第22話(イノーハ攻防戦・後篇)
「新帝国軍の大部隊が、こちらに向かって進軍中だと?」
フラー王国のエルリック・フラール王太子は、近衛師団長ヒリュー・シュルツェル伯爵が送って来た伝令の報告を受け、呆然と立ち尽くしてしまう。
ラ・ダーム帝国の宰相で、軍の責任者を兼ねるシャムザ・グバンからは、新帝国軍主力はラ・ダーム側で引き受けると約束をされていたからだ。
「詳細な情報は無いのか?」
我に返った王太子は、周囲の者達に問い掛けるも、答えられる者は誰も居ない。
「伯爵は何処に居る?」
伝令としてやって来たシュルツェル家の者に尋ねる王太子。
「敵の進軍を少しでも防ぐべく、最前線に向かって行きました。 ディアナ大公の御子息と一緒に」
「リオーヌと?」
「はい」
それを聞き、複雑な表情を見せるエルリック。
リオがアンフルル学院に編入して来た経緯への疑念は、王太子の中で全く解明されておらず、わだかまりを抱いたままだったからだ。
暫く考えごとをしていると、ラ・ダーム帝国軍との連絡役でグバン宰相のもとに派遣中のフラー王国軍将校達から、最新情報が早馬で入って来た。
それは更なる凶報であった。
「宰相死亡。 ラ・ダーム帝国軍総崩れ」
との。
その場に居る全員が凍り付く。
細かいことは分からないものの、先程まで聞こえていた味方の大砲隊が発する地響きの如き轟音が止んでいることにも気付かされたからだ。
「我々も直ぐ撤退した方が良いのでは?」
「いや、既に新帝国軍がこちらに近付いて来ているのだろ? ここで引いたら大混乱が生じるし、敵の追撃を引き込む形になって、イーノハ要塞に入る前に大半の者達が死傷してしまうぞ」
「じゃあ、どうするんだ」
形式上の総司令官である王太子を補佐すべく、フラー王国は軍の専門家達を多数随行させたが、逆に同格の専門家が多過ぎる弊害から意見が全く纏まらない。
即撤退を主張する者。
持ち場を死守すべきと主張する者。
一旦戦い、タイミングを見て後退をと主張する者。
出されたのは、概ねこの3つの意見であったが、どれも一害あって一利無し。
しかも諸国連合軍は、実戦経験が皆無。
このような場合、実績有る者の意見を尊重するのが最も妥当だが、誰を頼るべきか、まだ年若いエルリック王太子には判断が付かない。
逡巡している暇は無いのに、ただ時間だけが過ぎて行く。
援軍として派遣されたフラー王国軍全員の生命が掛かっている貴重な時間が。
そして、悪いことは重なるもの。
戦況悪化が表面化したものの、主力のフラー王国軍が明確な方針を出せないまま動かないことに業を煮やした連合の他の軍勢の一部が、勝手に撤退を開始したとの報告も寄せられ、最早一刻の猶予も無い状態に。
追い詰められたエルリック王太子が、大混乱発生を覚悟の上で、即時全軍撤退を言い出そうとした時であった。
王太子が滞在中の幕舎の在る本陣前で、小競り合いの声が聞こえて来たのだ。
「何事だ」
エルリックの苛立った声に反応した若い幕僚の一人が、直ぐ様子を見に出て行く。
すると、
「大公国のリオーヌ公子からの言伝で来たのです。 どうか総司令官に取次ぎを」
という大声が王太子の耳にも入って来た。
「緊急時だ。 構わぬ、通せ」
その指示に、もう一人幕僚が幕舎外に出て、警備中の近衛兵達に伝える。
そして、2人の幕僚と一緒に幕舎内に入って来た若い男。
その男にエルリックは見覚えがあった。
出征直前、アンフルル学院にやって来て、その後リオと行動を共にしている者だからだ。
「確か、リオーヌに仕える魔術師だよな?」
「はい。 アルート・ランバドールと申します」
「それで、言伝とは?」
「魔剣士である公子殿と魔弓遣いの伯爵様で、一時的に新帝国軍の接近を阻止するので、王太子殿下は直ぐ軍を纏め、慌てず焦らず、整然とイーノハまで後退するようにというものです」
「2人だけで、そのようなことが可能なのか?」
「あくまで一時的にですが、致命的な損害を出さずに撤退する為の必要な時間位は作れるでしょう」
問いに答えるアルートの表情を見ていると、リオーヌ個人の戦闘力に絶対の自信が有るように感じた王太子。
確かに、その凄まじさは、学院の編入試験やその後の対決等で体験もしている。
「一刻の猶予も無いよな?」
「勿論です」
「わかった」
短く答えると、決断したエルリック王太子。
「皆の者、直ぐ撤退に取り掛かれ。 ただし、軍列を乱さず、陣形を保ったまま、転進という形でイノーハ要塞に向かうぞ」
高らかな声で明確な指示を出す。
それに対し、
「お〜〜」
と答えるフラー王国軍幹部達。
もちろん、初めての戦場で気持ちは焦っているが、総大将である以上、演技も必要。
あえて、悠然とした動作で兜を被ると、側近が差し出した長剣を優雅に取って見せたエルリック。
そして、王家の従者達を引き連れ幕舎を出て、本陣の外に向けて歩き出したのであった。
「バジン将軍の指示だ。 前衛部隊、一旦その場で足踏みを続けよ」
やっとの思いで、最前列の部隊に追い付いた伝令将校。
将軍が出した変わった指示を伝えると、グバン宰相が仮面の貴公子とキノルザ・オグニによって斃され、戦場の広範囲に掛けられていた魔法の影響が無くなったせいもあって、足踏みの指示が忠実に実行される。
それにより、新帝国の前衛部隊全軍の行軍が停止したのだ。
その時、バジン将軍の前にキョウ皇太子の指示を伝える目的で、フマ・ホムラが現れた。
「前将軍殿。 大将軍閣下からの命令をお伝えする」
「はっ」
「このまま前進し、諸国連合軍を蹴散らせ」
意外な命令に、驚いた表情のバジン将軍。
魔法の影響で猪突猛進させられたことにより、皇太子率いる中央部隊と衛将軍ケイフウ・ソリュウ率いる後方部隊と離れてしまったので、一旦合流するようにと指示が出されると思っていたからだ。
「了解か?」
「もちろんです」
その答えを聞いたホムラは、それ以上何も言わないまま、一礼してバジン将軍の前から去って行く。
ラ・ダーム帝国軍の状況を偵察しなければならないからだ。
『相変わらず、忙しい方だな』
将軍は、そんな感想を持ちながら、新たな命令を実行すべく、ひとまず前衛軍全体の陣形を整えるよう部下達に指示するのであった。
「新帝国軍の前進が止まりましたね」
最前線に出て、様子を窺っていたリオーヌ達3名。
伯爵がリオーヌに話し掛ける。
「この機会を逃すべきでは無いでしょう。 僕とベールで突入します。 伯爵様は僕達の援護をお願いします」
リオはそう言いながら、ベールを掴んで飛行魔術でひとっ飛び。
新帝国軍の最前列部隊前に降り立つと、一気の斬り込みを仕掛ける。
まさか、戦争経験の無い諸国連合軍から、突撃を仕掛ける者が現れるなんて想像もしていなかったことから対応が遅れ、バタバタと倒されて行く新帝国軍の先鋒部隊の兵士達。
その異変に気付き、
「敵襲、敵襲」
「たった2人だぞ、何をしている」
「包囲し、殲滅しろ」
等と、新帝国軍の部隊長や兵士達の怒号が鳴り響く。
そんな反応を一切無視し、右手に魔剣ティル、左手に名刀皇を把持したリオーヌは、滅茶苦茶に斬り込む。
その背後を護るように、ベールが二丁拳銃を放ちながら続く。
あっという間に、リオ達の周囲には瀕死の重傷を負って戦闘不能となった数十人の兵士達がうめき声を上げながら地面に倒れて這いつくばっており、その数が雪だるま式に増えてゆく。
そして、徐々に恐怖心が兵士達の心を支配し始めた。
リオの顔面の傷跡の呪いが発動した影響だ。
「うわ~、悪魔だ〜」
魔力を持たない者には、鬼神の如き恐ろしい表情に見えるリオーヌ。
その者が、魔力に反応すると不気味に赤黒く輝いている魔剣ティルを自在に操り、一閃する度に次々と兵士が倒されるのだから、畏怖せずには居られないのだ。
しかも、魔弓アイラカトスから放たれる無尽蔵の光の矢が、連射モードで降り注ぎ始めた。
その矢筋は、一度に百本単位。
一人の人物が放っているとは誰も思わない程の広範囲攻撃。
「敵の伏兵だ〜」
「千人以上居るかもしれないぞ」
「一旦、引け〜」
兵士達だけではなく、その上官達までもが恐怖心を抱いたことで、我先に元来た道を戻ろうと逃亡を始める。
しかし、大軍であるが故に、最前線の混乱は後方に伝わっておらず、逃亡しようとする兵士達が行軍停止中の部隊に行く手を阻まれ、混乱の輪が一気に広がってゆく。
「よし、ベール。 もっと遮二無二行くぞ〜」
「了解ですぜ。 暴れまくってやりましょう」
リオーヌとベールは、このチャンスを逃すまいと、逃げ出した兵士達を追撃し、遠慮なくその背後から斬り刻んで行く。
リオは魔剣で。
ベールは斃れた兵士達から奪った長剣を振るう。
2人の周囲には光の矢が降り注ぐので、ロクに反撃出来ないまま、新帝国軍の兵士達は次々と動けなくなる。
その勢いで、新帝国軍の最前列は大きく崩れ、混戦状態に。
『これでだいぶ時間が稼げるな。 この間に連合軍が撤退を開始してくれれば......』
リオーヌはそんなことを考えながら、更に新帝国軍を突き崩そうとしていたところ、状況が再び一変する事態が発生。
2人の目の前に、仮面の貴公子が突如現れたのだ。
「お〜、仮面の貴公子が来てくれた」
「これで俺達の勝利だ〜」
停軍中の部隊の兵士達がいち早く気付き、歓声を上げる。
それを聞き、恐怖心に支配され、逃亡しようと動き回っていた兵士達の足が止まる。
「本当だ」
「俺達のピンチに駆け付けてくれた」
「ありがてえ〜」
口々に感謝の言葉をあげ、濃霧のように覆っていた筈の恐怖心が、ぱ〜っと晴れてしまうのだった。
「公子。 虚名って怖いですな」
「そうだね〜」
かつての自身への大きな賞賛が、こんなところで猛烈に発揮されてしまい、戦況を一変させる。
それを目の前にして、苦笑せざるを得ないリオーヌ。
しかし、悠長に感慨に浸っても居られない。
エウレイアが演じている仮面の貴公子が、リオとベールに襲い掛かって来たからだ。
魔剣ダィンとティルが、別々の持主の手で輝き、一閃する度に激しい閃光を上げる。
その閃光が、刃を交える度に大きくなる。
そして、周囲に居る者達が目を開けて居られない程の光量となってゆく......
魔剣士としての力量はほぼ互角。
ただ、魔術師としての能力に大きな差が有るので、エウレイアはリオとベールの2人をを相手にしても、相当余裕な様子。
ワザとド派手な剣技を次々と見せ、あえて目立つことで当初の約束を果たそうとしていた。
「まだまだね〜」
エウレイアは軽口を叩きながら、ベールの突撃をひらりと躱して、長剣を叩き落とす。
そこにリオが猛烈な斬撃を浴びせ、ベールが体勢を立て直す時間を作ろうとするが、エウレイアの防護魔術は強烈。
受け切れなかった魔剣ティルの斬撃は、防護結界に当たって消滅してしまう。
「ズルいですよ、大魔術師様」
思わずリオーヌが嘆く程の強力な防護魔術。
普通の魔術師ならば、幾ら防護魔術を張っても、防ぎ切れない筈の斬撃なのだから。
「実力というのは、総合的なモノで判断するのよ」
仮面の下で、余裕の表情のエウレイア。
更に、魔弓アイラカトスから放たれ、自身に向かって来た百余りの光の矢を、魔剣ダィンを一閃して叩き落してみせる。
このような対峙が暫く続いていたが、
「これで約束は果たしたわね」
エウレイアは、近くに灰色装束の術師キノルザ・オグニの気配を感じ取ったので、攻撃をしつつリオに近付きながら話し掛ける。
「ええ」
リオも、予てから知っている、独特の気配を持つオグニの存在に気付き、短く答えると、
「私はこのまま貴方達3人の相手をするだけで、それ以上余計なことはしないから、安心して」
と宣言。
「わかりました」
ひとまずホッとするリオ。
改めてエウレイアの能力を実感し、諸国連合軍に何らかの魔術で遠距離攻撃をされたら、防げないと思ったからだ。
「戦いの結果は、両軍の人々の実力次第。 イイわね?」
「はい」
その返事を聞くと、仮面の貴公子は後方に飛んで構え直す。
リオーヌも改めて正対し直し、伯爵からの光の矢での援護を受けながら、ベールと共にエウレイアに襲い掛かるのであった。
「皇太子殿下。 ご見分下さい」
キノルザ・オグニは、敵の宰相シャムザ・グバンの首の入った革袋を目前に置き、そのように申し出る。
「流石だね。 でも、随分早いな。 敵は油断していたの?」
皇太子の側近達が、革袋の中身を気持ち悪そうに取り出している間、キョウが質問をする。
「仮面の貴公子殿が、先に仕掛けていて、大半の護衛を斬り殺しておりましたので」
その説明を聞き、嬉々とした表情に変わる皇太子。
『やっぱり、リオーヌは味方してくれたのか』
と思うと、込み上げてくる嬉しさを抑えられないのだ。
捕虜にしているラ・ダーム帝国軍の高官等に確認させる等した結果、その見分は直ぐに終わり、敵の総大将グバン宰相の首に間違いないという結論が出た。
「オグニ、ご苦労であった。 このまま予定通りに進み、勝利が決まれば、戦功第一は貴方だ」
キョウ皇太子の言葉を聞き、深く頭を下げたオグニ。
しかし、顔を上げる(灰色装束に覆われ、表情は見えないが)と、
「その首を取ったのも、仮面の貴公子殿の功績です。 私は彼がその場に遺そうとしたモノをここに持って来ただけですから」
自分は褒賞に値しないと答えたのだ。
「遺した?」
「はい」
「どうしてだろうか?」
オグニの説明が腑に落ちない皇太子。
首を傾げ、考え込んでいると、
「恐らく、私の出現に警戒されたのでしょう、仮面殿は」
それを聞き、
「いや。 戦場とは言え、いくらなんでも長年の味方の気配迄は警戒しないだろう。 まして仮面殿は、貴方の持つ独特の気配を、幼い頃から間近で見知っているのだから」
と言い、笑い出す。
ところがキノルザ・オグニは、首を振っている。
その見解は間違っていると暗に態度で示したのだ。
「オグニは、何を言いたい?」
「今、味方に参戦している仮面の貴公子殿は、フマ・ホムラ殿の仰られる通り、偽者です」
「偽者? 当代随一の魔法使いと言われるラ・ダーム帝国宰相の懐に潜り込めるような特別な人物が偽者の筈が......」
思わず絶句する皇太子。
だがオグニは、
「それ故、警戒を怠らないで頂きたいのです。 戦いの最中に大帝国の総大将を暗殺出来る力量が有る謎の人物が正体であれば、殿下の命を取ることも可能でしょう」
そのように忠告した後、一礼し、そのまま姿を晦ましてしまうのだった。
『偽者......老齢とはいえ、魔法使いの宰相を暗殺するぐらいだから、力量からみればリオーヌ当人の筈。 しかし信じられないことだが、オグニの気配を警戒するのは、確かにおかしい......』
宰相を失ったラ・ダーム帝国軍は、ひとまずイーノハ要塞に逃げ帰ろうと大混乱状態で、最早勝利は確定的。
遠征軍の総司令官であるキョウ皇太子は、かなり余裕が出来たので、この問題をより深く捉えることに決めたのだ。
今まで、エウレイアが演じる『仮面の貴公子』をリオーヌ本人だと信じて疑わなかった皇太子。
しかし、その考えを改めたのは、リオーヌも知らぬ、とある理由からであった。




