第10話 スポンサー変更(くらがえ)と失われたユニフォーム
お読みいただきありがとうございます! 第10話です。
【ここまでのあらすじ】
キッゾニアの構造そのものに絶望した翔太先輩は、ついに「いかにサボりながら給料をもらうか」というサバイバル術に目覚めてしまった。それは、この過酷な社会を生き抜くための、彼なりの最適解だった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。サボりの美学に目覚めた先輩を、賢者かもしれないと思い始めている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学二年生、8歳。悟りを開き、持続可能な働き方を実践中。
――「サボりの美学」という、新たな働き方を見出した翔太先輩。しかし、彼の穏やかな心は、次なる「大人の事情」によって、またしても激しく揺さぶられることになる!
サボりの美学に目覚めた翔太先輩と僕は、もはや阿吽の呼吸でパークを回っていた。最小限の労働でキッゾを稼ぐ。その効率的な動きは、一種の芸術の域に達していた。
「よし、湊くん。次は俺の聖域、『ソフトクリームショップ』に行くぞ。あそこは君でも時給10キッゾと高給な上、客の少ない時間帯は楽ができる」
先輩はすっかり“そういう”視点でしかパビリオンを見なくなっていた。
しかし、ソフトクリームショップに到着した翔太先輩は、その場で凍り付いた。
「な…なんだ、これは…」
僕も目を見開く。そこにあったのは、僕たちの知る青と白の爽やかなユニフォームではなく、緑と茶色を基調とした、落ち着いた雰囲気のユニフォームだった。パビリオンの名前も、おなじみの乳業メーカーから、外資系のコーヒーショップの名前に変わっている。
「う、嘘だろ…俺の、俺の青春のブルーが…!」
翔太先輩が愛してやまなかった、あの爽やかなユニフォームはもうどこにもない。ソフトクリームのフレーバーも、バニラとチョコから、キャラメルマキアート味と抹茶ラテ味に変わっていた。
SVのお姉さんが「どうしたの?」と声をかけてくる。
「こ、この店はどうなったんですか! あの爽やかなバニラ味は! 僕の愛した青い制服はどこへ!」
取り乱す翔太先輩に、お姉さんは少し困ったように説明した。
「ああ、今月からスポンサーの会社さんが変わったんだ。だから、制服もメニューも新しい会社さんのものになったの。でも、ソフトクリームを作るっていう仕事内容は同じだから、安心してね」
「同じじゃない…! 全然、同じじゃないんだ…!」
翔太先輩は、膝から崩れ落ちた。彼にとって、それはただのスポンサー変更ではなかった。自分の思い出の一部が、大人の都合によって上書きされ、消されてしまったのだ。
サボりの美学も、悟りの境地も、この圧倒的な「喪失感」の前では、何の意味もなさなかった。
「俺は…俺は、あの青いユニフォームを着て、バニラソフトを作るのが夢だったのに…」
初めて見る、翔太先輩の純粋な悲しみ。マウントでも、虚勢でもない、ただの子供としての喪失感。
僕は、かける言葉が見つからなかった。
大好きなものが、昨日と同じ姿で明日もあるとは限らない。大人の世界では当たり前のその事実が、今はやけに重く感じられた。しかしそれだけ愛されているという事はスポンサー企業としては成功だったのかもしれない。