第9話 サボりの美学(チキンレース)と最低賃金(ベーシックインカム)
お読みいただきありがとうございます! 第9話です。
【ここまでのあらすじ】
大好きな「裁判所」のパビリオンが、スポンサーがいないために閉鎖されるという現実を知った翔太先輩。キッゾニアが、ただの夢の国ではなく、リアルな企業の宣伝の場でもあるという「大人の事情」に直面し、彼の純粋な心はまたしても深く傷ついてしまった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。世界の構造を理解しつつ、先輩のメンタルを冷静に観察している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの8歳児で小学2年生。度重なる衝撃で、もはや悟りを開く寸前。哀愁が漂っている。
――次々と厳しい現実を突きつけられ、悟りの境地に達した(?)翔太先輩。彼が新たに見つけ出した、この過酷なキッゾニア社会を生き抜くための「究極の働き方」とは!?
立て続けの衝撃で、翔太先輩はついに悟りを開いてしまったようだった。
次に「印刷工房」で僕が仕事をしていると、彼は現れた。しかし、その目にはかつてのギラつきも、最近の虚無感もない。ただ、全てを理解したかのような、僧侶のような穏やかな光が宿っていた。
「よう、湊くん。精が出るな。だが、気づいてしまったか? この世界の真理に」
「…真理、ですか?」
「そうだ。我々がどれだけ熱意を込めようが、手を抜こうが…受け取る給料は、同じ8キッゾ(プロは10キッゾ)だということに」
その通りだった。翔太先輩のアドリブまみれの声優も、僕の完璧なマニュアル通りの銀行員も、同じパビリオンなら給料は同じだ。
「ならば、我々が目指すべきは何か。それは“いかにSVに怒られず、かつ最小限の労力で最大の利益(給料)を得るか”だ。これはもはや、一種のチキンレースだ」
そう言って、翔太先輩は自らその「サボりの美学」を実践し始めた。
彼は、印刷機のインク補充を頼まれると、わざと一番遠い棚までゆっくり歩いて取りに行く。紙を運ぶよう指示されれば、一枚一枚、本当に重そうに運んで見せる。SVの死角に入っては、壁にもたれて深呼吸。
しかし、そのサボり方は絶妙だった。決して「何もしていない」わけではない。常に「何かをしようとしている」ポーズを崩さないのだ。SVも「翔太くん、頑張ってくれてるね!」と声をかけているが、その実、彼の生産性は僕の半分以下だろう。
(この人…! 新たなステージに進んでいる…!)
僕は、ある種の畏敬の念すら覚えた。
資本主義の現実を知り、絶望し、そしてたどり着いたのが「最低限の労働で対価を得る」という、ある意味での最適解。これは、キッゾニアにおける共産主義、いやベーシックインカムの実践ではないか。
仕事が終わり、同じ8キッゾ(彼はプロフェッショナルなので10キッゾ)を受け取った時、翔太先輩は僕にウインクしてみせた。
「どうだ、湊くん。これもまた、ベテランの知恵というやつだ。無駄な努力はしない。だが、給料は貰う。これぞ、持続可能な労働だ」
その顔は、もはやマウントを取る者のそれではなく、共に過酷な社会を生き抜く同志に、生きる術を教える賢者の顔だった。
僕と翔太先輩の、奇妙な師弟関係のようなものが始まったのかもしれない。
そう思った矢先、彼のスマートウォッチが鳴った。
「おっと、上からコールだ。ふっ、今日の社会勉強はここまで、ということか」
そのセリフだけは、全く成長していなかった。
僕は、なんだか少しだけ、安心してしまった。




