中心に据えて、何とかイーノハ城塞に辿り着こうと、必死の突進を続ける王国騎士団。
だが、総崩れとなったラ・ダーム帝国軍と諸国連合軍の大半が城塞内に撤退した今、戦場に残っている味方は、死体か重傷を負って動けなくなった者が大半。
組織的な抵抗をしているのは、フラー王国騎士団ぐらいとなっていた。
「殿下。 何とか生き残ってくだされ」
「私の最期を、是非、残された家族に話してやって下さい......」
共に戦っていた騎士が次々と最期の伝言をエルリック王太子に遺し、長剣を高々と掲げ、一人、また一人と、王太子を生き残させる為に、新帝国軍へと突進して行く......
その姿を、鎧兜の下で滂沱となったまま、見送ることしか出来ない王太子。
たとえ国王であっても、引き留めることは許されない。
騎士一人一人が、その場で自身の死に、花を咲かせると決意した時点で、それを最大限に尊重する。
それが王国騎士の掟だからだ。
やがて、エルリックが再参戦した時には500人を超えていたが、僅か数十人に迄減少してしまっていた。
既に敵の突撃騎兵の槍が、王太子の煌びやかな鎧にも何度か届いており、数筋の傷が付いてしまっている。
「敵の貴人とお見受け致す。 御覚悟を」
その声は、シ・タン帝国軍の豪将ケイフウ・ソリュウ将軍。
行く手を阻もうと立ちはだかった多くの王国騎士との一騎打ちを全て退け、ついにエルリック王太子の直ぐ側に現れたのだ。
「殿下。 ここは我等が防ぎますので、数人を率いて全速力で要塞に向かって下さい」
その声の主は、王国騎士団副団長デーリッヒ・ゼクト男爵。
エルリックは、何も言わずその進言に従い、真っ直ぐイーノハ城塞へ向かって突き進む。
そして暫く後、後ろを振り返ると......
そこに、ケイフウ将軍の姿が急速に迫って来たのだった。
『ここまでか......』
副団長のゼクト男爵を容易く退けたということは、迫りくるこの敵将の力量は、己を大きく上回っている。
『多くの遺言を託されたが......それを伝えられないのが残念だ』
エルリックは覚悟を決め剣を構えつつ、そのようなことを考えていた時。
ケイフウ将軍が王太子の居る方向ではなく、自身の斜め右後方に剣を振るい始めたのだ。
次々と将軍を襲う、空間を切り裂く鋭い斬撃の遠距離攻撃。
それに対し、豪将も激しく応戦。
すると、単騎で死の突撃をした筈の騎士達を率いて現れた大男の姿が将軍の背後から接近して来たのだ。
遠くから斬撃を放ったのはリオーヌ。
大男はベールであった。
「フマ・ホムラ率いる術師部隊の妨害に手間取ったが......おお、どうにか間に合ったようだな」
一際煌びやかなエルリックの鎧を見て、一瞬笑顔を見せたベール。
そのままの勢いで、次々と新帝国軍の突撃騎兵を斃して進んで来る。
リオーヌは、ケイフウ・ソリュウ将軍と一騎打ちに持ち込み、打ち合うこと数合。
やがて、将軍を馬から追い落とし、より激しい一騎打ちに持ち込む。
「リオーヌ殿? 何故......」
将軍も仮面を着けていない姿のリオーヌを見て、戸惑いを隠せないまま、必死に応戦を続ける。
「この戦場に現れた仮面の貴公子は私では有りませんよ、ソリュウ殿」
不敵な笑みを浮かべながら、将軍の疑問に短く答えつつ双剣の魔剣で、ソリュウが扱う名剣朔夜の鋭い攻撃を軽々と受け流す。
そして、飛行魔術で一旦大きく後ろに下がり、エルリックの側に近寄ると、
「ゴメン、遅くなって。 王太子、僕等がこれから作る隙に残りの騎士を率い、要塞への撤収を」
短く用件だけを告げ、エルリックの返答を聞くこと無く、再びソリュウに向かって突進してゆく。
死を覚悟した時点からの急な情勢変化に、唖然としたまま、敵に向かうリオーヌの姿を視線で追うと、その遥か先では光り輝く無数の矢が放たれ続けていて、王国騎士団の残兵を追撃している新帝国軍の行く手を阻む動きが確認出来たのだ。
「あれは近衛師団長のシュルツェル伯爵だな。 私達の為に......すまぬ、みんな......」
悲しみの沱涙は、嬉し涙へと変わる。
そして、リオーヌとベールが救い出した数十人の王国騎士達と再合流を果たし、
「堂々と、そして速やかにイーノハ城塞に撤退するぞ」
そう命令し、高々と長剣を掲げながら、雄叫びを上げつつ、全員で駆け出すのだった。
東側大門の前で仁王立ちのままのエウレイア。
時折、新帝国軍の将兵が放つ銃弾や弓矢が彼女を襲うものの、手に持つ虹色の羽扇を一閃するだけで、全てを防いでしまう。
その姿を、やや離れた後方から見詰めるラ・ダーム帝国軍の門兵達とフラー王国軍の幹部達。
やがて、近付いて来るフラー王国騎士団の姿が大門内からも確認出来るようになった。
「あれは。 まさか、王国騎士団......無事な者が居るのか?」
王国軍幹部達は、双眼鏡を覗き込み、煌びやかな鎧を着けているエルリック王太子の姿を見つけると、感嘆の声を上げ始める。
ただ、その直ぐ後方には、新帝国軍の突撃騎兵隊が迫っている状況。
「無事辿り着けるだろうか?」
その場に居る全員が、ハラハラドキドキするような、際どい追撃状態にあると考えていた時であった。
「そろそろ加勢してあげても良いかな?」
エウレイアの大きな呟き声が門内に響くと、羽扇を再度一閃。
すると、突撃騎兵隊の馬達が突如急停止。
馬達は何かを恐れて、要塞方向への進行を止めたのだ。
焦る馬上の戦士達。
何とか馬を進ませようとするが、全馬がテコでも動こうとしない。
そこで、再びエウレイアが羽扇を大きく翳す。
その動きに呼応したのか、馬達はイーノハ城塞と反対方向へと勝手に駆け始めてしまう。
馬がコントロール出来なくなり混乱状態に陥った新帝国軍は、やがてそれが敵の魔術師の仕業だと気付くと、それ以上の深追いを諦めたのであった......




