6-2
朝の光が、淡くカーテン越しに差し込んでくる。
灯は目を覚ますと、隣に眠るしおりの顔を静かに見つめた。微かに寝息を立てるその横顔に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。こんな朝が来るなんて、数年前の自分には想像もできなかった。
肌に残る指の跡、夜に交わした深い愛撫の余韻が、まだ体の奥に残っている。しおりの腕の中で、灯は自分の心がほどけていく感覚を味わっていた。
けれど——。
「灯さんって、誰かと付き合ったことあるんですか?」
職場の昼休み、同僚が笑いながら何気なく聞いた。
「男性、苦手そうに見えますけど……まさか、女の子とか?」
笑い混じりの冗談。けれど、灯の心には冷たい針のように刺さった。
しおりとの関係は、確かに“秘密”だった。
ふたりのあいだでは、愛は自然で温かいものなのに、外の世界では、それはまだ“普通じゃない”とされてしまう。
職場のトイレの鏡の前、灯は自分の顔を見つめる。
怖い。知られるのが怖い。でも、隠すのも、もう苦しい。
その夜、灯はしおりに小さな声で呟いた。
「……ねえ、もし私たちのこと、他の人に知られたら、あなたは……」
しおりは、灯の頬に手を添えた。
「平気。誰が何と言おうと、私は灯を守るよ」
その言葉に、灯の胸の奥が震えた。昔、拒絶されたことのある心が、救われるようだった。
——数日後。
街の書店で、しおりと灯は偶然、しおりの元恋人と再会する。
凛とした佇まいのその女性は、しおりに冷たい目を向ける。
「まさか、また女に恋してるの?」
その一言が、灯を打ちのめした。
自分は、しおりにふさわしいのか?
過去の恋人と比べられ、心が沈んでいく。
だがその夜、しおりは灯の肩を抱き寄せ、ゆっくりと耳元で囁いた。
「灯。私は、今のあなたに恋してる。過去なんて関係ない」
そう言って、キスを落とす。
静かな寝室、二人の間にまた、深く柔らかな夜が訪れる。
灯の手首に、優しく結ばれたシルクのリボン。
しおりの唇が、背中から腰、太ももへと、慈しむように触れていく。
「誰に否定されてもいい。私はあなたのすべてを愛してる」
その言葉とともに、灯は声を震わせながら、快楽の波に身を任せた。
夜が明けるころ、ふたりはバスローブをまとい、窓辺に並んで座った。
朝焼けに染まる街を眺めながら、灯がぽつりと呟いた。
「私ね、誰かに“普通じゃない”って言われるたび、自分を責めてた。でも……」
しおりが灯の手を取る。
「もう、自分を責めなくていい。あなたのままでいて」
灯は、少し涙ぐみながら微笑んだ。
「うん……。私が私でいることを、あなたが愛してくれるから」
それは、灯にとって初めて知る“愛される自分”だった。