第15話 ゼネコンの現場(げんば)と監督(かんとく)のお仕事(シゴト)
お読みいただきありがとうございます! 第15話です。
【ここまでのあらすじ】
名門私立小のエリートに嫉妬した挙句、キッゾニアの空が偽物であるという世界の真理に気づき、存在論的な悩みに陥ってしまった翔太先輩。しかし、湊の一言で、なぜかあっさりと復活したのだった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩のメンタルの回復力には、もはや尊敬の念すら抱いている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。哲学的な悩みは一晩で忘れた。今はとにかく体を動かしたい。
――細かいことは忘れて、体を動かしたくなった翔太先輩。彼が向かった先は、新設された「建設現場」のパビリオン! そこで彼は、汗を流す「職人」と、それを見ているだけの「監督」との間に、新たな社会の理不尽を見出してしまう…!
キッゾニアに、巨大なクレーンが目印の新しいパビリオンがオープンした。
その名も『スーパーゼネコン・サイト』。建設現場で働くヒーローたちを体験できる、男の子の心を鷲掴みにするアクティビティだ。
「よし、湊くん! 俺たちの手で、このキッゾニアに新たな歴史を刻むぞ!」
翔太先輩は、新品のヘルメットを被り、やる気に満ち溢れていた。
このパビリオンでは、子供たちは二つの役割に分かれる。
一つは、実際に工具(もちろん安全なもの)を使い、建材(スポンジ製のブロック)を組み立てる『職人チーム』。
もう一つは、図面を見ながら、職人たちに指示を出し、工事の進捗を管理する『監督チーム』だ。
僕と翔太先輩は、くじ引きの結果、二人とも『職人チーム』になった。
「おう、どんとこいだ! 現場仕事こそ、俺の魂が燃える場所だぜ!」
翔太先輩は、汗を流して働くことに喜びを感じるタイプらしい。
しかし、仕事が始まってすぐ、翔太先輩は眉をひそめた。
監督チームの子供たちは、ヘルメットは被っているものの、涼しい日陰のやぐらの上から、僕たちを見下ろしているだけなのだ。
「おい、湊くん。あれを見ろ」
翔太先輩が顎でしゃくった先では、監督チームのリーダー格の少年が、腕を組んで仁王立ちしている。
「俺たちが汗水たらして働いてるってのに、あいつら、日陰で涼しい顔して、指図するだけじゃねえか!」
確かに、僕たちが汗を拭いながらブロックを運んでいる間、監督チームは「そこ、あと5ミリ右!」「もっと高く積んで!」と、やぐらの上から声を張り上げている。
「これは、搾取だ…! 現場の人間を駒のように使い、自分たちは楽をする! こんな理不尽、俺が許さん!」
翔太先輩の、いつもの正義感に火がついた。
彼は、作業の手を止め、やぐらの下まで行くと、監督の少年に向かって叫んだ。
「おい、監督! お前も下に降りてきて、一緒に汗を流せ! 現場の苦労も知らずに、偉そうに指図するんじゃねえ!」
その剣幕に、監督の少年も、SVのお姉さんも驚いている。
「え、でも、僕たちの仕事はここで全体を見ることだって…」
「うるさい! リーダーってのはな、誰よりも先に泥にまみれるもんなんだよ! それが俺の知ってる“働く男”の姿だ!」
翔太先輩の熱い(そして少し時代錯誤な)演説に、職人チームの子供たちから「そうだ、そうだ!」と声が上がる。現場は一触即発のムードに包まれた。
その時、僕が静かに口を開いた。
「先輩。監督の仕事は、本当に“見ているだけ”なんでしょうか」
僕は、監督チームの少年が手にしている図面を指さした。
「その図面、すごく複雑ですよね。ブロックの色や形、積む順番が一つでも狂ったら、この建物は完成しない。それを全て把握して、僕たち一人一人に的確な指示を出すのが、彼の仕事です」
僕は続ける。
「僕たちが目の前のブロック一つに集中できるのは、彼が全体を見て、次の手順を考えてくれているからです。僕たちが体を動かしている間、彼は頭に汗をかいている。これも、立派な“お仕事”じゃないですか?」
僕の言葉に、職人チームの子供たちも「確かに…」「言われてみれば…」と納得し始める。
翔太先輩は、ぐっと言葉に詰まった。
そこへ、SVのお姉さんが助け舟を出す。
「そうだよ、翔太くん。職人さんと監督さん、役割は違うけど、どっちもこの建物を完成させるために、なくてはならない大切な仲間なんだ。みんなで協力して、最高の建物を作ろう!」
SVの言葉で、現場の空気は一気に和んだ。
翔太先輩は、少しバツが悪そうに自分の持ち場に戻ると、さっきよりも一層、力強くブロックを運び始めた。
「ふん…まあ、たまには頭使う奴がいたって、いいか…」
照れ隠しのようにそう呟く先輩の横顔を見て、僕は少しだけ笑ってしまった。
役割が違っても、目指すゴールは同じ。
僕らは、また一つ、キッゾニアで大切なことを学んだのかもしれない。