第23話(苦難の撤退)
「そろそろ、茶番も終わりにしたら?」
仮面の貴公子を演じるエウレイアが戦いの最中、リオーヌに提案。
「そうですね〜」
リオも2人の白熱した戦いに誰も注目していない状況を感じていたので、それを受け容れることに。
最前線で2人の対峙が始まった時には、新帝国軍の将兵達の注目を集めていたが、遠征軍の総大将であるシーラー・キョウ皇太子から、
「速やかに前進し、諸国連合軍を叩け」
という命令が発せされたことで、将兵達が動き出してしまったからだ。
「ひとまず、目的は達成したでしょうし」
エウレイアは剣を収め、リオに話の続きを始める。
「公子。 俺達のことをじ~っと見ている輩が居ますぜ」
「うん」
ベールが妙な気配に気付き、注意喚起したが、もちろんリオもエウレイアもその存在に気付いていた。
「あの灰色装束の人物は何者? さっき、邪魔されたんだけど」
その質問に、
「あの人は、東方世界で最も優れた術師と言われている、キノルザ・オグニという方ですよ」
と答えたリオーヌ。
「もしかして、リオと知り合い?」
『あちゃー』
という表情で、エウレイアは一応確認。
「ええ。 僕が魔剣士として独り立ちした12歳より前から知っています」
それを聞き、
「拙った」
と舌打ちしたのだ。
その反応で、詳しい説明を求めたリオーヌ。
するとエウレイアは、
ラ・ダーム帝国軍の司令官らしき魔法使いを斬り殺した際、突然現れた見知らぬ気配で警戒してしまったことを説明。
今度はリオが驚く番。
まさかエウレイアが仮面の貴公子として、南方世界で著名な魔法使いシャムザ・グバンを斃しているとは思いも寄らなかったからだ。
「シャムザ・グバンを殺っちゃったのですか?」
いくらなんでもリオの実力で、大軍を率いる強力な魔法使いを一撃で暗殺してしまったら、あらぬ疑いを招くことになってしまう。
魔剣士としては特級レベルだが、魔術師としては平凡である以上、現実にリオがシャムザ・グバンクラスの人物と対峙した場合、大苦戦する筈。
しかも、突如現れたとはいえ、子供の頃からの知り合いのキノルザ・オグニを警戒したということは......
「間違いなく、もうバレちゃいましたね。 仮面の貴公子が僕でない別人が演じていることに」
リオは小細工が失敗したことを諦め顔で認めるざるを得ない。
しかも、その確認の目的で今、オグニがエウレイアとの対戦状況を凝視しているとあっては。
「成り行き上、仕方なかったのよ。 でも、私がグバンとかいう魔法使いを斃したのだから、戦功第一ってことで、許されるわ」
エウレイアは楽観的な予測をしながら、さり気なく仮面を外す。
あえて、オグニに素顔を見せておき、これ以上余計な警戒をする必要が無いと、教えておく目的であった。
その意図にリオもベールも気付いたから、何も言わない。
「じゃあ、私の役目もここまでということね。 敗北するだろう連合軍のみんなが戻って来る前に要塞が陥落しないよう、先にイーノハへ帰るから、あとは頑張って〜」
エウレイアは2人にそう言い残すと、瞬間移動魔術で戦場を離れてしまう。
それは、エウレイアが本来ここに居るべきでは無い時空を超越した存在である以上、歴史を大きく変えてしまうような働きを続けるのは良くないだろうという考えからであった。
「じゃあ、僕等も伯爵様と合流しよう」
「おお」
ベールが同意したので、速やかに自軍の居る方向に戻り始めた2人。
シュルツェル伯爵が放ち続けている魔弓の矢も、遥か遠くに離れ、かろうじて小さく見えるという戦況に変化している。
それだけ新帝国軍が前進し、諸国連合軍が後退しているという証左であった。
「まさか......女?」
エウレイアが仮面を外し、ワザと見せた素顔に驚いてしまい呟くキノルザ・オグニ。
極端に口数の少ない人物なので、呟くことは珍しい。
偽者の仮面の貴公子の正体は、凄腕の魔術師だろうとは予想していたが、相当な膂力を持ち合わせる必要がある魔剣士を演じている以上、男だと予測していたからだ。
しかも絶世の美女で、西方世界と東方世界の両方の特徴を合わせ持つ様な容貌。
リオーヌが西方世界に帰ってから知り合った女性という単純な存在ではなく、隔世的な雰囲気が有ると感じられた。
暫く呆然としていたうちに、その女性もリオーヌ達も姿が見えなくなっている。
『リオの彼女だろうか......』
そんなことを考えながら、皇太子のもとへと戻ることに決めたオグニ。
正体不明のあの美女が、シャムザ・グバンをいとも容易に斬殺したことで戦況は決してしまい、術師が出しゃばり過ぎるのを嫌う風潮も有るので、あとは将兵が活躍する舞台だと判断していたからであった。
「伯爵様。 戦況は?」
魔弓から放たれる光の矢を目印に合流したリオーヌとベール。
「おお、戻って来てくれたか。 乱れ撃ちで何とか時間稼ぎをしているが......」
そこ迄聞いただけで、あとは説明しなくても分かる。
このままではイーノハ要塞へたどり着く前に、新帝国軍の攻勢を浴びてしまうだろうという予測なのだ。
「敵の追撃の勢いを少しでも弱めることに専念して、撤退戦を続けましょう」
リオーヌはそう答えると、近付いて来た敵兵に魔剣の斬撃を浴びせる。
ベールは槍を振るって突進。
そして状況をみて引きながら、再び突進ということを繰り返して時間稼ぎに徹する。
「遠くから見ていたけど、噂の仮面の剣士。 やはり凄腕だったね」
戦いながら伯爵が、感嘆の言葉をリオに漏らす。
仮面の者は、2人を相手に余裕ある戦いに見えていたからだ。
「向こうが勝手に退いたので、戻って来れました」
リオは適当な言い訳で誤魔化しながら、突撃を繰り返すベールの援護を伯爵と共に続ける。
リオ自身が突入しても良いのだが、既に勝敗が決している戦いで、半年前まで味方だった者達の命を無駄に奪うことは避けたいと考えていたからだ。
しかし、多勢に無勢。
最前線で抵抗しているのは3人だけ。
ラ・ダーム帝国軍が総崩れとなっている以上、イーノハに戻る手前で包囲されたら、生きて帰るのはほぼ不可能。
それが分かっている以上、他の者達はとにかくに逃げることだけで必死。
手一杯であった。
「ついに、新帝国軍の術師のお出ましですぜ」
抵抗の最前線で一人奮闘していたベールがリオのもとに戻って来て、呟くように語る。
その視線の先に、フマ・ホムラが現れたのだ。
「僕達の抵抗を聞きつけたからだね」
リオが天を仰ぎながら、
『ここまでか......』
と観念する程。
それだけの実力がホムラにはある。
そんなやにわに、ホムラが3人に向けて放つ火球の束。
特殊な耐火鎧でも着ていない限り、一般人が対抗出来る代物では無い。
リオと伯爵が渾身の力を込め、魔剣と魔弓から放つ斬撃と光の矢をぶつけて、ホムラの火球を防ごうと試みる。
双方のエネルギー同士の衝突で、周囲に猛烈な熱量が発生。
援護が無いのでリオ達は、それに耐えながら後退するしか方法は無く、兵士達の足止めが全く出来なくなってしまう。
そんな状況が続き、ついに新帝国軍の先鋒部隊が諸国連合軍に襲い掛かる事態へ。
「ひとまず、反撃だ」
敵軍に追い付かれた諸国連合軍の各国の指揮官は口々にそう命令を出したものの......
「無理だよ、そんなの〜」
「とにかく早く要塞へ」
恐怖に駆られている大半の兵士達は、命令に従おうとはせず、指示を聞いて足を止めた一部の兵士達とぶつかってしまったことで、将棋倒しがあちらこちらで発生。
逆に大混乱に陥ってしまう。
「押すな」
「早く立ち上がれよ」
重い鎧を着ている者が大半の諸国連合軍。
ノロノロしてしまい、一度転んでしまうと体勢を立て直すのに時間を要する。
それに対し、軽装の新帝国軍が将棋倒しとなっている部隊を狙って、縦横無尽で斬り掛かる状況に。
「ぎゃ〜」
「助けてくれ〜」
斬りつけられた連合の兵士達から聞こえる悲鳴。
しかし、それを助けに入る者は皆無。
無事な者達は、より必死に要塞へ向けて小走りで進むしかない。
転倒した兵士達が、一方的な攻撃を受けていることで、少し追撃速度が鈍ることを期待して......
諸国連合軍が自滅状態に陥って数時間後。
足の早かった一部の軍勢は何とかイーノハ要塞に戻れたものの、連合軍の大半の将兵達は、まだ戦場に残って居る状況であった。
「王太子殿下をお守りしろ」
最も抵抗出来ていたのは、六万人という最大の兵力を有するフラー王国軍。
しかし他の国の軍勢は、何れも数千人単位で、十万人近い新帝国軍の先鋒軍団に一蹴されてしまう規模でしかなく、攻撃を受けると一撃で指揮系統が壊滅して、兵士達は散り散りに要塞へ帰ろうとするだけであった。
「我がフラー王国の誇る、精鋭の騎士達よ。 これより王国の名誉の為、敵への突撃を敢行する」
エルリック王太子を除き、最も高位にある第一師団長が命を下す。
その指示に半ば震えながらも、従おうという意思を示す、王国騎士団の面々。
その突撃で、敵の攻勢を食い止め、その間に王太子以下の遠征軍幹部と一般兵達を要塞にまで引かせようという意図だ。
「突撃〜」
「おお〜」
師団長の高らかな声を合図に、鬨の声を上げて突入する騎士達。
それを迎え撃つ、新帝国バジン将軍率いる一軍。
大軍故に機動力が低いフラー王国軍は、リオ達の抵抗で時間稼ぎをして貰っていたのに追い付かれてしまい、先鋒軍団の主力と衝突する状況へと陥っていたのだ。
だが、フラー王国騎士団は生存を掛けた必死な状況なので激しい抵抗。
「敵は退路が無くなりつつあり必死だ。 死兵とまともにやり合うなよ」
バジン将軍は適切な指示を出し、騎士達の突撃を柔らかく受け流している。
そして、決死の突撃を利用して撤退を図るエルリック王太子率いる王国主力軍の周囲には、いつの間にか新帝国軍の別働隊が行く手を阻むように現れ、次々と襲い掛かって来た。
「うわ~」
次々と戦場に倒れる兵士達。
精鋭である騎士達を集めて突撃に動員した分、一般兵しか残って居ないフラー王国の主力は、ロクに抵抗出来ない。
「このままでは......」
王太子の周囲を固める軍幹部達の表情に絶望の色が濃くなる。
先にラ・ダーム帝国軍が総崩れとなったことで、その追撃戦をしていた新帝国の中央軍が、王太子率いる軍勢の前に立ちはだかる形となったのだ。
恐怖心に支配される王国軍主力。
やがて、末端の兵士達が重い武器を捨てて逃げ出し始める。
指揮官の指示よりも、目前に見えているイーノハ要塞に逃げ込めば、命は助かると思うようになってしまったからだ。
一人、そういう行動の者が出れば、次々と真似をする者が出て来る。
先ずは武器を捨て、次に兜を捨て、そして足や腕を保護する防具も。
身軽になって全力疾走するが、そんな状態では銃弾や矢に狙われたらひとたまりも無い。
要塞に辿り着く目前で、乱射された銃弾や矢で次々と斃れてしまう。
「殿下。 このままでは......」
騎士達の奮闘虚しく別働隊の登場で、主力軍崩壊危機に顔面蒼白の軍幹部達。
「降伏しましょう。 新帝国も王太子殿下の命迄は奪うまい」
窮地で、自分達の命の無事だけを優先し始めた幹部達。
兵士達に死地に向かわせながら、幹部達が窮すると直ぐ降伏しようとするのは、いつの時代も何処の国でもごく当たりに発生する事象だ。
しかし、王太子は自分だけが助かるという決断を下すことが出来なかった。
それは......
アンフルル学院騎士課程で一緒に学んでいる友が多数、騎士団の一員として、決死の突撃をしてくれている。
まだ、高等部3年次の生徒でしか無いにも関わらずなのにだ。
その悲愴な決意に逆らうような恥知らずな選択を、まだ年若い王太子が選べる筈も無い......
そんな状況下の中、騎士団の突撃のお陰で、ようやくホムラの攻勢を凌ぎ切ったリオーヌとベール、それにシュルツェル伯爵が王太子率いる主力軍に合流してきた。
合流するなり、新帝国軍の別働隊に突撃してゆく3人。
要塞に近付いたことで、エウレイアが預かり持っていた魔剣ダィンがリオーヌの手元に戻され、双剣の魔剣の本来の実力が発揮出来るようになり、放たれる斬撃が今までの一気に倍へと増加。
そこに、伯爵の魔弓とベールのピストルの乱れ撃ちが加わる。
想定外の思わぬ強烈な横撃に、大きな損害を出したことで、怯む新帝国中央軍。
そこにエウレイアが、精神攻撃魔術の一種である
『畏怖の力』
を新帝国中央軍に向け仕掛けたことで、フラー王国軍に襲い掛かっていた兵士達が勝手に退き始め、戦線が一旦大きく崩れたのだ。
「エルリック、今のうちに要塞へ。 急ぐんだ」
リオーヌが近くに立つ総大将の幟を見つけ、飛行魔術で駆け寄ると、ひとこと告げてから、要塞方面の最前線に戻って行く。
そして、ベールと共に遮二無二に新帝国軍へと突進したことで、この別働隊が更に大きく後退を始める。
イーノハ要塞への道が一本、切り開けた。
「今だ。 皆の者、必死に走れ」
王太子が指揮剣を要塞方向へと振るう。
その命令に、残っていた全軍が従う。
今まで、これほど必死に動いたことがあるだろうかという程の動き。
万単位の人々の一団が、真っ直ぐ突き進む。
ひたすら、要塞に向かって。
その姿を、思わず手を休めて見守る新帝国軍の将兵達。
やがて、その巨大な一団が要塞に吸い込まれた時。
戦場に、新帝国軍による新たな集結の合図の音が鳴り響くのだった。




