表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】キスの続きを、まだ知らないままで。  作者: 泉水遊馬
第6章:「知られたくなかった気持ち、あなたが見つけてくれた」
15/32

6-1

 休日の午後、やわらかな光が差し込むキッチンで、灯はしおりのためにエプロン姿で料理をしていた。

コンロの火を見つめながら、野菜を刻む手の動きがどこかゆっくりで、丁寧だった。炒めていた玉ねぎの香ばしい香りが部屋に満ちる。


「ねえ、もうすぐできるよ」


背後からそっと抱きしめられる感覚。

しおりだった。灯の肩に顎をのせるようにして、彼女の背中に自分の体を預ける。


「ん……いい匂い。今日も頑張ってくれてありがと」

「……しおりに食べてもらえるの、嬉しいから」


小さな声でそう言った灯の耳に、唇がふれた。

軽く啄むようなキスが、首筋へ、頬へと落ちていく。灯は少しだけ身をよじったが、しおりの腕の中から逃げはしなかった。


「こうしてると、全部忘れられるね」

「……うん。ふたりでいれば、世界なんて関係ない、って」


それが、どれだけ尊いものなのか。

このとき、ふたりはまだ知らなかった。


――数日後。


灯としおりは、カフェのテラス席にいた。

肌寒い風にカーディガンを羽織りながら、灯はメニューを見つめる視線の先に、どこか緊張の色を浮かべていた。


「……大丈夫?」

「うん。うん、大丈夫」


だがその時、偶然にも大学時代の知人――梶と名乗る男性が声をかけてきた。


「えっ、灯? やだ、偶然だなぁ。久しぶり!」


一瞬にして顔がこわばる灯。

しおりはその空気を敏感に察知し、彼女の手を机の下でそっと握った。


「梶くん……ひさしぶり」


彼は昔と変わらない調子で、当時のサークルの話や恋バナを蒸し返し、何気ない様子で「灯も、もういい人見つけたの?」と訊ねた。


「……ええ、まあ」


灯はしおりの方を一瞬見て、視線をそらした。梶は気づかないふりをしたまま、「お、じゃあ彼氏?」と続ける。


その瞬間、灯の指先がしおりの手をぎゅっと握りしめた。


「うん……大事な人がいるの」

「へえ、そっかー! じゃあまた連絡しようよ、みんなで集まったりしたいし」


軽いノリで去っていった彼の背中を見送りながら、しおりはぽつりと呟いた。


「言い返してやればよかったのに」


「……でも、怖いの」


灯の声は震えていた。


「嫌われるのも、拒絶されるのも怖い。……あなたの隣にいる自分が、誰かに否定されるのも怖い」


しおりはそっと、灯の頭を撫でた。


「……私は、誰がなんと言おうと、灯を誇りに思ってる」


その夜。


ふたりはしおりの部屋で、静かに寄り添っていた。

灯がベッドの上でうつ伏せになる。

しおりはスカーフで灯の手首をやさしく縛りながら、囁いた。


「怖がらなくていい。私は……あなたの全部を愛してる」


軽くキスを落としながら、背中を指先でなぞる。

布越しの感触に、灯は息を詰める。


「しおり……ねえ、見ないで……」

「見るよ。だって、あなたが綺麗だから」


鏡の前に移されたふたりの姿。

灯は羞恥に震えながらも、しおりの言葉にとろけていく。


「ここも、好き。声も、熱も、全部……愛してる」


繰り返されるキス。

愛撫。


灯の全身が、快楽と愛で包まれていく。


――やがて夜が明け、ふたりはバスローブのまま、窓辺で朝の光を見ていた。


「私たちが愛してるって、誰に否定されても関係ないよ」


「ううん。むしろ、あなたに愛されてることが、誇りなの」


窓の外には、新しい一日が静かに始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ