第17話 鋼鉄(こうてつ)のヒーローと“助けなくていい人”
お読みいただきありがとうございます! 第17話です。
【ここまでのあらすじ】
シュールな「区役所」パビリオンで、権力を勘違いして暴走した翔太先輩。しかし、SVのお姉さんに「市民のために働くのが仕事」だと諭され、改心。親切な対応で、多くの「ありがとう」を集めた。彼は、奉仕の心に目覚めたのだった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩の素直な成長ぶりを、少しだけ見直している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。権力ではなく、人々のために働くことに喜びを見出し始めている。
――奉仕の心に目覚めた翔太先輩が、次に目指すのは、正義のヒーロー「スーパーマン」! 彼の純粋な正義感は、このキッゾニアの街に平和をもたらすことができるのか!? しかし、そこには彼が予想もしなかった「ヒーローの限界」が待ち受けていた…。
区役所での一件で、奉仕の心に目覚めた翔太先輩。
「俺は、権力のためじゃなく、人々を助けるために働く!」
そんな彼が、目を輝かせて向かった先は、新設された『メトロポリス・ヒーロー・エージェンシー』だった。
仕事内容は、言わずと知れた「スーパーマン」。青いスーツに赤いマントという、あまりにも有名なコスチュームに身を包み、街で困っている人を助けるのが任務だ。
「ついに、この時が来たか…! 俺の力が、本当に必要とされる時が!」
翔太先輩は、胸の「S」のマーク(翔太のSらしい)を誇らしげに叩いた。
僕も、なぜか相棒の「スーパーボーイ」として、同じ格好をさせられた。
僕らが街へ出ると、さっそく最初の「事件」が発生していた。
木の上に登って降りられなくなった、子猫を抱いて、女の子が泣いている。
「待ってろ、子猫ちゃん! 今、このスーパー翔太が助けてやる!」
翔太先輩は、高らかに名乗りを上げると、木に向かって走り出した。
そして、驚くべきことに、彼は驚異的なジャンプ力(パビリオンの特殊なバネ床を利用)で、いとも簡単に木の上に飛び移り、子猫を救出したのだ。
「ありがとう! スーパーマン!」
女の子の満面の笑みに、翔太先輩は「ふん、この街の平和は俺が守る」と、最高にカッコつけたポーズを決めた。
次々と人々を助けていく翔太先輩。
銀行強盗を捕まえ、道に散乱したリンゴを拾い集め、迷子の子を母親の元へ送り届ける。
彼は、水を得た魚のように、生き生きとヒーロー活動に勤しんでいた。
その時だった。
デパートの前で、一人の少年がうずくまっているのを見つけた。
あの、名門私立小のジョージアくんだ。彼は、大量の買い物袋を前に、途方に暮れていた。
「どうした、ジョージアくん! 荷物が重くて持てないのか! よし、このスーパー翔太が、一瞬で家まで運んでやろう!」
翔太先輩が、得意げに声をかける。
しかし、ジョージアくんは、迷惑そうに顔を上げた。
「結構です。今、我が家の執事が迎えに来る手筈になっておりますので」
「し、執事…!?」
「あなた方の力は、もっと他の、本当に助けを必要としている人々のために使うべきです。僕のような人間に構うのは、リソースの無駄遣いですよ」
彼は、そう言って、僕らを冷たくあしらった。
翔太先輩は、呆然と立ち尽くす。
「助けなくて…いい人…?」
彼にとって、「困っている人」は、皆等しく助けるべき対象だった。
しかし、世の中には、自力で解決できる力を持つ者もいれば、そもそも助けを求めていない者もいる。
彼の「正義」は、時として、相手にとっては「余計なお世話」になってしまうのだ。
「スーパーマンも…万能じゃないのか…」
初めて知る、ヒーローの限界。
翔太先輩は、自分の無力さを感じて、少しだけ落ち込んでしまった。
僕らは、パトロールの帰り道、さきほど木の上で泣いていた女の子を見つけた。
しかし、その子の隣には、もう一人のヒーローがいた。
ビューティーサロンの、レイカ先輩だ。彼女は、得意のネイルアートの技術で、泣いている子の爪をキラキラにしてあげていた。
「すごい! かわいい!」
女の子は、すっかり笑顔を取り戻している。
それを見た翔太先輩は、ぽつりと呟いた。
「…そうか。ヒーローってのは、空を飛んだり、ビルを持ち上げたりする奴だけじゃないんだな」
誰かを笑顔にする。
その方法は、一つじゃない。
彼は、この街には、たくさんの種類のヒーローがいることに、ようやく気づいたのかもしれない。
空を見上げる翔太先輩の背中のマントが、夕暮れの風に、少しだけ誇らしげに揺れていた。