9ー5
ふたりは静かに呼吸を整えながら、身体を重ねたまま、しばらく動かなかった。
まるで世界がふたりだけの時間をそっと包んでくれているかのように。
外はもう深夜。街の灯りもほとんど消え、窓辺には薄く月光が降りていた。
白いバスローブに包まれた灯としおりが、その窓辺に腰を下ろす。
膝を引き寄せて座る灯の髪を、しおりがゆっくり指先で撫でた。
「さっき……ね」
灯がぽつりと言った。
「うん?」
「わたし、あなたの指が触れたとき……もう、どうにかなりそうだった。
心の奥が、かき混ぜられるみたいで……あんな気持ち、初めてだった」
「嬉しい……灯の“初めて”を、わたしがもらえたこと」
「うん。でも、それだけじゃないの。
あなたの指って……すごく、わたしの心をなぞるみたいだった。
好きって、ちゃんと伝えてくれてるって、思ったの……」
しおりは目を細め、少しだけ顔を灯に近づける。
「わたしね、灯。あなたに触れるたび、愛しくて苦しくなるの。
この想いが、全部伝わってたらいいなって、いつも思いながら、触れてる」
灯は黙って頷くと、そっとしおりの肩に頭を預けた。
「……じゃあ、もっと。もっと、教えてほしい。
あなたのことも、わたしのことも、全部……」
その声はまるで、夜空に浮かぶ星のひとつを選び取るように繊細で。
けれど、たしかにそこに“決意”のような光が宿っていた。
しおりは灯の両手を取って、指を絡める。
「教えるよ。全部、教える。
あなたの好きな場所も、弱いところも、悲しみに触れないように抱く方法も……
わたしの全部で、覚えさせてあげる」
灯は小さく震えながら、しおりの胸元に唇を寄せた。
そしてふたりは、再びベッドへ戻る。
今度は、さっきよりも静かに、丁寧に。
すでに知っているはずの身体を、まるで新しく出会ったように探り合う。
目を見つめながら、肌を撫でる。
名前を呼びながら、愛を囁く。
そのたびに、心が近づく音がした。
ふたりにとってこの夜は、ただの情交ではない。
愛を教え合い、過去を赦し合い、未来を誓う儀式のようなものだった。
絶頂の後、灯は泣いていた。快楽ではなく、幸福の涙で。
「……どうして、こんなに幸せなの?」
「それは、灯が、灯のままで愛されてるから」
しおりの答えに、灯は深く頷いた。
「……しおり、わたし、あなたのすべてを覚えたい。
あなたがどんなふうに笑って、どんなふうに泣くのか、全部……」
「覚えて。何度でも。だってわたしたちは、もう――」
唇が重なり、言葉はそこで消える。
ただ、熱とぬくもりと愛情だけが、ふたりの間に残った。




