表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】キスの続きを、まだ知らないままで。  作者: 泉水遊馬
第八章「あなたの隣で、生きていたい」
20/32

8-1

 朝、目が覚めた瞬間から、灯はその日の空気がどこか重たいことに気づいていた。


外は曇天。低く垂れ込めた雲が街を灰色に染め、どこか現実味のない静けさが漂っていた。


出勤の支度を整え、会社の自動ドアをくぐった瞬間、灯の胸にざらりとした違和感が走った。視線。言葉にされない“なにか”が自分に向けられている。


「……おはようございます」


笑顔を浮かべて声をかけても、返ってくる挨拶は曖昧で、上滑りするような響きだった。


(また、だ)


心の奥で、小さく震える声が囁く。彼女は“誰か”と違うことを知っている。

恋人が女性であることを、誰にも明かしていないはずだった。だが、人の噂や、SNSの一片、たまたま目撃された手の振る舞い──それだけで、「普通じゃない」と決めつけられるのに十分すぎる。


昼休み、灯はデスクに広げたコンビニのサンドイッチを手にしたまま、ふと窓の外を見つめた。曇り空の向こうに、小さな光を求めるように。


──その頃、しおりは母親と電話をしていた。


「……そう。別に、結婚の予定はないの」


『もう三十も近いのよ?あなた、いつまで夢みたいなこと言ってるの』


「夢なんかじゃないわ」


声が硬くなるのが、自分でもわかった。しおりの母親は昔から“普通”を好んだ。公務員、結婚、子育て。型にはまった“幸せ”だけが唯一の正解であるかのように。


『あの子と、まだ会ってるの?』


その言葉に、しおりは一瞬、呼吸を止めた。


「……うん。私は、灯といるのがいちばん自然なの」


『普通じゃないわよ、そんなの』


その瞬間、胸の奥で、何かがちりりと音を立てて切れた。


──夜、灯の部屋。


雨が降り始めた。しとしとと、まるで心の隙間にしみこむように静かに。


灯は、濡れた傘をたたみながらしおりを迎えた。その顔はどこか疲れていて、だが安堵もあった。


「おかえり、しおり……」


「ただいま。……会いたかった」


たった一言で、積もった孤独がほどけていく。


ふたりは抱き合い、唇を重ねる。


ゆっくりと、確かめるように──



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ