第12話 国境(こっきょう)を越えるキッゾと為替(かわせ)の現実(リアル)
お読みいただきありがとうございます! 第12話です。
【ここまでのあらすじ】
思い出のソフトクリームショップを失い、失意の底にいた翔太先輩。しかし、空港でキッゾが世界共通で使えることを知り、彼の心には「世界へ行く」という新たな夢が芽生えた。喪失感を乗り越え、彼は再び立ち上がったのだった!
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩の単純な立ち直りの早さに、少し呆れている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。夢はハワイで働くこと。今はとにかくキッゾを貯めたい。
――「世界」という大きな夢を胸に、再び働き始めた翔太先輩。しかし、グローバル化したキッゾニアには、彼がまだ知らない、新たな経済の罠が待ち受けていた…!
「世界に行く!」と宣言してからの翔太先輩は、人が変わったように働き始めた。時給5キッゾの仕事も厭わず、ひたすらキッゾを貯める日々。その健気な姿に、僕も少しだけ付き合うことにした。
そんなある日、僕らは空港のパビリオンで、再び衝撃的な光景を目撃する。
ひとりの少年が、SVのお姉さんに大量のキッゾを差し出し、それを「キッゾニア・ワールドトラベラーズチェック」に交換している。その額、およそ5000キッゾ。
「あいつ…! ハワイにでも高飛びする気か!」
翔太先輩が興奮気味に言う。
しかし、少年の行き先は違った。彼はにこやかに、しかしビジネスライクに告げた。
「じゃあ、これでキッゾニア・ドバイに行って、稼いできます。その後、キッゾニア・ヨハネスブルクで買い物して帰ってくるので、また両替お願いします」
「ドバイで稼いで、ヨハネスブルクで買い物…?」
僕の頭に、ある仮説が浮かんだ。
僕らは、その少年の後を追うように、空港のワールドクロック(世界時計)の前に立った。そこには、各国のキッゾニアの「平均時給」と「デパートの人気商品の価格」がリアルタイムで表示されていた。
【キッゾニア・ドバイ】
平均時給: 15キッゾ
人気商品: 1500キッゾ
【キッゾニア・ヨハネスブルク】
平均時給: 4キッゾ
人気商品: 400キッゾ
【キッゾニア・東京】
平均時給: 8キッゾ
人気商品: 1000キッゾ
「な…なんだこれは…!?」
翔太先輩は、信じられないという顔で数字を見比べている。
僕も息をのんだ。これは、キッゾニアというグローバル経済に生まれた、明らかな「歪み」だ。
同じ「サイバーサングラス」という商品が、国によって倍以上の価格差がある。そして、同じ1時間の労働が、ドバイでは東京の約2倍、ヨハネスブルクでは半分の価値しか持たない。
つまり、あの少年は…
キッゾニア・ドバイで働く(高時給)
稼いだキッゾで、物価の安いキッゾニア・ヨハネスブルクへ行く
そこでサングラスを安く買い、差額を利益として丸儲けする
…という、国家間の経済格差を利用した、完璧な裁定取引を実践しているのだ。
「そ、そんなのズリぃじゃねえか…!」
翔太先輩が悔しそうに叫ぶ。
「俺たちが日本でコツコツ8キッゾ稼いでる間に、あいつはドバイで15キッゾ稼いで、ヨハネスブルクで400キッゾのサングラスを買うってのかよ! 俺が欲しいあのサイバーサングラス(紺色)は、1000キッゾもするのに!」
彼の叫びは、もっともだった。
僕たちがこれまで直面してきた、資本力や知能の差とはまた違う。これは、生まれた場所、働く場所によって、自分の労働価値が決められてしまうという、あまりにもグローバルで、あまりにも理不尽な現実だ。
「俺たちが世界に行く前に、世界の方が俺たちを殴りに来やがった…」
翔太先輩は、がっくりと肩を落とした。
彼の純粋な「世界への夢」は、出発する前に「世界の現実」という高い壁にぶち当たってしまった。
僕らは、ただ呆然と、ワールドクロックの無慈悲に変わり続ける数字を眺めることしかできなかった。
キッゾニアの空は、どこまでも青く、そしてどこまでも残酷に繋がっている。