第20話(イーノハ攻防戦・前篇)
「おい。 いよいよ戦いが始まるんだな」
「当たり前だろ? その為に、はるばる遠征してきたのだから」
「大丈夫だよ、なっ。 俺達、勝って帰れるよな」
「もちろんさ。 敵は20万。 味方は30万以上。 しかも我々は迎え撃つ立場で、万が一の場合でもイーノハという堅固な要塞が有る」
「そうだ。 要塞だ。 我々が圧倒的有利に決まっている」
諸国連合軍の兵士達は不安を抱えながら、随所でそんな会話をしている。
6万人規模の大軍勢であるフラー王国軍以外は、各国の派遣軍単位で1部隊とし、中央に陣取るフラー王国軍の左右に8部隊ずつ並んで布陣。
17カ国の混成軍。
総勢約10万。
諸国連合構成国の中で、5万人以上の陸上部隊を有するレルタニア王国、スルーズ王国、ディアナ大公国の3カ国軍は、それぞれの国の事情により不参加。
その他、中央山岳地帯周辺に所在する、国軍の規模が千人以下の3つの小国が援軍派遣免除となっていた。
戦場となっているラ・ダーム帝国は、国家存亡の危機ということで、全軍約35万のうち、東部戦線に20万人以上を動員。
それが今、イーノハ郊外の大草原地帯に集結、展開している。
一方、シ・タン帝国軍の遠征軍は総勢約20万。
新帝国軍は最大80万人以上を動員出来ると言われているが、帝都オウランから約3000キロ離れたイーノハへの侵攻軍は、兵站線の長さを考慮し、その四分の一程度を派遣しただけであった。
「公子、かなりの規模の大会戦になりそうですね」
「東方での南北決戦以来の大規模衝突かな?」
アルートとリオーヌは、飛行魔術で上空100メートル程度の位置から、味方の軍勢の布陣を確認。
味方の数は、新帝国軍をだいぶ上回っており、序盤は一定程度優勢に戦えそうな情勢だ。
周囲には2人と同様に、飛行魔術を使える者達約50人が、上空で開戦直前の偵察や状況確認をしている。
「ラ・ダーム帝国では、魔法使いと呼ぶのでしたよね? 魔術師のことを」
「東方では術師、南方では魔法使い。 呼び名は異なっても、魔力を有する者達が使うことの出来る、特別な力という点では全く同じだよ」
「ラ・ダームにも居るんですかね。 強力な魔法使いが」
「そういう情報は国家機密。 この戦場で初めて見せてくれるんじゃないかな?」
リオはアルートの問い掛けに答えながら、諸国連合軍の東側に展開し、シ・タン帝国軍を迎え撃とうと準備に勤しんでいる友軍の大部隊の方を眺めるのであった。
「宰相閣下。 準備は予定通り完了しております」
「ご苦労だったな。 して、敵の様子は?」
「早朝から炊事の煙が盛んに上がっておりましたが、今は殆ど見えなくなりました。 そろそろ動き出すものかと」
「わかった」
迎撃するラ・ダーム帝国軍も、無策で陣取った訳では無い。
前面に馬防柵を3重に張り巡らせた上で、最新鋭の大砲をずらりと並べ、近接戦闘を得意とする新帝国軍の突撃騎馬隊が力を発揮する前に、遠距離から叩き潰す準備を整えていた。
「リオの様子はどうだい?ホムラ」
偵察に出ていたフマ・ホムラが本陣に戻って来たので、キョウ皇太子が最新情勢を確認する。
「仮面の貴公子殿は、先鋒のバジン将軍と談笑しておりました。 昔話に花を咲かせて」
「そうだろ? まだホムラは彼を疑っているのかい?」
「それに関して、見解を曲げるつもりはありません」
「ホムラは頑固だな。 まあ、それで良いさ」
キョウ皇太子は、満足そうな表情を浮かべている。
過去の戦いの話で盛り上がっているということは、リオーヌ本人で間違いないと言いたいのだ。
「敵軍の情報は?」
「馬防柵と大砲で、我等を迎え撃つつもりです」
「じゃあ、前進する機動力は捨てたということだね。 撤退をもう考えているのかな?」
「負けるとは思っていないのでしょう。 シャムザ・グバン宰相自ら指揮を采るようですから」
「ラ・ダーム随一の魔法使いだっけ? グバンは」
「ええ」
「では、その能力を見極めさせて貰おう。 ホムラを筆頭に、我等が誇る最上位の術師達や魔剣士のリオを上回るものかどうかを」
皇太子はそう答えると、直ぐ横に控えている人物を見詰める。
東方世界の魔力保持者である術師には、1〜10のランクが、術師を束ねる総本山により認定される。
現在、新帝国内で10ランクという最上位の術師に位置付けられている人物は僅か3人。
その一人はホムラだが、キョウは3人の中からもう一人を従軍させていたのだ。
その名は、キノルザ・オグニ。
常に全身を灰色ずくめの衣装で覆っていて、性別不明年齢不詳という謎だらけの人物である。
皇太子の話が終わると、キノルザ・オグニは無言のまま一瞬のうちに姿を晦ます。
それを合図に、ホムラも皇太子にひとこと告げて許可を得てから、皇太子率いる直属部隊の前線へ移動を開始。
皇太子も大将軍として下知を出し、采配を振るい始めるのだった。
「敵が動き始めました」
諸国連合軍の総司令官であるフラー王国のエルリック王太子のもとに伝令が現れ、状況を報告。
その言葉に、王太子を囲む者達全員に緊張が走る。
「敵の攻撃に備えよ」
ありきたりの指示だが、王太子の言葉で人々が動き出す。
「最前列の部隊に防護姿勢を取らせよ」
「弩弓隊、銃部隊、一斉射撃準備」
「本営周囲の兵士達に密集隊形を」
等々。
そして、本営を護る部隊の最前列にシュルツェル伯爵の私兵達が配置されていて、リオーヌとベールはその中に居た。
「いや〜、この感覚久しぶりだ」
ベールが武者震いをしてからひとこと発する。
一方、リオーヌは無言のまま。
あまり闘気を漲らせると、顔面の傷跡の呪いが発動して周囲の一般兵士に一種の畏怖感を与えてしまい、士気を大きく落とす原因となってしまうからだ。
やがて、前方に配置された軍勢の方から、「パンパン」という銃声や「シューシュー」という弓矢の風切音が聞こえ始めたことで、戦いが始まったという一層の緊張感が全軍を駆け巡る。
前方からは鬨の声のようなものが何度も上がっているのだが......
しかし、後方には前方の戦闘状況が伝わって来ない。
平坦過ぎる地形の為、全く様子が見えないからだ。
「どうなっている。 戦況は」
エルリック王太子の苛立つ声が本営に響くが、誰も答えられる者は居ない。
各国の弩弓隊や銃撃部隊が、湿地帯を挟んで向こう岸に現れた敵に向け、五月雨式に遠距離射撃をしているせいで、飛行魔術を使える魔術師を上空に出せなくなってしまっていた。
「ちょっと不味いな」
直ぐ側で戦闘指揮を采っているシュルツェル伯爵が思わず呟いた声をリオーヌは聞き、
「僕が上空偵察に出ましょうか?」
と申し出る。
「行けますか?」
「全然大丈夫です」
その答えを聞き、頭を下げる伯爵。
そのジェスチャーで、リオは軽装のまま直ぐに上空へと飛び上がる。
魔剣一本を盾にして、自身に向かって来る飛翔物を弾きながら、味方の銃弾や弓矢が飛ぶ低空地帯を抜けると、双方の動きがようやく見えるようになる。
湿地帯の対岸から、新帝国軍の軍勢が整然と交代を繰り返しながら、銃弾と弓矢を効果的に放っている姿が確認出来たのだ。
しかし、攻撃して来ているのは、千人余りと少数。
それに対し、味方は戦闘に慣れていないこともあり過剰反応を引き起こし、全軍で反撃している様子が見て取れる。
17カ国の混成軍であるが故、それぞれの指揮官が敵の攻撃に対し、指示を出しているせいだ。
『戦さ慣れしている皇太子の軍勢の巧みさに、早速翻弄されているって訳だ』
リオは状況を把握すると、早速行動に出る。
新帝国軍の最前線に向かって、一直線に突入を開始。
その姿を凝視していた伯爵が、慌てた様子で、
「リオーヌ殿が敵に突進して行くみたいですが」
とベールに話し掛ける。
するとベールは、
「あの方ならば大丈夫ですよ。 それより、伯爵。 公子殿の着地の援護の為に、魔弓の矢を敵陣に向け乱れ撃ちして貰えませんか? 着地点を集中射撃出来ないように」
と願い出る。
直ぐに伯爵は把持していた魔弓を構えると、連射モードで次々と矢を放つ。
その姿を不思議そうに見詰めるベールや周囲に居る伯爵家の私兵達。
伯爵は、弓の本体を敵に向け、矢を放つ動作を繰り返しているのだが、手に矢を一本も持っていない。
しかし、確かに矢は放たれており、遥か彼方の敵陣に向かって幾筋もの光が飛んで行く。
『これが、伯爵邸に初めて行ったあの時見た光の矢か』
魔弓に実際の矢は要らないということを初めて知ったベールであった。
『援護の魔弓の矢だね、有り難い。 ベールが進言してくれたのかな?』
リオも突入する自身の背後から、不思議な矢が飛んで来たことに気付き、そんなことを考えていた。
しかも、乱雑に放たれた筈の光の矢は意思を持っているかの如く、リオに近付くと勝手に軌道を変え、新帝国軍の兵士に向かって突き抜けて行く。
そして、その援護をバックとして難なく敵兵の前に降り立ったリオーヌは、即、魔剣を一閃。
すると、整然と射撃していた敵兵達が一斉に後方へと倒れる。
魔剣の斬撃の凄まじい風圧で、その場で立っていることが出来ず、薙ぎ倒されたのだ。
「何をやっている。 現れた敵は一人だけだぞ」
新帝国軍の部隊の部隊長らしき人物が部下を叱咤するが......
次の瞬間、その部隊長の首が消え、胴体以下がゆっくりと地面に倒れてゆく。
それを見た兵士達。
「うわ~、魔剣士だ」
「魔剣士が出たぞ、ヤバい、逃げろ〜」
と口々に叫び、起き上がると後方へと全力で逃げ始める。
一気に戦意を失う新帝国軍の兵士達。
戦闘慣れした新帝国軍の兵士達の行動としては、明らかに異様な光景だが、これはリオが戦闘で魔力を消費する際、抑えられていたモノが解き放たれてしまい、周辺に畏怖をもたらすという、例の顔面の傷跡がもたらす呪いの効果であった。
その姿を見て苦笑するリオーヌ。
『相変わらず、僕は化け物みたいだな』
そんな述懐を抱いた次の瞬間。
リオの周辺に遥か上空からの落下物が。
それに気付き、魔剣で切り裂くと、落下物が大爆発。
予想外の大きな爆発の威力に、今度はリオーヌが大きく弾き飛ばされ、湿地帯へと転落。
泥を被ってしまう程だった。
「痛ててて......やられた〜」
戦闘の無い世界に数ヶ月居たことで、研ぎ澄まされた感覚が鈍くなり、少し気持ちが緩んでいるところを狙われてしまったのだ。
そして、この戦法に覚えが有ったリオ。
「龍遣いのダズマ大王......再び戦場に現れたか」
と、上空で旋回している亜竜種の姿を見上げつつ呟いてしまう。
ダズマ大王とは、東方世界の南部に一大勢力を誇った劉国の属国の王だった人物。
そして、シーラー王国が東方世界を統一する最後の段階で、最も苦しめた猛将だ。
中央山岳地帯には遥か昔、優れた知性と強力な攻撃力を誇る龍達が根城としており、大きな勢力を築いていたが、人間達の勢力圏が広がるのに対し、殆ど子孫が生まれないという種族として致命的な欠点を抱えていたことで、衰退。
現在では絶滅したと言われているのだが、ダズマ大王は現在も中央山岳地帯に暮らす、衰退した龍の末裔の亜竜種を手懐けることに成功。
これに爆弾を落とさせる訓練を施した上で、戦闘に投入。
飛行機の無い世界で、高高度からの爆撃機のような攻撃を駆使して敵を翻弄しつつ、その膂力で敵将を次々と斃し、天下に名を馳せたのだ。
しかし東方統一の最終決戦時、ダズマ大王はシュン皇帝の勅命でリオーヌに付け狙われることとなる。
アルートの飛行魔術で、高高度上空に上がったリオの魔剣による攻撃で亜竜種を全て殺されてしまい、失意にあるところを劉国の兵士に化けた術師キノルザ・オグニの魔力で囚われの身に。
その後、劉国滅亡を知り降伏。
武将として完全引退し、中央山岳地帯に引っ込んだと伝わっていた。
リオはすくっと立ち上がると、魔剣と魔力で泥を弾き飛ばし、改めて気を引き締める。
そして、逃げ行く新帝国軍の兵士を追い掛け始め、別働隊の本陣に向かって突き進むのだった。




