第13話 名門私立小(めいもんしりつしょう)の学歴(カースト)と裏表(うらおもて)の矜持(プライド)
お読みいただきありがとうございます! 第13話です。
【ここまでのあらすじ】
「世界へ行く」という新たな夢を見つけた翔太先輩。しかし、国による時給と物価の違いを利用して効率的に稼ぐ少年を目撃し、グローバル経済の理不尽な現実に直面。「世界」という夢は、出発する前に大きな壁にぶつかってしまった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。世界の歪みを冷静に分析している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。夢は大きいが、現実の壁に打ちのめされ気味。
――世界の広さを知り、意気消沈する翔太先輩。そんな彼が次に訪れた「出版社」で出会ったのは、これまでとは種類の違う、新たなエリートだった…!
世界の現実に打ちのめされた僕と翔太先輩は、原点に立ち返り、キッゾニア国内の社会勉強に勤しんでいた。その日、僕らが選んだのは「出版社」。雑誌の編集者になる仕事だ。
「ようし、湊くん。今日こそ、俺たちの手で最高の雑誌を作り上げるぞ!」
翔太先輩は、いつもの調子を取り戻しつつあった。
しかし、編集部に入った瞬間、空気が変わった。
一人の少年が、SVのお姉さんに流暢な英語で質問をしている。その胸には、都内でも有名な、超名門私立小学校の校章がきらりと光っていた。
翔太先輩は、その校章を見るなり、さっと顔色を変えた。
「あ、あれは…聖ジョージア学園初等部の…!」
聖ジョージア学園。幼稚舎からのエスカレーター式で、卒業生の多くが政財界に進むと言われる、エリート中のエリート校だ。
さっきまでの威勢はどこへやら、翔太先輩は急に背筋を伸ばし、その少年に向かってへりくだった態度を取り始めた。
「やあ、こんにちは! 同じグループで光栄だよ。僕、桜木 翔太っていうんだ。よろしくね!」
普段の「先輩風」は鳴りを潜め、完全に「取り巻き」ムーブになっている。
名門小の少年――仮に彼を「ジョージアくん」と呼ぼう――は、翔太先輩を一瞥すると、「ああ」とだけ短く答え、すぐに自分の作業に戻った。
企画会議が始まると、ジョージアくんの優秀さが際立った。
「この特集記事ですが、ターゲット層のペルソナ設定が必要です。30代子育て世代では各人の想定する姿が異なってしまう。ではもっと具体的なデモグラフィックデータを元に、コンテンツを最適化すべきでは?」
次々と飛び出す的確な指摘とビジネス用語。SVのお姉さんですら「す、すごいね…」と感心している。
翔太先輩は、その横で「さ、さすがだなぁ…!」「僕もそう思ってたんだよ!」と、ひたすらヨイショに徹していた。
(この人、強い者にはとことん巻かれるタイプだな…)
僕は、その分かりやすいまでの態度の変化に、もはや哀れみすら感じていた。
◇
仕事が終わり、ジューススタンド(もちろん割り勘)に来ると、翔太先輩は解放されたように大きなため息をついた。そして、さっきまでのへりくだった態度はどこへやら、急に威張り散らし始めた。
「ふんっ! なんだい、あいつは! カタカナばっかり使いやがって! 人の心に響くのは、もっと熱い日本語だろうが!」
「さっきはすごいって褒めてませんでしたか?」
僕が冷静にツッコむと、翔太先輩は顔を赤くして否定する。
「あ、あれはだな! 相手を油断させるための作戦だ! そう、高等なコミュニケーション術なんだよ!」
(ただビビってただけに見えましたが…)
「大体な、ああいうお坊ちゃんは、打たれ弱いんだ! 俺みたいに、公立の荒波に揉まれて、開園ダッシュで鍛え上げたハングリー精神がない! 真のエリートってのは、学歴じゃなく、生き様で決まるんだよ!」
裏では強がり、表ではヘコヘコする。
そのあまりにも人間臭く、小物感あふれる姿に、僕はなぜか少しだけ親近感を覚えてしまった。
資本力、知能、グローバル経済、そして学歴。
このキッゾニアで、翔太先輩のプライドは何度も打ち砕かれてきた。
それでも、彼はこうしてジュースを飲みながら、必死で自分を保とうとしている。
「まあ、見てろよ、湊。いつか俺が、あんなエリートたちをアゴで使うような、デッカイ男になってやるからな…!」
そう言って遠吠えする先輩の姿は、滑稽で、少しだけ切なくて、でもやっぱり、最高に面白かった。
僕らの社会勉強は、まだまだ終わりそうにない。