5-2
バスローブを纏ったまま、ふたりはしばらく言葉もなく寄り添っていた。窓の外では雨が細かく降り続いている。しおりの部屋は静まりかえっていて、灯の呼吸と、雨の音だけが時折混ざり合う。
「こうしてると……まるで世界にふたりきりみたい」
灯がぽつりと呟いた。彼女の髪はまだわずかに濡れていて、バスローブの襟元から覗く鎖骨のあたりにしおりはそっと目をやる。
「……それでもいいと思えるようになった。あなたとなら」
その言葉が、ふたりの間の沈黙を優しく満たしていく。
しおりは、手を伸ばして灯の指に触れる。細くて白い指。強く握りしめていた過去を、ようやく少しずつ手放し始めた指先だった。
「……ねえ、灯」
「うん?」
「あなたが、過去に誰かに傷つけられたこと。……知ってるよ。でも私は、あなたの全部を、欲しいと思ってる」
灯は驚いたようにしおりの顔を見た。そして目を伏せ、ふっと微笑む。
「……そんな風に思えるなんて、昔の私じゃ想像できなかった」
「今は違う?」
「うん。……今の私は、あなたに出会えた私だから」
ふたりは自然と唇を重ねた。
深く、何度も、確認するように。触れるたび、体温を確かめ合うように。灯の腕がしおりの首に絡まり、しおりはその身体を包むように抱きしめる。
──何度だって確かめたい。この熱が、幻じゃないことを。
やがて、ベッドの上に静かに倒れ込む。灯の手が、しおりの頬を撫でた。
「……今日は、私から……触れても、いい?」
しおりは微笑み、灯の指にキスを落とした。
「もちろん。……でも、今夜は、ちょっとだけ、私からのお願いも聞いて」
「……なに?」
しおりはベッドサイドに用意していた絹のリボンを手に取る。それを見て、灯はわずかに目を見開いたが、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……しおりの、そういうの、好き」
リボンは柔らかく、灯の手首を優しく縛る。力を込めず、ただ彼女が安心して身を委ねられるように。
「苦しくない?」
「ううん……安心する」
そう言った灯の瞳には、確かに信頼が宿っていた。
しおりは灯の胸元にキスを落とし、鎖骨、喉元、あご、そして唇へ──。
「灯の全部が、愛しい」
そう呟きながら、指先でゆっくりと体をなぞっていく。リボンに縛られた手が震えるたび、灯の吐息が熱を帯びていく。
「……もっと、声、聞かせて」
「しおり……だめ、そんなに……っ」
声にならない声を押し殺しながら、灯の身体は小さく揺れていた。
しおりはキスを重ねながら、愛撫を続ける。ときに意地悪く、わざと触れずに近づいて、焦らす。
「ねぇ、どこに触れてほしいの?」
「……どこでも、いい……。あなたに、触れてほしいの……」
その言葉がしおりを突き動かす。
時間が緩やかに溶けていく中で、ふたりの身体は重なり合い、交わり続ける。
縛られた灯の手が、ベッドの上で揺れ、しおりの名を何度も呼ぶ。
──その声を聞くたび、しおりは「愛してる」という言葉の重さを、もっと知る。
◆
深夜、雨は止んでいた。
ふたりは再びバスローブに身を包み、窓辺に座っていた。灯は頬を紅潮させたまま、カップに注がれた白湯を手にしている。
「しおり」
「うん?」
「私たちが愛してるって……誰に否定されても関係ないよね?」
しおりは頷く。
「うん。むしろ……あなたに愛されてることが、誇りなの」
その言葉に、灯は目を伏せて、静かに微笑んだ。
窓の外には、雨上がりの月が静かに浮かんでいた。