第11話 国境を越えるキッゾと、為替(かわせ)の現実(リアル)
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【ここまでのあらすじ】
サボりの美学に目覚めた翔太先輩だったが、聖域と呼んでいた「ソフトクリームショップ」が、スポンサー変更によって全く違う店に変わってしまい、大きなショックを受ける。彼の「思い出」は、大人の都合によって、あっけなく消し去られてしまった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩の純粋な喪失感に、かける言葉を見つけられずにいる。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。思い出のユニフォームを失い、失意の底にいる。
――喪失感に打ちひしがれる翔太先輩。気分転換に訪れた「空港」で、彼らはキッゾニアを取り巻く、さらに大きな世界の現実と直面することになる!
ソフトクリームショックから立ち直れない翔太先輩を、僕は半ば引きずるようにして空港のパビリオンに連れてきた。気分転換になれば、と思ったのだ。
そこで、僕たちは衝撃的なポスターを目にする。
『速報! 世界中のキッゾニアで、キッゾが共通通貨として利用可能に!』
「なんだと…?」
翔太先輩が顔を上げる。ポスターには、ハワイやシンガポール、ロンドンのキッゾニアで楽しそうに働く子供たちの写真が載っていた。
その時、僕らの横を、あの中国人富裕層の少年が通り過ぎた。彼は当たり前のように国際線のカウンターに向かい、流暢な英語でこう告げた。
「A ticket to KidZonia London, please.(ロンドンのキッゾニアまで一枚)」
そして、彼はSVににっこりと、やはり流暢な日本語で笑いかける。
「日本での“お仕事”はもう十分楽しみましたから。次は、本場の金融街で腕試しです」
彼はキッゾニア銀行のワールドワイドなキャッシュカードを手に、颯爽とゲートの向こうへ消えていった。
「……」
「……」
僕と翔太先輩は、言葉もなく立ち尽くす。
これまで僕らが経験してきた全ての衝撃――資本力、知能、世界の構造――その全てを体現したような少年が、いとも軽々と国境を越えていった。
翔太先輩は、しばらく呆然としていたが、やがて、ふっと笑った。
「は、はは…ははははは! そうか…そうだったのか…!」
何かが吹っ切れたように、彼は僕の肩を掴んだ。
「湊くん! 俺は、俺は目が覚めたぞ! 俺が見ていた世界は、このキッゾニア(日本)だけだった! なんて小さい男だったんだ!」
彼の目には、かつての光が、いや、それ以上の輝きが宿っていた。
喪失感も、サボりの美学も、全てが吹っ飛んでしまったようだった。
「サボってる場合じゃねえ! 働いて、働いて、働きまくってキッゾを貯める! そして、俺も世界に行く! ハワイの太陽の下で、俺はレンタカーの店員になるんだ!」
それは、マウントでも虚勢でもなく、初めて生まれた、彼自身の本物の「夢」だった。
資本主義の現実を知り、打ちのめされ、それでもなお、彼は立ち上がったのだ。
「行くぞ、湊くん! まずは時給5キッゾの印刷工場からだ! 時給が安くたっていい! 世界へ行くための、尊い一歩だ!」
僕の手を引き、走り出す翔太先輩。その背中は、今までで一番大きく、頼もしく見えた。
僕たちの、グローバルなキッゾ稼ぎの日々が、今、始まった。
まあ、その直後、翔太先輩のスマートウォッチが鳴って、「上からコールだ…!」と現実に引き戻されていたことは、言うまでもない。