5-1
窓辺に淡い夜風が吹き抜けていた。カーテンがふわりと揺れるたび、しおりの長い金髪が微かに舞う。間接照明だけの静かな部屋で、灯はベッドの上に座り込んで雨音のない夜だった。静寂が、まるで世界の輪郭を滲ませるように、灯の心に入り込んでくる。窓の外には柔らかな街灯の光が揺れ、しおりの部屋の奥深くまで、わずかにその明かりを落としていた。
両手を、しおりの黒いスカーフで柔らかく縛られている。決して強くはない。抜けようと思えば抜けられる。でも、灯は逃げようとはしない灯はベッドの端に座りながら、ゆっくりと胸元を撫でていた。
「緊張してる?」
しおりが、笑みを浮かべながら灯の頬に触れた。指先が熱を帯びていて、それだけで灯の心臓が跳ねるその指先の震えは、寒さではない。
「少し……だけ」
「……うん。でも、慣れてるでしょう? 私の触れ方」
そう囁きながら、しおりの唇が、首筋をなぞるように下りていった──こんなふうに、誰かと愛し合うことを「幸せ」と思っていいのか。
ブラウスのボタンが一つずつ外されていく音が、部屋の静けさに吸い込まれていく。焦らすように、言葉もなく。指先が鎖骨をなぞるたび、灯は息を詰め、震える頭の奥では、昔の記憶がささやいていた。
「やっぱり……ここ、弱いんだ」
そう言いながら、しおりは灯の胸元に唇を落とす。そのまま、優しく、しかし確実に、愛撫を重ねていくあの教室。女子高の制服のまま、同級生に手紙を渡した日。
「ごめん。そういうの無理」「なんか普通じゃないよね」
…その言葉は、十年以上経った今も、灯の中で疼いていた。
「どうして……こんなに優しいの……」
灯の声が震えるでも。
「灯の全部が、可愛いから。欲しいと思う全部が、灯の中にあるから」
今、手を差し伸べてくれる人がいる。
しおりの言葉は、胸の奥に直接染みていく。体より先に心が溶かされていく感覚に、灯は目を閉じた。
「灯」
指が、太腿をなぞり、下着の上からやわらかく圧をかけてくる。濡れてしまっているのが自分でも分かって、灯は羞恥で顔を背けるしおりの声が、やわらかく、優しく響く。
「鏡、見て。今の灯、すごく綺麗」
その声だけで、灯の喉が熱を持つ。
ベッドサイドの鏡に、自分が映っていた。手を縛られたまま、しおりに愛されている姿。灯は恥ずかしさに顔を赤らめたが、同時に、自分が誰かに愛されている証を見せられたようで、泣きそうになった。
「何も怖がらなくていいの。あなたのすべてを、私は大切にするから」
「しおり……好き。ほんとに、好き……」
しおりは灯の前に跪き、ゆっくりと彼女の手首に、柔らかなリボンを巻いていく。
しおりは唇を灯の耳元に寄せて、囁くように言った。
「じゃあ、もっと好きになって。灯が壊れそうになるくらい、愛してあげる「……これ、いやだったら言って。すぐ外す」
「……やだ、なんか、嬉しい」
その夜、2人は何度もキスを交わし、触れ合い、そして静かに寄り添いながら眠リボンで縛られたことで、灯はむしろしおりに身を任せる覚悟ができた。
自分を怖がらず、受け止めてくれる存在に、深く溺れていきたかった。
夜が明けるころ、灯はしおりの腕の中で微笑んでいた。手を縛っていたスカーフが、今は2人の枕元で静かにほどけていた──私の過去も、この身体も、全部この人に見てほしい。
それは、愛のしるし。
そして、決して逃げないという、灯の選択だっしおりはそっと灯の唇に触れ、そのまま何度も、ゆっくりと深くキスを重ねた。
──けれど、その朝唇が溶けるほどのキス。息の隙間に言葉が挟まるたび、灯の身体は震える。
ベッドサイドに置かれたスマートフォンの通知が、灯の表情を曇らせた。
母からの一通のメッセージ。「最近、男の影もないけど、まさか変な関係になってるんじゃないでしょうね?」
「どうして……こんなに優しくできるの」
「灯が……愛しいからだよ」
その言葉が、心に刺さる。
指先が、胸元を撫で、下腹部に至るまで、時間をかけて触れていく。
焦らすように、愛おしむように。
どれだけ愛しても、どれだけ満たし合っても。
この社会は、ふたりの関係をまっすぐには受け入れてくれない灯の声は甘く震え、肌は熱を帯びていく。
「ねえ、しおり……私たち、このままでいられるかな」
「……しおり……もっと、触れて……」
灯の声に、しおりは静かに目を伏せた。
だがすぐに、強く手を握ってくる。
「……ねえ、どこが気持ちいい? もっと聞かせて?」
「いられるよ。私が、全部守るから」
その言葉に、灯の奥深くが切なく疼いた。
羞恥心さえ快感に変わるほど、しおりの言葉と指先は、彼女の欲望を撫でていく。
その言葉に、灯の目に涙がにじんだ。
身体の奥が、知らなかった快感を覚えていく。
「やだ……もう……変になっちゃいそう……」
愛が、深くなるほど、痛みも増していく。
それでも──この夜に重ねた指と体の熱が、ふたりをつなぎ止めていたしおりはその言葉に、微笑んで応える。
「いいの。変になって。私だけに見せて」
そして、何度も、何度も、名前を呼ぶたびに灯の身体はとろけ、
しおりの腕の中に、甘く崩れていった──。
◆
バスローブに身を包んだふたりが、窓辺で静かに座っている。
灯は少し赤い目元を指で隠しながら、しおりの肩にもたれた。
「こんなに愛されてるって、ほんとに信じていいのかな……」
「誰が否定しても、私が愛してるってこと、変わらないよ」
灯はしおりの肩に顔をうずめ、そっと呟いた。
「……あなたに愛されてることが、誇りなの」
夜はまだ終わらない。
2人の愛は、ただ優しく、ただ深く、濃く、溶け合っていく。
──その愛に、名前を与えるとしたら、それは間違いなく「あなた」。




