第12話(監視?)
『魔剣士......』
騎士課程の生徒で有れば、『騎士史』という座学で出てくるワードなので、大概の者が聞き覚えのある、西方世界では伝説的な存在の特別な剣士の総称である。
『魔剣士』の名付け親は、約500年前の大魔術師エウレイア・シエラス。
彼女は女性でありながら、剣の腕も立ち、自身の膨大な魔力を剣術に取り入れ、魔術を組み合わせた応用技を幾つも編み出していた。
初代レ・ルタニア大帝国皇帝ローベン・ルーテスの軍勢が無敵だったのには、大魔術師で魔剣士でもあった彼女の力が大きく寄与しているのだ。
そうした神話の類の存在に近い者が、目の前で実在することに対し、アンフルル学院の生徒達は、信じられない思いであった。
「静粛に」
セバン教授は、小スタジアムの異様なざわつきをひとことで鎮める。
「だから、無闇にリオーヌ君への勝負を挑もうとするなというのが、君らへの忠告だ。 何故なら昨日の転入実技試験の際、彼は魔剣士としてではなく、魔力を使わない一介の剣士として試験に挑み、その斬撃ですら私は受け止めきれなかった。 しかも、邪魔が入って、別に集中力を分散させたにも関わらず、だ」
清々しい笑顔で話す教授。
フラー王国で5本の指に入る騎士が、完敗を認めていたのだ。
「彼が本気になった時の、その実力を私は見てみたいと思うが、まあ、そう簡単には見せてくれないだろうね。 じゃあ、引き続き実践授業の方は、ワーラン教師に任せる」
教授は、『あとは頼むよ』とばかりに手を振りながら、スタジアムから歩き去る。
この展開に、
『何だか、初日からやりにくくなったな〜』
と思っているリオーヌ。
このようにして、騎士課程の実技授業が始まった時の、魔術課程の5人を小馬鹿にする雰囲気は一掃されたのだ。
また、リオに対戦を挑み、持てる技の全てを注ぎ込んで打倒を目指したものの何も出来ず、教授の話を聞き、実は全く相手にされていなかった事を改めて思い知らされたエルリック王太子は、自負していたモノがガラガラと崩れ、ガックリと膝を付いたまま、授業が終わるまでずっと項垂れていたのであった。
「どうでした? 初日の授業は」
ベールのことを放ったらかしにしていたので、授業が終わってから様子を見に敷地外れの古い家屋へ向かうと、ベールは部屋の片付けをしていた。
「どうってことは無いよ。 大した魔術が使えないヘボ魔術師っぷりに、少し笑われたくらいかな」
「へ〜」
質問をしてきた割に、これといった反応はしなかったので、
『高等部の授業に興味なんて無いんだな。 まあベールらしいや』
と思うリオ。
「公子。 夕方から少し出てきても? 1日じゅう、この家に居たから飽きちまって」
「構わないさ。 でも、ギャンブル場に顔を出す金、無いんだろ?」
「よくご存知で」
「それで、僕から前借りかい?」
「流石、魔術師殿。 人の考えを見抜くようで」
その返事に笑う2人。
列車内の出来事を思い出したからだ。
「はい、銅貨10枚」
「へっ? これっぽっち?」
「1日分のお小遣いだし、十分だろ」
「これじゃあ、夕飯二品と酒1杯飲んだら、無くなっちまいます」
「それなら、酒代分減らそうかな?」
「え~〜〜、ケチ」
「年下からせびるんじゃない、全く」
「そうは言わずにお願いします、もう少し色を付けて......」
「1日1回、僕との稽古を受けてくれるのなら、プラス5枚にしてあげる」
「げっ......」
「嫌なら追加は無しの10枚だね」
「ぐぬぬぬ......仕方ない。 背に腹は代えられん」
「そんなに僕との稽古、嫌なの?」
「公子って、自身の実力わかっています? 魔剣士モードの公子と訓練をするのが、どれだけキツいか......」
半分涙目のベール。
でもリオーヌが、ベールを一緒にフラー王国に連れて来た最大の理由は、練習相手に最も適切な人物だからだと分かっていたので、余り文句も言えない。
通常の給料に、大幅プラスされた護衛特別手当も貰っているのだから。
そもそも、リオに護衛なんて、要らないのに......
老朽化著しい借家だが、立派な広い中庭が付いている。
『元々は、学院上層部用の住居だったのだろうな~』
そんな印象を受けつつ、2人は中庭に移動。
腕が鈍らないよう、稽古を始める。
「ネズミ達がこちらの様子を窺っていますぜ」
「知っているよ。 だから、ワザと訓練を見せてやるのさ」
ベールの状況確認にリオーヌは答えると、あえて魔剣ダィン・ティルを模した双剣を取り出して、ベールと相対す。
ベールは得意の槍で応戦する。
どちらも本物の武器で模造品では無い。
「いや〜、一歩間違えれば大怪我か〜。 ヒリヒリするね〜」
ベールは軽口を挟みながら、射程の長さを生かして、いきなり先制攻撃。
それを双剣で華麗に捌きながら、一気に距離を詰める。
するとベールは、隠し持っていたピストルで反撃。
槍遣いの弱点である超近接戦を、銃で補うスタイルがベールの戦い方だ。
その銃弾を双剣で弾き飛ばすリオーヌ。
流石に銃弾は訓練用の天然ゴム弾だが、金属製の弾丸に比べて銃口から発射された後、空中をやや歪に推進するので、その軌道を読んで弾くのは至難の技。
魔剣士だからこその反応だ。
「ピストルって、超高価なんだから、質に入れちゃダメだよ」
「分かってますよ~。 俺もそこまで馬鹿では有りません」
軽妙なやり取りを合間に入れつつ、訓練は続く。
回転式弾倉5発の弾を撃ち尽くすと、一旦中断して、再装填後再開。
それを4度繰り返し、稽古を終わりにしようとした時。
「最後に、コソコソ嗅ぎ回っているネズミ達へのプレゼントだ〜」
ベールが叫びながら、リオーヌの居ない方向に一発撃ち込む。
その直後、遠くから、
「うわ~」
という複数人の大声と、
「パリ〜ン」
と硝子の割れる音が同時にしたところで、2人は訓練打ち止めに。
狙ったのは、命令に忠実に従い、リオーヌとベールの動きを遠くから、大型望遠鏡で監視していたエルリック王太子殿下の側近達。
ベールが放った本物の銃弾が望遠鏡のガラス面に命中して壊れた音と悲鳴であった。
「はい。 今日は特別だよ」
リオーヌがベールに小遣いを手渡す。
それを見て、ニンマリするベール。
銅貨20枚を貰ったからだ。
「じゃあ、早速」
「学院の門限迄には帰って来るんだぞ」
「分かってま〜す」
大きな返事をしながら、正門の方向に走って行くベール。
その姿を笑顔で見守るリオーヌ。
よくよく見ると、笑顔というよりは、何か悪戯をした少年の様な表情であった。
食うものもロクに食わず、そのまま駆け込んだ先は、シャンベルタ中心部の繁華街にあるカジノ。
『銅貨20枚ポッチじゃあ、少ししか勝負出来ないだろうけど』
そう思いつつ、軽く勝負をしたのだが......
こういう時、案外人は勝つものだ。
「よし、頂き〜」
非常に調子良く、リオーヌから貰った銅貨20枚は、銀貨20枚に迄増えていた。
(フラー銅貨50枚=フラー銀貨1枚)
「いや〜、今夜は素晴らしい夜だ」
機嫌良く、大きな声で独り言を呟いてしまうくらい絶好調。
その時......
『おい、ベール。 門限の時間は何時だ?』
何処からともなく、声が聞こえて来たのだ。
周囲をキョロキョロ見渡すも、見ず知らずのベールに声を掛けて来る人物なんて見当たらない。
不思議に思いつつ、無視を決め込むと、
『俺の質問に答えろ、ベール』
再び声が......
「学院の門限は午後9時だけど......俺、頭がおかしくなったのかな?」
頭をゴンゴン叩きながら、幻聴だと思い込もうとする。
しかし......声が再び聞こえて来たのだ。
『じゃあ、もう帰らないとな』
「今日は絶好調なんだよ、ここで止めるつもりは無い」
『ダメだ、帰るんだ』
続く声を無視して、次の勝負台を探し始めた時であった。
「う......ゔゔゔ」
思わず苦しみの声を上げ、胸を押さえつつその場で蹲りそうに。
心臓に剣を突き立てられたような激しい痛みが走ったからだ。
「どうしちまったんだ、俺」
余りの痛みに、そんな言葉を呟いてしまう。
『流石だな。 その激痛に倒れ込まず踏ん張るとは......』
再び声が聞こえる。
どうやら、脳内に直接話し掛けられていることに気付いたベール。
『リオの元に帰るんだ、ベール。 門限は守れって言われただろ?』
「待ってくれよ。 今日はツキが有るんだ。 もう少し勝ったら必ず帰るから......」
声の主に懇願したものの......
再び心臓に激痛が走る。
「ぐうう......」
痛みに強いベールも、うめき声を上げてしまう程の苦しみ。
『お前は本当に馬鹿だな。 今、偶々勝っているのは、ディーラーがお前に勝たせてくれているだけ。 あと2〜3回勝負したら全部回収され、スッカラカンになって終わるんだぞ』
呆れた声が聞こえて来る。
「......」
その鋭い指摘に、押し黙るベール。
だが未練がましく、まだ迷っていると、
『今直ぐ、リオの元に帰れ。 帰らないのなら、お前の心臓を止める』
そう脅されてしまうのだった。
無言のまま、声の主の指示に従い、カジノを出たベール。
馬車を拾って、アンフルル学院へと戻ることに。
『きっと、公子が魔術を使って俺に監視を付けたのだな......ギャンブルやり過ぎて、一文無しにならないようにと』
そんなことを考えながら、後ろ髪を惹かれる思いのまま、リオーヌの元に帰ったのだった。
学院内の古い借家に戻ると、リオが待っていた。
「ちゃんと門限迄に帰ってきたね。 感心感心」
そう言いながら、手を出して来たのだ。
「?」
意味がわからないという表情をベールがしていると、
「借金の返済だよ。 勝った分出して」
と言ってきた。
ベールは、それなりの高い給金をリオーヌから貰っているのだが、過去にギャンブルで作った借金が膨らみ、大公国を出る前リオーヌが全額代理返済している。
だから給金は、全てその返済に充てられているので、慢性金欠だったのだ。
「何故、勝ったことを......やはり、何らかの魔術が」
思わず絶句。
「双剣の魔剣のうちの片方が、ベールの身を護る為、外出する際には必ず付いて行くからね」
リオーヌは笑顔で種明かしをする。
「あの声って......え~〜〜」
リオーヌが所持する魔剣が、人と会話出来ると聞き、心の底から驚いてしまう。
そして、逆らおうとすると、激痛が走った理由も。
結局、増やした銀貨20枚はリオへ預ける始末に。
渋ると、魔剣がベールの体内で、刃先を内臓にチクチク突き刺すからだ。
「見知らぬ土地で、カジノに行っても最終的にはカモにされるだけだよ。 それに魔剣への僕の依頼内容は、ベールの身辺警護をお願いしただけ。 門限を守らせようとしたのは、魔剣独自判断だから、悪く思わないで。 あくまで監視じゃなくて護衛ね」
「......」
ショックの余り、何も答えられないベール。
魔剣が体内に入るのを防ぐ方法は無いので、今後も基本、門限を守らねばならないと知ったからだ。
『おい、クソ真面目過ぎるんだよ。 魔剣なのだから、魔剣らしく門限破りぐらいしろ』
心の中で怒りをぶつけると、再びチクチク痛みが。
『わかった、わかった。 もう文句は言わない』
結局、魔剣の忠告には必ず従うことを約束させられると、漸くチクチクして地味に痛い嫌がらせ攻撃から解放される。
「ダィン、今日はそれぐらいで勘弁してあげてよ。 さあ、ご褒美の時間だ」
リオーヌがベールに右手を充てると、魔剣ダィンはいつの間にか定位置に戻る。
そして......
リオーヌの血を少し味わい、その美味?に、
『馬鹿に付き合うという一仕事終えた後だから、旨い! あ~極楽極楽〜』
リオの腕の中で大満足していたのだった。
ご褒美と聞き、
「グゥう〜〜」
と空腹を知らせる合図が、殺風景な部屋に鳴り響く。
ベールは、せっかく外出したのにパン1個をかじっただけでカジノに明け暮れ、腹が減っていたのだ。
「やっぱり〜。 何も食べてないだろうと思って、寮の夕食を少し持ってきておいたよ」
奥のテーブルに、布が掛けられた物体が。
リオーヌが華麗に布を取り除くと、そこには熱々の豚肉&野菜たっぷりクリームスープと3種類のパンが。
「ありがてえ〜。 流石、公子。 俺の性格をよく分かってらっしゃる」
空腹を満たす為、がぶりつくベール。
その感謝の言葉に、
『全然誉め言葉では無い気がするなあ~』
と思い、苦笑いするリオーヌであった。




