第16話 区役所(おやくしょ)の窓口(まどぐち)とお役所仕事(おやくしょしごと)の洗礼(せんれい)
お読みいただきありがとうございます! 第16話です。
【ここまでのあらすじ】
新設された「建設現場」で、汗水流す『職人チーム』になった翔太先輩。日陰から指示を出すだけの『監督チーム』に理不尽さを感じ反発するが、湊に「役割が違うだけで、監督も頭に汗をかいている」と諭され、チームで働くことの意味を学んだのだった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩の暴走を止めるのが、すっかり自分の役割だと認識している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。チームワークの大切さを学んだ(はず)。
――建設現場で一つ大人になった翔太先輩。しかし、次に彼が足を踏み入れたのは、子供たちの夢とはかけ離れた、あまりにもリアルで、あまりにも地味な「あの場所」だった…!
キッゾニアに、最も地味で、最も謎めいたパビリオンが誕生した。
その名も『キッゾニア区役所』。
入り口には「住民票の写し、発行します」「キッゾニア市民税、納付受付中」といった、子供の心を全くくすぐらない文言が並んでいる。
「湊くん、ここは何のパビリオンなんだ…?」
翔太先輩も、そのあまりの渋さに戸惑いを隠せないでいた。
「どうやら、行政サービスを体験する場所のようですね。ある意味、最もリアルな社会勉強かもしれません」
僕の言葉に、翔太先輩はなぜか闘志を燃やした。
「ふん、面白そうだ! 行政だろうがなんだろうが、完璧にこなしてやる! 俺は、キッゾニアの未来を担う男だからな!」
こうして僕たちは、職員用の地味なベストを着て、区役所の職員になった。
仕事内容は、訪れる子供たち(市民)の様々な手続きを手伝うこと。
翔太先輩は、窓口カウンターに座ると、背筋を伸ばしてやる気に満ち溢れていた。
最初の市民は、デパートで高額な商品を買うために「所得証明書(キッゾニアでの年間所得を証明する架空の書類)」が必要だという女の子だった。
「はい、お次でお待ちの市民の方、どうぞー」
翔太先輩は、やけに尊大な態度で女の子を呼びつける。
女の子が「所得証明書が欲しいです」と言うと、翔太先輩は一枚の申請用紙を差し出した。
「では、まずこちらの申請書にご記入ください。名前、住所、生年月日、それから、ハンコもお願いします」
「え、ハンコ? 持ってないです…」
「ハンコがないと、本人確認ができないので発行できませんねぇ。規則ですので」
翔太先輩は、マニュアルに書いてある「ハンコかサインが必要」という一文を盾に、融通の利かない“お役所仕事”を完璧に再現し始めた。彼は、権力を手にしたと勘違いしているのだ。
女の子が困っていると、僕が横から助け舟を出した。
「サインでも大丈夫ですよ。こちらに名前を書いてください」
僕がそう言うと、翔太先輩は「ちっ…」と舌打ちをした。
次にやってきたのは、バスの運転手になるために「運転免許証の住所変更」に来た男の子だった。
翔太先輩は、男の子の書類を見ると、眉をひそめた。
「うーん、この書類だと、今日は受け付けられませんねぇ」
「え、どうしてですか?」
「今日は火曜日でしょう? 運転免許の住所変更は、月・水・金の午前中って決まってるんですよ。また明日、来てください」
もちろん、そんなルールはどこにも書かれていない。翔太先輩が、今思いついたデタラメだ。
(権力を振りかざして、市民を困らせるのを楽しんでいるな、この人…)
僕が呆れていると、男の子の後ろから、SVのお姉さんがぬっと顔を出した。
「あれー? 翔太くん。そんなルール、マニュアルのどこにも書いてないけどなぁ? もしかして、翔太くんが勝手に作ったルールかな?」
完璧な笑顔で、最高のプレッシャーをかけてくるSV。
「い、いや! これは、その…業務の効率化と、市民サービスの質の向上のために、試験的に導入しようかと…!」
しどろもどろになる翔太先輩。
SVのお姉さんは、にっこり笑って言った。
「そっかー。でもね、翔太くん。区役所のお仕事で一番大事なのは、ルールを守ることじゃなくて、『どうすれば市民の人が助かるか』を考えることなんだよ。そのためのルールなんだからね」
その言葉は、翔太先輩の胸に深く突き刺さったようだった。
彼は、自分が振りかざしていた「ルール」が、ただ市民を困らせるだけのものだったと、ようやく気づいたのだ。
その後、翔太先輩は人が変わったように、親切丁寧な窓口対応を心掛けるようになった。
「ハンコがない? 大丈夫、サインでいいですよ!」
「この書類の書き方が分からない? 僕が一緒に書きますから、安心してください!」
その甲斐あってか、仕事の終わりには、多くの市民から「サンクスポイント」が送られていた。
帰り道、翔太先輩は少し照れくさそうに言った。
「いやー、奥が深いな、お役所仕事も。俺もまだまだ勉強不足だったぜ」
その姿を見て、僕は思った。
彼は、勘違いもするし、暴走もする。でも、間違いを素直に認めて、すぐに改善しようとする素直さも持っている。
それこそが、彼の本当の長所なのかもしれない。