第19話 お代官(だいかん)様の年貢(ねんぐ)と農民(のうみん)の叫び
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【ここまでのあらすじ】
「近隣対応」の仕事で、理不尽なクレームの嵐に遭い、自分の正義が通用しない現実を知った翔太先輩。彼は、誰かのために頭を下げることの重要性を学び、また一つ大人の階段を登ったのだった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩が社会の厳しさに揉まれて成長していくのを、感慨深く見守っている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。頭を下げることを覚えた。少しだけ謙虚になった(かもしれない)。
――多くのことを学び、少しだけ謙虚になった翔太先輩。しかし、次に彼を待ち受けるのは、歴史上、最も理不尽で一方的な「搾取」の現場だった…!
キッゾニアに、江戸時代の農村を再現したかのような、異質なパビリオンができていた。
その名も『キッゾニア米騒動・体験処』。
「なんだ、このパビリオンは…?」
翔太先輩が訝しげに覗き込むと、SVのお姉さんが笑顔で説明してくれた。
「ここでは、お米を作って、お代官様に年貢を納めるまでを体験できるんですよ。さあ、どちらの役がいいですか? 農民役と、お代官様の役人役があります」
「ふん、俺は民を導く指導者タイプだ。当然、役人だろう!」
翔太先輩は、自信満々に役人役を選んだ。しかし、くじ引きの結果、無情にも彼は『農民役』に。僕が『役人役』になってしまった。
翔太先輩は、ボロボロの野良着を着せられ、頭に手ぬぐいを巻かされた。その姿は、驚くほど似合っていた。
一方、僕は立派な着物と袴を身に着け、腰には刀を差している。
仕事が始まると、翔太農民は、田んぼ(という設定の、水が張られた大きな箱)で、ひたすら稲(の模型)を植える作業をさせられた。
「うおお…腰がいてえ…! これが米作りの苦労か…!」
彼は、文句を言いながらも、真面目に作業に取り組んでいた。
数時間後(という設定の15分後)、ようやく収穫の時を迎えた。
翔太農民は、汗を拭い、米俵(発泡スチロール製)を嬉しそうに抱きしめた。
「やったぞ、湊! これで腹いっぱい米が食える!」
その時だった。
僕(役人)が、扇子を片手に、彼の前にゆっくりと現れた。
僕は、マニュアル通りに、冷たく言い放つ。
「農民よ、ご苦労であった。では、今年の年貢として、その米俵、五公五民。半分をこちらへ納めてもらう」
「ご、五公五ミンだと!?」
翔太農民は、目を見開いた。
「こんなに苦労して作った米の半分を、お前たちに持っていかれるというのか!?」
「これは、お上(キッゾニア幕府)の決定である。逆らうことは許されん」
僕は、彼の目の前で、米俵の半分(の米の模型)を、無慈悲に徴収した。
さらに、僕はマニュアルの「追加イベント」のページを開いた。
「うーむ、今年は豊作であったな。追加で、あと一割、納めてもらうとしよう」
「な、なんだとー! 鬼!悪魔!お代官様ー!」
翔太農民は、その場にへたり込み、地面を叩いて泣き叫んだ。
それは、今まで彼が数々の子供たちに向けてきた「理不尽」を、今度は自分が一身に受けるという、あまりにも皮肉な光景だった。
彼は、初めて「搾取される側」の痛みと無力さを、その身をもって味わったのだ。
仕事が終わり、僕らは給料を受け取った。
農民役の翔太先輩は、汗水流して働いたのに、たったの3キッゾ。
役人役の僕は、少し見回っていただけで、10キッゾだった。
「ひでえよ…ひでえ話だ…」
ジューススタンドで、翔太先輩は力なく呟いた。
「俺はもう、米は一粒たりとも残さねえって決めたぜ…。農家の皆さんの苦労が、身に染みて分かったからな…」
その顔は、いつものマウントを取る先輩ではなく、社会の厳しさに打ちのめされた、ただの善良な農民の顔だった。
彼は、この理不尽な体験を通して、また一つ、大切なことを学んだのかもしれない。
それは、人の上に立つ者は、下にいる者たちの苦労と痛みを、決して忘れてはならない、ということだ。
まあ、その学びを、明日には忘れていそうなのが、彼の愛すべきところなのだが。