10-2
夜は深まり、カーテンの隙間から淡い月明かりが差し込んでいた。
ふたりの間に言葉はなく、ただ互いの呼吸とまなざしが、すべてを語っていた。
「……ほんとうに、いいの?」
灯は小さく囁いた。
その声はかすれていて、ほんの少しだけ震えていた。
過去の痛みも、恥じらいも、今だけは全部さらけ出そうとする——そんな決意の音だった。
「うん。灯が『私』を見せてくれたから、私も『全部』で、あなたに応えたいの」
しおりは優しく微笑みながら、灯の頬に触れた。
その指先は迷いなく、けれど決して乱暴ではない。
ゆっくりと、灯の唇に触れ、そっとキスを落とす。
灯の手がしおりのシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
力がこもるその仕草に、しおりは気づいていた。
「大丈夫。ここにいるよ。ずっと、一緒にいるよ」
言葉の代わりに、もう一度キスを重ねた。
一度、二度、深く、柔らかく、確かめるように。
そしてそのたびに、灯の表情は少しずつほぐれていった。
しおりの指が、灯の髪を撫でるように滑り、耳の後ろをそっとなぞったとき、灯の身体が小さく反応した。
「ふふ……そこ、弱いんだ?」
「い、言わないで……っ」
羞恥に頬を染めた灯を、しおりは愛おしそうに見つめた。
その目には、欲望よりも、ずっと深いもの——尊敬と、祝福と、熱が宿っていた。
しおりはゆっくりと灯の両手を取り、ベッドの上にそっと伸ばす。
その手首を、柔らかいリボンでふわりと結んだ。
「…しおり……」
「大丈夫。いやなことはしない。あなたが安心できるように、触れるから」
灯は小さく頷いた。
目を閉じ、まるで祈るように、その体を預けてくる。
しおりは、灯の鎖骨のくぼみに口づけを落とす。
肌が小さく震える。
そのたびに、しおりの心は灯への愛しさで満たされていった。
「……あなたの声が、ききたいの」
「……しおり、ぁ……っ」
抑えきれずこぼれた声は、震えながらも、どこかうれしそうで。
しおりはその音を抱きしめるように、さらに灯を包み込んだ。
焦らすように、言葉と指先で愛し、
導くように、静かなリズムで灯の身体を撫でていく。
灯の瞳はとろんと潤み、薄く開いた唇が甘い吐息を漏らしていた。
「灯……かわいくて、たまらない」
「しおり……しおり、しおりぃ……っ」
その名を呼び続けるたび、灯はしおりの腕の中でほどけていく。
過去の恐れも、社会の目も、今はもう届かない。
ここには、ふたりしかいない。
愛している。
それだけで、世界が満ちる。
灯の胸の鼓動と、しおりの指先のリズムが、ぴたりと重なった瞬間——
灯は小さく、声にならない声をあげて、しおりの名を呼んだ。
全身で、しおりを感じながら。
すべてを許し、すべてを受け入れながら。
愛の、かたちだった。
夜が明けかける頃。
ふたりはバスローブ姿のまま、ベッドの上で寄り添っていた。
外はまだ静かで、街の音も聴こえない。
「……ねえ、灯」
「うん?」
「これから、たとえば誰かに何か言われても、もう平気な気がする。あなたが隣にいてくれるなら」
灯はしおりの手をそっと握りしめて、微笑んだ。
「私も。しおりに愛されてることが、誇りだから」
その言葉に、しおりの目が潤んだ。
「灯……」
「大好きだよ、しおり」
そっと額を重ねて、ふたりは静かに目を閉じた。
世界はまだ変わらないかもしれない。
でも、ふたりの心は、たしかに変わったのだった。
もう隠さない。
もう、迷わない。
私たちは——
**「愛している」と胸を張って言える**、そんな日常の中に生きている。




