9ー2
夜の帳が街を包み、柔らかな照明だけが部屋の輪郭を浮かび上がらせていた。
カーテンの隙間からわずかに差し込む街灯の光が、まるで水面のようにゆれる。
「……灯、こっちを向いて」
しおりの声は、息を含んだささやきだった。
その声だけで、灯の胸の奥がじわりと熱を持つ。呼吸が、浅くなる。
彼女の指が、灯の髪をやさしく梳く。頬に、耳元に、くちびるが触れた。
触れるだけのキス。それがどれほど深い欲望に火を灯すか、もう2人は知っている。
「目を閉じないで。ちゃんと、私を見て……」
灯の頬が、紅潮していた。けれど、視線は逸らさない。
しおりの瞳をまっすぐに見つめながら、心が裸になっていくのを感じていた。
しおりの指先が、灯の手をとり、そっとベッドへと導いた。
柔らかなリネンが背中を包み、空気まで甘くなる。
「怖くない?」
「ううん……あなたになら、全部、見てほしい」
その言葉が、しおりの胸の奥を強く打つ。
誰にも見せられなかった部分。抱えてきた痛み。
それを、灯はすべてあずけようとしている。
ゆっくりと、服が肌から滑り落ちていく。
布越しに触れ合うたび、鼓動が、呼吸が、重なっていく。
しおりは、灯の手首を両手で包み込むようにして、ベッドの上におさえた。
力ではなく、意志で縛るような、やさしい支配。
「……触れても、いい?」
「しおり……全部、して……」
その許しが、熱を帯びた空気に溶けていく。
キスは深く、長く、ことばより多くを伝える。
唇と舌が絡み合うたびに、ふたりの間の距離がなくなっていった。
指先は、灯の輪郭をなぞるように、ゆっくりと肌を撫でる。
鎖骨のくぼみから、なだらかな胸の曲線、呼吸に合わせて震える腹部へ。
そのすべてが、いまはしおりだけのものだった。
灯のくちびるから、声が零れる。
それは快楽の声であると同時に、愛の告白でもある。
彼女は、自分が女であること、自分が彼女を求めていることを、
その声で肯定していた。
「……灯、ほんとうに、綺麗……全部、全部、私のものにしたい……」
「わたしも……あなたに全部、壊されたいの……」
指が絡み、身体が重なり、名前を何度も呼び合う。
恥じらいも、痛みも、過去の傷さえも、
この夜だけはふたりの熱で溶けていく。
やがて、灯の声が震え、涙がにじむ。
それは苦しみではなく、心が溢れた証だった。
「……愛してる、しおり……ずっと、ずっと……」
しおりはその言葉を、くちびるで、指先で、全身で受け止めた。
そして夜が更けていくまで、ふたりは名前を呼び合い、
その鼓動と吐息だけが、静かな部屋に響いていた。




