第13話(情勢の悪化)
フラー王国を代表する騎士ジョージ・セバン教授から、極めて特別な存在の『魔剣士(魔力を使う剣士)』だと認められたことで、特に騎士課程の生徒達から一目置かれる存在となったリオーヌ・ディアナ。
エルリック・フラール王太子も、自身が望んだリオとの対決で子供扱いされて以降、未熟さを覚ったのか、極端に敵視する姿勢は見せなくなり、ようやくリオーヌは高等部3年次としての平穏な生活をスタートさせたのだった。
シャンベルタにやって来た時の季節は初秋だったが、時の流れは早く、既に晩秋になりかけていた。
編入学後のリオーヌは、ほぼ毎日、学院の敷地外れにある借家の中庭で、従者のベール・サ・ガンと稽古をしている。
放課後に行う場合が多いものの、始業前の時も。
そして、段々と学院内でこの噂が流れ始め、騎士課程の生徒達を中心に、2人の訓練の様子をこっそりと見学する者が増えていた。
「公子〜。 今日は一段と多いですぜ」
「そうみたいだね」
「見てるだけでは、面白いものでも無いでしょうに」
「見取り稽古という言葉も有るからさ」
「俺は実地訓練派だな〜。 本物の命を賭けた互いの削り合いは戦場でしか味わえないし、それが有って大きく成長出来るってものです」
「ベールも成長とか考えるんだ〜。 感覚で勝負するタイプだと思ってたよ」
ケラケラ笑うリオ。
その笑いに、かなり不本意そうなベール。
「今日は子犬ちゃん達(見学者の意味)の為に、長剣でどうです?」
「よし、受けて立とう」
ベールの提案に乗ったリオーヌ。
得意の武器では無い為、2人にとって大した稽古にはならないが、見学者達の大半が子供の頃より扱っていて、最も馴染みのある得物が長剣。
見学者向けの特別サービスなのだ。
長剣を扱う時のベールの構えは、鎧で全身を覆って戦うオーソドックスな西方世界のスタイル。
剣先を相手に向けてから戦い始める。
それに対し、リオーヌの構えは一部しか防具を着けず、動きやすさを重視する東方世界流の自然体なもの。
剣先は、ゆらゆらと下方を向いたままだ。
合図は無く、阿吽の呼吸でやにわに始まる訓練。
ベールの鋭い突きの連続と、胴体をぶった斬ろうとする横への強烈な薙ぎ払い。
それをリオは、しなやかな体捌きで躱すと、豪快な横撃は剣で受け止めてみせる。
火花が散ったのではないかというくらいの激しい金属音。
その直後、リオーヌは衝撃を利用し、跳んで間合いを広げる。
そして、瞬間で一直線にベールの間合いの内側に潜り込み、突きをベールの喉元にお見舞いしたところで寸止め。
一瞬で数メートル間合いを詰められるのは、魔剣士の能力によるものだ。
「最後の動きは......ズルいですぜ」
リオーヌの超速の動きに対応する為、呼吸を止めたままでの、瞬間的な動きの連続。
稽古は短時間だったが、息切れしたベール。
「ゼーハー、ゼーハー」
と荒い呼吸音が聞こえる。
それに対し、リオは全く息切れしていない。
体内の膨大な魔力を利用した動きなので、消耗したのは魔力のみ。
肉体的には大きな負荷が掛かっておらず、平常状態のままだ。
「ちゃんと寸止めにしたでしょ? 魔剣士の力を使ったから」
193センチと大男のベールと、175センチと西方人としては平均よりやや低いリオーヌとでは体格差が大きく、普通の剣士として、まともにやり合ったらベールが勝つであろう。
それを補う為、魔力を使うのが一般的に言うところの魔剣士。
魔力で肉体強化と動きの速度を格段に上げ、魔力が切れるまで疲れ知らずという持久力で、たとえ大軍勢相手でも圧倒し続けるのだ。
「特別サービスはここまでですぜ、公子」
肩で息をしながら、長剣での打ち合いを放棄したベール。
一息入れてからは、いつもの槍&ピストルのスタイルで。
リオは双剣で稽古を再開するのであった。
「おお〜」
少し離れた場所では、見学者達のどよめきが聞こえる。
「今の動き、見えたか?」
「いや、全く」
「大男の方が、間合いに入ってくるだろうと予測し、振りかぶって長剣を振り下ろそうとした時、気付くと喉元に剣先がっていう感じか......」
「レベルが全く違うな~、俺達と」
「だから教授が『魔剣士』と評したのだろ?」
「他の魔術師にも、似たようなことが出来るのかな?」
「それは無理だって言ってたぞ。 恐らく彼は、魔力を無意識のうち、肉体強化と運動エネルギーへ自在に変換出来るのでは?だってさ」
「それは俺も聞いた。 熟練の魔術師なら、詠唱すれば彼の真似ごとを出来るかもしれないけど、詠唱中は無防備だから、その間で敵に斬られちまうって」
「そっか〜、やっぱりそうだよな」
目を輝かせ、騎士課程の生徒達の議論は熱を帯びている。
伝説級の能力を持つ人物が、あえてその能力の一端を見せてくれているのだから。
今まで、漫然としていた騎士課程3年次の生徒達。
十代後半になると能力の伸びが止まり、3年次ともなればクラス内の序列がついてしまっていて、実技訓練もただこなしているだけ。
そんな雰囲気が、リオーヌが現れたことで一変したのだ。
天賦の才が無い限り、魔剣士であるリオーヌの境地に達するのは無理だ。
しかし、その従者であるベールになることは不可能では無い。
いつも決着間際まで、リオと互角の勝負を繰り広げる、謎の大男の存在が、彼らの新たな目標となっていた。
そんな反応を知ってか知らずか。
やがて一通りの稽古を終えたベールが、リオと話の続きをしていた。
「でも、ここのところ急に仔犬ちゃん達が増えましたぜ。 何故です?」
「東方一帯統一の影響や技術革新が進み、諸国連合各国の考えがバラバラになりつつ有るからだと思うよ」
「へっ?」
「三大王国のうち、レルタニア王国は独自路線を突き進み、極秘にシ・タン帝国と通商条約を結んだって噂とかさ」
「あの怜悧な皇帝陛下と? それはそれは、結構なことで」
「レルタニア王国は大海を無寄港で横断出来る、最新鋭の大型蒸気船を既に就航させているんだ。 続いて、近年はレルタニアと行動を同調する傾向が強いスルーズ王国も同様の条約を結ぶべく、使節団を派遣したらしい」
「ふ~ん。 国同士の事情に詳しいんですね」
「学院の生徒達から聞いた情報さ。 レルタニア関連は、シェーリー・ブレーメベルン公爵令嬢から。 スルーズ関連は、レン......侯爵だね」
「そういう人間関係の構築が、この学院に入った目的です?」
「皇帝陛下の勧めでだよ。 言って無かったっけ?」
「初耳ですぜ、公子」
「そうだったかな〜。 ジーンに説明したから、僕に協力してくれる主要なメンバーは知っていると思ってた」
「またアイツか〜。 何も教えないとは、俺をみくびってやがるな~」
リオ配下一の策士であるジーン・ルカールだが、どうもベールにはロクに情報を伝えていないらしい。
苦虫を噛み締めるような表情のベールを見て、思わず笑ってしまうリオーヌ。
まだ話は続く。
「そして、両王国の動きに焦りを覚えているのが、ここ、フラー王国って訳さ」
「へ〜」
「大海を横断出来る蒸気船を所有していないから、今まで通り、ラ・ダーム帝国経由で東西貿易を続けているけど、莫大な寄港地税を取られているので、三大王国間の貿易戦争で勝負にならなくなってしまってね」
「あの税って、べらぼうに高いんでしたよね?」
「そうなんだ。 しかも、大海横断大型蒸気船の就航で、ラ・ダーム帝国の税収が大きく減少。 老帝国の国力衰退が益々著しいっていう点も悩みの種だ」
「どうして悩みの種なんです? ラ・ダーム帝国の弱体化は、諸国連合にとって良いことでは?」
「それが、そうでも無いんだ。 とっくに衰退が始まっていたラ・ダームは、諸国連合にとって都合の良い防波堤となっていた。 東方諸国からの軍事侵攻に対する」
リオーヌの話を聞いてきて、ピーンときたベール。
学院の騎士課程の生徒達が大勢2人の稽古を見に来るようになった理由が見えたのだ。
「分かった。 シ・タン帝国がラ・ダームを滅ぼすのではないかとビビっているんだな。 この国の連中は」
「正解」
「フラー王国は諸国連合で最大規模の陸上兵力を有している。 しかもアトラ大陸西方において地理的にも中心の国。 それに対し、三大王国のうちレルタニアは島国だし、スルーズは半島国家で、両王国共に国境を接するのはフラー王国だけ。 諸国連合構成国全体を守る役目は、この国が担っているんだ」
「それで、特に騎士課程の仔犬ちゃん達が、ってことか〜。 塀に囲まれ安全な学院で学ぶエリートの若者達でも、戦の匂いを感じ取れる程、緊張感が出て来ているんだな」
レルタニア王国もスルーズ王国も、諸国連合の構成国に軍を派遣するには、フラー王国国内の通過許可を取らねばならない。
しかし、かつてのレ・ルタニア大帝国時代の屈辱もあって、両王国の軍隊の通過許可を出せないというのがフラー王国の実情なのだ。
更に、フラー王国の疑念を買わぬよう、レルタニア、スルーズ両王国は、陸軍の規模を必要最低レベルに抑えている為、『北辺の防波堤』とか言われるディアナ大公国軍と同程度の兵力しか保有していない。
それ故、万が一、東方や南方からの侵略戦争が有れば、陸上兵力の派遣はフラー王国軍の役目と決まっているのだ。
(その代わり、海上兵力はレルタニア王国とスルーズ王国が主体で派遣することとなっている)
「悪い情報よ」
翌日の授業開始前、シェーリーがリオーヌに話し掛けて来た。
「悪いって?」
「ラ・ダーム軍が、シ・タン帝国の蒸気船輸送団を襲撃したらしいの」
「本当に?」
「間違いないわ。 うちは、レルタニア商船汽船会社の大株主だから、海上関係の情報が直ぐ入ってくるの」
「被害は?」
「沈んだ船は無いらしいけど、積荷に大きな被害が出たって」
すると、その背後から、
「新しい通商条約の交渉も決裂だってさ」
との声が。
それに対しシェーリーが、
「スルーズ王国と新帝国との?」
「うちの国じゃない。 両帝国間のだよ」
声の主は、スルーズ王国出身のレン・ルッツェンベルク侯爵。
前日、リオーヌがベールとの会話で、長い姓を面倒だからと省略して話していた御仁だ。
「商船団を襲撃すれば、当然だろうね」
リオーヌが感想を述べると、
「ラ・ダーム帝国ももうダメだな。 貿易中継点としての価値がただ下がりな上、国力差を省みず戦さを仕掛けるなんて」
いつものほほんとした雰囲気のレンが、珍しく険しい表情で意見を述べる。
「うちの王国とレンのところ、後はリオの国も当面は大丈夫だろうけど......」
「それって、シ・タン帝国と同盟や通商関係が有る国だよね?」
「そうよ。 あっ、レンのところはまだだったわね」
「うちも事前交渉は終わっているんだ。 あとは正式調印だけ」
ルッツェンベルク侯爵家はスルーズ王国の政治の中枢に居る大貴族の一人。
まだ、高等部の学生とはいえ、スルーズ王国の政治を動かす重要人物に名を連ねているのだ。
「問題はここの国だよね〜」
レンが意味ありげな感じで問題提起。
それに対し、リオーヌは不思議そうな表情。
「それってどういう意味?」
「諸国連合はラ・ダーム帝国と攻守同盟の条約を結んでいる。 だから、ラ・ダーム帝国が攻撃された場合、援軍を編成して出兵しなければならないんだ」
「三大王国の軍勢が主力では?」
「いや、フラー王国軍が主力だよ。 レルタニアとスルーズは派兵を拒否すると言われている」
「何故?」
「両王国は陸上兵力を国外に動かさないという協定をフラー王国と結んでいるからさ」
「何、それ?」
「レ・ルタニア大帝国の再来を嫌がるフラー王国側から持ち掛けた協定だからね。 それを盾に両王国はシ・タン帝国軍との対峙は絶対避けたいって意思があるってこと。 諸国連合内情の実態は崩壊寸前なのさ」
「なるほど、そういうことか〜。 勉強になるなあ〜、侯爵様との会話は」
「そうだろ〜、そうだろ。 もっと褒めてくれても構わないよ〜」
『こういう軽薄な感じが玉に瑕ね』
シェーリーが少し呆れた顔をして、レンの方を一瞥。
その視線に気づいていない侯爵は、リオの誉め言葉に満面の笑みを浮かべ胸を張り、少し離れた取り巻きの生徒達に向けて笑顔を振り撒いている。
そんな少し子供ぽい感じを持つレンを見ながらリオーヌは、
『流石、侯爵家の当主だなあ〜』
と、政治情勢に詳しいレンのことを見直していると、
「問題は君の国だよ」
「僕の国?」
「きっと諸国連合各国から、援軍の派兵を求められることになるよ。 君の国の軍勢は、実戦経験が豊富で精強だという評判だから」
「いやいや、遥か昔よりシーラー王国、現在の新帝国と攻守同盟を結んでいるから......諸国連合と一緒の派兵は出来ないよ」
「すると、冬の間にフラー王国軍を主力とする軍勢に襲撃される恐れがあるぞ? 雪に閉ざされている間は、強大なシ・タン帝国と雖も、大規模な援軍を送れない。 中央山岳地帯は大軍の通過不能で、北の氷に閉ざされた海沿いの海岸線しか方法が無いけど、冬は豪雪で無理なのだろ?」
レンの問い掛けに頷くリオーヌ。
今まで、自身の国は新帝国と攻守同盟を結んでいるから大丈夫だとしか考えておらず、フラー王国が漠然と感じ始めている危機感を他人事だとしか捉えていなかった。
しかし、国際情勢の変化とそれに伴うパワーバランスの変化が、小国であるディアナ大公国にも大きな影響を及ぼし始めたことに気付かされたのだ。
今まで、シュン皇帝がアンフルル学院で学ぶように勧めた理由がわからなかったリオーヌだったが、それが見えたような気がしたのであった。




