エピローグ あの日の僕らへ
お読みいただき、本当にありがとうございました。
これは、あのキッゾニアの日々から、25年後の物語。
生意気でクールだった5歳児と、ウザくて面倒だった8歳の先輩。
そして、彼らを取り巻いた、個性豊かなライバルたち。
彼らがどんな大人になり、どんな“お仕事”をしているのか。
あの場所で見つけた「働く理由」は、彼らの人生をどう変えたのか。
これは、全ての「元子供」たちに贈る、未来のお話です。
あれから、25年の月日が流れた。
「――以上が、本プロジェクトの趣旨です。目的は、次世代の子供たちが、働くことの本当の楽しさと尊さを学べる、新たな教育の場を日本中に創出すること。大人の事情にも忖度しない。ただ、純粋に子供たちのための場所です」
豊洲に支店を構える大手デベロッパーの役員会議室に、凛とした声が響く。声の主は、水無瀬 湊、30歳。僕は、あの頃の冷静な分析能力を買われ、新規事業開発部の責任者を務めていた。目の前には、渋い顔をした役員たちが並んでいる。
「水無瀬くん、理想は結構だが、ビジネスはボランティアじゃない。利益が出るかリスクだらけじゃないか。」
一人が、そう釘を刺した。
「ええ、存じております」と僕は返す。
「しかし、これは未来への投資です。なぜなら、僕は知っているからです。子供の頃のたった一つの“本気の体験”が、その後の人生をどれほど豊かにするか。それを、この豊洲のある場所で、一人の最高の先輩から学びましたから」
僕の言葉に、会議室がわずかにどよめいた、その時だった。
ドアが勢いよく開き、作業着にヘルメット姿の男が飛び込んできた。
「わりぃ、湊! ちょっと遅れちまった! 例のNPOの件なんだが、現場の子供たちの声も、もっと計画に反映させるべきだぜ!」
現れたのは、日に焼けた顔に、人懐っこい笑顔を浮かべた男。桜木 翔太、33歳。彼は、世界中の子供たちに職業体験の機会を提供するNPO法人『ドリーム・プランナーズ』の代表として、世界中を飛び回っていた。今日のプレゼンに、僕が特別アドバイザーとして呼んだのだ。
役員の一人が、呆れたように言う。
「桜木さん、あなたの理想論は素晴らしいが、それで飯が食えるのかね?」
翔太は、その役員をまっすぐ見て、にやりと笑った。
「飯が食えるかどうかじゃねえんだよ。誰かの腹を、心から満たしてやれるかどうかだ。仕事ってのはな、金じゃねえ。“誰かを笑顔にできるか”なんだよ!」
彼の熱い言葉に、会議室の空気が、今度こそ確かに変わった。
それは、かつて僕がキッゾニアで何度も聞いた、彼の魂の叫びそのものだった。
◇
プレゼンが成功に終わった帰り道、僕らは夕暮れの街を歩いていた。
「しかし驚いたよ。あの空売りの天才少年が、今や世界的な社会起業家になって、俺たちのプロジェクトにポンと出資してくれるとはな」
「彼は言っていましたよ。『お金の本当の使い道を教えてくれたのは、あなたたちですから』って」
僕がふと思い出して尋ねた。「そういえば、あの理屈っぽかったジョージアくんはどうしてるんですか?」
「ああ、あいつか!」翔太は楽しそうに笑った。「今や、うちのNPOの顧問弁護士だよ。『桜木さんの理想論には、法的な裏付けとリスクヘッジが不可欠です』とか言って、カタいことばっかり言ってるけど、一番俺たちの活動を信じてくれてるんだ」
理詰めの天才は、情熱の暴走を支える、最高のパートナーになっていた。
「じゃあ、レイカさんは?」
その名を出した途端、翔太は少しだけ遠い目をした。
「…レイカはな…。パリで、自分のコスメブランド立ち上げて、大成功してるよ。こないだ、あいつのチャリティパーティーに呼ばれてさ、『あなたみたいな汗臭い人がいるから、私のファンデーションが売れるのよ』なんて、昔と変わらないこと言ってたぜ」
その口調は、憎まれ口の中に、確かな敬意と、ライバルへの親しみが滲んでいた。彼女もまた、自分の信じる「美しさ」で、世界と戦っているのだ。
「あの、VIPくんは?」
僕が、一番気になっていた人物の名を出すと、翔太は感慨深げに言った。
「ああ、彼な。お父さんの会社を継いで、今や『オモチャー・インダストリー』の若き社長だよ。でも、やり方がすごいんだ。会社の利益のほとんどを、労働環境の改善や、恵まれない地域の子供たちの支援に回してる。『企業の社会的責任(CSR)を果たすことこそが、最大の利益だ』ってのが、彼の口癖らしいぜ。あの頃のまんまだな」
モノに興味がなかった少年は、今、その巨大な力を、誰かのために使うという、最も尊い形で社会と向き合っていた。
「そういえば、あの中国の富裕層くんはどうしてるんですか?」
僕が尋ねると、翔太はスマホで一枚の写真を見せてくれた。
そこに写っていたのは、都内の小さな町の中華料理屋の厨房で、汗だくになりながら、満面の笑みで巨大な中華鍋を振る、彼の姿だった。その店の名は『基曽尼亜飯店』。いつも満員で行列が絶えないそうだ。
彼は、金で買える全てのものを手に入れた後、金では買えないたった一つの「楽しい仕事」を見つけたのだ。
「みんな、それぞれの道で、ちゃんと“働いてる”んだな」
翔太は、嬉しそうに空を見上げた。
僕らは、一つのショッピングセンターを見上げる。その壁には、かつて僕らが夢中になった、あのテーマパークのロゴが輝いていた。
「なあ、湊。今度の日曜、久しぶりに行ってみるか? 俺、息子を連れてくんだ」
そう言う翔太の顔は、NPOの代表でも、かつての面倒な先輩でもなく、ただの一人の父親の顔だった。
「いいですね。僕も、そろそろ自分の子供を連れて行きたい頃です。先輩の息子さん、きっと父親に似て『昔のパパはもっと凄かったんだぞ!』って、僕の子供にマウント取りますよ」
「うるせえ! 俺の息子は、人に迷惑はかけねえ!…昔の俺みたいには…」
僕たちは、子供のように笑い合った。
世代も、価値観も、持っているキッゾの額も違った僕たち。
でも、あの場所で僕たちは、たくさんの失敗と、ほんの少しの成功を繰り返しながら、社会の仕組みと、働くことの本当の意味を見つけた。
夕焼けに照らされた翔太の背中は、あの頃よりもずっと頼もしくて、僕にとっては今でも、あの日の大きくて面倒くさくて、最高の先輩のままだった。
僕たちの“お仕事”は、まだまだ終わらない。
あの日の僕らに、そして、これからの子供たちに、胸を張れる未来を創るために。
この度は、『キッゾニアの古参 ~“昔はもっと凄かった”と語るギリ平成先輩がウザすぎる件~』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
「もし、子供たちの夢の国に、職場に一人はいるような“面倒な先輩”がいたら?」
そんな、ふとした思いつきから、この物語は始まりました。
最初はただのシュールなギャグのつもりでしたが、物語を書き進めるうちに、主人公の湊、そして何より、ウザくて、面倒で、見栄っ張りで、でもどこか憎めない桜木翔太という先輩が、私の中でどんどん生き生きと動き出していきました。
資本力、知能、才能、学歴、そして社会の様々な理不尽。
彼は、何度も打ちのめされ、プライドをズタズタにされながらも、その度に、少しだけ不格好に、でも確かに立ち上がり続けました。
彼の成長物語は、私たちが社会で経験する、たくさんの「なんでだよ!」という叫びと、それでも前を向こうとする小さな勇気の物語でもあったのかもしれません。
働くって、なんだろう?
お金のため? プライドのため? 誰かを笑顔にするため?
この物語を通して、その答えは一つではないということを、翔太や湊と一緒に探す旅ができたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
彼らがキッゾニアで過ごしたあの日々は、きっと、読者の皆様が感じている、理不尽な悔しさや、無邪気な喜び、そして友人と笑い合った、かけがえのない時間の記憶と、どこかで繋がっていると信じています。
最後になりましたが、この長い物語にお付き合いいただいた全ての読者の皆様に、感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。
また、どこか別の物語でお会いできる日を、楽しみにしております。




