第2話 田んぼなんて欲しくない
キッカケは次男の四十九日の法要だった。
妻子のなかった次男は実家の墓に入ることになり、喪主も長男が務めたのだが、次女・四女・次男の3人は次女の持つ一軒家に共同で住んでいたため、遺品の整理などは次女と四女が行っていた。
持ち物の整理とか、銀行口座の相続手続きなんかをね。
その中で、次男が持っている「田んぼ」の引き取り手がなくって、長男を通じて「俺に継がせられないか」なんて話がやってきた。えっ、なんで俺? それっていらない資産の押し付けじゃね?
うふふ、でもそれ無理筋だから。遺言書でもなければ俺には相続権すらないんだからね。
っていうかその前に要らないよ、田んぼなんかもらってどうするってんだよ。こちとら地元も離れて管理すらできないってのに。まあ、相談くらいは乗るけどね。だってさ、もし要らない土地を間違って長男である父が相続しちゃったりしようものなら、次は俺のトコに回ってきちゃうってことだろ? それは何がなんでも阻止しないと。
そもそもこの「田んぼ」は、兄弟の母(俺にとっては祖母)が生存中に兄弟に分割譲渡したものなんだよね。長男は「苗田+畑+屋敷」ってのが決まってたから、残りの兄弟で田畑を分けたんだよ。で、田んぼ以外は全部売って現金化しちゃってるの。畑はまだ売れたんだよ、でも田んぼは売れないんだよね。
売れない田んぼ、もうそれって「資産」じゃなくって「負債」なんじゃないの?
ちょっと考えたら分かるけどこれってさあ、どう考えても現金化できない厄介な「田んぼ」を「末っ子に押し付けた」ってことじゃないのかなあ。実際のところは分からないけど、兄弟間のパワーバランスが見え隠れしてる、末っ子の悲しさを物語るエピソードにしか思えない。
自分の家にはそういった不条理ってないと思ってたんだけど、大人になると見えてくるものってあるよね。
で、その負債であるところの田んぼを、次男は専業農家に貸し出して(かろうじて)プラス収益にしていたらしい。やるじゃない。だけどさあ、次世代の甥姪たちはみんな全国に散っていて管理なんかできないし、ヨボゲージが高い兄弟なら尚更だ。借り主がいるんだからほっときゃいいって言われればそうなんだけど、毎年固定資産税を取られるのは気持ちのいいものじゃあない。さらに今の借り主だっていつまで借りてくれるか分からない。
法要の後、せっかくみんな(超必殺技待ちの三女と長姪以外)集まっているので「土地をどうするか」切り出してみたんだけど誰からも建設的な意見が出なかった。そりゃあそうだよね、みんな要らないし実質負債なんだから。と、「負債」という言葉を強調して言ってみる。
っていうかさ、田んぼの借り主がいるんならその人に売れないの? なんだったら貰ってもらえばいいじゃない。みんな引き取りたくないっていっている土地だもの、お金なんか要らないよ。ってことでその話は長男がしに行くことになった。
話を聞いていると、亡くなった次男は生前遺言書をつくると言っていたらしい。一緒に住んでいた次女と四女がそんな言葉を何度も聞いたそうだ。おそらくだけど、子供の居ない四女に財産を残す内容なんだろうなあとは容易に推察できる。四女とは歳も近くお互い独身で仲も良かったしね。
次男はかなり神経質で几帳面なタチなので、まあ、そう言うなら遺言書があるんだろうと思ったんだけど、どこをどう探しても出てこなかったらしい。まあ遺言なんてものは大っぴらにするものじゃあないしね。でもね、じゃあそんな隠された遺言書を世の遺族たちはどうやって探してるんだろう。託した人が隠し通せば「こっそり闇に葬る」ことだって可能だよね。
まあとりあえず「ない」ってことにして話を進めよう。
で、土地ね。
要らない土地なら相続放棄できないかなんて意見も出たんだけどいやいや、「いらないものだけ放棄」なんて都合の良いことなんてできないよ。というか相続放棄の意思があるなら全部の遺産を相続放棄してもいいんじゃね? どんだけあったか知らないけど。
遺産放棄のルールって知ってる? 俺だって詳しくはないんだけど、「正の遺産」も「負の遺産」も全部相続しないって選択はできたはず。だけどその中から要らないものだけ「相続しない」なんて都合の良いことはできないんだよ。
そこで次男の遺産がどうなっているか聞いてみれば、現金(貯金含む)は四女が試算して立て替えたものを、既に兄弟で分けてしまったらしい。早っ! まあ相続者たちはいつ昇天拳繰り出してもおかしくない年齢だからね、ここで誰かが死んだら代襲者に行くわけで、まためんどくさくなっちゃうから早く分配した方がいいのは分かる。まあ、俺は今のところ相続者でもないので関係ない話なんだけどね。
でもさ、長男だけ遺産放棄させるって手もあるよな。別にお金に困ってるわけでもないし、要らないんじゃない? って既に受け取っちゃったの? ええ~? 今から返そうよ。
っていうことでみんな遺産放棄する気はなし、と。
じゃあどうするんだよその田んぼ。誰かが相続しなけりゃいけないわけだろ? 大変だよぉ~、絶対に。
話が停滞する中、ついに長男が引き取り手のない田んぼについて「仕方がないから俺が引き受ける」とか言い出しちゃったよ。やめてくれぇ~、それ、俺に回ってくるんだから! なんだよその「面倒は長男が引き受けるのが当然」っていう謎理論。
【長男理論】
長男たるもの、家族に困りごとがあれば私財をなげうってでも助けねばならない。
はあ、言ったからには長男のプライドにかけて撤回はしないよなあ。
【長男理論2】
長男たるもの、一度口に出したことは責任を持って実行する。
長男は、母(俺にとっては祖母)が亡くなった時に土地の相続で頼んだ司法書士の資料を持ってきた。あ、そんなの頼んでたんだ。
司法書士ってのはこういった土地の登記なんかを代行してくれる業者で、まあ、車検を自分でやらずに業者に頼むようなもんだと思えばいい。自分でもできるけど色々面倒なんでお金を出して専門業者に代行してもらうわけだ。その時はツテもないので親族に紹介してもらって頼んだらしい。
方針が決まったならこういうのはさっさと進めた方がいい。今ならみんな揃ってるから分からないことがあっても聞けるしね。名刺が付いてたので即電話して三日後に会う約束を取り付けた。さすがにその日は日曜日なので会ってもらえなかったよ。しょうがない、長男が相続するってことは俺が手続きするわけね、また休みを取らなきゃなあ。
そんな俺を見ていた四女が「もう一つどうしていいか分からないのがあるんだけど引き受けてくれる?」なんて言いながら家から何かのファイルを持ってきた。うん、まぶしい笑顔だな、厄介ごとを任せる気満々じゃあないか。
相続は下記の3つから選択できます。
①相続放棄
故人の資産・負債における全ての義務と権利を放棄する。
死亡を知ったときから3ヶ月以内に、死亡者の住所地を管轄する家庭裁判所で相続放棄の申述が必要。
(「相続放棄申述書」を提出し「相続放棄申述受理通知書」を受け取れば法定相続人から除外される)
参考(裁判所HP):https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
②限定承認
相続したプラスの財産の範囲内でマイナスの財産も相続する。
負債がいくらあるか分からない時はこれを選択しておくと、少なくともマイナスになることはない。
相続放棄と同様に、死亡者の住所地を管轄する家庭裁判所で相続放棄の申述(相続人全員が共同で)が必要。その後も官報に「債権者に向けた請求申出の公告」をして、財産管理口座を作って……など手続きがめんどくさそう。
参考(裁判所HP):https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_14/index.html
③単純承認
故人の資産・負債における全ての義務と権利を相続する。
手続きは必要なし。但し後になって莫大な借金が見つかった時は破滅が待っている。




