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【完結】キスの続きを、まだ知らないままで。  作者: 泉水遊馬
第2章:「透明な部屋で、二人だけの温度を知る」
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2-1

次に彼女と会ったのは、それからわずか三日後の夜。

 私は、ほんの短い文章のメッセージを送っただけだった。


 *──また、お会いできませんか。あのときのこと、ちゃんと、話したいです。*


 それだけで、あかりは時間と場所を指定してきた。

 静かな湾岸エリアの一室。都心から少し離れた、高層マンションの高層階。

 そこに、彼女は住んでいた。


 私は、まるで導かれるようにその部屋の前に立っていた。

 インターホンを押す指先が、かすかに震えていた。


 ──カチッ。


 ドアが開いたとき、彼女はもう靴を脱いでいた。

 細身のロングニット。ざっくりとした胸元から、鎖骨のラインが見える。


 「こんばんは。……来てくれて、うれしい」


 その声は、昼間に聞いたときよりもずっと、低く、濡れていた。


 私は、促されるまま部屋に上がった。

 床は木のぬくもりを感じるフローリング。

 灯りはすでに落とされていて、間接照明が柔らかく部屋の輪郭を浮かび上がらせていた。


 「紅茶でいい? それとも……ワイン、飲める?」


 「……少しだけ、なら」


 彼女は微笑み、グラスを二つ用意した。


 ワインの赤が、彼女の唇の色と重なって見えた。

 私はグラスを口に運ぶふりをして、そっと視線をそらした。


 「ねえ、しおり」


 「……はい」


 「どうして、あのとき逃げなかったの?」


 唐突に問われて、私はグラスを持った手を固まらせた。


 「……わからない。でも、たぶん、怖かったけど……怖くなかったんです」


 「ふふ、矛盾してるのね」


 「でも、そうだったんです。灯さんの手が……冷たくなかったから」


 その言葉に、彼女は少しだけ黙った。


 そして、グラスを置いて、私の隣に腰を下ろす。

 ソファの上、肩が触れるほどの距離。


 「触れていい?」


 「……はい」


 手の甲から、指先へ。

 まるで熱を伝えるように、彼女はゆっくりと触れていく。

 その触れ方は、獣でも愛撫でもなく……まるで壊れ物を撫でるようだった。


 「ねえ、しおり。あなたは、自分の体を愛したことがある?」


 不意を突かれて、私は答えられなかった。


 彼女の指が、そっと首元にかかるブラウスのボタンに触れる。

 「嫌だったら言って。……私は、無理はさせない」


 けれど、私は拒まなかった。

 ただ静かに、彼女の手が動くのを見ていた。

 ボタンが一つずつ外される音が、夜の静寂に重なっていく。


 ――私は、知らなかったのかもしれない。


 誰かに、こんなふうに触れられること。

 自分の身体が、誰かの優しさで包まれること。


 彼女の指先は、私の鎖骨をなぞり、胸元のラインを描くように滑っていく。

 私は目を閉じて、静かに息を吸った。


 「きれいよ、しおり。……誰にも、教えてもらわなかったの?」


 「……知らなかったんです。自分が、女の人に、こんなふうに……感じるなんて」


 「私は、最初から女しか好きじゃなかった。だから……余計に、苦しかったの」


 彼女は、私の胸に頬をあずけ、ぽつりとこぼした。


 「ねえ……今夜、ここで寝ていかない?」


 その囁きは、決して欲望だけのものではなかった。

 まるで長く彷徨っていた魂が、ようやく見つけた場所を確かめるような、そんな響きだった。


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