第14話(魔弓の遣い手)
晩秋のある日。
アンフルル学院の休日。
リオは朝からベールとの稽古に精を出していると、敷地外れのあばら家借家を訪問してきた人物が居た。
学院の事務長であった。
「リオーヌ・ディアナ君。 君に会いたいという高貴な方が、呼び出しを掛けて来たのだが......」
「高貴なって、どんな方ですか?」
「ヒリュー・シュルツェル伯爵だ」
「シュルツェル伯爵?」
「フラー王国軍近衛師団長だよ。 聞いたことが無いかな?」
「はい」
「この国で最強の騎士でもある」
「はあ」
最強の騎士からの呼び出しだと聞き、良からぬ予感を抱くリオーヌ。
思わず溜息のような返事をしてしまう。
「既に迎えの馬車が正門前で待っているんだ。 待たせる訳にはいかないので、急いで支度をしてくれ。 従者の方も」
「俺もですか?」
「伯爵からの要望は、両名に来て欲しいとのことだ」
「......」
リオは無言でベールの肩を叩く。
それは、仕方ないよという合図。
主君が出向くと言う以上、その身辺護衛も兼ねて、同行するのが現在のベールの仕事。
ちょうど稽古中で汗をかいていたが、サ〜ッと着替えた後、学院事務長のあとを付いて行く2人。
正門の前では、衛兵がいつも以上に厳粛な姿で立番している。
「突然の訪問、誠に申し訳ない。 私はシュルツェル伯爵に仕えるゾイド・フォン・リッテムと申す者。 火急の用務でお迎えに参上した次第」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります」
リオは相手を見詰めながら返事をする。
『この人......相当な遣い手だ。 それに、衛兵の態度からして、近衛師団の幹部だな』
リッテムという男は、リオーヌにそう感じさせるオーラの様なモノを纒っている。
ベールも同感を抱いたのであろう。
無言のまま、指示に従い馬車に乗り込む。
最敬礼をしたまま直立不動の近衛師団衛兵に見送られつつ、馬車は走り出した。
シュルツェル伯爵邸の場所は、学院からそう離れたところでは無かった。
王宮近くに邸宅を構えているということは、王家の信任が厚い人物なのであろう。
学院を出て、約10分後に馬車が敷地内に吸い込まれると、門が閉まる。
そして、ゾイドの案内のもと、豪奢な大邸宅玄関前で2人が馬車を降りた時であった。
明らかにリオーヌを狙った、上空から『光の矢』の攻撃。
「公子〜」
先に降りたベールが身を挺してリオの身を護ろうと覆い被さったが......
伯爵家の訪問に際し、リオーヌもベールも武器を携行出来なかった。
その為、リオの魔剣士としての咄嗟の反応により、魔剣ダィン・ティルを両腕の中から瞬間で把持し、光の矢自体を斬り裂いて防いだのだ。
「やはりな...... しかし、武器を腕の中に隠し持っておられるとは」
覆い被さってきたベールの体を抱えたまま、双剣の魔剣の剣先を煌めかせ、防護姿勢をとっているリオの背後には、いつの間にか一人の人物が、にこやかな笑みを浮かべて立っている。
「君の実力を試すようなことをしてしまい、失礼を致しました。 私が当主のヒリュー・シュルツェルです。 どうか、お見知り置きを」
恭しく2人に頭を下げつつ自己紹介をした、細身で背が高く、銀色長髪の若い男。
「伯爵様は、もしかして......」
リオがそこまで問い掛けた時、口に指を当て、
『それ以上、ここでは言わないで』
という合図をして来たのだ。
「ところでベール、重いんだけど......まあ、僕は基本大丈夫だし」
両手に魔剣を把持したまま、体幹で背の高いベールの体重を支えているので、結構辛い。
護ってくれる為、身を挺してくれたのは嬉しいのだが。
その問い掛けで、リオーヌは無事だと知り、自身の脚力で立ったベール。
「公子、怪我は......」
「無いよ。 とにかくありがとう」
ベールをどかさず、先に伯爵と会話したのには、そんな感謝の想いが込められていたのだった。
当主自らの案内で、屋敷内を進むリオーヌとベール。
広大で非常に立派な応接間に案内されると、豪奢なソファーへ座るよう促される。
そして、一旦部屋を出て行ったシュルツェル伯爵。
すると、魔剣のティルが、
『リオーヌ。 あの銀髪優男、魔弓の持ち主だよ』
と教えてきたのだ。
「魔弓?」
思わず出たリオの呟きに、部屋全体の様子をキョロキョロしながら窺っていたベールが、
「公子、何か言いましたか?」
と確認。
「何でもないよ。 独り言〜」
そう答えた後、脳内での会話を続ける。
『魔弓アイラカトス。 私達と同様、大魔術師エウ・レイアに創り出された、元々は彼女専用の特別な武器よ』
『エウ・レイア?』
『リオ、知らないの? 大魔術師エウ・レイア・シエラス。 レ・ルタニア大帝国の軍勢を率いて百戦百勝だった化物女よ』
『それってやっぱり、エウレイアのことだね』
『現代人の間では、そういう発音なのかな? 当時はより発音しやすい、エウレアと呼ばれていたけど......』
『いたけど?』
『当人は、名前を省略されると怒るから』
『それでフルネームなんだね、ティルは』
『そういうこと』
『それで、魔弓アイラカトスのことだけど......』
『ああ、そうだった。 まさか、同じ時代に私達ダィン・ティルと共に目覚めているとは、思いも寄らなかったわ』
『同時にって、珍しいの?』
『魔剣や魔弓の適性者が出る確率って、100億分の1ぐらいの割合なの。 最近は人口は凄く増えたけど、その分魔力を持って生まれる割合が少なくなっているしね』
『そうなんだ......』
リオの感想に、ダィンが、
『これは......エウ・レイアが絡んで来る予兆なのかな......』
と呟く。
『ダィン、何か言った?』
『いや、何でも無い。 あっ、さっきの人が戻って来るよ』
そこで会話は途切れる。
基本、他人が居る前で魔剣が話し掛けて来ることは一切無い。
それは、魔導具の創造主エウレイアが、その様に設定して創り出したから。
ただし、ベールには魔剣による行動監視の都合上、その存在が知られているので、話し掛けてくることもある。
「先程は本当に失礼を。 ただリオーヌ殿は、魔弓に対応出来ると確信していました」
「それは、どうしてです?」
「実際に貴方と剣を交えた、元、近衛師団副団長のセバン教授から聞かされた話。 そこから、本物の魔剣士であると、私は判断しておりましたので」
「本物の魔剣士?」
「魔剣を扱うことが出来る、選ばれし特別な者という意味です」
「魔力を使う剣士ではなく?」
「はい」
リオーヌは、あえてしらを切る様な質問を入れてみたが、ヒリューは概ね魔剣のことを知っているようで、はぐらかした部分も明確に否定した。
「先程の光の矢は、魔弓アイラカトスから放たれたものですね?」
リオーヌの問い掛けに、今度はヒリューが驚く番であった。
「魔弓のことをご存知でしたか」
「詳しくは、先程知ったばかりですが」
その返事に、やや怪訝な表情を見せる伯爵。
魔弓は、魔剣のように話し掛けてくることは無いようだ。
「ところで、伯爵はフラー王国出身の方なのですか? 魔弓は、レ・ルタニア大帝国に関連する場所にあるものだと思っていました」
「私は元の名をヒリュー・セレーネと申します。 レ・ルタニア大帝国時代末期に、初代皇帝ローベン・ルーテスの妾腹の子として生まれた者の末裔に当たるので、セレーネ家の始祖は初代ディアナ大公と同根となりますね」
「そうでしたか。 魔剣も魔弓も、元はと言えば大魔術師エウレイアの所有物ですから、縁のある血筋の者に適性者が現れ易いと聞き及んでいます」
出自の詳しい話を聞き、納得したリオーヌ。
ヒリューの先祖は、リオーヌの先祖と同じ人物だと分かったからだ。
「ところで、こちらに僕達を招いた本題についてですが」
「そうでした。 単刀直入に言います。 ラ・ダーム帝国への援軍として、フラー王国軍を中心とする諸国連合の大軍勢が結成されます。 お二人にはその軍勢への従軍をお願いしたいということです」
「ということは、シ・タン帝国軍との戦いになると?」
「はい。 既に国境付近で両帝国軍は衝突し、シタン帝国の守備隊が敗れて撤退したとの情報です。 その為、シ・タン帝国側は本格的な大遠征軍の編成を開始したとのことでして」
「......」
思った以上に情勢が悪化したことを知り、表情が曇るリオーヌ。
彼が東方世界の制圧に全面協力してきたのは、シーラー王国が天下を統一すれば、長い戦乱に苦しんで来た人々に平和な時が訪れると考えていたからだ。
しかし、リオーヌが帰国の途について半年もしないうちに、再び戦乱の気配が漂うことになるとは。
『自身の判断は甘かったのかもしれない』
そう考えるリオであった。
伯爵は、リオーヌが複雑な思いを抱えていることに当然気付いておらず、話しを続ける。
「ラ・ダーム帝国からは、盟約に基づく援軍要請の使者が到着しております。 そこで一昨日、我がフラー王国に諸国連合各国の代表が集まって、要請に応じるか否かを決める極秘の会合が開かれました。 ただ......」
「ただ?」
「レルタニア王国とスルーズ王国は会合を欠席。 両王国からは以前より、侵略の疑念を持たれぬよう、他国に軍を派遣しないと我が王国と協定を結んでおりますので、それを盾に今回も例外は無いと」
「そうですか......」
これは、同級生であるルッツェンベルク侯爵の見立て通りであった。
本音は、
『新帝国と事を構えるつもりは無い』
ということなのだ。
「そう言えば、ディアナ大公国も欠席でしたね。 これは近年毎度のことですが」
「それは失礼を。 大公は北辺の要塞から一歩もお出になりませんし、臣下に他国で行われる会議の出席をお認めになりません」
「そこで、貴方がたをお呼びしたのです」
「ははは、なるほど」
苦笑せざるを得ないリオーヌ。
引き篭もる以外、何もしようとしない実父。
どんな大きな会議があろうとも、たとえ他国が侵略してこようとも、心変わりするような性格では無いという事を改めて思い知らされただけであったからだ。
「遥か以前より、大公国と新帝国との間に、攻守同盟が結ばれていることは勿論知っております。 諸国連合の構成国が戦争に巻き込まれる場合であれば、流石に援軍を出して頂かねばなりませぬが、今回はラ・ダーム帝国への援軍ですので、そこまで強くは申し上げないという結論になるでしょう」
「お気遣い、ありがとうございます」
「しかし」
「はい?」
「私共が骨を折ってそのような決定に持っていく代償として、貴方がた2人に我が軍への従軍をということです」
「断れば?」
「ディアナ大公国を諸国連合から除名せよという声に抗せなくなるでしょうね」
「既に、そのような声が?」
「大半の国々から上がっておりますよ。 各国の団結が第一と考える我が王国と、ディアナ大公の遠縁に当たるレルタニア王が常に反対しているので、今まで何とか......」
帰国して初めて知る、祖国の外交状況。
良くないとは思っていたが、諸国連合各国の心象が想像を超えて悪い状況にショックを受ける。
「除名されると、やはり不利益が出るのでしょうね?」
「先ずは、あらゆる物の値段が高騰します。 諸国連合内では全ての輸出入品に税を掛けない決まりとなっていますが、その規定が除外されれば最低でも倍に。 国内消費分物資の全てを自国生産では賄えないでしょ?」
「その通りですね」
「その他にも、鉄路の運行停止や大使の追放、出稼ぎ労働者の受け容れ禁止等、大公国国民の生活は益々厳しいものとなる」
そこまで具体的な話をされると、最早援軍への参加を断れない状況にリオーヌは追い込まれてしまっていた。
先日、レンに、
『軍事的懲罰が行われるかも』
と注進され、それに対する対策を少し考えていたが、経済制裁の可能性までは、考えが回らなかったのだ。
「シ・タン帝国軍には、東方世界の統一に著しい貢献をした『仮面の貴公子』なる凄腕の剣士がおられると聞きます。 魔剣の遣い手であるリオーヌ殿で有れば、その人物に対抗出来るのではないかと愚考しておるのですよ」
一瞬ドキッとしたリオ。
まさか、『仮面の貴公子』であるリオ自身の討伐をリオーヌに命じようと考えているとは思わなかったからだ。
「魔弓の遣い手である伯爵様ならば、対抗出来るのでは有りませんか?」
「自分自身の能力の限界は、既に見極めております。 残念ながら、私は魔弓を完全に使い熟せておりません」
「そう考える理由ですが......」
「適性の高い者は、魔導具と会話出来ると先祖伝来の文献に書かれているのです。 しかし私にはアイラカトスの声が聞こえません」
「......」
「リオーヌ殿はどうですか? 初見なのに、アイラカトスの名を口に出したところをみるに、魔剣と会話出来ておられるのでは?」
「......否定はしません」
リオの返答を聞き、深く頷いた伯爵。
「それで従軍の件ですが......」
「率いるのは、どなたですか? 伯爵様でしょうか?」
「いえ。 エルリック・フラール王太子殿下です」
「えっ」
その露骨に嫌そうなリオの反応に、伯爵は笑い出す。
「王太子殿下は、リオーヌ殿のことを毛嫌いしているようですね。 理由までは知りませんが、国王との意見相違が非常に多いことが原因なのかな......」
「まあ、従軍されて貴方がた2人が活躍されれば、王太子殿下も考えを改めるかもしれません。 大公国の国民も当面不利益を被ることは無い。 たとえ大公国軍がシ・タン帝国の援軍として赴くことが有っても」
「その点、本当に大丈夫でしょうか?」
「私が保証します。 必要なら書面もしたためますが」
「伯爵様の保証は有り難いですが......」
「それだけでは不安ですよね?」
「はい」
「レルタニア王国において私は、セレーネ大公です。 その署名入りでは如何でしょうか?」
「本当に大公の地位に有るのですか?」
「ここまで話しをして、今更嘘は言いませんよ。 私が伯爵の爵位を得て、フラー王国の近衛師団長をしているのは、魔術師の極めて少ないフラー王国の内情を考慮し、現フラー国王の身辺警護を盤石にする為のレルタニア王の特別な思し召しですから。 両王国の友好を第一にという」
理由を説明すると、伯爵はニコりと笑う。
結局リオーヌは、ラ・ダーム帝国への増援軍に従軍する約束をしたのであった。




