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雨は細く、しかし絶え間なく降り続いていた。
私と灯さん――あのときはまだ名前すら知らなかったけれど――ふたりは、黙って傘を共有しながら、歩いた。
「……どちらまで?」
気まずさを紛らわせようとしてか、私は問いかけた。
でも返ってきたのは、意外な沈黙。
数秒して、彼女は答えた。
「歩いてるだけよ。……どこかに、行きたかったわけじゃないの」
その言葉に、不思議と私は安心した。
なぜだろう。
この人もまた、どこにも居場所がないのかもしれない。そう思った。
やがて、灯さんがふと、傘を閉じた。
「……ここで、雨宿りしていきましょう」
そこは、小さな無人のバス停だった。
周囲に人気はなく、街灯だけがじんわりとオレンジ色に濡れたアスファルトを照らしていた。
狭い屋根の下、ベンチには当然、二人分のスペースなんてなかった。
私は腰をかけ、灯さんは隣に立ったまま、髪の毛を拭っていた。
「濡れたままだと、風邪ひくわよ」
そう言って、彼女はバッグからハンカチを取り出し、私の肩にそっと当ててきた。
「……あっ」
その仕草が、あまりにも自然で――
まるで、誰かに何度も優しく触れたことがある手つきのようで、私は一瞬、息を呑んだ。
「……変な顔してる」
「えっ、あ、ごめんなさい……!」
「ふふ、冗談。……でも、本当は気づいてるでしょ?」
「……なにを、ですか」
「――あなた、触れられることに、慣れてない」
その言葉に、私は背中がぞわりとするほど驚いた。
心の奥を、見透かされたようだった。
男の人に告白されたことは、何度かあった。
でも、どれも私は応えられなかった。
それを「わがまま」だと思っていたし、「きっと私が歪んでるんだ」と思っていた。
けれど――目の前のこの人は、そんな私の“歪み”を、拒まなかった。
「……あなたも、そうなんですか?」
思わず聞いていた。
灯さんは、静かに頷いた。
「私も、触れられることが嫌いだった。でもね、**女の人にだけは、違った**」
それは、私が心の奥底で誰にも言えなかった想いと、まったく同じだった。