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第28話 国勢調査(こくせいちょうさ)と“お断りします”の壁(かべ)

お読みいただきありがとうございます! 第28話です。


【ここまでのあらすじ】

秘密(ひみつ)のパビリオン『忍者養成道場』でベテランとして(みと)められた翔太(しょうた)は、(つづ)いて(さら)なる秘密結社(ひみつけっしゃ)『イルミナティ・キッズ』にスカウトされる。キッゾニアの未来(みらい)(かげ)から(あやつ)るエリートの一員(いちいん)になったと(しん)じ、彼の自尊心(じそんしん)最高潮(さいこうちょう)(たっ)していた。


【主な登場人物】

水無瀬(みなせ) みなと

本作の主人公。令和(れいわ)2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。秘密結社の活動が、意外と地味なことに気づいている。


桜木(さくらぎ) 翔太しょうた

本作の先輩。平成(へいせい)29年生まれの小学二年生、8歳。自分は「選ばれた人間」だと思い込んでいる。


――キッゾニアを()くするという壮大(そうだい)使命感(しめいかん)()える翔太先輩。「まずは民衆(みんしゅう)実態(じったい)()るのが先だ!」と彼が(いど)んだのは、キッゾニアで最も重要(じゅうよう)で、最も協力(きょうりょく)()るのが(むずか)しい、あの仕事だった…!

「いいか、湊くん。俺たちは、もうただの子供じゃない。このキッゾニアの未来を導く、エリートなんだ。そのためには、まず、我々が導くべき民衆の実態を、正確に把握する必要がある」

 秘密結社『イルミナティ・キッズ』の一員になった翔太先輩は、すっかり指導者気取りだった。

 そんな彼が、自らの最初の任務として選んだのが、『キッゾニア国勢調査』の仕事アクティビティだった。


「これは、キッゾニアにいる全ての子供たち(国民)の生活実態を調査し、未来の街づくりに役立てる、非常に重要な調査だ。選ばれし者である俺たちがやるに、ふさわしい仕事だろう」

 翔太先輩は、調査員用の腕章を力強く巻き、調査票のクリップボードを小脇に抱えた。その顔には、「民衆よ、我々の調査に協力するがよい」という傲慢さすら浮かんでいた。


 この調査は、キッゾニア国民全員に回答義務がある。僕たちは、その絶対的な正当性を胸に、意気揚々と調査に出た。


 最初に出会ったのは、ビューティーサロンでネイルをしてもらっている、おしゃれな女の子だった。

 翔太先輩は、自信満々に声をかける。

「こんにちは! 国勢調査にご協力いただきたい! 我々のより良い未来のために、いくつか質問よろしいかな?」

「えー、今忙しいんで、後でいいですか?」

「いや、これは国民の義務であってだな…!」

「ネイル乾いちゃうんで、ごめんなさーい」


 女の子は、ひらひらと手を振り、全く取り合ってくれない。

(出だしから、雲行きが怪しいな…)

 次に見つけたのは、ガソリンスタンドで働いている男の子。

「国勢調査だ! 少し時間をもらおうか!」

「いらっしゃいませー! レギュラー満タンですかー!?」

 あまりの元気の良さと声の大きさに、翔太先輩の声はかき消されてしまう。仕事に夢中で、話を聞いてくれる状況ではない。

 その後も、僕たちの調査は難航を極めた。


「プライベートなことなんで、お断りします」とクールに去っていくITエンジニア。

「それって、答えたら何キッゾもらえるの?」と交渉してくる銀行員。

「お母さんに聞かないと分かりませーん」と無邪気に笑う、幼い消防士。

 国民の義務であるはずの調査は、次々と「お断り」の壁にぶつかった。

 翔太先輩の自信とエリート意識は、見る見るうちに萎んでいく。


「な、なぜだ…! 俺は、お前たちの未来のためを思って、この調査をやっているんだぞ! なぜ誰も、この崇高な理念に協力してくれないんだ…!」

 彼は、パークの広場の真ん中で、膝から崩れ落ちた。

 僕は、そんな先輩の隣に座り、静かに言った。


「みんな、自分の“今”に夢中なんです。未来のことより、目の前の仕事や楽しみが大事だから。それは、仕方のないことですよ」

「だが、このままではキッゾニアの未来が…!」

「ええ。だから、僕たちの仕事は、ただ調査票を配ることじゃない。どうすれば、みんなが未来に目を向けてくれるか、その“きっかけ”を作るのが、本当の仕事なんだと思います」

 僕は、クリップボードに挟んであった、一枚のチラシを取り出した。


『調査にご協力いただいた方には、もれなく「キッゾニアの未来がちょっと良くなるステッカー」をプレゼント!』

「まずは、こういう小さな“ありがとう”からじゃないでしょうか」

 僕の言葉に、翔太先輩はハッとした顔で、チラシと僕の顔を交互に見た。

 彼は、ゆっくりと立ち上がると、残っていた調査票をぎゅっと握りしめた。


「…そうだな。俺は、エリートだとか、義務だとか、正しさばっかり押し付けてた。まずは、俺たちが頭を下げて、『お願いします』って言うのが先だったんだ」

 彼は、一番最初に断られた、ビューティーサロンへと向かった。

 そして、ネイルの終わった女の子に、深々と頭を下げた。


「さっきは、ごめんな。邪魔して。もし、ほんの少しだけ時間があったら、君の力を貸してくれないか。この国の未来のために」

 彼の、初めて見せる真摯な態度に、女の子は少し驚いた顔をしたが、やがて「…しょうがないなあ」と笑って、調査票を受け取ってくれた。


 その日、僕たちが集められた調査票は、目標には遠く及ばなかった。

 給料も、たったの5キッゾ。

 でも、翔太先輩の顔は、なぜかとても晴れやかだった。


「なあ、湊。俺、ちょっとだけ分かった気がするよ。人を動かすのは、偉そうな理屈や義務感じゃない。“心”なんだな」


 そう言って笑う先輩の顔は、この国勢調査で得られた、どんなデータよりも価値のある「成果」のように、僕には見えた。

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