第18話(輸送船の中で)
ラ・ダーム帝国への応援部隊に従軍するアンフルル学院の生徒達の一行は、エルリック王太子の指揮のもと、王宮に到着していた。
ここでフラー王国軍と合流し、正式に軍へと編入され、海路ラ・ダーム帝国東方の要衝『イーノハ』に向かう。
到着までは、約半月の予定。
リオーヌ達4人は、シュルツェル伯爵家の私兵という立場での従軍となる。
「伯爵様、よろしくお願いします」
近衛師団は、国王と王宮の守備が主な任務の為、今回従軍しないが、伯爵自身は私兵を率いての参加となっている。
戦さ慣れしているシ・タン帝国軍に対し、装備は立派だが本格的な戦闘経験が皆無である諸国連合軍。
そうした大きな不安事情を抱える中で、フラー王国一の騎士としての腕前だけではなく、魔弓遣いとしての伯爵の能力は極めて貴重な戦力だ。
「リオーヌ殿、参軍してくれて本当にありがとう。 そして、公子殿に仕える戦士の方々も」
伯爵は深い感謝の念を、丁重な言葉使いと態度で示していたが、リオ一行の中に、事前報告の無かった女性が居ることに気付き、やや怪訝そうな表情を見せる。
「こちらの女性の方は?」
「急遽参軍して頂けることになった客人の方で......」
リオが説明を始めると、
「私は魔術師のエウレア・シェラスと申します。 どうぞ、お見知りおきを」
とエウレイア自身が自己紹介したのだ。
『今、魔術師って言った?』
『ウソ〜』
『いつもは、魔術師だけの呼称だと怒るクセに』
『『私は大魔術師なのよ、そこら辺の魔術師と一緒にしないで』っていうのが口癖だものね〜』
ダィンとティルがリオーヌの脳内でそんな話を始めると、直ぐに2つの魔剣から、
『いててて』
『痛〜い』
との叫び声が。
エウレイアが、お仕置きの魔術を魔剣に掛けたのだ。
そんなやり取りを微笑ましく聞いていたリオーヌ。
それが表情に出てしまっていたようで、
「リオーヌ殿は、どこか愉しげな感じに見えますが、これは選ばれし魔剣士としての余裕からですか? それに比べて私などは、肩書きは立派なのに初めての本格的な実戦を前にして緊張しっぱなし。 誠に恥ずかしい次第です」
と、少しだけ手が震えている伯爵から言われてしまったのだ。
「いえいえ。 魔剣が話し掛けて来たので、思わずその会話が可笑しくて......」
「なるほど、そうでしたか。 私の方は、相変わらず魔弓と会話が出来ないまま、戦場に赴くことになってしまいそうです」
リオが羨ましいと言いつつ、挨拶回りで忙しそうな伯爵は、側近達に促されて、他の賓客のもとに移動して行ったのであった。
「彼が、魔弓に選ばれた現在の遣い手なのね~」
エウレイアがその後ろ姿を眺めながら、リオに確認。
「はい」
「ところで、私、魔弓に名前、何て付けてたっけ?」
その質問にティルが答える。
『アイラカトスでしょ。 忘れたの?』
「アイラカトス? う~ん、そんな名だったかなあ〜」
『年を取りすぎて、呆けたんじゃない?』
「アンタ達は、本当に減らず口の魔剣ね」
『い、痛い〜』
そんなやり取りに再び吹き出してしまうリオーヌ。
すると、意外なことをエウレイアが言い出したのだ。
「アイラカトスは、大魔女アイルーシアの魔弓よ」
『えっ』
「アナタ達魔剣も、基本的な部分はアイルーシアが創ったの。 それを私が大改良して使いやすくって感じだった筈」
『筈って......』
「随分昔のことよ。 私も細かいこと迄イチイチ覚えていないわ」
初めて明かされる創造の秘話に、魔剣の方がビックリしている。
「それに、私、弓扱えないし」
「マジですか?」
『え~』
思わず絶句するリオーヌとダィンティル。
「だって、私の世界にも今のここの世界同様、銃が有るから。 弓は必要無いもの」
「なるほど。 でもエウレイアの魔導具って、魔剣、魔弓に魔鎧とか、他にも有ると言われていますが」
リオの確認を聞き、エウレイアは笑い出す。
「魔鎧ね〜。 かつてこの世界で、私が鎧を着けて戦ってたって? そんなダサい戦い方したことないわ。 リオーヌは双剣の魔剣を使う時、重い防具を着けているの?」
「いえ。 俊敏性が失われるので」
「でしょ」
「じゃあ......」
「伝説なんて、そんなものよ。 言われがごちゃ混ぜになってね。 それに私は強力な防護魔術を何種類も使えるから鎧は不要」
そこ迄話すと、それ以上は教えようとしない。
リオーヌは、魔剣以外にもエウレイアの魔導具が存在するのか気になって、色々質問したのだが、
「伝説は伝説のままで良くない?」
と宣うばかりであった。
そんなこんなで大型輸送蒸気船に乗り込んで数日。
船内は多くの兵が搭乗しているので、非常に窮屈だ。
その為、昼間は甲板で、腕が鈍らないように、リオーヌとベールは自主訓練をして汗を流している。
一方、エウレイアは暇そうに海を眺めているだけ。
そこで、アルートが、
「エウ・レイア様。 魔術の鍛錬は......」
「必要有る? そんなもの」
「しかし......」
「偉大な大魔術師の私と違って、この世界の魔術師には修行が必要だったわね」
そう言うなり、アルートに攻撃を仕掛ける。
慌てて身を屈めるアルート。
そして、恐る恐る目を開けて、周囲を見渡すも、エウレイアは海を眺めているだけで、何も変わった様子は無い。
「今、確かに無数の氷の短剣が僕を串刺しにしようとした筈なのに......」
キョロキョロしながら確認するも、
「こんな狭い場所で、本当に攻撃魔術を仕掛ける訳無いでしょ? 幻を見せてあげたの」
「幻を見せる魔術?」
「リオも精神攻撃魔術を使うでしょ? 原理は少し異なるけど、私流の精神攻撃魔術の一種よ」
戦場でこういう類の魔術を使えれば、命のやり取りをせずに、敵兵は幻を事実だと思い込んで、勝手に潰走するであろう。
大魔術師エウ・レイア・シエラスがレ・ルタニア大帝国軍を率いて無敵だった理由が、少し分かった気がしたアルート。
「僕にも、同じような魔術が使えるようになるでしょうか?」
「貴方、物理的な攻撃魔術は殆ど使えないのよね?」
「はい」
「だから、見せてあげたの。 直接攻撃ばかりが魔術の真髄では無いってことを」
「じゃあ......」
アルートは長い間、魔術師として生きて行くべきかの迷いがあった。
戦乱の東方世界で、実際の戦闘時に、彼の魔術はあまり役に立たなかったからだ。
いつも後方支援で、怪我した兵の回復を担当。
ただ彼の回復魔術は、その場で止血したり、細菌が入り込んで傷が悪化するのを防ぐことは出来るが、命を失いかけている者を救えるような代物では無い。
重体の兵士を救うことが出来ず、多くの戦友の死をただ見ているしかない自身。
圧倒的な戦闘力で敵を薙ぎ倒し、味方の為に血路を切り開くリオと違って、仲間を救うことすら満足に出来ない自分の能力にもどかしさを感じ、失望していたのだった。
「リオの記憶で見たけど、貴方、あまり真面目に魔術の鍛錬していなかったようね。 自身の天賦の才に自惚れて?」
「自惚れていた訳では有りません。 能力の限界を直ぐに感じてしまって」
「そうなの......それをリオに話したことは?」
「ありません。 公子様は、魔術師としても魔剣士としても、僕より遥かに上の存在なので」
「彼も努力してきたから、この世界で最高の魔剣士の一人になれたのよ。 能力の限界を常に感じながら、明日の自分は今日の自分より少しだけ成長したいと願い続けてね」
「そうだったのですか......大魔術師様が公子様を最高の魔剣士と言われるってことは」
「言い方が悪かったかな。 魔剣士というカテゴリーに限定すれば、リオの能力は私と同等だわ。 総合力では全然勝負にならないけどね」
エウレイア自身は他人に自身の努力を見せるようなことは無い。
まあ、努力しなくても、超兵器のような存在であり、圧倒的な能力を持っていることを当人も自覚しているので、傲慢に見える様な態度をとることも多い。
しかし、意外と繊細で、特に他人が努力している姿が大好きなのである。
「そういう人じゃなければ、伝説の存在のこの私がリオに協力する訳、ないでしょ?」
「......」
「アルート。 貴方はまだ若いのだから、努力が必要ね」
「では、僕が心を入れ替えて、何事にも頑張れるようになれれば、僕の師匠になって貰えませんか?」
その願いを聞き、苦笑いしたエウレイア。
『同じようなことを幾万回と言われてきたなあ〜』
と過去を思い返しながら......
「いつ元の世界に召還されるか、分からないのよ、私。 直ぐにかもしれないし」
「それでも構いません」
「そうね、少し考えておくわ。 先ずは貴方の主君の、あの努力している姿を見習いなさいね」
そう答えながら、エウレイアは鍛錬中のリオーヌとベールの方に向かって歩き出す。
独り頷くアルート。
そして、エウレイアのあとに続いて歩き出したのであった。
その後のアルートは、心を入れ替えたようであった。
何もすることが無い船内でも、独り精神修行のようなことをしている。
ジ〜ッとして、無想している日々。
リオーヌも、少し心配になる程の変わりよう。
そこで、いつもの訓練を終え、かいた汗を洗い流す為、甲板上でエウレイアに真水のシャワーを魔術で掛けて貰いながら、質問をした。
「エウ・レイア様。 アルートに何かアドバイスされたのですか?」
「もっと努力しなさいって言っただけよ。 主君であるリオを見習ったらって」
「ありがとうございます」
「本当にリオって良い主君ね。 私とは大違い」
「そんなことは......」
「人間的には、ってことよ」
「???」
「人生を終える時に振り返って、良い主君だと思えるのは最後まで勝ち残ること。 私みたいにね」
「確かに」
そこからエウレイアの表情は、より真剣なものに。
「リオは、今後どうするつもりなの? 今は他人に使われる立場みたいだけど」
「色々考えていますが......」
「考えているだけではダメよ。 もう自身の道を歩み始めていかないと」
「......」
「貴方は私の末裔で、ディアナ大公国国主の後継者」
「はい」
「それだけ?」
「いや、まあ、ええと」
「煮えきらないわね~。 リオが国の進むべき道を誤れば、大公国は貧しい国なのだし、滅亡してオシマイなのよ」
「......」
「ベールもアルートも、その過程で死んでしまうわ。 それでもイイの?」
「そういうのは、出来れば避けたいですが」
険しい表情に変わったリオーヌ。
東方統一の影響が、こんなに早く母国に及ぶとは思っておらず、決めることが出来ないままだからだ。
「新帝国の盟友として、最後までその道を貫き通すか、それとも西方諸国連合を構成する一つの国として、新帝国と袂を分かつか。 既にその二者択一を迫られているわよね?」
「ええ」
「今回は、遠い戦場だし、諸国連合と新帝国の直接対決では無いから、まだ曖昧な態度を許されているけど、次はそうもいかない」
「はい、そのとおりです」
「今後は、貴方の決断の一つ一つが、周囲の親しい者達の命運を変えて行く。 それを肝に銘じておくことよ」
『えへん』
という感じて、話を締め括ったエウレイア。
その態度が少し面白く感じ、リオは思わず微笑を漏らしてしまう。
そうした感情と表情にエウレイアは気付き、
『偉そうに話し過ぎたかも』
と急に恥ずかしくなって、少し顔が赤くなっていた。
「エウ・レイア様は、お優しいのですね」
「優しく無いわ」
「でも、こうして、僕達のことを気に掛けてくれているから、アドバイスをしてくれたのでしょ?」
「短い時間でも私が関わった人々に、幸せを感じれる時が長く続いて欲しい。 それだけよ」
軽く手を挙げ、
『話とシャワーは終わり』
と合図をし、そのまま船内へと歩き去って行くエウレイア。
リオーヌは体を拭きながら、その後ろ姿に向けて、頭を下げるのであった。
イーノハに到着した輸送船団。
リオーヌ達も大勢の兵士達と共に下船。
ラ・ダーム帝国側に援軍としての登録作業を済ませると、早速街へと繰り出す。
ここで2日滞在し、長く狭い船旅の疲れを少し取ってから、いよいよ戦場に向かうこととなる。
既に戦闘は始まっていて、戦力と経験に劣るラ・ダーム帝国の東方方面軍は、侵攻してきたシ・タン帝国の大軍に歯が立たず、国境地帯からイーノハに向けて敗走し続けているとの情報であった。
「ここは、太陽の陽射しが燦々と降り注ぐ明るい街並みだから、少しリゾート気分を味わいたいけど、そうも言っていられないようね」
エウレイアは心の底からの残念そうな表情を浮かべると、リオに今後の段取りの質問を始めた。
「リオに変身した私が、皇太子に会って以後は、『仮面の貴公子』を演じ、新帝国軍の一員として行動する。 これで良いのかしら?」
「その予定でお願いします」
「逆のパターンも出来るけど......本当にイイ?」
「はい」
念押しした際のエウレイアの表情に翳りが有るように感じたリオーヌ。
新帝国軍に馳せ参じるのは、あくまで仮面の貴公子としてのリオーヌ。
皇太子と親しく接する場合を除き、基本的に仮面を着けて行動して居れば良いので、エウレイアの負担は少ない。
実力未知数の魔剣士リオーヌ・ディアナとして、素顔で参軍する方を本人が演じた方が良いだろうという判断からであった。
「わかったわ。 じゃあ早速私は、キョウ皇太子のもとに参上するから」
「お願いします。 ところで、もう征かれるのですか?」
「もちろんよ。 あまりグズグズしていて、皇太子の心象が悪くなってもイケナイでしょ?」
エウレイアはそう言い残すと、その場で姿が見えなくなる。
魔術で、シ・タン帝国軍の最前線拠点に向かってしまったようだ。
『相変わらず、言葉の足りない大魔術師ね〜』
ティルが憎まれ口を叩く。
『忙しないのは、性格だからさ』
ダィンが、エウレイアが居なくなり、ホッとした様子で答える。
「急に消えたのは、飛行魔術の一種かな?」
リオがノンビリした感じで感想を述べると、
『いや。 多分、もう新帝国軍の陣地に到着している筈だよ』
ダィンの返事に驚かさせられるリオーヌ。
瞬間移動する魔術だと教えられたからだ。
「そんなシロモノが存在するなんて。 初めて聞いた」
そう絶句していると、魔剣がエウレイアの気になったことを話し始める。
『なんか、気に入らない様子だったわね』
『ティルもそう感じたんだ。 僕もだよ』
『こっちに残りたい様にしか聞こえなかったわ』
『この街並みが気に入ったんだよ。 リゾートが云々言っていたからさ、ノンビリしようという算段だったのかも』
双剣の魔剣の会話を聞きながら、つい先日エウレイアから言われた自身の最終決断についてのアドバイスを少し思い出すリオーヌ。
『もしかしたら、僕の判断に問題が有るのかな』
と、一抹の不安を感じていたのだった。




