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第五章 オウガの島のダンジョン

  第五章……オウガの島のダンジョン    


 夜が明けた。小川で身支度をすませると、さっそく三人は出掛けた。

 きのう問答したイシブミを素通りして草原までたどり着くと、昨日とは道を変えて、直に巣を目指す。

 巨鳥二羽の鉄壁のディフェンスはもうこりごりだった。巣の一体を狙う。もう片方は、準備万端な虫取りのオッサンにでもかかずらわってくれてればいいが、そこまでは気を回さない。期待はしないで偶然を待つ態度は、例えば占いを信じるよりも幼稚とは言えないだろう。たとえ子供のことだったとしても。

 とにかく、巣だ、卵だ。

 コモコモは何か作戦があるとうそぶいていたが、きょうも先頭に立ってずんずん進む。ゾリントンも、そしてけるベエも何の疑問もなくそれについていく。

 こんもりとした小さな森をつなぐように、その影をたどるように歩いていく。きのうの二羽もだが、ほかのモンスターにも出くわしたくはなかった。

 巣に近づいてくると、例の蛇の出た森へと回る。小さな森の中へ入ると地面に気を付けながらもコモコモはどんどん進む。森の端まで来ると、巨大な巣には、やはりアーマー鳥がうずくまっていた。頭にはふさふさの飾り羽。交代してないのか、交代後のローテーションなのか、シフトなのか、などとは子供は考えない。

 巣を背に、ふたりに向き直ると、さっそくコモコモは本日の作戦を発表した。

 コモコモが宣言したのは「アーマー鳥の背に乗る」だった。

「そんな無茶な」ゾリントンがあきれて言った。

「鳥目って知ってるか? 鳥は夜は目が見えないんだぞ。暗いと何も見えなくておとなしくじっとしてるんだぞ」

「もちろん知ってるけど、それが何の関係があるんだ?」ゾリントンは、知ってることを言われたのが肩透かしだったという変な反応になってしまった。

「アーマー鳥に乗って、ほっかむりをする。目を隠す。そうすればおとなしくなるぞ。卵取り放題だぞ」

「だからどうやってよ、何を使ってよ」ゾリントンは言いながら、きのうのテントの布が使えるなと考えている。でもどうやって。

「ジャンプジャンプで飛んで、あいつに飛び乗るんだぞ、そんできのうのテントのターフを頭にかぶせておとなしくさせるんだぞ」

「ホップステップジャンプアンドジャンプで、あの鳥の頭の高さまでも行けたから、途中下車というか乗車というか……」けるベエは、途中から自分がやりたそうな口ぶりになった。

「ふふん」満足そうにコモコモは大きな口にアマゾンのロゴばりの笑みを浮かべた。

「うまく行くのか?」ゾリントンは計りかねていた。

「刀は届いたよ、昨日も。それが目隠しに変わるわけだが、攻撃に使うのはくちばしだから向こうから頭をこっちに持ってきてくれるってわけだな」

「なるほど」ゾリントンも、コモコモもつぶやいた。

「そうと決まれば行くぞ。けるベエが囮。ゾリントンが卵担当だぞ」

「合点承知のすけ」

「ん?誰?」

「とにかく行くぞ、きのうは五個あったんだぞ、きょうはおれやるぞー!!」

「張り切るのはいいが欲の皮まで突っ張らかしてちゃ……」コモコモは卵取り放題は言ったが、詰め放題まで調子に乗ってはいなかったが。

「わしは囮というより撹乱だな、鳥に乗っかるのはあっちが座ったままでもいいからな」

「おう、それで頼むぞ」

「……」

「卵も頼むぞ」

 鳥目、夜目が効かないのを利用するのいいと思う。良いアイデア、ふたりより自分のほうがわかるそのつもりだったが、ゾリントンはなんだか自分だけノリが悪いように思って、居心地の悪さではないが、あるはずのない気後れのようなものを感じていた。それを振り払うように、

「オッケー!!」と、無理矢理言った。

 すでにけるベエは森を出て疾駆していた。

 すぐに、巣の巨鳥はその小さな姿を捉えたようだ。大胆に接近するけるベエをくちばしで狙う。連続で突く。さながらモグラ叩きだ。

 だが、けるベエも魔法を連発し、進路を変えてくちばしをかいくぐる。きょうは昨日のようには飛ばない。水平方向へ加速するだけだ。つまりターボだ。

 草履という東の戦士の国独特の靴は、いや、ぱっと見では靴だか鍋敷きだかわからないその履き物は、足の裏を地面から保護すること以外は何も考えてないような造りで、足はほとんどむき出しである。だから、足の指にコインを挟んでおけば、ルートスペルで発動させると、まるでブースターのような働きをする。そして、靴は破れない。

 けるベエは何度も水平方向に加速して、巨鳥の攻撃をかわす。かわしながら、巣の回りをちょこまかと、目障りに動き回るのだった。

 コモコモも行動を開始していた。肩から斜めに提げたずた袋を背中のほうに回していた。中に何でも入れられる魔法のずた袋は、外見は何も入ってないかのようで、いまはマントのようにひるがえっていた。

 コモコモは、コインをポロポロこぼしながら、けるベエよりもランダムな水平移動を繰り返している。こっちもまだジャンプはしない。その作戦を隠しているのだ。

 ゾリントンは、ひそかに森を出て、昨日と同じくバトルを迂回して行く。こっちは、ふたりの撹乱によって巣に近づく意図を隠されていたから、少し考えるひまがあった。

 どうなんだろう、魔法の呪文の語尾の棒の長音でルートスペルも唱えたことにもできそうだが。なにしろルートなんだから、個々の魔法の呪文に含まれていると言っていいんじゃないか。基礎魔法ってそういうことだろうし、コモコモも火の魔法だけで焚火に着火したことがあると言ってた。薪を組んだところに火が、それもレベル1くらいの火種が飛んだくらいでは燃え上がりはせず、手元に燃えやすいものを集めておいて着火するのが確実だとも言っていたが。

 コモコモは走りながらコインをまき散らしてるが、あれもどうなんだろう。まあ、買い物ポイント1を取りこぼすのは、一円玉が落ちていても拾わないのと変わんなくて、それでいいならいいんだろうけど、ばらまいてるコインの代わりを回収されなかった数字、MPのディジットでできないだろうか。数とは記号で、2、二、II、!!、なんでもいいわけだ。わずか数ポイントを無視するように一桁MPはかえりみられなくて、記号としては消えてもその辺に漂っているはずなのである。それを、コインを仕込むのと同じように、そこに在るものとして使えないだろうか。オフショアーをオフショアと言っておくと、後で出した呪文もフレアーでなくフレアなら、すぐには発動しなくなって、そこにルートスペルなら、あるいは棒だけで、さらに言えば気合いだけで連鎖を使える……なんてことにはならないだろうか。

 魔法のレベルが上がれば、あるいはそんなことを考えるまでもないのだろうか。道中でスライムなどの雑魚敵を封じる魔法は、効力が切れる前でもイシブミがあれば唱え直し、MPを恒常的に消費するアイテムを身に付けたりするものだ。わずかな消費、わずかな見返りが、手間として割に合わないなら、少々の無駄遣いも無視も同じこと。でも、効率と切り捨ては別のことだよなあ。コモコモにオンショアーを教えたという魔法の師匠なら知ってるのだろうか。

 ……こんな余計なことを考えるのは、やっぱり身が入ってないのか?

 コモコモを信じてない?

 いや、コモコモの作戦が有効なのが意外でまだ釈然としない。納得できないのとはまったく違う、作戦自体に疑問を持ってるわけじゃない。それよりも、作戦に参加してるのにまだグルグル考えてること自体。自分の気持ちの問題だ。

 良い作戦だが、自分が考え出したものじゃないからダメと……そんなせこくはない。

 プライドか? コモコモよりも自分のほうが考え出すにふさわしい……。いや、そこまで幼稚じゃない。そんなコモコモをサゲまでして、ネットのクソリプじゃないんだから。自分も作戦に参加してるんだから、ただの関係ない外野のヤジとは違う。

 そんなゾリントンの気持ちを知ってか知らずか、コモコモは大きく進路を変えて近づいてきて、「卵、卵」と笑いながら言い置いて、巣の後方へ回り込んで行った。

 ゾリントンは、漠然とした迷いを振り払うようにコモコモに大きく二回うなずいて、ここは自分も撹乱のフェーズだと巨鳥の正面のほうへ走り出した。

 けるベエが狙われて、またまたそれをかわし、離れていくのに入れ替わるようにアーマー鳥の正面にやってきたゾリントンは、コインをポイッと前方に投げた。それに釣られた巨鳥が突こうとしてやっぱりやめた。小さなコインは草の中に隠れてしまった。が、魔法はだいたいの位置で発動する。ゾリントンは「ドスーン」とちょっと違った唱え方をした。空中に足型がひとつ浮かび出た。土の魔法、だが、かなり節約して壁は足場にする足裏の大きさで出た。小学生の徒競走の片手を伸ばして前に出した構えと、スターティングブロックのあるスプリンターくらいの違いで、片足で踏んですばやく逆方向へダッシュ。そう言えば小学生は片手を前に伸ばしたまま走ったりする子もいるが、けるベエが常に右手を腰の刀に置いて走ってるのも、はたから見たら微笑ましく思えるのかもしれない。しかし、戦いの最中にそんなの気にしてる余裕はない。なるべく巨鳥の気を引いて囮になるのだから、固まった形のままで走るのは有効かもしれないが。

 また戻ってきたけるベエに、すれ違いざまに「コインあるか?」と短く訊く。親指を立てて返すけるベエ。その親指をちょいちょいと動かして見せた。人差し指だったら、その動きは掏摸で、何かの意図を伝えるものだったかもしれないが、オッケーという返事のちょっとした変形……これはドッスーンの壁を小さく使ったことを自分もやる、MP消費量の多い自分こそやるべき応用だという認識を知らせたのだろう。行き違ったその先で、コインを数枚投げて、足型を何個か出し、それらを次々に踏んでジグザグに方向を変えながら走り抜けた。でも、ドッスーンの壁一枚分で出せたはずだ。巨鳥はまごついて、頭を振り下ろさなかった。

 巣の後方に回り込んでいたコモコモが、こっちは壁を出してホップステップジャンプアンドジャンプを繰り出す。背中に回した魔法のずた袋が、ステップのたびに小さなマントのようにたなびいた。

 成功だ。巨鳥の背中、首の後ろの辺りに着地した。

 しかし、そこは巨鳥の死角などではなかった。巨鳥はすぐに長い首をひねって振り返り、くちばしを真っすぐ向けてコモコモを見据える。

 それを待っていた。ずた袋から、大きな布を取り出しながら、コモコモはさらにジャンプアンドジャンプ。まるで、マントが過剰なヒーロー。

 鉢巻きをさせるようにほっかむりを巨鳥の頭にかぶせると、布はくちばしのところで止まって、その端を持ったままコモコモは長い首の途中に宙ぶらりんになった。すぐに首に足をついて踏ん張って、ロープで降下するレンジャーさながらに足場とする。布の端を一周結んで、ぶら下がりながら結び目を引き締めて、手を離すと急すぎる滑り台のように巨鳥の首を降りて、背中に戻った。

「おおー」動きを止め、巣のそばで並んで見ていた二人は、思わず声を出した。

「身軽だな」「ホップステップジャンプで空中の感覚に慣れたんじゃねえの」「それにしてもうまくやったもんだ」「確かに、布をかけるのもうまかった。きゅって縛るのも立ち上がりながらでうまかったな」「テントの布だから厚手なのがよかったんだろうな」「そうか、だから変によれたりまくれあがったりしないでうまく行ったんだだな」「でも、厚手だと縛るの難しかっただろうな」「そこは勢いで何とかなったんじゃね」「手を振ってるな」「うん、自分でもびっくりするくらいうまく行ったんだろうな」「ガッツポーズしてるな」「ああ、うれしかったんだろうな」「まだ手振ってるな」

 ふたりの立ち話はだんだん途切れていった。巨鳥はおとなしくなっていて、まだコモコモはうれしそうに手を振っていたのだが。

 コモコモはさらに片手を前方に突き出す動きを何回かした。刺すマネ?

「あのジェスチャーは、おまえに伝えてるんじゃないか」

「え?」

「最後を物理攻撃なら、肉がとれるじゃん。アーマー鳥の肉ってことは、ドラゴンの肉だよ」

「そうか、でも……できるのかね」

 ほっかむりでおとなしくなって、そのまま止めを刺せるなら、肉は残そうと思いたくなる。食いしん坊でなくても誰でもそう思うだろう。だが、その獲物はおとなしくなってるのとは、どうも違う。うろたえていないだけような……。それで、背中のコモコモのほうにじっと頭を向けている。

「ほっかむりしたから暗くなって、鳥目だから動かなくなったんだよな」

「そういう習性を利用したいい作戦だった。だから、うまく行った……」

「そうだよな、それにしてはあの鳥、コモコモを見てない?」

「いや、目隠しされておとなしくなって、頭がその位置で止まったってことじゃないかな」

「それにしてもコモコモを見下ろして見つめてるみたいにちゃんとコモコモの顔をくちばしが差してないか」

「音かな? 何も見えないから音のするほうに反応するしかなくなってるとか」

「いや、手を振って、ジェスチャーしてたけど、喋ってないよコモコモ。そこはわかってるさ、静かにしてるよ、おとなしくなった鳥を刺激しないように」

「そうか、そう言えばそうだな。見てるなコモコモのほうを」

「見てるよな」

「見てるな。コモコモも見つめ返してないか」

「見てる見てる。見られてるかもと思い始めたのかな。たぶん卵のことも忘れてるな、ありゃ」

「見られてるとしたら、攻撃が来るだろうからな」

「そういう警戒してる感じじゃなく、空気はのんびりしてない?」

「うん、まあ、こうやってわしらも喋ってるくらいだからな」

 すると、スローモーションのように、アーマー鳥のくちばしが開いていった。

 まだ、ふたりは顔を見合わせただけだった。

 直近で見ているコモコモも黙って見ていた。

「ボエ~」という鳴き声と共に、その口からは火が出た。コモコモはびっくりして巨鳥の背中の上を滑るようにシッポのほうへ飛びのいた。

 地面のふたりもそれぞれ、あんぐりと口を開けた。

「あの声。火を吐くんなら納得の鳴き声だ」納得したように言うゾリントン。まぬけな声とはもう言ってられなかった。

「待てよ、火の魔法は三つ目族の属性だ。じゃあ三番目の目はどこだ?」

「ヒト族だとだいたいはおでこにあるから、トサカの辺りか?」ゾリントンもけるベエもサグサスを思い浮かべたが、トサカのような髪型以外似ても似つかなかった。

「あのアホ毛がまつ毛とか? 雌だから多くて、雄は三本だけ……」

「動物で派手になるのは雄なんだよ、雌を獲得するために目立つ、アピールする……」

「もう一羽、あっちは毛が三本だったけど、真っ白だった」

「色よりも数じゃね? まつ毛エクステみたいにふさふさってことはないのか?」

「たぶんない」

「なんか落ち着きすぎじゃね?」

「おまえがゆっくり構えて喋ってるからだろう」

「何をおっしゃいますやら。コモコモがまだ逃げないで背中にいるし、おれは卵担当だから出番はまだってだけで」

「いやいや、作戦担当でもあるし、魔法の応用もなかなかのものだったぞ」

「ドッスーンかい? あれはおまえがやった応用のそのまた応用なだけさ。それ見ておまえも早速やってたじゃん」

「そうじゃ。応用とはそういうものだ。見事だよ」

「ええー。そうかな。ところでどうかな、あの鳥が三つ目族だとしても鳥は鳥だろ。ほっかむりでおとなしくなったんだから、もう一枚、布をおっかぶせれば第三の目もふさがって、いよいよ静かになるんじゃね」

「なるほどのう。しかし、今の状態が本当に制圧する一歩手前なのか、わからんからの。とにかく卵を温めてるのが雌かというところからわかっとらん」

「オスメスにこだわるねえ」

「そういうわけではないが、まあ分析の初歩だからな」

「うん、巣を離れてまで追ってくるのは雄だろうな、まあ当たり前だけど」

「なぜコモコモと見つめ合ってるんだろうな。背に乗られるほど接近されることに慣れてないとしたら、もっと暴れそうだがな」

「見えてるなら振り落とそうとするなりするかもな。見つめ合ってるんじゃなくてやっぱり鳥目じゃね。さっき吐いた火も当たんなかったし」

「あれは威嚇射撃だろう。火も小さかった」

 確かに、まぬけな鳴き声には見合った少量の炎だったが、図体を考えると小さすぎる。あの喉で、でっかいカマキリを丸呑みしていた。

 すると急に、コモコモの表情が変わった。恐怖と驚きで、彼の小さな目がまん丸になった。

 巣の前にいて、巨鳥の背中にいるコモコモの姿は見えている。炎を吐かれたあと、さすがに後ろに下がったからコモコモの顔以外は巨鳥の身体の陰になっていたが、位置関係は変わらない。当然、コモコモのほうへ長い首をひねっている鳥の顔は見えなかったが、見つめ合ってる感じはわかった。

 しかし、縦にクワッとひたいが割れて、アーマー鳥の第三の目が開くのを見たコモコモの驚きまではわからない。

 横のものが縦になっただけでこんなに怖いのか。コモコモは逃げ場を探した。おかしなことに、巨鳥は羽根を広げて茶色の胴体を隠すような体勢になっていて、かえってコモコモに逃げ回る余地を与えていた。メタリックな羽根は丈夫そうで、走り回っても大丈夫そうだった。

 三つ目の目をふさぐ考えは、コモコモには浮かばなかった。おでこが裂けたように縦に走る隙間からのぞく金属のように鈍く光る眼は、怖すぎた。

 着実に見据えたあと、アーマー鳥は猛烈な火を吐いた。今度は炎の奔流が自らの背中に怒とうのように流れ落ちた。炎のうずは広げた羽根の上を這うように広がり、コモコモに迫った。火の魔法は水系は無論だが、鎧系にも相性が悪い。よほどの高レベル高温でないと、金属は溶けはしないし、ダメージを受けない。アーマーの名のごとく、広げた羽根の下の卵には火の影響が及ばないようになっていた。

 ジャンプアンドジャンプ。それでコモコモは空中に居続けようとしたが、もろくも崩れ去る足場に飛び跳ね続けて、トタン猫の末路にしてもひどい有様だった。コインを連続的に一列に投げ、巣の外へ向けて点々と足場の位置を伸ばして、それを伝って逃れようとした。

「卵担当どころじゃないぜ」

 巣の外にいるゾリントンも手持ちのコインを放り投げ「ドッスーン」を唱え、コモコモのために足場を増やしてやる。

 けるベエは刀に手をかけ、巣に向かおうとした。が、

「そっちじゃない、振り返れ、森だ」と、ゾリントンに言われると、足を止め、半信半疑ながら従った。

 小さな森がそこで終わる木々の間に、大きな蛇が頭をもたげていた。きのうのやつだ。しかし、何かに気を取られている。大きな頭を揺らし、何度か前方へジャブのように繰り出している。しかし、その攻撃の先は木の陰になって見えない。

「何やってんだ?」

「オフショアーで、コインを仕掛けておいた。蛇は動くものに反応するから、小っちゃい竜巻に浮いてるコイン気を取られて引っかかるんだ。また出くわしちゃ大変だからな。どうせなら、こっち側に引き付けといたほうがいいと思って」

「ふうん、あの図体で小っちゃいコインになあ、なるほど。うん、それで?」

「おまえは火の魔法は出せるか?」

「ああ、知ってる。でもレベル低いよ、小っちゃいぼんぼりみたいな火の玉しか出ない」

「ボン……? いや出るんならいいんだよ、熱だ。蛇は熱を感知するピット器官てのを持ってて熱にも反応する、火に向かって襲ってくる」

「ふむ、今度はおびき寄せるのか、巣まで、鳥のところまでか」

「そうだ。割り勘で全部出し尽くすまで連発でいいぜ」

「しかし、コモコモが……」

「小っちゃい足型の分しか出してないし、応用で節約できてる、コモコモは逃げることに専念してるから行けるよ、MP涸れるまでやってこい」

「されど……」

「もし蛇に追いつかれたら対処できるのはおまえだけだ、おれじゃ無理だよ、頼むぞ」

「よっしゃ」それは呪文ではなかった。

 すばやく反転し、けるベエは森へと走った。森の端っこまでたどりつく前にもう一発目の呪文を唱えていた。

「ボヤ!!」

 それが、けるベエが覚えている初級の火の魔法だった。

 小さな火の玉が、けるベエの口から飛び出た。赤い、遅い。そして、小さい。子供のこぶし大の火の玉が、ゆらゆらと、しかし、真っすぐ森のほうへただようように飛んでいる。けるベエは走るのをやめ、息を整え、そして大きく息を吸った。

「ボヤ!!」連発する。道筋を作っておびき出すように、火の玉を並べるためだ。

 小さな火の玉はゆっくりと、だが消えることなく森まで達した。動くもの、熱を発するものに大蛇はすぐに反応した。森から這い出て、自分の目の高さに飛んできた火の玉に咬みついていった。バフッという音がしただけで、口の中の火はすぐに消えたようだ。残念ながらダメージもないようで、蛇はチロチロと舌を出した。味わってるのでも舌なめずりでもなく、それも目標を感知する行為だった。次の火の玉がもう目と鼻の先にただよっていた。

 またも咬みつく大蛇。その動きでは頭を戻すと前には出ない、テイクバックしただけになるが、次の火の玉がくるのもゆっくりなので、その間ににょろにょろと少し前に進んだ。

 けるベエは4発目からは、逆に巣のほうへと戻りながら、火の魔法を撃っていた。

 点々と、ゆらゆらと、宙空に、アーマー鳥の巣を目指して続く火の玉が並んで、さながら飛び石連休、いや休んでる場合じゃない、その延長上にもう一体の巨大なモンスターを指し示していた。哀しいかな初級は単発で、しかし偽のドラゴンのほうは火炎放射器のようにほとばしる炎を伸ばしているから、かえって方向転換はすぐだろうけど。

 戻ってきたけるベエは、MPを切らし、息も切らしていた。脇によけるように、ゾリントンはその身体を引っ張った。モンスター二体の動線から外れてなければ危ない。

 肩で息をしているけるベエは、膝に手をついてかがんだまま、

「蛇は?」と訊いた。

「来てる来てる」ゾリントンはぽんぽんとけるベエの背中を叩く。半身を起こしたけるベエは巣のほう、コモコモの様子を見ようとした。まだ、コモコモは空中にいた。前座の小さな綱渡りの軽業師のように、あっちに一歩行ってはこっちに一歩飛ぶ。それを繰り返してる。まだ何かやるつもりか?

「来た来た。もっと下がろう、けるベエ」ゾリントンは袖を引っ張って、巣を回り込むようにサイドへと移動した。

 ついに、巣の真ん前まで来た大蛇は、ついさっきまで狙ってたものがなくなっても森には戻ろうとせず、横っちょで様子をうかがう子供ふたりにも目もくれなかった。

 たまに火を吹きかけるだけで、コモコモに付き合うのにも飽きていたような、立ち上がらないと届かない標的を巣の中から忸怩たる思いで見ていたような、つまりイライラしていたアーマー鳥が、巣に近づくデッカイ存在を見逃すはずがなかった。

 ゾリントンの思いもかけないことに、巨鳥はすぐに立ち上がって、巣から出た。

「出たな」けるベエにとっても意外だったらしい。

「すぐ出たな」

「コモコモは……」

「あいつ、楽しくなっちゃってるんじゃないか……」

 コモコモは相変わらず、空中の軽業を続けていた。小さく聞こえる「バッスーン」にも心なしか楽しそうな響きがあった。

「ツバサ族のばったもんにでもなったつもりかよ」ゾリントンも言ってみたが、自分で足場を出しながらだから、スーパーマリオでブロック一個の連続をうまく踏んで雲の上まで行けたときより達成感はあるだろう。楽しいのも無理はないとも思う。

 一方、巨鳥と大蛇の戦いは始まっていた。

 アーマー鳥は大きな長い足で地面の蛇を踏み付ける。ストンピング攻撃。小さく飛びながら、踏み付けないほうの足でマットを強く踏んで大きな音を出すのではなく、片足だけを振り上げては勢いよく落とす、連続攻撃だ。蛇は、よけきれずに体を起こす。威嚇のための姿勢ではなく、ただよけるためだ。そこをすかさず巨鳥がくちばしで刺しに行く。コモコモがうまいことやった目隠しはもう取れている。蛇の頭部には、早くも裂傷がいくつも付いていた。

「うわ、怒ってるな」あらためて敵の力量を思い知ったようにけるベエがつぶやいた。

「あの蛇、きのう腹ふくれてたのはやはり卵を喰ってたんじゃな。昨日の今日ならそりゃ怒るぞ」

 二日連続なのは同じのこいつらが言ってるのを聞いたら、アーマー鳥はまたまた怒るだろう。

「今なら卵を取れるのではないか」

「うん、でもコモコモは卵のことも忘れてる感じだな」

「わしらで取ってくるか、一個ずつでも」

 急に「ボエ~」という大きな声がした。巨鳥が火を吐いたのは熱風でわかった。戦いの場からは外れたふたりのところにまで影響が及んだのは、それほど強力な火炎だったのではなく、方向違いに吐かれたせいだった。巣のほうへ向かう蛇の頭を狙っていた巨鳥が、背後から攻撃を受けていた。蛇の長いシッポによる打撃だった。

「サソリかな」

「いや、どう見ても蛇だよ、毒を持ってるなら牙だろ。でも、あんだけデカけりゃ毒までいらないか。怪獣みたいな戦い方だな」ゾリントンは分析にいそがしい。

 大蛇は抜け目なく、巣を這い上がってまた卵を狙ってるようだ。

「鳥の攻撃はあんまり効いてないのか、巣に登ってってるな」

「蛇は骨はあるから全部クッションになって打撃が効かないわけじゃないけど、丸いからな、当たりどころが悪いっていうか良いっていうか……またアーマー鳥の足がデカ過ぎて、なおさらあんなデカい蛇でも的としては小さい、細いってことになるんだろう」

「ふうむ。鉛筆を縦に踏んだら危ないけど、床に転がってるのを踏んでもなんともないみたいな?」

「全然わかんない例えだな、別に蛇の頭は尖ってないし」

「うん、間違った例えだったな。紐を踏んでもなんともない、紐に噛みつかれない限りって言ったほうがよかったか」

「それもわけわかんないけどな、紐が噛みつくって……」

「そうだな、例えはやめるよ。とにかくあの蛇は昨日もああやって卵盗ったんだろうな」

「そうかもな」

 そんな会話をよそに、巣をよじ登る蛇の頭に、アーマー鳥は炎を吐きかけた。火の勢いは巣の木材の隙間から上から、巣の内部まで侵入していった。

「うわー」

 おどろいたのはコモコモだった。それで、すぐに例の軽業で巣の上空から、炎の逆方向へ真っすぐに逃げ出した。転がり落ちるように地面に飛んで、最後にオフショアーを唱え、軟着陸した。オフショアーはきのうのうちにゾリントンから習っていたのである。

 巣の中を炎がなめ尽くしたあと、まだ卵はそこにあったが、巨鳥はさらに激怒したようだった。誰のせいかなんて関係ないのだろう、三つの目が釣り上がってアディダスのマークみたいになっている。走り込んで前蹴りを繰り出し、大蛇を巣から引っぺがした。大蛇の胴が地面にはね、横倒しになった。緑色の胴体の腹側は白かった。

 もんどりうって倒れた蛇の長い胴体は、シッポまであらぬ方向に振り飛ばされて、巣を取り巻くように地面に横たわった。その風圧と砂ぼこりを浴びて、もっと遠くへとけるベエとゾリントンは逃げなければならなかった。ついでにコモコモと合流しようと巣の裏側へ向かった。さっきの火炎で、巣に使われてる木のあちこちの枝や葉が燃えていた。巣の真裏でもくすぶっているところがあったが、全体にまで燃え広がる様子はなかった。

 巣に入れそうだが……ちらっと卵担当のゾリントンは考えた。

 地面に座り込んでいたコモコモとも合流した。

「火を吹くなんて聞いてないぞ」

「まあ、ドラゴンだし」

「そう言われりゃそうだぞ」

「火が出てすぐに逃げれば別に逃げられただろうに」

「せっかくおれが飛んだのに、あいつは飛んでこなかったぞ」あれもおびき寄せる作戦だったとか? しかし、

「飛んで来たらどうするつもりだったんじゃ」

「わかんないけど、なんかくやしいぞ」

「うん、よくわかんないな」

「蛇はどうするんだ?」ゾリントンはまだ考えている。

「蛇は遠慮したいぞ」

「蛇は食べないのか?」

「喰ったことはないぞ、食べるところ少なそうだぞ」

 ゾリントンが「火は当たんなかったのかよ」とあらためて訊くと、コモコモは、

「最初は弱火だったからよけられたぞ」と言った。

「この火で、卵はどうなんだろう」ゾリントンが肝心なことを訊いた。

「たぶん、なんともないぞ。葉っぱぐらいしか燃えてないし、あぶられ続けてもないし……でも、芋虫は焼けてたぞ」

「え?そっち? また、焼き芋虫?」

「焼けすぎだぞ。あれじゃ固くなって不味いぞ」

 まあ、それはいいか、と思ったゾリントンは、

「じゃあ、どうする?」

「卵は五個もあるぞ、いまなら簡単に持ち出せるぞ」

 やっぱりそっちも気になってたか。

「おれが三個持つぞ。おまえら一個ずつでいいぞ」

「おまえの袋には五個でも六個でも入るだろう」

「六個あったら六個いただくけど、まずは五個だぞ。袋の中じゃどうなるかわからないから手で運ぶぞ」

 やたら現実的なコモコモだった。しかし、けるベエが、

「いや、全部持ってくのはさすがにダメじゃ」と戒めた。「資源を大切に、じゃ。子孫を残させないと絶滅してしまう」

「食欲も大切にしてほしいぞ。子供の成長のためだぞ」

「ドラゴンのような稀少種でもないだろうし」ゾリントンもコモコモに加勢するのだった。

「一つの命に一つの個性だぞ。それぞれがかけがえのない個人だぞ」

「おまえは一個でいいって昨日言ってたぞ」けるベエが決然と言った。

「そんなこと言ったっけ?」

「へたくそ」

「巣の前で揉めるなよ。またとばっちり来るぞ。早く決めろ」ゾリントンがうながした。

「よし、逃げよう、卵は一個」と、けるベエが言い渡した。

「ええー」

「蛇が喰う分も残して、つがいのもう一羽の毛が三本が来る可能性も考えて、ここは逃げるにしかずじゃ。一個なら取ってくるひまもある、ていうか、わしらが揉めてるうちにもう卵担当は仕事してるな」

「さすがに目ざといな。その通りだ」

「どっちがじゃ、抜け目のない奴め。よし、それでいいなコモコモ」

 一瞬、あっけにとられ、それでもゾリントンがすでに卵を持ち出してると知ると、コモコモは笑顔になった。が、硬い表情になって少し考えて、そこから脱するためかのように頭を振ると、さらに「うーん」とうなった。

「せっかくゾリントンが頑張ったんだし、これでよしとしよう」

「おれは別にいいけど、早くしようぜ」

 言われてコモコモは「芋虫は持って帰るぞ。そんでおまえらに喰わせる」

 張り合ってるのか、当てこすりか、悔しまぎれなのか、やっぱりごちそうには違いないのか、そのどれでもあってどれでもないようにゾリントンには聞こえた。

「いいよ、それで」と返事したときには、コモコモは巣へと駆け出していた。選びもせずにその辺の芋虫を手にして戻ってきた。

「すげえな」ゾリントンから見ても選んだ全部の芋虫が半焼けの良さそうな色で、コモコモはもうずた袋に仕舞ってしまった。

「アーマー鳥対巨大蛇もちょっと見たいが……」けるベエが言うのはスルーして、

「よし、行くぞ」コモコモは言った。

「結局芋虫か」聞こえない程度の声で言ったのはゾリントンだった。

 また「ボエ~」という鳴き声が聞こえた。三人は振り返りもせず、巣の裏から小さな森とは反対の方向へ足を速めた。


 卵1個、そして芋虫の収穫に不満なのか、

「やっぱり焼き過ぎだぞ、アーマー鳥の野郎」と、調理の段階であらためてコモコモは鼻を鳴らした。

「火加減を求めるなよ」キャンプのそばの川で米を研いできたけるベエがたしなめた。

 ゾリントンはというと、ちょっと焼け焦げのできたシートでテントを張り直していた。

「もう炊くのか? もっと洗わないでいいのか?」鍋を火にかけようとするけるベエに待ったをかけるコモコモ。

「いいんだよ、最近の米はきれいに精米されてる。ぬかも取り除かれてる。ちゃちゃッと洗って問題はこれからだよ。鍋で炊くとおこげができていいんだが、きょうは玉子ご飯だからかえって邪魔だからな。それを焚火でやるんだからな」

 自分に言い聞かせるように長く喋ってるのがめずらしい。コモコモも心配になるくらいに。

「だいたいでやり過ぎなんだぞ。さっきも米をコップで計ってなかったぞ。あれじゃ水加減がわからないぞ」

「そんなの米に手のひらをつけてだな、そんで手首までがちょうどだよ。いちいち計ってらんないだろ」

「そんなんでわかるのか?」

「ごはんの炊き上がりは水だけで決まらないだろ。昨日と今日でも気温が違う。だから水温も違ってまず水が沸騰する時間が違う。気温が違えば気圧も違う。それも沸騰に関係するし、米が水分を吸収する率も変わってくる。炊いて蒸らしてる時間も、寒いなら短くなる。だいたいじゃなくて臨機応変なんだよ」

「ゾリントンより細かいぞ」

「メモやデータでなく、勘じゃな。でも、長く言い伝えられた目分量みたいなもんじゃ」

 納得するのが悔しいコモコモは、ご飯が炊けたあとの準備もする。

「いやいや、玉子ご飯は薄口しょうゆじゃ。濃口じゃ茶色になって不味そうだろ」

「え? しょうゆと言えば、まずこれじゃないのか?」

「一番売れてるとか全国ブランドとか関係ないよ。料理によるよ」けるベエは説得力のある落ち着いた声で諭す。

「でも、濃口しょうゆでもうまいぞ、玉子ご飯はそうやって食べてたぞ」

「もったいないな。おまえ人生の半分損してるな。いや、納豆を入れるのも定番だから四分の三は損してるな」

「なに~。悔しいぞ」

「しょうがないよ。でも、和風スパゲティは濃口しょうゆでないと味は決まらないから。そっちはうまいのに当たってるはずだよ」

「和風って言っちゃうのか……。ずっと東の戦士の国で通してたんだぞ」

「大事なことだからな。和風スパゲティのときは、薄口しょうゆじゃ香りが足りない。最後にオリーブオイルを回しかけるからしょうがない。このオリーブオイルのせいで和風にならないとか、かけると和風がちょっと薄まるとか、そういう問題じゃないから。オイルがないとパスタがぱさつくし、上に海苔なんてあったらもっとパサパサになるから」

「こだわりがあるんだぞ」

「いや、普通だよ。うどんは薄口でないととか、関東のつゆは墨汁みたいとかいう育ちや好みとは違うけど、どっちもうどんだよ。おいしいうどんの範疇だ。でも、和風スパゲティとなると、元から無いメニューで、単品として出来上がったものだ。そうなると出自や由来より、出来栄えを第一に考えないとな」

「……じゃあ、納豆スパゲティはどうなるんだぞ?」

「ん?」

「納豆は薄口しょうゆでないと人生損してるといったぞ。でも、納豆スパゲティもよくあるぞ。それは和風スパゲティで濃口しょうゆなんだろ」

「……それは、納豆の匂いは強いから……いや、そうなるとご飯に乗せるときも……オリーブオイルが……ええと、しょうゆと混ざるといい香りで、納豆も相性悪いわけではないし……」

「ちなみに納豆もあるぞ、袋の中に。港街にはいろんなもの入ってくるぞ」

「……イカもある?」

「……袋の中はだいたい冷えてるけど、生ものはさすがにそのまま入れないぞ」

「小さいイカをね、輪切りにするんだよ。それをね、卵と一緒に混ぜてご飯に乗せるんだよ。玉子ご飯は、卵の初級でかつ最上級の食べ方だが、イカを混ぜた玉子ご飯は一部の地域の子供のごちそうで、納豆と卵は納豆とネギに並ぶ二大食べ方のひとつだから、それにイカまで加わるとなるとごちそうにならないわけがないだろ」

「イカはゴムみたいでうまくないぞ」

「でっかいやつだろ、輸入品の。あるいはテンタクルスか、この辺の、知らんけど。小さいやつはやわらかいし、細く輪切りにしてるからズルズルって食べられてコリコリってときどきなって」

「ちょっとわかるぞ」

「わかってくれるか」

「何を二人でうんうんうなずき合ってんだよ、気持ち悪いな」ゾリントンが戻ってきた。

「食事前に気持ち悪いは言い過ぎだぞ」コモコモに注意されたことが意外で、

「そりゃ確かに場違いだな、悪かった。それでメシは?」

「お待ちかねの玉子ご飯じゃ。納豆もあるそうだぞ」

「ナットウて何?」

「ふふふふふ」ふたりは低く笑った。

「なんだよ……」キモイという言葉を飲み込むゾリントン。とにかく三人は席についた。

 きのうのスープもあったし、焼かれすぎた芋虫も並んでいた。が、ゾリントンはさっそく玉子ご飯を試してみることにした。

「うまいな、うますぎるだろ。米ってこんなに粒粒だったんだな」ゾリントンはドンブリにスプーンを突っ込んではかき込んでいる。その半固体状の黄色い、くだんの薄口しょうゆで黄身の色は鮮やかなままで塩味の効いたトロッとした中身は、白身によってやっとまとまるくらいでスプーンに山盛りにならないので、つまりは次々と口に運ぶのがついつい急いでかき込んでるみたいになってしまう。

「変な食リポだぞ」ゾリントンは実際むさぼり喰ってるのだが、玉子ご飯だからそうは見えない。これはしょうゆは関係ない。

「納豆を乗せたらまたちがってうまいぞ」

「また言ってる。そんなにおすすめなの?」

「エへへへ」またコモコモとけるベエがふたりで笑っている。

「あーあ、これで芋虫じゃなくてドラゴンの肉があればなあ」肉が欲しいのはいつも子供と若者で、元気な証拠であった。

「もうドラゴンはたくさんってならないのか?」けるベエも肉が欲しくないわけではなかったのだが、きょうも結局は戦い抜くことはできなかっただけにそんな言い方になっていた。

「うーん、じゃあ、さっきから言ってるそのナットウって……」

「きょうはやめとこう、癖がある食べ物だから。けっこう好き嫌いあるから。きょうは玉子ご飯で」けるベエはそこは冷静だった。

「ふうん、別にいいけど、これ滅茶苦茶うまいし」

と、自らおかわりに立つゾリントンを満足げに眺めるふたりも、やっと箸をつけた。そして、かき込み始めた。

 ひとしきり卵祭りは続いた。それほど一個がデカい卵だった。酒もきょうは無し。口の中を洗うようにごくごく飲むのは冷たいお茶だった。

 焼かれすぎた芋虫は、表面は硬くなっていたが中身は半生よりも火が通って、全体的には焼き過ぎでもその焼き加減を好む人もいるだろう。ゾリントンはやっぱりそうではなかったが。

 それでも、子供たちには苦労して手に入れた甲斐のあるシンプルなごちそうだった。

 そして、風呂。やがて焚火に集まって、あしたの話。次は、けるベエの父の行方だ。王国の兵士たちが長年攻略しているダンジョン。その噂にまつわる危険も恐怖も、この元気な子供たちには楽しみでしかなかった。楽しみな三日目、その話をする前にコモコモはうつらうつらしていた。

「ここで寝るのか、コモコモ?」

「あったかいぞ~。でもテントで寝るぞ~」

「もう半分寝てるけどな」と、お茶をすすりながら、茶碗に向かって言うゾリントン。木のコップだったが。

「きょうはやるぞって言って、一番動いてたからな、あさっての方向だったけどな」

「フフ、でも、ドッスーンの足場でずっと上に上がっていくのは、ちょっとやりたくなったけどな」

「ふむ、おもしろい応用だった」

「おれは急に火を吹かれたんだぞ、それなのにおまえら落ち着きすぎだったぞ」コモコモは寝言みたいに不平を言った。

「火が出てくるのがスローモーションみたいだったからな。つい眺めてしまった」

「うん、あの変な声が、変だなあって思ってたけど、火を吹くんならピッタリでな、なんか納得したんだよな」

「そうそう、やっぱりドラゴンだったって感じで、ちょっとうれしかったしな」

「それな」

 遠くからはスローモーションに見えても、目の前でドバーッと出たぞ……と言ったつもりで思っただけで、コモコモは眠りに落ちていた。

「なあ、ナットウって何か気になるんだけど……」

「うーん、その前に和風スパゲティを行ってみてくれ。あしたか、また今度作るから」

 料理と地図が苦手なけるベエがこれほど言い続けるからには、何かこだわりがあるのだろう。

 それでゾリントンは、コモコモの代わりというわけではないが、きょうの話をすることにした。

「卵は手に入ったから目的達成だけど。おまえはこんなことやってていいの?」

「いいさ、旅のついでじゃ。おぬしらには助けられておる」お茶を飲んだジジイのような溜息のついでに言うけるベエ。

「きょうも死ぬかと思ったぜ」ゾリントンはそうのんきにはなれなかった。

「きょうは危なかったな。アーマー鳥が火を吹くのは想定外だった。かっこよかったけど」

「そんなこと思う余裕があったんだ……」

「まあ、見てただけだったし……」

 ゾリントンはお茶をすすり、

「蛇まで出てきたしな、また」

「おまえのおかげでうまくモンスター同士の対決に持って行けたよ。大したもんだ」

「いや、あんなのただ細心ってだけさ」

「いやいや、それだけでは片付けられないぞ」

 こちらもお茶に向かって何度も首を振るけるベエであった。

「指示はしたけど、実戦はおまえだし」

「用意は周到、下調べもばっちり、計画は妥当」けるベエが言うとラップではなく標語に聞こえた。

「応えられるのもすげえよ、やっぱ蛇、怖いだろ、デカいし、キモいし」

「この話し合いは共同戦線にはならんな」笑いながらけるベエは言った。

「モンスターと直接やり合うほうがいいのか、実行犯だから。そういうのを避けるのこそ、うまいやり方なんだが」

「犯罪に例えなくていいよ、それじゃ……」ゾリントンは寸前でスリの話題を出すのはやめて、例の皮のカバーのメモ帳を取り出してページを繰り始めた。「でも強くなりたいよ、おれも男だからな」

「もう強いぞ。十分強いぞ。おれも強いんだぞ」コモコモの寝言だった。

 けるベエとは違うが、こいつも確かに強い……と、ゾリントンは思ったのだが、

「そうか? コモコモはだらしないだけだと思うけど」

「誰がだらしないだけだ、おまえらなんか魔法が訛ってるじゃないか」起きてるんじゃないかと思ったが起き上がりはしないし、口調もちょっと違うので、これも寝言で、コモコモは心のどこかでそう思ってたんだろうと推測されたが、そうなるとゾリントンとしては否定された気はしないのだった。

「あれはだって、命を粗末にしないことと矛盾はしないが、扱いが粗雑なのはまちがいない。戦士は命を削ることに躊躇しないが、ああいうのとは違う。おもしろいけどな」

 ほめてる感じで言ってるからか、今度はコモコモはすやすやと眠ったままだった。あるいは、空中でのバッスーンやドッスーンは、自分でも楽しかったから何を言われてもいいのかも。

「こういう人もいるし、参謀役や軍師はそういう人では困る」澄ました顔で言うけるベエ。

「この島に来てみたかったのは、アニキが銭がなくなると渡ってるみたいだったからなんだけど……」

 けるベエは、目の前のゾリントンと同じようにひょろっと痩せた、背の高い姿を思い浮かべた。でも、風呂上がりのように髪がペタンとなってジャンバーもなし、Tシャツ短パンの少年とは、薄くしか関連を見出せない。

「おもしろい人だよな、よく喋る」

「アニキは詩を書く、でも、おれに勧めたのはメモなんだよ」

「うん? それもまあ適材適所というか……」

「おれ、メモ書くの嫌いなんだよ」

 けるベエには意外だった。

「されど……きょうのアーマー鳥に蛇まで出てきた状況で、なんとか卵を奪取できる結果になったのはメモのおかげというか、メモに書きためた知識によって対処できたからだろう。役に立ってるよ。十分だ、力になったよ」

「うん、でも準備してあらかじめ知っててそれで何かをやるより、もっとその場でさ、パッと反応してやりたい。おまえの魔法の応用とか、ちゃんと蛇をおびき出すのとか、コモコモが魔法で遊んでるのとか」

「いや、何を言いたいのかよくわからんのだが。特にコモコモの話の辺り」

「アニキは詩を書くんだよ。詩ってのはこんなメモに書いてあるものを並べ直すことじゃないんだ。生まれるものなんだよ、そのときそのときに。戦いの場でも、敵に応じて次の一手を考えたいよ、おれも」

「……いや、戦闘とは訓練であり、ただの反復練習なんだが……。そうでないと出ない。練習してないものは実戦でも出ないが」

 伝説の東の戦士の国の者から、今まさにその伝説の正体を聞いてしまった表情にゾリントンはなっていた。

「勘というものはある。でもそれだって例えば耳で聞いてこうするもんだと知ってやることだ。何もわからずにできることなんてないよ。さっき、わしは勘でごはんを炊いた。コモコモは小さなカップで米を計量して、水も同じカップで計ってやってたらしいが……」それは聞いただけでちょっと笑える話だった。

「コモコモは勘でずた袋から物を取り出してるらしい。わしもやってみたが、自分の荷物が出てこない。あの袋は、スープも入れられる、温度が低くて貯蔵に適してる、生ものはダメだけど保存食なら入れられる。中が冷えてるのは手を入れれば分かるが、つかんだものが何かわからない、出てくるまで。そして自分のものなのに出てこない。何回かやってみたがやっぱりわからない。だから、刀は外に出してある」けるベエは傍らの刀に目を落とした。「たぶん、わしは米の焚き方も米についてもコモコモよりくわしい。でも、出せない。おまえも何か預けてるだろ」

「いや、おれは荷物なんてないし……」

「おまえもやってみろよ。何か、おれの荷物でもお茶でも袋から出してみ。たぶん何回も芋虫が出てくると思うよ」

「……。」自分の頭に浮かんでるのが、芋虫ってことか。芋虫が生まれる……。冗談じゃない。

「おまえは詩は書かないって自分で言ってたけどな……」

「詩を書きたいわけじゃないよ。詩というものがメモ帳からは出てこないってだけで……」うん、どんな袋からも出てこないだろう。

「サグサスのアニキか。憧れるのはいいけど、あの人、ちょっといい加減なところもあるんじゃないかな」

「まねしていいところだけまねしてる。むしろ、それ以外は否定してるっていうか。別にアニキには借金する理由なんかないと思うんだ。孤児だから何不自由ないってわけでもないが、だからこそ人におごったりして金離れが良すぎるとこはあるけど、欲とかそういうのとは無縁な人だしな。それと急にいなくなるのもやめてほしいんだよ」今度は、けるベエにとって意外な返事だった。まねしてるのは外見だけ?

「なるほど、いや意外だ」

「アニキはけっこう子供なんだよ。世をすねてるというか……」

「ふむ、アニキは死ぬなんて考えない、死ぬのは怖くないって言いそうって、そういう意味でか……」

「いや、そこはどうだろう。考えないというより避け続けてるのかな。借金から逃げて島に来て、でも島でバトルしたって話も聞いたことないよ」その二つのことを当然と思ってるこいつとは、違ってそうだ。

「わしには詩はわからん。じゃが、学校でやらされる、自由に詩を書きなさいというのがきらいだった。純粋な子供の目から見たら、大人の見えなくなったものを見つけられる、忘れかけてたものを見つけてくれるみたいな、子供を尊重してるようで上から目線が透けて見える態度がいやだった。そんなもん、おいそれを見つかるわけないんだから。見つけたとしてもだいたいボキャブラリーは少ないし、ちゃんと表現できるわけがない。しかも、汚れた大人が見失ってしまった、でも言われればわかることを挙げなきゃいけないんだろ。本当に子供にしかわからないことを言われても、大人のほうが言語化できなかったんじゃなくて、子供だから通じないで片付けられるのわかりきってる。だから、そんな授業で書かれる詩は、大人のマニュアルに沿ったあるあるみたいなのばっかりで、副読本に何年も前からずっと載ってるのと同じようなものにしかならないんだよ。そんなことやらされてりゃ詩というもの自体がきらいになるよ」

 学校にはあまり行ってなかったゾリントンでも共感はできた。

「詩はあるあるじゃないし、むしろないことを言う、外国語みたいな無い言葉をあてはめて言うんじゃなくて、そのガイジンだって言われると確かに自分も同じように思うと感じさせるようなことだから。本当の詩は、その場で感じたことを言い表すことだから、子供ならではが前提というか、個人そのものなんだよ。通じないっていう大人は方言が恥ずかしくてやめたんで、もっとぴったりする表現があるから共通語や新しいワードを使うようになった人じゃないよ」

「いや、わからん。わしはいいよ、もう」

「玉子ご飯をTKGとか呼ぶのは、その子供は知ってて大人は忘れかけてたものって感じでわざとらしいな」

「それはわかる。そんなのだいたいニワトリのブロイラーの玉子ご飯だろ。ドラゴンやコブラと戦って獲ったもんじゃないんだぜ」

「……コブラとはだいぶ形がちがったけどな」

「あれ、あの蛇はコブラじゃないの? 2メートルより大きくなるとキングコブラって言うんだろ」

「どっから仕入れた情報だよ。形がちがう。コブラはひれを付けたみたいにちょっと広がってるんだよ、首が」

「首ってどこ?」

「口の下らへん」

「口の下ってどのへんだ?」

「むずかしいな」

「ひれって背びれみたいになってるのか?」

「いや、ちがうな」ゾリントンはメモ帳に絵を描いて説明した。

「それで胴体は金色なのか。コモコモが喜びそうだな」

「そうだな」

 そこからは、まだけるベエはドラゴンと戦いたくて、ドラゴンではない、いや十分ドラゴンだという不毛な議論と、いよいよけるベエの父親を探す話になったのだが、

「どうせ会えるって気がしてるんだ」

と、人間どうせ死ぬんだから、みたいな軽い調子で言うのだった。

「そんなんじゃお父さんは会えてもがっかりするんじゃないか」

「たぶん父は来るのが早いというだろうな。戦っていたいのだ。そして、子供は邪魔なのだ」

「へえ~。戦士の国だな」子供を守るのが邪魔くさい、戦いに専念したいということだろうか。好戦的というと、サムライのイメージからは離れてしまうが、中らずと雖も遠からずか。でも、アニキが書くような戦いの詩の内容ともちょっと違うような。

「でも、ダンジョンも見たいだろ」

「それはそうじゃ。わしのところでは掘り尽くされてもうほとんどないからの」

「それもすごい話だな」

 何年も王国の兵士たちが攻略し続けているダンジョン。ゾリントンもおっかなびっくりながら、こいつらと行くのは楽しみだと思うのだった。

 コモコモがいびきをかき始めたので、ふたりは火の始末をしてテントに向かった。




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