第4話 ATMの陰謀(いんぼう)と本当の富裕層(リアルリッチ)
【ここまでのあらすじ】
キッゾニアで3日目を迎えた湊と翔太。翔太はレンタカーの客、湊はガソリンスタンドの店員となり、翔太は「乗る側の人間」としてマウントを取るが、その子供っぽい言動はSVのお姉さんにあしらわれてしまうのだった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。翔太先輩の言動の裏側を、常にクールに分析している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの8歳で、小学2年生。愛車でマウントを取るも、あまり上手くいかなかった。貯金は驚異の1万2千キッゾ。
ガソリンスタンドでのバイトを終えた湊。次に向かったATMコーナーで、彼は翔太先輩の絶望的な叫びを聞くことに…!
ガソリンスタンドでのバイトを終え、僕は銀行に立ち寄った。次の仕事の前に、財布の中のキッゾを銀行口座に入金しておくためだ。備えあれば憂いなし。僕の座右の銘だ。なお、開園後30分と閉園前30分は大変込み合うのでそれを避けるのが鉄則だ。
ATMを通り過ぎた時背後から絶望的な声が聞こえてきた。
「ない…ないぞ! 俺のキッゾがごっそり無くなっている!」
振り返るまでもない。翔太先輩だ。
彼はATMの前で自分の財布を逆さにし、絶望に打ちひしがれている。
「どうしたんですか、先輩」
「湊くん! 大変だ! 俺のキッゾが盗まれた! きっとこのATMにスキミング機能が…! 最近の犯罪は巧妙だからな…!」
(いや、どう見てもさっきレンタカー代とジュース代で使い込んでただけでは…)
僕がそう思っていると、翔太先輩は「俺の暗証番号が漏れたのかもしれん…」と真剣な顔で呟いた。
「ちなみに、暗証番号は何にしてたんですか?」
「俺の誕生日だ! 1225! クリスマス生まれの宿命を背負った、覚えやすいが故に危険なナンバーさ!」
(このATM、どの子供でも好きな4桁の数字を入れれば自分の口座からキッゾが下ろせる仕様のはずだけどな…)
あまりにもピュアな勘違いをする翔太先輩に、僕がかける言葉を見失っていると、近くにいたSVのお姉さんが、そっと翔太先輩に声をかけた。
「翔太くん、大丈夫? さっきデパートで新しいサングラス、買ってたよね? そのレシートじゃないかな?」
差し出されたレシートには「-1000キッゾ」の文字。翔太先輩は「あ…」と声を漏らし、顔を真っ赤にして黙り込んだ。
気を取り直した僕たちは、休憩がてらデパートをぶらつくことにした。翔太先輩はまだ少し落ち込んでいる。
その時、僕らの目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。
ショーケースに飾られていたZEIKO製の最高級の腕時計、価格は2万キッゾ。キッゾニアで働く子供たちの誰もが憧れるが、どう考えても高額すぎて誰も手にすることができないと言われる幻の逸品だ。
その腕時計を、一人の少年が指さし、彼の隣に立つ母親がにこやかに頷いている。そして、少年は当たり前のように電子マネーeキッゾを店員に差し出し、購入して出てきた。
「に、2万キッゾ…だと…!?」
翔太先輩は、自分の貯金が霞んで見えるほどの金額に、目を丸くして硬直している。
「おい、湊くん…見たか? あれは絶対にカタギじゃない。組織的なカツアゲか、昨日の夜にでも銀行強盗を働いたに違いない…!」
「先輩、落ち着いてください…」
僕らが呆然と見ていると、その親子は流暢な中国語で談笑しながら、悠々とデパートを去っていった。
あまりの出来事に、SVのお姉さんも興味を惹かれたのか、そっと店員の同僚に事情を聞いている。やがて、驚きの表情で僕たちのところへ戻ってきた。
「すごい話、聞いちゃった…」
お姉さんは、興奮を隠しきれない様子で話し始めた。
「あの子、今日の入国時に、最初から2万キッゾ持ってたんだって」
「な、なんだと!? そんな裏技が…!」
翔太先輩が食いつく。僕も耳を疑った。キッゾニアの入国時に貰えるのは、たった50キッゾのはずだ。
お姉さんは、信じられないというように続けた。
「あのご家族、今日のチケットを400枚、購入したんだって」
「「よ、400枚!?」」
僕と翔太先輩の声が、綺麗にハモった。
「チケット1枚につき、50キッゾが貰えるでしょ? だから、400枚分のチケット、つまり2万キッゾを最初からチャージして入国したの。キッゾニアを最大限楽しむためにって」
物理法則を無視したような、圧倒的な資本の力。僕らがコツコツと働き、時には非効率な努力に時間を費やしている間に、スタートラインでゴールテープを切る者がいる。これこそが、本当の経済格差社会。きっとタワーマンションの最上階に住んでいるに違いない。
翔太先輩は、膝から崩れ落ちそうになっていた。
彼のプライドの源泉であった「プロフェッショナルメンバー」の優位性も、目減りしたとはいえ、まだ1万キッゾ以上ある貯金も、400枚のチケットの前では、砂上の楼閣に過ぎなかった。
「上には…上がいるもんだな…」
初めて見る、心の底から打ちのめされた翔太先輩の姿。その横顔は、いつもの面倒な先輩ではなく、ただの世の中の広さを知った、一人の少年のものだった。




