1.5 一話
この物語は、どうしようもなく、成すすべもなく、どう足掻けることもなく、いつぞやのように、あきらめるようにして死んだようにして、物事を傍観しているだけしかできない主人公の出来事だ。
そこには救いもなく、そしてどんな光も、希望も、望みも、期待も、切願も、抱きしめていた答えも、何もかもが跡形もなく、無くなってしまう出来事だ。
そして、それは、命というともしびが風によってどんな余韻も残さずして、片付いてしまう出来事だ。
そこには救いもなかった、何もなかったゆえに、何かが消えていく出来事だ。
どんな後悔も、決してぬぐえはしない罪も、何もかもを背負うようにして生きていくしかないと、教えられる出来事だ。
苦しくても、もがいても何もない、そして世界はどれほどまでに非情であるのかと教えられる出来事だ。
そこには光が無い。後悔と絶望、暗闇だけが襲い掛かる出来事だ。
狂った先に、発狂してしまう出来事だ。
絶叫が絶叫を呼んで、それすらも絶望に塗りたくられる出来事だ。
あっけなく、そして跡形もなく、降り積もっている雪が儚く消えていくような出来事だ。
そして誰も救えないように、主人公すらも自分を救えないような出来事だ。
初めから救いがなかったように、絶無へと自ら進んでいく出来事だ。
そこにはなにもかもが、跡形もなく、霧消にして、影も形もなくして、灰燼と化す出来事だ。
暗闇の中の唯一の光が、周りと同化していくように黒く光ってしまう出来事だ。
故に後悔だらけの出来事であり、そして悲しみだらけの出来事であり、そしてどうあらがっても悲しみしか残らないような出来事でもあり、苦しいだけの物語であり、絶望の先にも絶望しか待っていない物語であった。
ここにきて、俺は、自身のアイデンティティーが消滅しそうになった。
なんでこうなったんだろうな。
◇ ◇ ◇
朝、目を開けた。
輸送バスに揺られて俺は開眼をしたのだった。
やけに夕日が、淡いけれど、しかしながら、光というくらいには瞼を貫通してしまうほどのひかり、つまりは朝日を、俺は両目でとらえていた。
田舎町特有の田んぼの風景が広がっていた。
これから向かう場所は、フクオカ特区であった。
ホテルからのバス停までの移動に三十分もかかってしまったのは、どうもどうしてバスに乗るのかということから始まったからだった。
この移動手段を手に入れることから始まったからだった。
なぜ機関の人間である俺が、一般人の真似事のようなことをしているのかは、俺にはよくわからないけれど、移動手段の経歴を探ることができる情報散策ができる相手の陣地に乗り出すときにはこのような手段を用いて、突撃を開始するのだ。
それすなわち、それほどまでに俺がこれから一人で乗り出す敵の勢力は大きいものだということでもあったのだ。
俺は、いままで住んでいたような離島特有の閉鎖的空間から、このようなどうしようもないほどに、大陸である、日本国本土へと足を踏み入れていた。
大陸といっても、世界からは、島国ということになるのだけれど、俺のような能力者育成機関がある南の離島から、こうしてバスや飛行機などを使って移動してみると、価値観が簡単に変わってしまいそうなほどに、大きな大陸であったのだ。
そんなこんなで、俺は桜島を背中にして、フクオカ特区行きのバスを見つけて(夜間バスである、なんとバスにトイレがついてあった)、移動をしているのだった。
朝日が昇ってきているのにも関わらずにして、夜間バスと名乗るのは僕には、よくわからなかった。
この際、朝日バスというものに改名をしてみたらいいのではないかと考えている。
バスにはそれなりに、移動の手段として使っている人間が、いたのだった。
男女のカップルに、どうやら俺と同年代の女の子が一人、そしておばあさんに、熟女の女性。
そして俺の隣に座っているのが、眼鏡をかけている真面目そうなそれなりに美形のお姉さんであった。
なんともまあ、美形すぎたし、なによりも、体がそれなりに、ハニートラップを百発百中にできるくらいには、とんでもないほどに、モデル…… いや二次元の女の子のような体形をしていた。
なにより、すぐに目がついて、いいや釘をさすようにしてみてしまったのは、胸であった。
座るたびに、道の地形によってバスが揺れるたびに、揺れている大きな水風船が入っているような胸であったのだ。
僕は三日も抜いていないために、どうしようもなく、年端の青年にはどうしても、見ることを避けるという我慢ができないほどに、大きな胸をちらちらと、ウインクをするような感じで何度も見ていた。
いいやけしからん。
最近の若い子は、けしからん(たぶん俺より年上の女性である)。
「あの~ なにか私に付いてます?」
げ、彼女を見すぎて、どうやら僕が彼女を見ているということに、気づいてしまっていたらしい。
俺は、あきらかに動揺してしまった。
そしてバスが揺れて、お、ナイスおっぱい。
すさまじい速度で、頭を回転させて答えをだした。
「これが若さというものです」
俺は、かっこつけるようにして言ってみたものの、確かにそれはあきらかに、セクハラ染みた発言であると、俺は公開をした。
かっこつけるつもりがセクハラをしていたとなると、俺にとっては、どうも恥ずかしくなるものだ。
ちょっとだけ厚くなってしまった俺は、シャツの中に空気を送るようにして、なんどか引っ張りながら、中に空気を送っていた。
そんな俺を見て、彼女は笑っていた。
どうやら俺の答えの意味がわからなかったのかもしれない。
「ふっふっ、そうですか。面白い人ですね」すこしだけ笑みを見せて、俺を見るようにして体を正面にすると「私の名前は、水流ミライです。もしよろしければ、お名前を聞いてもいいですか?」
彼女はどうやら、そんな俺を気に入ったようだ。
「新倉…… タスクです」
当たり前のように偽名を教えた。
表での俺の名前は新倉ということでもある。
「新倉さんですか、新倉タスクさん…… かっこいいお名前ですね」
俺の名前はかっこいいらしい、よかったね俺。
「ありがとうございます、俺の名前が、かっこいいって初めて聞きました」
「かっこいいですよ、『多』、『救う』ってみんなを、世界のみんなを救うような名前をしています」
駄洒落なのか、それともマジで彼女は言ってるのか俺にはわからなかったけれど、しかし目を見るに、どうやら彼女は真面目という顔をしていた。
こんなことを言われたのは俺は初めてだった。
なによりも、初対面というのに、ここまでいう人間に俺はあったことが無いので、彼女がどうも、俺の登場を待っていたかのような気がしてもいていた。
「そんな太祖れたことは、俺にはできませんよ」
あははと、返した。
少しだけ怖かった、彼女が準備をして俺を待っていそうな気がしていたからだった。
「そんなことはないですよ、私は相手の目を見れば、大抵の人間の行く末がわかる人間なんです」
俺が下を見ていたのを覗くようにして、見ると、垂れた髪を、耳へと駆けなおしながら、彼女はそう言ってきた。
その動作のおかげか、彼女の周りでは、シャンプーのいい匂いが、とりあえずは女性らしい匂いが広がっていた。
そんなリラックス効果を促してしまいそうな匂いに、俺の彼女への恐怖は無くなっていた。
しかしこれまでの歴史で、ハニートラップで消えてしまった歴史の影となった人間はおおい。
故に、油断は禁物である。
思考を戻した。
多救うだなんて、なんてことを彼女は言っているのだろうか。
こんな日本政府の犬である俺にそんなことができるわけがなかった。
人ひとりには、できることには限界があると、たぶんだけれど、気持ちの半々はそう思っている。
「そういえばあなたはどこから来たんですか?」
彼女は世間話をするようにして、俺がどこから来たのか聞いてきた。
ここでどのような回答をするのか考えてみる。
余計な詮索をされないためにも、俺はこう答えた。
「アマミ特区の下のほうですね」
アマミ特区…… つまりは、旧鹿児島県奄美大島。
日本の南国の島々は、一つの特区として、別にされている。なぜアマミ特区を選んだのかは、一つの庶民の対処マニュアルとして載っていたものを選んだ。
「アマミからですか…… すごい遠くから来ましたね。ということは、飛行機で?」
とりあえず、滑走路があるくらいには、設備は合ったのだった。
「はい。なかなか、都会の乗り物にはなれませんね」
ははは、と頭をかいた。
「私も、いまだに鹿児島の駅が利用できないんです。地元の人なのに、こうしてバスで移動ですから」
見かけによらず、ミライさんは、駅の利用ができないようだった。
「そうなんですか、俺も地元に駅がなかったので、どうしようもなくして、こうしてバスを利用しているんですけどね」
同じですねと、二人で笑いあった。
「目的地はどこなんですか?」
「高速行きについた後、乗り継いで、フクオカ特区までですかね」
興味深々に聞いている彼女に、俺はしっかりと答えていた。これが本土の人間ということか。
なかなかいいじゃないか。
「福岡までですか。なかなかの長旅ですね」
「ええ、でも生まれて初めての旅なので、わくわくしますよ」
俺は本当に、こころの底から、それも体全体で旅をすることに関してわくわくしていたのだった。
なぜなら生まれてこの方、まったくと旅をしたことがない人生だったからだ。
それもこれも、俺があの能力者機関に配備されているために、仕方のないことなのだけれど。
「へえ、いいですね。初めての旅って」
またもやいい反応を見せているミライさんだった。
「ミライさんは、どうしてこのバスに?」
「市内に私の趣味での用事があったんです」
趣味か…… 彼女はどんな趣味をしているんだろうか。素朴な疑問が俺の中で浮かんでいた。
「へえ、差し支えなければ趣味を教えていただけませんか?」
ミライさんがどんな趣味をしているのか、なおさら気になっていた。
「その…… こんなかんじの衣装を」
恥ずかしそうに、胸に抱きかかえていたバックから、なにやら衣装のようなものが出てきた。
ちょっとだけ露出が多い感じのええ感じのアニメキャラが来ているような衣装。
「ルミカ・パンサーっていうアニメの主人公、ルミカが着ているものをですね」
ええかんじだった。
なによりも、少しだけ恥ずかしそうにしている、淡く赤くなった彼女の顔もいい感じだった。
つまりは、かなりよかった。
「コスプレイヤーってやつですね」
「はい、なんで私、タスクさんにこんなこと教えたんだろう」
ちょっとだけ、後悔をしたようにバックのチャックを閉めた。
「別に悪いことではないと思いますよ、何かを使って人に表現するのは、僕はいいと思います」
彼女の普通の人の在り方というものを、教えてもらったような気がしていた。
俺のような戦いだらけの人生を歩ているような人間からすると、それもいいいなと思ったのだ。
「そう――ですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
彼女の曇っていた顔は、少しだけ、晴れ渡った快晴のように、まぶしい笑顔をしていた。
「ええ、俺のような人間からすると……」
本当にまぶしかった。そして、すこしだけうらやましいと思ってしまった。
でも仕方のないことなのだと、すぐさま自分に納得できるようになっていた。
だからこそ、こう続ける。
「太陽のようにまぶしいと、素直にそう思いましたよ」
俺には多分だけれど、永遠に、届かない生活を送っているのだろう。だけれど、それでもよかった。
一人の人生を歩いて、彼女もまた、彼女の人生を歩ているのだ。
少しだけ、二人には沈黙があった。
どうやら彼女は、俺について何かを察してしまったらしい。
「やっぱり…… 私にはあなたの結末が、事の顛末が、そしてその収束がわかるみたいです」
本当に、遠くを。何十年も先の未来を見ているかのように彼女は、そんなことを言ってきた。
「――俺の行く末…… ですか」
どうも彼女の言っていることは、ミライという女性の言っていることは、オカルト臭いのだけれど、しかし、あまりにも、彼女の瞳がまっすぐとしているために、彼女はそういうどうしようもない、無いような不思議現象を扱っているような人間のようには見えなかったのだ。
「はい、行く末…… 運命ということでもありますね」
それははっきりと、それもどことなく、悲しむように、そしてどうも儚げない何かを見るようにして、それも複雑ながらに、単純な何かを見るように、それも絶望も希望も観ているようにして彼女は言ってきたのだった。
彼女のそんな、一言に、いいや何か動作にたいして、俺はどうしようもなく、驚いていた。
彼女は一体なにを見ているのか。
彼女の見ている世界は一体どのようなものなのか。
「後悔もあります、だけれど、あなたなら、それでもつかむことができますよ。たとえ……」
彼女は、唾を飲み込んだ。
その間の取り方、俺には一瞬のようで、とてつもなく長い一瞬に足を踏み入れているような気分になった。
「いいえ、なんでもないんです」
彼女は、ごまかすようにして笑っていた。
それから、ミライという女性のカバンの中に入っていた飲料水を取り出して、キャップをひねって、水を飲んでいた。
まるで茶化すように言っていたようにも見えていた。
だけれど、ミライさんの額には確かに汗があった。
「あたしってね、神社の巫女をしているの」
「巫女ですか」
巫女…… 巫女……?
ああ、なるほど、あのかわいい衣装を着るあれか。
「しっぽとか生えてるんですか?」
俺はふざけるようにして、ミライさんにしっぽがあるのか聞いていた。
「ありませんよ(笑)」
なによりも、このすこしだけ思い空気が、どうにも俺にとっては、居づらいものだったのだ。
うそだ。
俺はこれ以上、未来に関して聞きたくはなかった。
たしかに未来なんてものを聞いていても、損はないのだろう。
嘘だ、未来を知るのが怖かった。
どうしようもなく、ミライさん、そしてこれから起こる未来に俺は怖がっていた。
別に、これから戦いが、それも能力者同士の戦いが、起こるというのは別に怖くはないが、しかしこれからの能力者の運命というものは、あまり聞きたくはない。
なぜなら、いままでの能力者の人生というものは、呪われているようであるのだ。
なぜ、能力者が若者しかいないのか。
それは、能力者は、長生きはできないような体になっているからだ。
平均寿命が二五歳。
それが能力者に生まれた者の運命というものだった。
マイとあまり一緒にはいられないということでもあったらから、これらを、能力者の先のことを知るのは怖かったのだった。
「あまり悲観するのはよくないですよ」ミライさんの口が開いた、少し間をおいて「何か心配事でも?」
俺は意識もせずして、口から漏れ出てしまっていた。
「俺には大切な人がいるんです。だからなんていうか、もうあと少ししか彼女と居られる時間がない、確かに俺は…… いまこうして夢をつかみました。だけれど、どうせなら両方をつかみたかった」
「……そうですか、でもそれを受け入れて、改めて見えてくるものがありますよ。道はたくさんあります。どれか一つを選ぶということもいいでしょう。だけれどね、たまには寄り道というものもいいのではないでしょうか?」
巫女さんであるミライさんは、笑顔を俺に向けていた。まるで俺のすべてを見てもいるようだった。
「ありがとうございます…… 気が楽になりました。なんで、あなたはそんなにまでわかるんですか?」
俺はいつの間にか、そんなことをきいていた。
「巫女さんというものは、厄払いを専門にしているからです。どうしても厄払いという特殊の職業上、人がどんなことで悩んでいるのかわかるようになってしまったんですよ」
うふふ、と、自慢ではないけれど、彼女が、すこしだけ自身があるように答えた。
「じゃあ、また会えたらいい知らせを待っております」
返事をする間も無くして、ミライさんは俺に軽い会釈をすると、バスは、どうやら第一の停止所へとついていた。
霧島と看板に書かれている。
かんばんの横で彼女は、降りていく。
外から僕に気づいたのか、水流ミライさんは、笑顔で手を振っていた。
なにやら、オカルトを信じない俺でも、運命を感じて(恋愛的なものではない)しまうほどの、出来事であった。
彼女のおかげで、俺は前に進めそうな気がしていた。
◇ ◇ ◇




