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第二章 港街の少年

  第二章……港街の少年


     A

     AB

ABR

ABRA

ABRAK

ABRAKA

ABRAKAD

ABRAKADA

ABRAKADAB

ABRAKADABR

ABRAKADABRA


 街への人の出入りはイシブミに記録されているというが、それを知る手段は市民にはない。火急のときはその場で申請ができて、例えばさっきの泥棒のような場合など素性がすぐに表示されることもあるが、それも別人のものかもしれない。魔法に相性があるように、コロンブスコインに脱獄があるように、蛇の道は蛇だった。

 ゾリントンの調べものにゆずって、イシブミの裏面に回ってみたけるベエはその呪文を見つけた。

「うちの田舎じゃ地名や番地の数字しか彫ってないよ、こんな変なの初めて見た。何の呪いだろう、ゾンビならうちのほうも出るし……」イシブミ自体の形は変わらない。大きな岩がなかば埋まって地面から三角に生えているように立っている。そのてっぺんは二又に山になっており、子供の背丈ほどの高さ。片面が垂直に斬り落とされたように滑らかな平面になっていて、その上で操作する人の求めに応じて文字や映像が浮かび、動作する。

「そうなのか。あれが結界だよ、僧侶魔法の何かだよ。でも、田舎でもないと困るんじゃないか、今だってウイルスの病気が流行ってるし、毎年のように病原菌は変異して流行るし」

「いや、わしの在所は流行り病いもあまりないし、たぶんウイルスが入って来ないんだ、僻地すぎて」

「まあそうか、東の戦士の国だからウイルスも逃げたりしてな」

 誤解は放っておいて、けるベエはイシブミにまた目を向けて、

「この並んでる記号はどういう意味だろう?」

「意味なんかないだろ、ただの古くからの言い伝えだろ」

「じゃあ読めないのか、読めないなら魔法は発動しないな。効果もわからない」

「書付けと言うか、呪文だし。永続的な全体に対する効果みたいな……」

「それだけかい? 効果もわからないのにずっとそのまま放っとくのか?」

「そんなもんだろ、だいたい魔法なんて。コロンブスコインの脱獄はできてもコインは作れない。コインの数字さえ一定じゃない。おれのヨッシャーとMPの消費は違っても、おまえのウッシャーも同じ風魔法だ。唱える名前も違ったのにどっちも初級だろ。たぶん、おまえの国にも何かあるんだぜ、結界魔法が」

 まだ腑に落ちない様子のけるベエに向かい、ゾリントンはズボンの尻ポケットから出した革の表紙の小さな帳面のページをすばやく繰って話し続ける。ちょっと釣り上がり気味の目をしきりにパチクリさせてあっちこっち目を通す様子は、神経質というより健気さがあって憎めない。

「Aがアレフで、原一者げんいつしゃ、全能なる唯一の神という意味があるらしい、それが守ってくれる壁になってゾンビは町には入れないらしい。けど、唯一の存在なのにAはズラッと並んでるし、右からも上からも読めるから隙はないっていうけど、そもそもゾンビは字が読めないし、計算もできない、何が得で何が損かどうすれば負債が無くなるのか、わからないから借金を止められないんだし……」また別のページを見て「ゾンビ除けはあとからだな、後付けだ。最初は病気だ、病いが街に入ってくるのを封じるものだったみたいだ」

 なんでそんなに説明できるのかわからないが、ついでに訊いた。

「こっちも見たことないな。これは?」


 SATOR 

 AREPO 

 TENET 

 OPERA 

 ROTAS 


「あったあった、ええと、サトールが種まく人のことで、創造主の原初の仕事。アレポは固有名詞、その頃のあるいはもっと古い神様の誰かかな。テネットは十字架の意。オペラが仕事……は聞いたことあるか。ロータスは車輪のことで、世界を回す、動かすみたいな……」

 得意気でもなく、こまごまとていねいに説明すると、ゾリントンは返事を待ってるようにじっとけるベエを見つめている。

「三角のやつが守りで防御だけ。そんで四角の魔方陣は人格神が出てきて意志を持って守っている。つまり仕事してるってことかな。この四角いほうは古い酒樽なんかにも書かれてることがあるんだって。たぶんウイルスや細菌のことは知らなくても、昔の人も何かあるって何かいるって勘付いてたんだろうな」

「ふむ」としか応えようがない。けるベエにはよくわからなかったから。

「わからないならいいんだよ。マジナイなんてそんなもんさ」ゾリントンにすれば、熱心にメモを読むあるいは書いた労苦、説明の手間はどうでもいいらしい。それも合わせて、

「ふうん」と、けるベエは感心した。「ちょっと待て、泥棒は通すんだな」

「そりゃ、おまえんとこじゃみんな知り合いで怪しい奴はすぐわかるんだろうけどさ、大きな街じゃそうはいかないさ」

 それもそうかとは言いたくないが、続けてゾリントンが「まあ、根っからの悪い奴や生まれながらの泥棒なんていないし、運が悪かったと思いなよ」と言うので、

「いや、財布はどうでもいいのだ。旅をするだけならイシブミのおかげで続けられる」と言っても、今度の旅でイシブミのHP回復を利用したことはなかった。母と二人の旅でそんなに危険な道は選ばない。

「その恰好は旅支度なのか、なんか聞いてたのと違うからさ。確かに足回りは動きやすそうだし走りやすそうだったけど、でも、おまえ足速いよな。それともおまえの国じゃみんなそうなの?」

 これは褒めてるというか、純粋に興味から聞かれたと思って、

「おまえこそ、足が速くておどろいたぞ。都会の……」もやしっ子と言ってわかるのだろうか。

「いや、もうひとり前にいたしそいつのほうが速かったし……」

 けるベエはまた一本取られたと思ったが、ゾリントンにその気はなく小さな帳面と首っ引きなのだった。

 地図など適当でいい、どうでもいい、とりあえず下って行けば街にはなんとか戻れるとまだ思っているけるベエは、

「ずいぶんかかるんだな。そんなに情報って取れるのか?」と訊く。イシブミは、彼の国ではだいたい大人が操作するものだった。

「おお悪い。掏摸スリの小僧に地図だけじゃないんだ……。やっぱり当選してるぜ。やっぱアニキすげえ。王家が募集してる今年の詩華集しいかしゅうの候補作だよ。おれが世話になってるアニキが投稿してて結構選ばれてんだよ。また採用だ、まだ巻頭の一席は取ったことないんだけどな、ずっと狙ってるって。そのうち取るぜ、きっと」

 小さな鉛筆を帳面の綴じ合わせから取り出して、メモしてる。

 何年かおきに発行される王国の詩集は誰でも知っている。けるベエは開いて見たことはなかったが。

「詩? 詩ってあの文章の?国語の時間にやる? あんなの女が書くものではないのか」甘ったるくて歯の浮くようなわけのわからない短文を勝手な脈絡で並べる。奇矯な比喩をその辺にあるものにおっかぶせてひとりごちる。勉強以外でそんなことをするのは、女だけ。というか、休み時間に遊ばない子供などいない、その程度の話をするつもりだった。男の子の側だけからの言い分で授業中に手を挙げて言えることではないのは承知、そして、それはゾリントンもそうだろうという親しみのつもりだった。だが、さっと変わったゾリントンの表情に、けるベエは戸惑った。

「まだ女がやることなんて言ってんだ……ダッセえな」ゾリントンは澄ました顔になっている。切れ長の目が涼しい。「言葉の使い方が魔法の効き方に出るんだぜ。だから消費MPがあんなに違うんだろ」実戦的な話をされると、なるほどと思う。そのくらいの話題のつもりだったんだが、自分でも思ってもいないことを口走ってしまったと思っていた。

「その学校で習った詩はどっちの派閥だったんだ? アカデミー派かリーゼ派か?」王党派、王女派の詩の二大潮流は対立しているわけではなく、後者はリーゼ王女により開かれた分派で、それももう十五年も前だった。王女の実作は国家や戦争や神事を離れた清新な詩風を示し、以来、フィードバックしてアカデミー派にも取り入れられた。今はテーマ以外でこれといった論争の種などなかった。東の戦士の国の学校は塾と呼ばれ、教育方針はなんら統一、強制はされず、もちろん詩の流派もそれぞれ自由に採っていた。

「アカデミー派かな、たぶん」

「もしかして蜻蛉とんぼづる姫君みたいな悪口をまだ言ってるのか? 相変わらず醜女ブスの噂で盛り上がってるのかよ? 古いな、古いしダセえな」

 そんなことはなく、女の力を決して軽視しないのが東の戦士の国であった。

 曰く、剣道三倍段さらに倍率ドン。

 剣術は、他の格闘術に対して、武器を使うという利点、武器による遠い間合いなどの優位性を持つ。それは刀の長さに大きく係っている。

 ところで、東の戦士の国の女の使う武器は薙刀なぎなたである。これはやりと同程度の長さの棒の先に片刃の反った剣を取り付けたものである。つまり槍のリーチがあり、その槍の突きだけでなく、刀剣のように扱える代物だった。

 剣術と互角に戦える他の武道が、段位にして三倍の差がある言われる。だとしたら、薙刀はそのまた三倍段とは、6段の差なのか、それとも9段の差なのか、それさえ定かにはならぬほどの実力差なのであった。ちなみにけるベエの母はそう強いわけではなかった。鬼のように強いとまでけるベエも思ったことはなかった。

 よって、今ここで武具のあらましから説明するのも難しかった。

「眉毛片方は見えてるじゃんコインの肖像でも」さっき渡したろう、ほんのさっきという口ぶりで「もしかしてまだ風の初級魔法でスカートめくりとかやってるわけ? ガキだなあ、センスねえな。かわいそうなセンスの国だな」

「いくら子供でもそんなことはせんぞ。大変なことになるからの」

「ん?」

「わしの国のおなごはスカートなどはいておらん」

「ふ~ん……しないか。まあ、あれだな、武勲詩のほうが受け入れられる土地なんだろうな。それはわかるよ。アニキの詩だったらおまえにもわかるかもな」

 そういう問題ではなかった。田舎との情報格差の問題ではなかったので、けるベエは言いわけもせず答えなかった。

「ライトヴァースのつもりで言ってるのか? あれ、ただ短いとか軽いってことじゃないぜ、ライトノベルじゃないんだから。口ずさむってことだよ」

 それで、やっと少しわかった。けるベエもちょっと言い返したくなった。

「照れくさいだろ、歌うのって。詩じゃなくても歌うのって恥かしくなったりしないか?」

「まあな、そういう人もいるわな」なんだか余裕のあるゾリントンに、しかし強くは出れないけるベエであった。

「作り物めいた楽しさ? 鼻歌を誰かに聞かれると恥かしいのを、一人のときから既に照れてしまう状況に入りつつあるみたいな? 何というか、詩も創作なんだろうけど、創造主の偉大さが我々にも造作の腕前が把握できる程度でしかないんだよ。詩は短いし、構成も見えないから適当に並んでるみたいだし。それなのに国レベルでやってるし、個々の作品を庶民からも集めてる。夜の何もない空間に誰もいるはずないのに吠え続ける犬みたいな無力さがないか」言いわけだから話はこんがらがるし脱線し、

「無意味だと思ってるんならまだしも、無力ってどの立場から言ってるのか……まあ誰もいない空間ってのは当たってるんだろうな」語義矛盾を突くというより、よくある話のようにゾリントンは軽くいなした。「夜空の星の並びに例えたりするからな、詩の流派を。自分たちでそんなこと言ってりゃ世話ないんだけどさ、でもそれは分派のさらに分派と名乗るようなもんだし、集団を頼みにするより個人に戻って行ってるんだよ、創造する者として。アニキは派閥はもちろんだけど庶民とか国民とかのくくりにも入らない気がする。自分の書きたいように書いてるだけだよ、きっと」

 ずっと気になっていたことだった。

「もしかしてそのアニキって、背が高くてすごく痩せてて、こう額の両方から髪の毛が上がってる頭して……」両手で髪をかき上げる真似をした。

「そうだよ、リーゼントな」

「サングラスして、革ジャンで」

 ゾリントンは同じ形のジャンバーのポケットに両手を突っ込んで、肩を揺する。それが親し気な表現と言わんばかりの笑顔になっていた。

「そう、三つ目族の。なんで知ってんだ?」

「街の広場であったんだよ。本屋にいて、わしに国のことなど聞きたがって話をして、それでドラゴンの肉を屋台でおごってもらった」

「そうだったのか。……だろうな。物知りだし、気前はいいし、そういう人なんだよ」笑顔がさらにゾリントンの顔に広がって「そういう人の書く詩がさ、創造主がどうしただの、女がやるもんだの、おかしな作り物になると思うか?」まだ笑顔のままなので糾弾には聞こえない。

「よし、実際見てみよう」と、けるベエの袖を引っ張ってイシブミの前まで引き寄せた。イシブミにはサグサスの作品の検索をさせる。

 そんな名前だったかと思い返すけるベエは、しかし彼の風体と詩が結び付かないから記憶が途切れたわけではないと思っていた。それでも、厄介なことになってしまった。

 詩を見せられても……と、自分の国でのイシブミの扱い、自分との縁の無さをゾリントンに思い出してほしいくらいだった。そう言えばサグサスは厄介者と自称していたが、ゾリントンのはすに構えた態度はその流れだったのか。泥棒ではないのは当然として、便利屋?何でも屋?など彼の几帳面さがなかったら務まるまいが、果たして詩とは……。イシブミの盤面を操作しながら、またもゾリントンは帳面と首っ引きで、

「出たぞ、これどうだ。

 

  雲蹴って 君こそ次の 荒鷲だ

  

 三年前の勅撰詩華集の当選作だな。すごいだろ」

「すごいのか?」首をひねるけるベエ。

 首をかしげるゾリントン。わかんない奴がおかしいんだ。これこそ雄大で、動植物を詠んでも卑近ではなく、男って感じなのに読んでみてもダメ?

「こういう短いのはわしの国でもあるぞ」

「その影響だよ。東の戦士の国の形式から来てんだぞ」

 最強、精鋭をもって鳴らす東の戦士の国の男は、武道の鍛錬のために諸国を遍歴するという。それはよその土地に行き知見を広めるためだけでなく、自分を知る旅なのだった。修行で鍛えられるのは力だけではない。また己だけでもない。巡りくる強者ツワモノが目の前で繰り広げる戦闘は、神話だの伝説だのをありがたがるのとはまるで違って、実際的なのだった。いわく、魔法は万能にあらざれば魔法伝説も更新されざるべからず。伝説の剣が突き刺さった岩から抜き放たれるのを待つより、手近なナイフを持って戦え。伝説の杖から究極魔法がほとばしり出るのを期待する前に、MPは回復に使え、そして戦え。それでも東の戦士の国の最強伝説は語り継がれたのだったが。

 それゆえに王宮の兵士には東の戦士の国出身者が多い。

 詩人は本来、旅好きだ。その土地に挨拶するために歌ったのが詩の始まり、と古えにいう。それからして遍歴の一種として好意的に受け入れられてきた。

 一つ所に落ち着かないアニキの性格もあるいはそれか、とゾリントンは思う。しかし、自分はそうはなれないと少し残念に思ってもいる。

「アニキはアカデミー派の王道だ、個人の身近なテーマよりももっと大きなことを歌ってるのさ、戦いの詩、戦いの後の世界……」

 アカデミー派は何だっけ、王党派、王立の学校でやるやつだ。王女派は雑誌に載ってるポエムとかも含めていいって……ここでそんなこと言うと怒られるかもな。王女を揶揄するために古い連中が、流行ってることや売れてるってことまで悪く言って、メディアや口コミを目の敵にしてたんだった。女が書くもの……これも昔の工作の影響がまだ残ってたのかも。権威あると言われるメディアに載せられた批評なのか叩きなのかわからない言説も、有象無象のマスコミや庶民の玉石混交のコメントも、ゾリントンのメモ帳ほどにはいいことは書いてないのかもしれない。

 それを片手に言ってるから、アニキの詩はその通りなんだろう。

 ひとつの王家によるひとつの国家、一人の神、一つの言葉、あらゆる通貨が通用する体制は、かえって秩序を強いらせはしなかった。文芸においても然り。それはいいことなのだろう。

「戦後の、か。……じゃあ、鳥を取り上げたのは希望の翼、自由な天下ってことなのかね」

「そうじゃねえよ、あくまでアニキのは戦いの歌だよ。戦いがないことに執着して戦えないのは負けと同じだ、そして、それだけじゃないから文学って言うんだよ」

 不可抗力でも駄洒落ダジャレは嫌いか。また帳面をくる。

「先月の詩もある。もっと前の漏れてるのもここに控えてる」アニキが選から漏れたことこそ不備だったと言わんばかりの口ぶりだった。選者が王女であろうと関係ないか。

「 七度生まれ いくさ神にぞ つづき立つ

 

 どうだ」

「どうだって言われても……」

「おまえ、東の戦士の国の出身だろ、軍神の歌だぞ」

「すごいのか? 七回生まれ変わるの? なんで七回? 七回忌か? ゾンビではないんだよな」

「しちかいは知らないけど、えにしのことだよ。遠い昔には違う王家もあったって言われてるだろ、いろんな国があって今とは違う魔法もあって、戦争も革命もロマンスもたくさんあって……」

 おおごとになって来たぞ、とけるベエは思った。

「これならどうだ。

 

  海鷲の 散って悔い無き 誉れなり

  

 雄大な海、幾艘も浮かぶ戦艦、巨大な船と船のぶつかり合い、大海戦だ。飛び交う砲弾、吹き飛ぶ甲板、号令、怒号、悲鳴、阿鼻叫喚

 そんな混沌とした激戦のさなかに空から突入する、逆巻く荒波に吹き上げられた波しぶきのような対空砲火の弾幕が待ち受けるなかに無謀にも単独の急降下……ツバサ族ではないな、戦争に華麗さは無縁だ、飛行部隊の兵士だろうな

 大きな戦艦に単機で挑む、さながら巨大な象に立ち向かう一羽の燕か」 

「燕なのか? 鷲が好きだったのにな。よく鳥が出てくるな、わしにはわからん」

「……。まだまだ、これはどうよ。

  

  ラクダ啼く 日を夜に継いだ 凱歌なり」 

 けるベエはラクダを見たことがない。

「わしはラクダは見たことないが話には聞いてる。ラクダもそうだがコブ族のコブには水は入ってないらしいね。あれは比喩でただの脂肪らしいね。だから脂肪を持つ人は誰でもコブ族の属性を持つそうでその魔法は誰でも……」

「いまそんな話してなくね?」急に真顔になるゾリントン。「アニキはもちろんラクダ知ってるよ。アニキがそういうあだ名を付けた奴もいた」

 またページをくって、

「いさをの数に倦めど 撃ちてしやまむ」

「ん?」ちょっとリズムが変わって、けるベエは面食らった。

「団体戦だな」と、ゾリントン。

 どこが? また動物が出てくるかと思ったら、王国の兵団のことだろうか? だが、文言からは、

「なんだか戦いを煽ってるみたいだな、王女派より王国から文句が出たりしないのか? これは選には漏れたのか?」

「これは当選だ、アニキはそんなヘマしない、その年度の詩華集にも載ったやつだよ。でも、なんだか俺だけ盛り上がってる感は否めないな……」わからない側のけるベエではなく、なぜかゾリントンが反省している。ゾリントンはまたページを多めにくって、

「これだけなんか違うってのがあるんだよ。……これだ。

 

  海に出て 木枯し帰るところなし

  

な? なんか違う……」

「そうかね。さっき海鷲も飛んでったし、まあ一緒って感じ……」

「そうか、わかんないか。なんか違うと思うんだよな」

「それより、おまえは書かないのか?」 

「何を?」ページをめくる手が止まった。

「はて? 詩だよ。サグサスの詩にいろいろ自分で足して説明してるし、自分でも書けるくらい詳しいだろ」

「詩ってさ、調べたり覚えたりするもんじゃないんだよ。文言もんごんは適当でいいんだよ、出来上がったもので作るんじゃなくて浮かんでくるものだから。だから、おまえが言ったじゃん、鼻歌だよ、鼻歌は適当にふんふん言うだろ、おまえは照れくさいって言ったけど歌詞が正確じゃないから恥ずかしいってことじゃないだろ、適当でもいい加減でも歌い続けてしまう浮かれたフワフワした状態を他人に見られるのが恥ずかしいんだろ。つまり気持ちのほうな。詩も同じだよ、大事なのは気持ち」

 理屈じゃないんだろうなとけるベエも思ったが、それにしても詳しすぎるだろ。

「おれのことはいいんだよアブラカダブラって聞こえるもん書いてもしょうがないしな……」ゾリントンはぽつりと言った。そして帳面をたたみ、ポケットにしまった。

 けるベエまでなんだかちょっと傷付いた気持ちになった。

「ゾンビの別名はアンデッドらしいね。わしのところじゃそれも訛ってインデプトって言ってたな」

「なるほど」もっと何かあるかと思ったが、ゾリントンが返したのはそれだけだった。

「田舎は名前もちょっと違うんだよな。ホシノシホって女の子がいたよ。上から読んでも下から読んでもホシノシホ……」

「別に……。名前もOttoとかいるし、酢豚つくりモリモリ喰ったブス《スブタツクリモリモリクツタブス》とか……」

 急にブスの話になって、けるベエは思い出したようにポケットのコインを探り、しかし、イシブミから地図を出すMPは微々たるものだったとしても今は使いたくなくて、イシブミの手紙の機能だけを使った。母宛てに、ちょっと問題が起きたが無事であること、りゐばうはそちらに着いてると思う、そして世話を頼むと。最後に、このまま修行の旅に出ると。

 その様子を黙って見ていたゾリントンに、

「地図がやっぱりよくわからんわ。実は、帰り道がわからない」

「街まで戻ればいいのか?噴水広場あたり? なら行こうぜ」

「案内してくれるのはありがたいが、海に行きたいのだ。沖のオウガの島に渡る船が出てれば……」

「危ないぜ」ゾリントンはさえぎるように言った。自分を分からず屋と思わないにしても、詩に関しての問答ではだいぶ点が下がったかもとけるベエは思っていた。が、さきほどからの厄介者の自称と行って来いと考えるのさえ計算ずくと思わされるほどの素直な反応、親切からの即座の否定であった。けるベエは会話を続けた。

「もとより目的地のひとつだった。父がオウガとの戦いの地に出征すると連絡してきて以降、行方が途絶えてな。コインの残高は動いてるから最悪の事態まではないと思うが、母が心配するし、一緒にここまで来たんだ。街での調査や手続きは母でもやれるとして、オウガの島で行方を追うのはわし一人でやるつもりだった。もうこのまま行くわ」

 決意の裏の、浮浪児のような泥棒にしてやられた悔恨と、それとは別に厄介もんの認識の相違とまた苦い思いなど、ゾリントンにはわかるだろうか。

「島には行ったことはないんだろ? 危ないぜ。アニキが借金で首が回らなくなってどうしようもなくなったら行くとこだ。おれも見たことないけど、オウガってでかいんだってよ」

「借金のかたにそんな危ないことをするのはなぜだ?」

「知らねえよ、アニキがやることなんてわかんねえよ、三日コースとか一週間コースとかで行って返してるみたいよ。もっとも敵はネズミやら虫やら雑魚で、あとゾンビとか」

「それこそ詩は? 文筆で賦役はやらないのか」

「銭のために書いてないってさ。それに飲む打つ買うで勝ったカネじゃないと意味ない、文弱なんだってさ。だったら肉体労働のほうがましなんだと」天秤に掛けるものが、まるでミシンとこうもり傘くらいに釣り合ってないとゾリントンだって思っていたのだ。けるベエにはどっちもわからない。

 それでサグサスの話や、武器やら魔法やら、青空学級に私塾に、好きな食べ物やお菓子やマンガなど、いろんな話をしながら子供たちは街まで戻ってきた。

 ふたりが広場に入ってくる前から、りゐばうは身を起こし二人に向き直っていた。

「ほんとだ、賢い犬だな、ちゃんと荷物を守ってるよ」と話しかけるゾリントンに、

「ワン!!」またもいい返事だった。

「ん? 東の戦士の国の犬はびょうびょうって鳴くんじゃないか?」

「……おまえさ、さっきから古いんだよ、戦士タイプは魔法を使えないとか、びゃうびゃうとか」

「いや、だけどさ。おまえ今でもそんなかっこしてるし」

「今でもってなんだよ、ファッションは自由だろう、それに着慣れてるものが一番いい、特に旅してるときは」

 ゾリントンはなるほどとは思うが旅に犬も付いてきてるし、犬は命令を聞いてずっと待ってたみたいだしやっぱり特別感がある。

「でも、こいつシッポ二本だし……」

 けるベエは犬を褒められたのが素直にうれしかった。

「名前はりゐばうだ。うん、まあこいつは特別に賢いとは思う。ほら、ドラゴンの肉も喰わずに残してる。よし、喰っていいぞ」

「へえ~、そりゃ偉い、おい、りゐばう」

「ワン!!」串から外してもらった肉はもう口の中で、やっぱりけるベエの手をベロベロ舐めていた。

「なるほど賢いな」おとなしく座っている犬にゾリントンもしゃがみこんでまだ手を出さないが、

「それでどうする? あの掏摸のガキは人の集まる場所にもどってくる可能性も高いけど」

「もどるのかここに? ひと仕事した場所にか? そんなものかね」

 半信半疑の田舎の少年にゾリントンは収穫の少なさと獲物の多さを比べて、さらにもどったとしても疑いの目で見る人がどれだけいるのかまで説明した。むしろ立ち去るのは自分だったのかと納得したし、ここで鉢合わせてもまた逃げられるだけかもしれないとけるベエは思った。ゾリントンに荷物を見てもらって、りゐばうと一緒に泥棒を追いかける選択肢はまだないと当人から言われているようなものだ。

「修行が足りんな。痛感したぞ」

 ゾリントンは急に何の話かと思う。

「さっきも言ったがわしが旅してきたのは母と一緒に父の行方を探してだった。しかしその前から剣術修行の旅は予定していたんだ。ひとりで諸国を遍歴する剣士の通過儀礼は早く旅立つほどいいとされてるんだが、それを曲げて母だけで連絡が途絶えた父を追うのは大変だろうと一緒に来たんだ。やっぱりだめだ。一刻も早く修行に入るべきだな」

 ゾリントンにはどういう決意なのかわからない。この子供が父親を助けに行く気持ち満々で言ってるらしいのが興味深いのだった。

「よーしよし」と言いながら、けるベエは犬を撫でてやり足の下からトランクケースを引き出した。トランクを開け中から上着を出して着替える。脱いでも裸ではなく白い同じ型の着物を中に着ていたが、その上からでもわかる、子供ながらによく鍛えられていた。短めの刀を取り出し、背負っていた長刀も外して一緒に腰に帯びた。矢立と、小さめの半紙の束を出して、一筆啓上。その紙をこよりにしてりゐばうの首輪に結び付ける。筆記用具のほかにもインナーケース二つにさらに着替えやら何やら詰めて振り分けをこしらえた。トランクを閉じケースをぐるり一周しているベルトと犬の引き縄を外し、りゐばうの背にトランクをくくり付けた。「よし」と言って地面を嗅げというジェスチャーで手を下に向け、さっき最初にりゐばうと一緒に広場に入ってきた道のほうへ、手を下から振り上げながら指し示す。

「運べ、母さんのところだ」

「ワンワン!!」荷物は軽々と運んでいる。が、別れがわかっているかのようにゆっくりとときどき振り返りながら、りゐばうは去って行った。

「あれで行けるわけ?」思わずゾリントンは訊いた。

「首輪に地図の情報も入ってるから指示が出るし。でもそんなのなくても大丈夫だな、シッポ族は水の魔法の種族だろ、だから雨が降っても匂いをたどれるんだよ。普通の天候なら、たぶん今会ってすぐのおまえの家だって探し当てるよ」

「へ~」関心した。戦士の国だから魔法が使えないどころじゃないな。魔法以外のそういう能力を何と呼ぶんだったか……。

「それで行く当てはあるのか?」

「まずは父を探してみるよ、一応」変な言い方だ。「オウガの島に出征して、そのあと連絡がない。まずそこからだな。コインの数字では無事はわかっても居場所までは知りえないから、しかたあるまい……」

「オウガの島か、沖の黄金の島だな」

「なに? 黄金の島?」

「違う違う、皮肉と言うか、ダジャレだな。危ないってことだ」東の戦士の国、黄金の島と呼ばれる伝説の地から来たならそうなるだろう。「おれは行ったことないけど行き方は知ってる。定期船が出てるよ、兵士しか運ばないけど。今もずっと出てるな、だから攻略をやってて全滅みたいなことはないはずだな」

「うん、大丈夫だと思う、こんな大きな街の近くだと思ってなかった、沖に見えたし。巨大なモンスターはいなかったし」

「なるほど」観察はしてたのか。地図が苦手ってだけじゃなかったか。しかし、じゃあ……と連想は続かない。大人の事情よりもややこしい軍隊の情勢などゾリントンには知る由もない。

「たぶんアニキの知り合いが船を出してくれるよ、銭はいるが……」

「銭はまだある、そこは問題ない。行けるよ」けるベエは振り分け荷物を肩にかついだ。「かたじけない。また案内を頼めるか」

 やっぱり道はわかんないんだな。

 ゾリントンが先を行き、細い道から連れだって広場を出る。けるベエの草履と同じくらいにゾリントンの足音が小さいので、接近に気付かれにくいという共通点を発見した。だが、行き交う人はさまざまで、ヒヅメを持つシッポ族などは石の舗装がなくなった土の道もポクポクと快い音を鳴らして裸足で颯爽と過ぎる。それをいちいち不思議に思う人などない。

 子供は偏見を植え付けられる前でも残酷さを持っていると俗説はいう。それは視野の狭さから逃れられない大人が、原因を探すという名目でやってしまう同化であった。つまり幼稚であるとは、幼年時代を過ぎてからの問題だった。

 住宅街を縫うように歩いて海へと向かいながら、

「おれがいなかったらどうするつもりだったんだよ」とゾリントンが訊く。

「どうするも何も旅館に泊まってそれからだったろう」

「その旅館にたどり着けたのかねえ」

「そのときは母もいるし、りゐばうもいるだろうし」

「ああ、あの犬は賢そうだった。じゃあオウガの島へは? 港へ行けばいいってもんじゃないぜ」

「そうだな。でも、泳いででも行ったかな」、

「イカに喰われるぜ」

「それは都市伝説であんまり船を襲わないんじゃないのか」

「海をジタバタ人間が泳いでりゃ、そりゃ喰いつくだろ」

「うーん。そのときはりゐばうにがんばってもらって……」

「いや、犬かきでいそがしいだろ」確かに、犬かきは足をせわしく動かす泳ぎ方だった。泳いでる間、顔も必死というより集中して、すんとなってしまうような。けるベエはまじめな話し方になって、 

「オウガはやっぱり王宮の兵団であっても長年てこずるほど危険なんだろうか」

「いや、強いのは強いんだろうけど、ずっとやってるからしぶといだけ? 何匹もいるしボス級ではないし、だからきりないんだけど、でもレイドするほど兵を集めたり特別な作戦を立てたりもしてないみたいだよ、アニキによると」

「なるほど、持久戦か、個体が多いんだったら一匹一匹はそうでもないかもな」

「ところでおまえの父親も賦役で来てるのか?」

「いや、仕事だよ。王宮の兵士に仕官してる」

「ふうん、辺境の戦士が投入されてるってことはやっぱ強いのかもなオウガ」

「ああ、楽しみだ」

 ゾリントンは目を丸くした。

 やがてふたりは大きな通りに出た。屋台でにぎわう広場とはまた違った活気。人でごった返していた。屈強な男たち、同じように見えるが腹の出た連中、着飾った女たちの違いなど子供ふたりにはわからない。

 島へ兵士を運ぶだけが船ではなかった。港からは他の航路も出ていたし、漁船団の基地でもあった。

 ここらの宿屋は構えも大きく高層で、屋号も王国の文字で一番大きく、さらに地方の漢字などの表意文字、カタカナなどの表音文字などで多重表記されていた。屋号というよりトレードネームと呼ぶべきか。それも子供にはどうでもいい。

 岸壁から海に突き出た大きな桟橋には、大きな帆柱を空に林立させて大きな客船が停泊していた。大きな荷物を持った従者を引き連れ乗り込む客たちの姿かたちが、けるベエには物珍しい。ツノ族がツノに付けてる装飾品などだ。でもゾリントンには言わない。

 ゾリントンは雑踏に目もくれず、先へ先へ歩いている。けるベエも付いていく。

 離れた場所にも浮島式の桟橋がいくつかあった。陸地に渡る橋が引き潮で大きく斜めに下って、海に馴染みのないけるベエには不安になるくらいの急角度だった。草履という履き物はすべりやすかった。

 護岸工事が施され垂直に海に落ちる岸壁が終わり、やがて砂地がゆるやかに海に入っていく自然のままの海岸になった。ここにある桟橋は、木の杭がずらっと打ってあって上げ底で板張りの狭い廊下のようになって長く沖に伸びていた。その先に船のお尻が四角くて、帆柱は太いのが前、真ん中、後ろと三本、絵本で見る海賊船のような船がもやってあった。

「見たことある形の船だ」

「ああ、どこにでもある汎用帆船だな。奴隷船も変わらない、古いだけ」

「では、あれかな乗るのは?」けるベエは訊いてみた。

「あれも客船だ。密航船てほど大げさじゃないが、おれらが乗るのは漁船だ。もっと向こうにあるよ」

 ちょっと乗ってみたかったので残念。

 少し歩くと、骨組みだけの台車に乗せられた船が砂浜に引き上げられて雑然と並んでいた。船の形も平べったく変わって、甲板の上に船室など構造物があるほうが少なくなった。人は立ってりゃ乗れるんだろうが……と、けるベエは不審に思う……漁船と聞いたが獲った魚はどこに入れておくのだろうか。平べったいと言っても船倉はそれなりに確保されている構造だったのだが、けるベエにはわからない。烏賊に想像が引っ張られていたから、なおさら狭く薄く見えたのかもしれない。

 ゾリントンは船の間を通りぬけ、さらに進む。砂地が狭くなってだんだん岩が頭を出したり無造作に転がってたりで、ゴロタ場になる。岩がゴロゴロした、山の斜面が端から崩れ落ちてそのまま続いてるような場所で、山肌を見るとまたすぐに続きが落ちてきそうなくらい深いひび割れが崖のあちこちに走っている。巨大な塊りを形成しそうな長い亀裂が縦横にあって、それに沿って割れて落ちてきたら威力はどれくらいのものになるだろうと、けるベエは少し慄然とした。田舎でも地滑りの跡は見たことがあったが、あんなの雨降り小僧のいたずらとしか思えない、そんなことまで考えながら仰ぎ見る。

 こんな岩場に船をつける場所などそうそうないだろう。だが、岩場に隠れるように止まっている船がときどき見える。波のリズムでゆったりと上下している船体の一部が見え隠れしていた。

 岩だらけのようでもよく見ると大きな岩を回り込んだり岩と岩の間に屋根のように重なったその下をくぐったり、抜け道のように砂地は細く続いていた。勝手知ったる様子でゾリントンは進む。けるベエもだまって続いた。中庭のように少しだけ開けた空間があって、そこから海までは回廊のように岩がない、砂のスロープのようになっていた。そこに一隻の船が泊まっていた。

 二三人の大人が岩にもたれたり地べたに座り込んだり、てんでに待っているのを横目に、船の近くまで行く。船はやはり吃水が浅く低い甲板に構造物は何もない平べったい形で、一本マストの帆は畳まれている。船体のすべての木材が傷み、でも年季が入っていた。船尾には長い櫓がほとんど船上に上げられていたが、バターナイフのようになった先のほうが少し水の上にはみ出していた。

 船とつながったロープは小さな岩にもやっていた。その岩に座り込んでいるデブでハゲのオッサンが短くなった煙草を吸い込んで、先端を赤く光らせた。

「なんだ、ガキんちょども」

「親方、おれだよ、サグサスのアニキの知り合いのゾリントンだ、前会ったことあるよ」

「おれは船長兼船頭で、そんで渡し船のオーナーだ」

 密航船とさっきゾリントンは言っていたが、それはここでは内緒のようだ。

「うさん臭いかっこしてんな、どこのもんだ」オッサンがジロジロ見るのを、どっちがだとけるベエは思う。オッサンのハゲ頭は、もうちょっと潮風にさらされろよと言いたくなるほどてらてらと光っていた。

「こいつは東の戦士の国の出だぜ。口には気をつけたほうがいい」急によそよそしい風をゾリントンが装うので、それに付き合う。

「……それで、ふたりか?」オッサンはすべて無視した。

「ああ、頼むよ」

「一人頭一〇〇」ゾリントンが無言で振り返る。船賃はそんなところらしい。けるベエは是非もなくうなずいた。

「子供なんだから、八〇で手打てよ」後ろから声がかかった。「おうゾリじゃねえか、それにおやおや、さきほどの剣士殿か。なんだおまえら友達だったのか」いつの間にかサグサスが立っていた。ゾリントンの顔がぱあっと明るくなった。

「いえ、なかなか」けるベエは尊称には遠慮して「ゾリントン君にはいろいろと助けを借り申した」

 仲良さげに会話するふたりにまとめて、うれしそうな、それでいてくすぐったそうな笑みを向けるゾリントン。

「いやあ、刀が増えてるしよ、さまになってるよ」サグサスはそう言ったあと「なんだゾリ。調子に乗ってねえで友達は大切にすんだぞ」なぜか釘を刺した。でも、やはりゾリントンは「わかってるよ。へへへ」と笑っている。

「やっぱりオウガの島へ渡るのかい。こりゃまた豪儀なことだな」ゾリントンもあっさり案内して付いてきたが、サグサスもそっちは触れないでけるベエに語りかけた。

 そこへ、値段の話が途中になって取りっぱぐれると思ったのか、オッサンが割って入った。

「あのう、船に乗るんなら払うもんは払ってもらわねえと……」

「おれのほうも二名だ。銭はいつものようにツケといてくれ」

「へえ、それじゃそういうことで……。こっちのガキんちょのほうは……」

「おれが出してもいいが……」サグサスはふたりに向き直った。

「いえ、さっきもごちそうになりました。この上は……」けるベエは軽く頭を下げた。

「そうかい。じゃあゾリ、ちゃんとやれよ。仲良くすんだぞ」サグサスはそう言い捨てるとくるっと向きを変え、少し離れた場所にいて、しかしさっきからこっちを見ていたスーツを着た中年の男と合流した。

「じゃあ、八〇だ」オッサンがしぶしぶ言う。

「わかった」と、けるベエは一六〇ゴールドを懐の財布から出す。

「おれの分はいいんだよ」

「さっきサグサス殿がツケと言ったのは二人分だったぞ。自分たち二人追加で、おれたち二人じゃなかった。いいんだよ、泥棒を追っかけてくれたときからの割り前と考えてくれ」

「……なんかアニキとしゃべるときと口調が違うんだよなあ」うれしいんだか悔しいんだか複雑な表情のゾリントン。

 だが、銭を受け取り、オッサンに渡す。あっさり交渉はまとまった。

 乗り込む船を見て、けるベエは思ってたのと違うと思う。船の横っ腹から何本も出てなくて、後ろに一本のみの櫓の仕組みについて考えていた。




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