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【完結】キスの続きを、まだ知らないままで。  作者: 泉水遊馬
第九章:「夜が明けるまで、あなたに触れていた」
22/32

9ー1

それは、触れ合うたびにほどけていくような、

長い長い、赦しの時間だった。


夜は、静かだった。

時計の音すら遠ざかり、ふたりの吐息だけが、部屋を満たしていた。

東京の街が窓の向こうに霞むなか、灯としおりは、互いの指先を確かめるように繋いでいた。


「…こんな夜が、いつか来るって思ってた?」


灯がふと呟く。横顔にはかすかな赤みが差し、まるで夢の中にいるようだった。


しおりは静かに微笑むと、頷いた。


「ううん。思いたかっただけ。……でも、今なら信じられる」


視線が合う。まっすぐに、優しく、深く。


そっと指先が、灯の頬をなぞる。肌がふれるたび、あたたかな電流が流れた。唇が近づき、目を閉じるその直前、しおりの囁きが灯の耳に触れた。


「……あなたがいるこの夜が、どれほど尊いものか、ちゃんと伝えたい」


キスは、深く。けれど激しさではなく、祈るような静けさを纏っていた。

そして、そこから始まったのは、決して“行為”ではなかった。

心が重なり合うことでほどけていく、痛みと、迷いと、渇き。


──灯の視点──


「痛くない?」


「うん、大丈夫……むしろ、しおりがこうしてくれると……安心するの」


背中に回された腕、くすぐるような吐息、甘く名前を呼ばれるたびに、心が溶けていくようだった。


あの頃、言えなかった言葉たち。

「あんた、ちょっと変だよね」と笑われた中学時代。

誰にも言えず、夜に枕を濡らした学生時代。


でも今、しおりは何もかも受け入れてくれる。

“灯”という存在の、隅々まで。


「もっと触れて。……あなたに、包まれていたいの」


手のひらが肩に触れ、背中をなぞる。くすぐったさと温かさと切なさが交錯し、灯は喉を鳴らした。


──しおりの視点──


灯の声が、肌が、呼吸が、愛おしい。


“恋”はたくさんしてきた。けれど“本気で、この人のすべてを守りたい”と願ったのは、灯だけだった。


結んだ指を、やさしく口づける。

バスローブの隙間から覗く白い肌に、髪を垂らす。

瞳が合うたび、灯は少し照れたように笑ってくれる。


「……キレイだよ」


その一言に、灯は肩を震わせた。


「ほんとに? こんな私でも、綺麗?」


「こんなあなたじゃないよ。…“あなた”だから、綺麗なんだ」


再び口づける。唇だけでなく、まぶたや手の甲や、呼吸の隙間さえも。


──


ベッドの上、時間は流れず、ただ感情だけが満ちていた。


熱いキスを交わしながら、灯の身体に触れていくしおりの指は、言葉以上に深く語る。

「大丈夫」「気持ちいい?」「ここ、好きだったよね」

そんな言葉の代わりに、まなざしと触れ合いで確かめ合う。


灯の声が震えるたび、しおりの心臓が跳ねた。

彼女のすべてを抱きしめるたび、自分の存在が、ようやく意味を持ち始める。


愛は、社会が定義するものじゃない。

自分たちが信じて、与えて、確かめ合うもの。


灯の手を取り、唇を寄せたそのとき。

どこか遠くで、朝の気配がそっと顔を覗かせた。


ふたりの夜は、まだ終わらない。

触れるたび、愛は深くなっていくのだから――

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