第18話 近隣対応(きんりんたいおう)と理不尽(りふじん)に下さげる頭(あたま)
お読みいただきありがとうございます! 第18話です。
【ここまでのあらすじ】
「スーパーマン」になった翔太先輩は、持てる力を存分に発揮し、人々を助けていく。しかし、名門私立小のジョージアくんに「助けは不要です」と冷たくあしらわれ、「助けなくていい人もいる」という現実に直面。誰かを笑顔にする方法は一つではないと学んだ。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩が、ヒーローの多様性に気づいたことを嬉しく思っている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。ヒーローの在り方について、少しだけ大人になった。
――ヒーロー活動で崇高な精神を学んだ翔太先輩。しかし、次に彼を待ち受けていたのは、正義や理想だけでは通用しない、あまりにもリアルで、あまりにも理不尽な「社会の縮図」だった…!
『スーパーゼネコン・サイト』のパビリオンが、新たに拡張工事を行うことになった。
それに伴い、今日、僕と翔太先輩には、特殊な仕事が与えられた。
その名も、『近隣対応・渉外担当』。
「えー、二人には、工事現場の周辺のパビリオンを回って、『工事中はご迷惑をおかけしますが、ご協力お願いします』と挨拶をしてきてもらいます。これが、その時にお渡しする粗品(キッゾニア特製タオル)です」
SVのお姉さんの説明に、翔太先輩はキョトンとしていた。
「挨拶するだけで、給料がもらえるのか?」
「そうだよ。でも、ただ挨拶するだけじゃない。もし、相手の方から何かご意見や苦情が出たら、それをしっかり聞いて、会社に持ち帰るのも大事なお仕事だからね」
「ふん、楽な仕事じゃねえか。任せとけ!」
翔太先輩は、粗品のタオルが入った紙袋を抱え、自信満々に歩き出した。
最初の挨拶先は、工事現場の隣にある「ビューティーサロン」。
中に入ると、お局様の白鳥レイカ先輩が、腕を組んで僕らを待ち構えていた。
「あら、あなたたち。何の用かしら?」
翔太先輩は、営業スマイルで粗品を差し出す。
「これはこれは、レイカ先輩。ただいま、お隣で工事を行っておりまして、ご挨拶に伺いました。ご迷惑をおかけします」
すると、レイカ先輩は鼻で笑った。
「迷惑どころじゃないわよ。毎日ガッチャンガッチャンうるさくて、お客さんのネイルに集中できないの。それに、ホコリも舞うし。どうしてくれるのかしら?」
明らかに、ただのイチャモンだ。しかし、これが「苦情」というものか。
翔太先輩の顔が、みるみる険しくなっていく。
「な、なんだと! 俺たちは、キッゾニアの未来のために、新しい建物を作ってるんだぞ! それくらい、我慢するのが当たり前だろうが!」
正義感の強い彼は、理不尽なクレームに、真正面から反論してしまった。
「あら、謝りに来た人が、その態度? 話にならないわね。帰りなさい」
レイカ先輩は、ぷいっと顔をそむけてしまった。交渉は決裂だ。
(あぁ…一番やっちゃいけない対応を…)
僕が頭を抱えていると、翔太先輩は「納得いかん!」と怒り心頭で店を出てしまった。
次に向かったのは、向かいの「出版社」。
編集長の仕事をしている、あの名門私立小のジョージアくんが、冷静な目で僕らを見た。
「工事の件ですね。騒音により、我が社の編集部員の集中力が削がれ、雑誌のクオリティが低下する懸念があります。この損失に対し、御社はどのような補填を考えていらっしゃいますか?」
彼は、感情的ではなく、論理的に「補償」を求めてきた。
翔太先輩は、ぐっと言葉に詰まる。
「そ、それは…会社に持ち帰って検討します…」
「検討ではなく、具体的な回答をいただきたい。でないと、こちらも協力できかねます」
正論で詰められ、翔太先輩は完全に劣勢だった。
結局、僕らはほとんどのパビリオンで、門前払いか、厳しい要求を突きつけられるだけで、粗品のタオルは一つも受け取ってもらえなかった。
帰り道、翔太先輩はすっかり落ち込んでいた。
「俺は…ただ、頭を下げに来ただけなのに…。なんで、こっちが正しいことをしてるのに、あんなに色々言われなきゃいけないんだ…」
僕は、そんな先輩に静かに言った。
「それが、近隣対応の仕事なんです。自分の正しさを主張するんじゃなく、相手の言い分をとにかく聞く。たとえ理不尽でも、一度は『申し訳ありません』と頭を下げる。そうしないと、話は始まらないんです」
「頭を…下げる…」
「工事が無事に進むのは、近隣の方々の『我慢』の上に成り立っている。その感謝と敬意を示すのが、僕たちの仕事だったんですよ」
翔太先輩は、何も言わなかった。
彼は、紙袋に残ったたくさんのタオルを、ただじっと見つめていた。
その日の給料は、たったの3キッゾ。ペナルティによる減給だった。
翔太先輩は、その3キッゾを握りしめ、ぽつりと呟いた。
「俺…明日、もう一回、レイカ先輩のところに行ってくる…」
彼は、この仕事で一番大切なことを学んだのかもしれない。
それは、自分の正義を貫くことよりも、時には誰かのために、ぐっと堪えて頭を下げる勇気を持つことだということを。
その日の翔太先輩の背中は、いつもよりずっと大人びて見えた。