エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりましたー私と定時と働き方改革ー
エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりました―私と部長の週末―
01:金曜日の恐怖
「さっき部長と目が合ったあと、手帳に何か書いてた……終わった……」
金曜日の終業時間。魔課のフロアで、佐藤が机に突っ伏していた。
手がプルプル震えて、ペンがカタカタ机に落ちる音が響く。
「黒い手帳……」
山田が心配そうに身を乗り出す。
「“悪魔手帳”、でしょうね」
高橋が冷静に呟いた。
「そんな手帳があるの?」
葉月が素直に驚く。
高橋が静かに、データっぽい呪いを添えてくる。「統計的には、書かれた人の昇進率が著しく低いらしいですね」
「ほら、久賀さんも……手帳に書かれてから、急に部長と話さなくなって」
「えっ……久賀さん?」
葉月が聞き返す。
「そう……この前、天羽の会議に出てたでしょ? あの時も、なんか空気ピリついてたけど……もともと三課だったんだよ」
佐藤が少し目を伏せる。
「たぶん、手帳に……書かれてからだと思う。急に部長と距離置くようになって……そのまま、いなくなった」
(久賀さん……あの時、“志摩さんは壊れるのが早かった”って……)
葉月の中で、いくつかの点が線になりそうで、ならなかった。
(もしかして——いや、まさかね)
「いやいや、あれが“悪魔手帳”って、さすがに盛りすぎじゃない?」
一応、常識的なリアクションは取っておく。
「でも……実際、中に何が書かれてるか、真実を知ってる人はいないらしいよ」
佐藤が震え声で囁く。
その時だった。
フロアに沈黙が走る。
志摩部長が、無言で通り過ぎていく。
手には、例の黒い手帳。
そのツノの影が、蛍光灯の光に照らされて伸びてくる。
ツノが、まるで社員一人ひとりに反応するかのように、微妙に角度を変えながら進んでいく。
コツ、コツ、コツ……
誰がどこにいるか、GPSで補足してるみたいな正確さだった。
(……え、あれ、ツノ……感知してる? まさか5G対応?)
葉月は椅子に浅く座り直しながら、じわじわと不安を覚えた。おかしい。位置情報はオンにしていないはずだ。
志摩のツノが、ピクリと佐藤の方を向いた気がした。
佐藤が小さく呟く。 「……俺、もうダメかも。履歴書、更新しとこうかな……」
その黒い手帳に記された文字が、誰かを守るのか、それとも裁くのか——
それを知る者は、まだいない。
02:土曜日の発見
土曜日の午前、小雨がぱらつく中、葉月はセキュリティカードをかざしてオフィスに入った。
月曜の資料、印刷し忘れてしまったのだ。
(なんで金曜に限って、肝心なことを忘れるの……)
誰もいないオフィス。蛍光灯は一部だけ点灯し、コピー機のあたりだけが不自然に明るい。
その静けさが逆に、やたらと緊張を煽ってくる。
(さっさと印刷して帰ろ……)
コピー室でプリンタを立ち上げた瞬間、機械が無慈悲なエラー音を響かせる。
『トナーカートリッジを交換してください』
(よりによって今!?)
棚を探し、予備のカートリッジを引っ張り出す。
慣れない交換作業に悪戦苦闘しながら、ふと三課のフロアに視線を向けた。
誰もいない。はずだった。
(……あれ?)
志摩部長のデスクの上に、何かがぽつんと置かれている。
黒い表紙。小ぶりなサイズ。閉じられたままのそれは、まるで存在を主張するように沈黙していた。
(あれって……)
まさかの、悪魔手帳。
葉月はしばらく見つめたまま動けなかった。
社内都市伝説として名高い“書かれたら終わりの手帳”が、いま、自分の目の前に、無防備に置かれている。
(やばいやばい……見るな……って思うけど、でも)
手が勝手に伸びていた。表紙は思ったより普通だ。むしろ丁寧な暮らしを好む主婦が持っていそうな、ナチュラルで洗練されたデザイン。
(え、これが恐怖の悪魔手帳? もっとこう、禍々しいオーラとか……せめて表紙に髑髏マークとかあると思ってた)
期待外れである。むしろ家計簿に見えるまである。
ページをそっと開く。
『三課メンバー体調管理記録』
「……は?」
思わず声が漏れた。目を疑う。
几帳面な字で、メンバーの名前と日付、そして簡単な所感が並んでいる。
『山田:3/15 午後眠そう(あくび3回確認)→コーヒー差し入れ検討』
(え……)
『佐藤:3/16 腰痛?(手で腰押さえる)→椅子の調整提案』
(まさか……)
『高橋:3/18 集中力低下?→週明け面談で確認』
(全部、気遣い……?)
さらにページをめくる。そこに自分の名前があった。
『葉月:3/18 緊張気味(手汗)→新人フォロー強化』
これは、呪いの記録じゃない。まるで、心配性のお母さんの日記帳だった。
そのとき、一つ前のページに見覚えのある名前が目に入る。
『久賀』
そこだけ、明らかに情報が薄い。数日分だけ記録があるが、途中からぱたりと途切れていた。
(久賀さん……)
ページの間の空白が、まるでそのまま沈黙の時間のように感じられる。
何があったのかは書かれていない。ただ、そこだけがぽっかりと空いている。
(なんで……)
思考しかけた瞬間、足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ……
(まさか、警備員? でも、この足音……)
葉月は慌てて手帳を閉じようとしたが、手が震えてページがめくれない。 足音が近づいてくる。
(やばい、やばい……!)
次の瞬間、ツノの持ち主が現れた。
「ひっ……!」
志摩部長。いつものスーツではなく、グレーのジャージ上下とスニーカー。
(あれ?……普通の人?)
と思った瞬間、ツノが視界に入る。
途端に、コンビニに立ち寄ったイケメンが地獄から這い出た悪魔になる不思議。
「……何してる」
「え、えっと……月曜の資料を印刷しに……」
「土日の労働は、契約にない。禁ずる」
相変わらず、契約概念が重い。
志摩が机の上に視線を走らせ、ふと気づいたように葉月の背後を見る。
その視線の先にあるのは、手帳。
「……それを、見たか」
「す、すみません! でも……すごく、優しい記録でした!」
志摩が静かに瞬きをする。反応が読めない。
葉月は、意を決して言葉を継いだ。
「……あの、部長。社内で“悪魔手帳”って呼ばれてて、名前を書かれたら左遷されるとか……」
志摩「……」
「実は、みんなちょっと……怖がってたみたいで」
志摩が視線を落とした。ツノも、少しだけ床を向いていた。
「……そのような風聞が、流れているのか」
その声は、どこか静かに、痛んでいた。
「みんなのこと、ちゃんと見てるんですね」
「……そうしなければ、魂の声を聞き取れない」
志摩は静かに言った。
「救えなかった魂があった。だから今は、全員の魂を見る」
(……久賀さんのこと?)
志摩は続けた。
「見る。記す。逃さない。……今は、それが俺の契約だからな」
葉月は黙ったまま頷いた。手帳の中身と、志摩の言葉が、重なって胸に降りてきた。
志摩は少し間を置いて、真顔で続けた。 「死ぬからな」
葉月は一瞬、状況掴を解できなかった。
「……自販機?」
「エナジードリンクだ。俺の命脈」
さらっと言った。真顔だった。
(ツノのある人の生活、想像以上にシビア……)
志摩がふと、葉月に目を向ける。
「だが……お前がここにいることは、既に察知していた」
「え?」
「ツノが反応した。……三課の気配に」
志摩のツノが、まるで「どうだ」と言わんばかりに微妙に角度を変えた。
確実に感知系だ。エナドリを飲んで手に入れた魔力なのだろうか。まさかのプライバシーゼロ。やっぱり位置情報オフにしたい。
志摩は手帳を受け取り、何も言わずページを閉じた。
「……今日は、もう帰れ」
「はい……」
「来週は、休め」
「えっ」
「代休を申請せよ。土曜の奉仕分は確実に報いる。それが絶対の契約だ」
葉月は思わず、小さく笑った。
(ほんとに、悪魔みたいな人だな……)
プリンタのエラーが解消され、「ウィーン……ガガガ……」と音を立てて資料が出力されていく。
その音は、思っていたよりも——少しだけ、安心できる音だった。
03:月曜日の始まり
月曜日の朝、葉月が出社すると、三課のフロアが妙にざわついていた。
「えー、マジで?」「嘘でしょ?」という声が聞こえてくる。
(何があったの?)
デスクに向かうと、山田が興奮気味に手招きしてきた。
「葉月ちゃん、見て見て! 部長が——」
山田のパソコン画面を覗き込むと、社内チャットに新しいグループが作られていた。
『サポートデスク志摩24時』
悪魔のシルエットにヘッドフォンを付けたアイコン。まるでカスタマーサポートみたいだ。
「……24時?」
「そう! 部長が作ったの! で、これ見て」
山田がメッセージ履歴を開く。そこには、志摩部長からの第一声が記録されていた。
『体調不良、業務相談、その他なんでも受け付ける。隠すなら、書け。魂の声を聞く』
「……なんか、すごくシンプル」
「でしょ? 佐藤なんて、もうメッセージ送ってるよ」
画面を見ると、佐藤のメッセージがあった。
『昨日から腰が痛くて……』
志摩部長の返信は即座だった。
『椅子の高さ調整済み。湿布を供物として置いた。月曜は早めに帰ること。命令だ』
「え、もう椅子調整してくれたの?」
「朝一で来て、佐藤の椅子いじってた。何事かと思ったら……」
山田は感動したような顔をしている。
「あと、高橋さんも相談してるよ」
『最近、集中力が続かなくて……』
『栄養ドリンクを補充した。糖分不足は魂を弱らせる。昼食を抜くことを禁ずる』
「……めっちゃ親切」
葉月は思わず呟いた。これが、あの"悪魔手帳"の持ち主?
その時、新しいメッセージが入った。山田からのものだった。
『部長、恋愛相談は受け付けてますか?』
しばらくして、志摩部長の返信。
『……ググる』
「ちょっと、山田さん!」
「いや、気になったから聞いてみただけ!」
山田は慌てたように手をひらひら振る。でも、すぐに続きのメッセージが来た。
『ただし、社内恋愛は就業規則第17条に抵触する。ルールは守れ、だが……俺は恋路の邪魔はしない』
「真面目に答えてくれた……」
「部長って、実はすごく優しいのかも」
その時、佐藤が机から顔を上げた。
「……俺、勘違いしてた」
「どういうこと?」
「手帳に書かれるのが怖くて、ずっとビクビクしてたけど……あれって、心配してくれてたんだな」
佐藤は少し恥ずかしそうに続けた。
「椅子の調整、完璧だった。腰の痛み、もう全然ない」
高橋も頷く。
「僕も……昼飯ちゃんと食ってなかったの、見抜かれてました……こわ……ありがたいけど」
「みんな、部長のこと誤解してたんですね」
葉月がそう言うと、山田が苦笑いした。
その時、志摩部長が現れた。いつものスーツ姿で、手にはエナドリ。
「おはよう」
「おはようございます!」
みんなの返事がいつもより明るい。志摩は少し驚いたような顔をした。
「サポートデスク、ありがとうございます」
佐藤が立ち上がって言った。
「椅子の調整、完璧でした。本当に助かります」
志摩は黙って頷く。
「当然だ。配下の効率に関わる」
そう言いながらも、どこか嬉しそうだった。ツノが微妙に上向きになっている気がする。
葉月は思った。土曜日に聞いた志摩の言葉を思い出していた。
『救えなかった魂があった。だから今は、全員の魂を見る』
『見る。記す。逃さない。……今は、それが俺の契約だからな』
(あの人なりの、戦い方なんだ)
戦っている。誰も無理をしないように、誰も一人で抱え込まないように。
でも、戦っているようには見えない。ただ、みんなのことを気にかけているだけ。
それが、志摩部長の戦い方。
昼休みになって、葉月が『サポートデスク志摩24時』を見ていると、新しいメッセージが入った。
『土日について、重要な契約条項を通達する』
みんなが注目する中、志摩部長のメッセージが続いた。
『俺にとって、土日は……魂を休ませるためにある。それだけだ』
『だから、お前たちも戦いを止めろ。休息を取れ。これは命令だ』
なんだか、とても志摩部長らしいメッセージだった。
山田が返信する。
『戦わないって、何と戦ってるんですか?』
しばらくして、答えが返ってきた。
『……エナドリ不足』
みんなで笑った。
でも、葉月は分かっていた。志摩部長が本当に戦っているのは、もっと別のもの。
誰かが倒れてしまうこと。誰かが一人で苦しむこと。
そういうものと、毎日戦っている。
その週の金曜日。
ピロンとパソコンの通知が鳴る。『サポートデスク志摩24時』だった。
『土日、魂を休めよ。以上』
いつものように簡潔なメッセージだったけど、なんだか温かかった。
(この人、いつもこうやって気にかけてくれてるんだ……)
(ありがたい。でも——ちょっとだけ、ズルい)
葉月は返信した。
『わかりました、悪魔部長』
少し経って、返事が来た。
『……悪魔は余計だ』
でも、なぜか笑っているような気がした。
エナドリを飲みながら、みんなのことを心配している上司。
ツノが生えているけど、きっと世界で一番優しい悪魔だった。
「お疲れ様でした」
志摩部長に挨拶して、葉月は会社を後にした。
「月曜な」
「はい」
振り返ると、志摩部長は自販機の前でエナドリの在庫をチェックしていた。
本当に、エナドリが命脈なんだな。
でも、そんな志摩部長が、なんだかとても頼もしく見えた。
月曜が来るのが、少しだけ楽しみになった。
新しいキャラクター登場させよう!と思ったのですが、チャットサポートを思いついてしまったので先にこちらを…!
次はレ○ドブルイメージのキャラクターが登場する…はずです!
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