エピローグ:「あなたの鼓動で、わたしは生きている」
*―それは終わりではなく、始まりのキスだった。*
夜の帳が降り、街のざわめきが遠ざかる。
窓辺にたたずむレースのカーテンが、そよ風に揺れている。
しおりの部屋には、間接照明の柔らかな灯りと、静かに流れるクラシックが漂っていた。
ベッドの上には、バスローブ姿の灯と、同じくしおり。
寄り添うように身を預け合いながら、何も言わず、ただ見つめ合っていた。
> 「静かだね」
> 「うん……でも、なんだか、満ちてる気がする。音がなくても、心が……」
言葉のない時間が、ふたりの間に確かなものを育てていた。
しおりがそっと灯の頬に手を添える。
その手のひらに、灯は少しだけ目を細め、甘えるように頬を寄せた。
> 「愛されてるって、こういうことなんだね」
> 「……私もそう思った。あなたといると、言葉がいらなくなる」
ベッドのシーツに、ふたりの身体が沈み込む。
しおりの指が、灯の肩をなぞり、鎖骨を、腕を、ひとすじずつ伝っていく。
そのたびに灯は小さく呼吸を震わせ、目を閉じた。
それは焦燥や欲望ではなく、**ひとつひとつの鼓動を慈しむような愛し方**だった。
> 「灯の全部が、愛おしい」
> 「……その言葉、胸がいっぱいになる。もう、どうしていいかわからないくらい」
灯はしおりの背に手を回し、ゆっくりと、何度もキスを返す。
まぶたに。額に。胸元に。愛しさを編み込むように。
ふたりはベッドに横たわり、何も急がず、何も求めすぎず、ただ互いの鼓動に身を委ねていた。
肌と肌がふれあうたび、体温が混ざり合っていく。
そしてしおりは、灯の髪を梳きながらこう囁いた。
> 「あなたの声、私の中にずっと残ってる。昨日も、今日も……きっと明日も」
> 「わたしのすべてを知ってくれて、なお、愛してくれる人なんて……あなた以外にいない」
やがて灯は、目元に涙を浮かべながら、しおりの唇にキスを重ねる。
それは感謝でも、祈りでも、赦しでもあった。
ひとつの愛が、心の奥底から溢れ出した瞬間だった。
ふたりは並んで横たわり、ベッドの天蓋越しに、月を見上げていた。
灯が、ぽつりと呟く。
> 「もし明日、世界が終わっても――」
> 「……それでも、私はあなたといたいって思う?」
しおりは笑って頷いた。
> 「うん。明日じゃなくても、千回、万回、同じ朝が来ても、隣にあなたがいてほしい」
> 「わたしも。あなたがいてくれることが、毎日の答えになるから」
そしてふたりは最後に、互いの名前を呼び合いながら、静かに唇を重ねた。
-月の光に照らされたベッドの中、しおりと灯は寄り添い、そっと瞼を閉じた。
呼吸は静かで、心は温かく、すべてが満ちていた。
**そのキスは、終わりのキスではなかった。
ふたりで生きていくための、永遠の約束だった。**
完結




