第19話(イーノハ攻防戦・前夜)
「リオ、久しぶりだね。 まさか、いきなり幕舎を訪ねて来るとは思わなかったよ」
「皇太子殿下も、ご機嫌麗しい御様子で何よりです」
エウレイアが変身した仮面の貴公子。
思い切って、追撃戦途中の新帝国軍の真正面に突如姿を現し、その反応を探ろうとしてみたのだが、緒戦からの優勢で士気が高く、余裕ある状況だったことで、
『仮面の貴公子』の登場
が知れ渡ると、全軍挙げての熱烈大歓迎を受けてしまうのだった。
そして、そのまま総司令官であるキョウ皇太子のもとへ、参戦の挨拶をすることになったのだ。
「しかし、リオーヌ殿。 どうやってこんな短時間で、ここに来れたのだ?」
その質問を投げ掛けて来たのは、皇太子の左側に控えている最側近のフマ・ホムラ。
リオの脳内からコピーしたその記憶情報によると、東方最強の術師の一人。
神出鬼没、変幻自在で、個人的な武勇は一騎当千という万能特殊能力を持つ人物。
西方世界式に表現すれば、現代最強の魔術師と言える存在だ。
『なるほど。 情報通り、かなりの魔力量を持つ人物ね。 私も巧みに能力を制限しないと、リオの魔力との質と量の差で、一発で偽者と見抜かれかねないわ』
エウレイアの方でも、じっくりホムラの能力を見極めてみる。
ホムラの方も、目の前の仮面の貴公子が、本物のリオーヌなのか見定めようという目的で、質問をして来たのは明白だからだ。
「諸国連合軍に参加することで、堂々と大輸送船団に乗り込み、ラ・ダーム帝国最東方のイーノハ迄運んで貰いました。 そこからは飛行魔術でひとっ飛びと言う訳です」
さり気なく仮面を外してから返事をしたエウレイア。
その顔貌は、間違いなくリオーヌ・ディアナその人であることを確認させる為である。
すると突然、皇太子の右側に控えていた武将がリオーヌの姿をしたエウレイアに襲い掛かってきた。
それに対しエウレイアは、双剣の魔剣をいつの間にか両手に把持し、武将の斬撃を受け止めてみせる。
皇太子の前に出る際、当然のことながら武器の携行は出来なかったので、あえてリオーヌが得意とするやり方で防御したのだ。
「これは、失礼を致したリオーヌ殿。 もしかしたら、アルート殿が変身した姿かもと思いましてな」
「いえいえ。 母国に帰った僕を警戒されるのは当然のことです。 しかも、敵対するラ・ダーム帝国の援軍に登録した上で、現れているのですから」
この武将の名前は、ケイフウ・ソリュウ。
キョウ皇太子に仕える忠義に篤い将軍で、しかも武勇に富んだ人物。
名刀朔夜を扱った時のその実力は、魔剣士リオに匹敵という、シ・タン帝国が誇る豪将である。
その返事を聞き、今度は嬉しそうな表情でリオとハグを交わしたソリュウ。
こういうやり取りも、かつては良くあったので、エウレイアとしても自然な感じで対応する。
将軍はエウレイアが化けたリオーヌをホンモノだと認めたのであろう。
久しぶりの再会に、満面の笑顔であった。
その後、二、三会話をしてから、皇太子の面前を退いたエウレイア。
追撃戦中であるし、戦陣にある以上、再会の喜びの場を延々と続ける訳にはいかないだろうと判断し、エウレイアの方から退席を申し出たのだ。
そして、ラ・ダーム帝国の重要拠点であるイーノハに向かっている新帝国軍の先鋒部隊に入ることも申し出て、即承認されたので、直ぐに移動を開始。
『皇太子に近付き過ぎると、ボロが出るかもしれないからね。 それにリオは、先鋒を買って出る場合が多かったし』
部隊編入命令の割符を受け取ってから、飛行魔術で先陣部隊を追い掛け始めたエウレイア。
そんなことを考えながら、戦いに備えて、気を引き締めるのであった。
一方、キョウ皇太子の幕舎。
皇太子は、仮面の貴公子が本物かどうか、改めて最側近2人の意見を聞いていた。
「ソリュウはどう思った?」
「臣は、リオーヌ殿本人で間違いないと判断しました」
「その理由は?」
「先ずは、あの剣士としての反応。 手加減無しの臣の斬撃を完璧なタイミングで受け止めましたが、偽者で有れば、確実に死んでいたことでしょう」
「確かに」
皇太子も同意の頷き。
「しかも、双剣の魔剣を一瞬で把持しましたからな。 もし、あの者が偽者であるのならば、リオーヌ殿を相当上回る力量の持主ということになりますが......」
「そんな人物は存在し得ない。 だからリオ当人だというのがソリュウの考えだね」
ニコニコしながら話す皇太子。
無理難題を言ったのに、遠路はるばる参上してくれたリオーヌの行動が非常に嬉しく、面会時からご機嫌なのであった。
「ホムラは?」
「私は、偽者と判断しております」
その答えに、皇太子もソリュウも顔をしかめる。
同意しかねると露骨な反応を見せてしまう。
「根拠を教えて欲しい」
「私の勘です」
「勘?」
キョウ皇太子は思わず笑い出す。
いつも厳格なホムラが、『勘』を理由にするとは思いも寄らなかったからだ。
「先程の仮面の貴公子は、完璧過ぎなのです。 だから偽者だと断言します」
「完璧過ぎるのは駄目なのか?」
「それに、敵方やイーノハに放っている間者からは、リオーヌ殿が諸国連合軍のシュルツェル伯爵の陣営に滞在しているとの情報が寄せられております。 先程、その姿も確認出来たと」
「そちらが偽者だろうな。 きっとアルート殿が変身している姿だ」
ソリュウの呟きに、皇太子も完全同意。
「もう一つ付け加えますと、彼が軍の前に現れた時、一瞬ですが膨大な魔力量を感知しました。 私の知るリオーヌ殿とは比べ物にならない程の......」
それを聞き、流石に表情が曇る皇太子。
その報告は、最前線に展開している術師部隊からもあがっていたのだ。
「わかったわかった。 万が一に備えて警戒は怠らないようにしよう。 ソリュウも、それで良いな?」
「はは〜」
渋々な感じのキョウ皇太子。
これでは、警戒心がおざなりになると思い、追加説明をする必要性を感じたホムラ。
口数の多い人物では無いのだが、滔々と意見を述べ始めた。
「苦言を言わせて貰えば、殿下がリオーヌ殿に意地悪をしたことが、問題を難しくした原因なのです。 輝かしい功績を立て、我が帝国軍を円満除隊し、無能な国主の跡継ぎとして帰国した彼には彼の立場が有ります。 それをよく分かっておられるのに、敵陣に参加すると知るや、『仮面の貴公子を直ぐ参陣させよ』と強引な書簡を送られたから、危険分子を軍陣内へと引き込む可能性を高める結果に。 立場的に苦しくなったリオーヌ殿は、我々も知らない強大な魔術師に身代わりをお願いしたのかもしれません」
それを聞き、苦虫を噛み潰したような表情のキョウ皇太子。
意地悪をしたというのは、正鵠を射ていたからだ。
しかも万が一、先程面会した仮面の貴公子が偽者だった場合、その力量から判断するに、偉大な魔術師ということになる。
その人物が大軍同士の激戦の最中、急な敵対行動に出れば、戦いの情勢が一変しかねない。
そういう意味合いでの、ホムラの苦言であった。
「あれっ。 魔剣が......」
リオーヌの腕の中から、その存在が感じられなくなった魔剣ダィンティル。
やがて、感覚が戻ったものの......
双剣のうち、ティルの方だけが帰って来ただけであった。
『ダィンは?』
『エウ・レイアのもとに残ったの』
ティルも当惑したような声のトーン。
いきなり、本来の持主のもとに強制移動させられるとは、想定外だったからだ。
すると、リオーヌの脳内にエウレイアの声が。
『聞こえる〜、リオ』
「はい」
『無事、新帝国の陣営に参加が認められたわ。 仮面の貴公子として』
「そうですか。 良かった」
ホッとするリオーヌ。
とりあえず、偽者と見破られて排除されるという第一関門は突破したからだ。
『でも、状況は良くないわね~』
「何か有ったのですか?」
『フマ・ホムラという術師が、私の正体を見破った可能性が高いわ』
「やはり......ホムラが」
『それと、無線機が皇太子の幕舎にだけ設置されていたから......』
「無線機?」
『今、私の魔力と双剣の秘めた能力を使って、リオと魔力通信しているでしょ?』
「ええ」
『これを普遍的に使えるようにする技術が無線』
「無線技術......」
『リオが新帝国の魔剣士だった時の記憶には無かったから、最近導入されたばかりの新技術でしょうね』
「それの問題点とは?」
『貴方が諸国連合軍に居るって情報がリアルタイムで皇太子に伝わるってこと』
「じゃあ」
『リオが2人同時に存在する事実が、既に伝わっていて、どちらが偽者かという議論を皇太子達はしているのよ』
「なるほど〜」
『ここまでは、想定内?』
「はい」
元々、同時にリオーヌが2人存在することを皇太子側には知られた上で、両陣営に分かれて戦う予定だったから、問題は無い。
ただ、戦いが始まる前に、皇太子側のリオーヌが参戦を拒否されてしまうことだけが懸念だったのだ。
『戦場で私は新帝国軍の剣士として貴方と戦うから、皇太子の方としても、これ以上穿り返さないと見ているわ。 その代わり、私も本気でリオと対峙するから、そのつもりで。 ダィンは私が、ティルはリオが使って戦うことになるわね』
「双剣で無い場合、仮面の貴公子じゃないと見抜かれるかもしれないですね」
『私の方は、ほぼ似た剣をもう一本使うから大丈夫。 貴方は片剣の魔剣だけで戦うことになるけど、問題有るかな?』
「いいえ。 その方が、諸国連合軍に居る僕を偽者のリオーヌと判断してくれる可能性が高くなりますし」
『じゃあね。 問題発生の場合は連絡入れるし、無ければ戦場で。 リオーヌ、全力を出して掛かっていらっしゃい。 大魔術師エウ・レイア・シエラスがお相手して差し上げるから』
「はい。 楽しみにしています」
ここで魔力通信は途切れたのだった。
『エウレイアは一つミスをしたのよ』
ティルが通信が切れたのを確認してから、説明を付け加える。
『ミス?』
『ド派手に登場したことで、大きな魔力を検知されちゃったの。 瞬間移動って、魔力消費量が莫大だから』
『そうなんだ......』
『『ちっ、ミスった。 飛行魔術でゆっくり行くべきだったわ』って、さっき当の本人が舌打ちしていたからね。 本当に詰めが甘いのよ、ポンコツ魔術師って呼ぶべきだわ』
相変わらず、ティルはエウレイアには毒舌を吐きまくる。
それを聞き、思わず微笑んでしまうリオーヌであった。
「どうかしたのですか?」
傍からは、独り言を話し続けているように見えたリオーヌの様子を、ベールとアルートが心配そうに覗き込んでいる。
片方の会話だけだが、少し問題発生の雰囲気を察したのだ。
「皇太子殿下は、無事にエウレイア様を仮面の貴公子だと認めてくれたって」
それを聞き、安心した表情の2人。
「ただ、ホムラは見抜いているだろうと」
「ホムラ殿を誤魔化すのは無理でしたか。 大魔術師様でも」
「そりゃー、アイツは東方でも3本の指に入る術師だろ? 頭も切れるし、騙し切れないぜ」
アルートとベールはそれぞれらしい感想を述べる。
かつての戦友は、それ程の人物だと認められているのだ。
「戦いが始まれば、強敵が次々と襲い掛かって来るだろう。 アルート、お前は後方に下がっていろよ。 ラ・ダームと新帝国の戦いで、俺達が命を賭ける必要なんて、これっぽっちも無いのだからな」
「分かっていますよ。 あくまで、大公国の置かれた立場上、致し方ない参戦ですから」
2人の側近の話を聞きながら、リオーヌは考え込んでいる。
『士気が低いな。 歴戦の戦士であるベールですら、こんな状況なのだから、烏合の衆の諸国連合軍が援護したぐらいで、ラ・ダーム帝国軍が新帝国軍の侵攻を防ぎ切るのは、かなり厳しい』
と。
そして、今後の行く末を予測し、先手先手を打っていかねば、ディアナ大公国は益々苦境に陥るだろうということも。
エウレイアの忠告の通り、今までの様に、東西2つの世界の双方へ、良い顔し続けるのは無理であろうから......
翌々日。
イーノハ郊外の大草原・湿地帯で、帝都から到着したばかりのラ・ダーム帝国軍本隊の大軍と、フラー王国軍を中心とする諸国連合軍の援軍が合流し、侵攻を続けるキョウ皇太子率いるシ・タン帝国軍の大部隊を迎撃する為の布陣の会議が開かれていた。
「盟約に基づく速やかな参陣。 我等が大皇帝陛下も大変感謝している御様子でしたぞ」
ラ・ダーム帝国の宰相で、軍総司令官を兼ねる『シャムザ・グバン』。
ラ・ダーム皇帝の代理人として、全権を握っている、如何にも老獪そうな人物だ。
それに対し、
「感謝の言葉、誠に痛み入る」
と答えたのは、援軍の総司令官であるエルリック・フラール皇太子。
まだ18歳であり、舐められまいと必死な様子が感じられてしまう言葉使いであった。
『ふん。 こんなガキが援軍の総司令官か。 どうせ大した才能も無いのだろうし、経験不足は明らか。 纏まりに欠ける諸国連合の軍勢は、我等の肥やしになって貰おうぞ』
グバン宰相は、そういう意思を固め、下手に出る。
「機動力の高い我等が帝国の軍勢が、草原地帯に陣取ることを先に提案させて頂きたい。 王太子殿下率いる諸国連合の軍勢は、湿地帯を前面に布陣されるのがよろしかろう」
「宜しいのですか?」
エルリック王太子が驚く程の好条件な布陣。
シ・タン帝国軍は、最精鋭の突撃騎馬部隊を多数率いて侵攻して来ており、馬の足が取られる湿地帯を避けるのは明白だからだ。
「もちろんです。 遠路援軍に来られたのに、最も激しい戦闘が予想される草原地帯に布陣させてしまっては、ラ・ダーム帝国の名折れ。 是非、我等が帝国の軍勢の実力をご覧になって、その勇猛ぶりを帰国後各国の国王に伝えて頂きたいと思うのです」
笑顔で会議の主導権を握る宰相。
エルリック王太子では、経験の差が露骨に出てしまうのも致し方ないのであった。
グバン宰相の申し出に、王太子付きの軍専門官も異論を挟まなかったので、作戦会議はあっという間に終了した。
その結果をシュルツェル伯爵から聞いたリオーヌ。
終始渋い表情をしていたので、伯爵も思わず確認してしまう程であった。
「諸国連合軍として、不利な布陣では無いと私は愚考致しますが、魔剣士殿には異論がお有りのようですね。 是非、ご意見を拝聴させて頂きたいのですが」
「地理不案内の諸国連合軍が湿地帯側に布陣するという点に、些か問題が有ると思いまして」
「その問題とは?」
「新帝国軍が明らかにワザと敗走した場合でも、援軍という性質上、追撃しない訳にはいかないですよね?」
「それは勿論ですが......まさか、リオーヌ殿が仰りたいことは......」
「そうです。 追撃戦に移行した連合軍が湿地帯に深く入り込んだところで、総反撃を喰らえば、身動きが取れなくなるだけでは無く、撤退もままならなくなる様な気がするので」
「視界の良い草原地帯ならば、大軍であっても大都市で守り易いイーノハ迄真っ直ぐ後退出来るが、足場が悪く、所々木々が生い茂っている湿地帯で地理感の無い我等は、逃げ惑ってバラバラに後退するしかない、ということになるのか......」
流石に近衛師団師団長であるヒリュー・シュルツェル伯爵。
リオーヌの言いたいことを直ぐに理解したのだ。
「優勢に戦いが進めば、ただの杞憂ですけど」
「実戦経験の無いに等しい諸国連合軍が、百戦錬磨の新帝国軍に勝てる見込みは低いということですね。 リオーヌ殿に仕える戦士の方々も、同意見で?」
伯爵の質問に、頷くベールとアルート。
そして、出発時には居た筈の魔術師の女性がいないことにも気付いたのだ。
「ところで、シェラスと名乗られた魔術師の方は?」
「彼女は敵陣に派遣しました」
リオーヌの答えに驚く伯爵。
「間諜としてですか?」
「いいえ。 彼女は敵として、僕達の前に現れる。 それに対峙するのは僕自身です」
リオの説明に、理解不能という表情の伯爵。
すると、ベールが、
「公子殿の実力は、伯爵様が考えている以上のもの。 戦局を左右する程の」
「......」
「公子殿の能力が今回の戦況に大きな影響を与えないよう、自ら手配した強力な魔術師と対峙し、自主的に制限を加える。 だから俺達を頼らないで欲しいってこと」
ニヤりとしながら説明。
それに対し、期待と目論見が外されたことを嘆くように、天を仰ぎ見る伯爵であった......




