9ー3
夜の深さが静かに増していくほどに、ふたりの世界は密度を濃くしていく。
まるで、時の流れがふたりだけを包み、他のすべてから切り離してくれているかのようだった。
灯は、しおりの腕の中にいた。
唇は重なり、舌は絡まり、互いの温度が境界を失っていく。
身体を結ぶそのたびに、言葉にならない想いが、深く、深く刻まれていく。
「ねえ……もっと、私を見て……あなたの目で、確かめて……」
しおりの頬に、灯の指先が触れる。
優しく、愛おしげに。
そして、そのまま手が下りていき、しおりの肌の上を撫でる。
「灯……」
その名を呼ぶ声は、ため息のようで、祈りのようだった。
彼女が自分を見つめてくれているだけで、しおりの心は満たされていく。
でもそれだけじゃ足りない。
もっと灯に触れていたい。
もっと灯の奥に触れたい。
もっと――灯を、壊してしまいたいほどに、欲しい。
「……ねぇ、動かないで」
そう囁いて、しおりはベッドサイドの小さなシルクのリボンを手に取った。
灯の手首に、ゆっくりと結びつける。
「痛くないようにするから……ね?」
灯は、うなずいた。
不安ではない。信頼と、期待が混じった目だった。
「あなたにされることなら……全部、嬉しい……」
その言葉が、しおりの胸を焼いた。
どうして、この人はこんなにも、真っ直ぐに自分を愛してくれるのだろう。
自分はそれに、ちゃんと応えられているだろうか――
そんな迷いを吹き飛ばすように、しおりは灯の手を縛る。
そっと縛って、ベッドにくちづけを落とす。
手首。肩。鎖骨。胸の頂。
どこもかしこも、灯の肌はひとつずつ震えて、反応する。
「ん……しおり……」
「……もっと、鳴いて。声、我慢しないで……全部、私に聴かせて」
そして、指がそっと濡れたところへ触れる。
灯の身体が跳ねる。
柔らかな声が洩れる。
そのひとつひとつが、しおりの欲望に火を注ぎ込んでいく。
「キレイ……灯、こんなに濡れて……」
指先がゆっくりと、確かめるように灯の奥をなぞる。
そのたびに灯の声が、涙まじりに震える。
「あなたに触れられると……何も考えられなくなる……」
「ううん、考えなくていいの……ただ、私を感じて」
灯の瞳に、涙が溢れた。
それは痛みではなく、幸福の極みだった。
「しおり……わたし、あなたに、愛されてる……」
「そうよ。あなたは……私の、すべて」
やがて灯は、何度も絶頂に達した。
縛られたまま、名前を呼びながら、身体の奥まで満たされていく感覚に震えながら――
快楽と信頼、羞恥と愛、そのすべてが、彼女の涙に変わって頬を伝った。
縛めをほどき、そっと抱きしめる。
「怖くなかった?」
「……ううん。安心したの。しおりに、全部あずけられるって……」
そして灯は、しおりの肩に額を預け、かすれた声で言った。
「ねぇ……誰かに否定されたって、関係ないよね……私たちが愛してるって、信じられるなら」
しおりは強く、でも優しく頷いた。
「ううん。むしろ……あなたに愛されてることが、私の誇りなの」
静かな夜の、その胸の鼓動だけがふたりの世界を包んでいた。
誰にも邪魔されない、ふたりだけの、祈りのような愛の時間。




